265話 そして父になる 加藤清忠の場合 後編
ども、坊丸です。
加藤さんのお子さんが産まれそうな感じです。
が、お滝さんやお千ちゃんはお子さんのことを知らされていたのに、自分は知らされていないという悲しい事実にぶち当たり、少しばかり凹んでいる坊丸です。
「あ、でも、坊丸様。加藤さんは『坊丸様は饗応料理の事でお忙しい様子。ややこのことは、落ち着いたら話せれば』みたいな事言ってましたよ」
あわあわしながら、そんなことを言うお千ちゃん。
大切な事実を教えてくれてありがとう、お千ちゃん。
加藤さん、そんなに気遣いしてくれていたんだなぁ。気が付きませんでスンマセンでした。
「とりあえず、加藤さんのお子さんのお祝いをしないとね」
「坊丸様、それはまだ気が早いよ。坊丸様は知らないかも知らないけど、出産ってのは、本当に一大事なんだよ。
出産は、棺桶に片足突っ込むようなものだっていう人もいるくらいだからね。
伊都さんと赤ちゃんが無事な事を聞いてからで良いと思うよ」
そうでした。この時代は産婦人科医とかいないし、医薬品も無いから乳幼児の死亡率高いだろうし。
戦後直後の妊産婦死亡率が10万人に200人くらいだったのが、最近は一桁前半、2人くらいになったって医学生時代に習った気がする。当然、戦国時代ならその何倍も多いはず。
周産期死亡率も2020年には1000人あたり2人くらいですが、確か江戸時代だと15%くらい、同じ比率で比べると1000人に150人ほどの赤ちゃんが死んでるわけです。
戦国時代の技術レベルと現在の坊丸の地位では、漫画原作でドラマにもなった脳外科医の幕末転生記なGIN-杜松子酒-みたいに青カビからペニシリン造るとかは、夢のまた夢ですからねぇ。
蒸留酒から消毒用アルコール作ったのが、現状、精一杯。
「あのう、ここで長居するのも、悪いですし、少し落ち着きましたから、おら…私は皆のもとに戻ります。伊都さんの様子も心配だし…」
「じゃ、それがしも行きますよ、加藤さんと伊都さんの様子もみたいし」
「坊丸様、およしよ。取り上げ婆でも、親族や近くに住むの女子衆でもないのに、行くのは良くないよ」
むう、この時代、出産は男子禁制な感じなのでしょうか?しきたりをぶち破るのは、権力と地位も無い現状無理っぽいので、やむを得まい…。
そんな話をお滝さんとしていると、朝日さんが徐ろに立ち上がり、そして、少しよろけました。
だ、大丈夫か?朝日さん。
「大丈夫ですか!朝日さん」
ずっと寄り添う、お千ちゃん。
「話は聞きました、坊丸様。私が坊丸様の名代として、加藤殿のお子さんのご出産に立ち会って参ります。出産には、女手が多くて困ることはありませんから。それに、私、坊丸様とお二人の弟君を取り上げる際にも手伝っておりますから」
お妙さんが厨の中に入ってきたと思ったら、そんな事を言うわけで。
って、聞いてたなら、もう少し早く入ってくればいいのに。
「わ、わたしも参ります」
お千ちゃんもそんな事を言うわけで。
「済まないね。産婆の手伝いはしたことは何度があるけど、今は柴田の家の夕食の仕込みのほうがあたしには大切だからね。
二人に任せたよ。坊丸様の方は見ておくから、二人は朝日さんと一緒にいってあげなよ。
それに、まだ朝日さんも疲れが抜けきっていないようだしね。」
ふむ、お滝さんは加藤さんのところに行かないと…。
って、坊丸様を見ておくっていうのには少しばかり引っかかる感じがあるんですが。
「あ、そうだ。物凄く強い焼酎があるんで、それを持っていって下さい」
「はぁ。あんな強い酒を持っていってどうするんですか?坊丸様?」
お妙さん、この子は何言ってるんだってな感じの目で見るのは、やめてください。
「呑むのではないですよ。物凄く強い酒は、病魔や穢れを祓う力があるんです。
だから、出産に立ち会う人は手に数滴つけて馴染ませると穢れを貰ってこないはずです。
他にも、へその緒をチョキンと切った後に赤ちゃんのおへそに少しばかり染み込ませた布を当てると良いですよ」
「わかりました。坊丸様がそう言うなら、持っていきますし、やってみます。
ちなみに、また、信行様の書斎で見た書物からの知識、ですか?」
お妙さん、それは現代知識を披露する時に昔の使ってた言い訳のやつ。
今は、へそ曲がりにしてスーパー知識人の虎哉禅師からなんとなく聞いたって奴を使用してますから、ね。
そうこうしているうちに脚絆をつけて、綺麗な布と強い焼酎という名の消毒用アルコールを持った朝日さん、お妙さん、お千ちゃんの3人の準備が完了。
「「「では、行って参ります。」」」
朝日さんは、早く戻らないとって焦ってましたが、加藤さんのところ、初産でしょ?
初産って陣発から出産まで確か平均12時間かかるはず。
経産婦で6-7時間だっけ?
初産なら歩いて戻っても余裕で間に合うと思いますが…。
産婦人科の基本知識だけど…。この時代は初産はなんとなく長いなくらいの知識しかないかもね。
それに、自分も、もう大分昔に習ったことだからうろ覚えだしねぇ。
こっちに来てから既に七年。使わない知識はどんどん忘れていくから、ね。困ったもんです。
それはそうと、加藤さんが焦ってたから、馬を貸したけど、これもいらんかったかも。
まあ、気持ちってことで。
三人を送り出して、上がり框に座って一息ついていると、お滝さんが水をそっと差し出してくれました。
「ありがとうございます。お滝さん。加藤さんのお子さん、無事に産まれるといいですね」
「そうだね。きっと、大丈夫だよ。きっと、ね。
それはそうと、さっき、へその緒を切るとき、チョキンと切るって言ってたけど、へその緒を切るときは、鋏は使わないよ。
刃物は死を連想させるから、出産の時は使わないのが普通なんだよ。知らなかったのかい?坊丸様」
「し、知りませんでした」
「本当に坊丸様の知識は偏っているねぇ。まあ、そこが坊丸様の面白いところなんだけど」
「じゃあ、へその緒を切るのってどうするんです?」
「竹だね」
「竹?春先に筍が採れる、あれ?」
「その竹以外何があるってんだい。竹を斜めに切って尖らせたやつでへその緒を切るんだよ。竹のようにすくすく育ちますようにって願懸けもあるらしいよ」
「尖らせた竹ですか…」
傷に馬糞を塗る治療があるっていうのを聞いたとき並みにびっくりだよ、戦国時代。
そして、数刻後、加藤清忠宅。
キチンと手指をアルコール消毒した女衆の手で、加藤清忠の第一子は、取り上げられた。
「よくやった、伊都!男の子だぞ!嫡男だ!」
「私にも抱かせておくれ。ほんに可愛い子。鼻筋がお前さんに似ているね」
「ああ、目元はお前似だな。元気に育っでくれよ!そうだ、お前の名は夜叉丸だ!夜叉のように強く育ってくれよ!」
杜松子酒は、お酒のジンです。
加藤清忠さんの息子さんは、後の清正になる人。
幼名が夜叉若と夜叉丸の二つの説があるのですが、本作では、夜叉丸を採用しています。
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