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278話 新加納の戦い 陸の段

柴田勝家とその寄騎の騎馬隊が日根野盛就率いる斎藤家の騎馬隊に逆襲を加えていた頃、信長のもとに柴田勝家からの伝令が続々と届く。


第一報では敵の配置や本陣の位置、池田・坂井隊と森可成隊の動きについてであったが、第二報ではいきなり敵の伏兵策で池田・坂井隊、森可成隊ともに窮地に陥っているとの報であった。


信長の本来の策は新加納や野一色権現山の麓での会戦ではなく、山の合間の裏街道とでもいうべきルートを抜けての稲葉山城の強襲策であった。

野一色権現山から琴塚付近に敵が布陣したとこで本来の策を遂行する前に一戦交える可能性は考えていたが、伏兵策で翻弄されるとは信長自身思っていなかった。


野一色権現山に敵本陣があると聞いた時の悪い予感が、自身の策や動きが読まれているという形で明らかになりつつあることに少し苛立ちを覚えていた。

信長自身、まだ新加納宿を抜けておらず、戦の状況を見ていないこともあり、現場を見てから決断する事にした。


「新加納の先に出て、第一陣、第二陣の様子を遠目から見る。河尻秀隆、母衣衆と騎馬隊を率いて供せい。金森長近と蜂屋頼隆は、徒士の衆を率いて後から続け。よし、ゆくぞ」


命を下した信長の動きは早い。そう言うと、さっさと馬にまたがり、戦場に向けて駆けていく。


「はっ。母衣衆、騎馬隊は殿に続け!」

「御意。我らは、足軽、徒士の衆をまとめて追いかけます」


河尻秀隆はすぐに兵をまとめて動き出し追いかける。そして、金森長近が返事をした頃には、信長は遥か遠くに離れており、信長には届かない。


そして、信長が新加納宿を出て野一色権現山の方を見た時、既に池田・坂井隊は総崩れになりかけていた。森可成隊は、柴田勝家が敵騎馬隊を蹴散らした事で、どうにか戦線が維持されている。


その様子を一目見た信長は、自身の迂回強襲策が破綻したことを理解した。そして、すぐに決断を下す。


「撤退だ。長秀に伝令。池田恒興、坂井政尚らを回収して徐々に(さが)れと伝えよ。勝家と可成にも伝令。両名を殿(しんがり)とする。最後まで暴れながら撤退の時期を図るように伝えよ。行け!」


そう言うと、信長は周りの母衣衆に声をかける。


「清須に戻る!皆の者、続け!」


時は僅かに戻って、柴田勝家とその近習が日根野盛就の騎馬隊を蹴散らした後になる。


柴田勝家達は、敵騎馬隊を打ち破った後、森可成が奮戦する琴塚古墳の前に向かっていく。


この時点で、森可成の部隊は日根野弘就、日根野高吉、長井道利、長井道勝の四部隊に半包囲陣を敷かれており、本来ならばその後方も日根野盛就の騎馬隊に塞がれ、全滅の憂き目に合う可能性があったが柴田勝家隊の働きで後方を塞がれることはなく、どうにかもっている状態である。


琴塚付近に戻った柴田勝家率いる騎馬隊は森可成を救うため、一番手勢が少なく見える日根野高吉隊を攻めることで、包囲殲滅陣の完成をとりあえず防いだ。


「森殿!森殿は何処におわす!」


「おお、柴田殿!救援かたじけない。伏兵を討ってくれたおかげでどうにか持ち直したぞ」


「それは重畳。とりあえず、殿に伝令を出してあり申す。殿が敵を討ち果たすつもりなら、すぐに駆けつけてくれましょう。撤退ならば…。二人で美濃の連中相手に存分に暴れましょうぞ」


そう言うと、柴田勝家は獰猛な笑みを浮かべる。

その様子を見た森可成も槍を振り回しながら大笑いする。


「それは良いな。ここ琴塚を敵兵の血に染めて、赤塚と地名を変えるくらい奮戦いたしたいものだ!はっはぁ!」


「では、ごめん。騎馬のみで先行したので、本隊を率いて今一度戻ってまいりまする。それまで、無理をなさらずに」


「なんの!戦場では無理に無理を重ねて、戦功を手にするものぞ!なぁに、討ち死にする気はない!しばらく持ちこたえて見せる!」


その様子を見た柴田勝家は森可成とその麾下の部隊はまだ大丈夫と判断し、自分の部隊の方に一度戻ることにした。

ふと、足元を見ると森可成らが蹴散らした鉄砲隊の火縄銃が数丁転がっている。

それを見た柴田勝家はニヤリと凶悪に笑った。


「次兵衛。そこらにある美濃の連中が置いていった火縄銃、かき集めろ。森殿!願わくば、森殿配下の鉄砲隊を預かりたい。面白いことを考えた」


「鉄砲隊だと!この乱戦で何に使うのだ!まぁ、奴等もこの乱戦では活躍はできまい。分かった、勝家殿に預ける。鉄砲隊までは林通安に案内させる。新衛門、柴田殿と共に行け」


「かたじけない!」


森可成隊の鉄砲隊を伴い、美濃兵が投げ捨てた鉄砲数丁を持って自陣に戻った柴田勝家は、命を下す。


「次兵衛!森殿の鉄砲隊と我が家の若衆仲間で火縄銃に慣れている者を連れて、勝定と加藤の所に行け。加藤清忠なら、美濃兵が持っていた火縄銃もどうにか使える様にできるだろう。そして後方から前一色山の方に向けて撃ち掛けろ。さすれば、池田・坂井を攻めたてている美濃兵の勢いを衰えさせる事ができるやもしれん」


「承りました。森殿の鉄砲隊を預かったのは、そういう事でございましたか。では、勝定、加藤殿のもとに行ってまいります」


そう言うと、森可成配下の鉄砲隊に声をかけ始める、吉田次兵衛。


「次兵衛、頼んだ。玄久、騎馬隊をまとめよ。文荷斎は徒士の衆を率いよ。我らは森殿のもとに戻る。ゆくぞ!」

林新衛門通安は、森可成の奥さんのパパ。つまりは義父。

美濃の豪族で、信長が美濃を手に入れる過程で義理の息子の森可成の配下に入ったらしい人。森可成が志賀の陣で亡くなるときに奮戦した家臣四人のうちの一人。ちなみにその他は、各務兵庫、肥田彦左衛門、武藤五郎右衛門。底本にしている信長公記には武藤と肥田の名が上がります。

史実では金山城城主になる前後くらいに配下になったらしいのですが、本作品では森可成が小口城城主、対美濃の前線指揮官になったのにあわせて身を寄せたという設定です。

多分、今後、活躍の場面は無い……と思います。


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