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259話 信長と元康とプリンと

無沙汰致しました。GWの予定と新型コロナウイルス感染症が5類になったせいで、執筆できませんでした。


また、ボチボチ更新する予定です。

お付き合いいただければ幸いです。

永禄五年六月。


清須城にて織田信長と松平元康の同盟が結ばれることになる。


世に言う清須同盟である。()()()()()()は永禄五年から信長が本能寺に横死する天正十年六月の約二十年間という長きにわたりこの同盟が維持されることになる。


そして、この時間線においては、本能寺の変に対する、坊丸の、いや、津田信澄による様々な干渉の結果、その同盟期間は延長されることになるのだが、その事実は、同盟の主体である二人の英傑も坊丸自身もいまだ知らない。


永禄五年六月。岡崎城を出発した松平元康一行は、知立や刈谷などの水野家の領地を経由し、桶狭間の戦いの前哨戦の地、鳴海城下に入る。

そして、鳴海の瑞祥寺にて一泊している。鳴海では鳴海城城主にして、今回の同盟の交渉の一翼を担った佐久間信盛の歓待もうけている。


その翌日早朝に鳴海を出立、佐久間信盛配下の護衛とともに清須城に向かうこととなった。

そして、清須城には巳の刻には到着となった。


清須城で出迎えるのは、今回の同盟交渉の織田側の正使、滝川一益とその補佐である林秀貞。

城門には織田家の群臣が立ち並び、松平元康一行を出迎えた。


松平元康一行は、元康その人と同盟交渉の主席を担った石川数正、その補佐役の高力清長。

尾張、駿府の人質時代から元康の小姓として、遊び相手として常に付き従っており、現在も側周りを務める天野康景。

そして、元康に見出された本多忠勝、榊原康政なども小姓頭として元康の警護を務めている。


家老格の酒井忠次は岡崎にて留守居を務めているし、信長との会見の場を荒らしそうな本多重次や織田家との過去の戦いで遺恨のある面々は今回の清須訪問には同行が許されていない。


そして、その頃、清須城の(くりや)

主君である織田信長と会談の相手である松平元康の分の饗応料理を井上左膳以下の包丁人が仕込んでいく。

だが、そこに、坊丸の姿はない。


「井上様、この鮑の焼き物は、いかがいたしますか?」


「一の膳が出るまで、下拵えと肝をたたいておくだけに留め置け」


「キジ肉の串打ちは終りました。雁の肉も下拵えしてあります。唐揚げとやらの仕込みはいかがいたします?」


「下味をつけて小麦の粉を振るまでやっておけ!一の膳が出たら、揚げ始めよ!それまでに油を熱しておけよ!」


先日、津田坊丸と柴田家の料理人、女子衆が来て坊丸の考案した新しい料理を披露し、調理手順を見せてもらったし、二度ほど試作しているので、各々の料理の手順は、頭に入っている井上左膳であったが、饗応膳全体の進行を見ながら、各包丁人に指示を出すのには、流石に四苦八苦していた。


「やはり、見栄をはらずに、坊丸殿、柴田家の包丁人の手も借りれば良かったか…」


だが、そのつぶやきは、(くりや)全体の喧騒の中に消えていき、聞き取るものは居なかった。


そして、少し後、清須城の大広間。

饗応前の会談は、大過なく進み、饗応膳も元康が坊丸の作った新作料理に感嘆の声を上げたり、目を丸くしたりしながら、三の膳まで終了していた。


そして、信長と元康のもとに饗応料理の最後、菓子膳が運ばれてきた。


菓子膳は、甘空也蒸しこと、戦国プリンと、揚げ麩、花に昆布。


元康は、今までも見たことのない料理と味に感嘆の声を上げていたが、プリンを見て困惑する。


プリンには小さい(さじ)がつき、平皿にて供されており、現代の知識がある者がある見ればすこし崩れたプリンにカラメルがかかった姿である。

しかしながら、初見の元康には、淡黄色のプルプル揺れる塊に茶褐色のタレがかかっている謎の食べ物が何故か菓子膳に出てきたとしか見えない。


カルパッチョ、鮑の肝バターソース、キジ肉の唐揚げは、変わった刺し身、鮑の焼き物に変わったタレがかかった物で何が使われているかは、分かりやすかったし、キジ肉の唐揚げも肉料理の膳で出てきたので、肉の周りに何かまぶした料理だろうと予想できた。


しかし、プリンについてはどんな料理か、どんな菓子なのか予想がつかず、元康は口をつけるのを躊躇した。


駿府の宴会でも見たことのある花に昆布を少しかじりつつ、信長の方を見ると淡黄色いそれをパクパク食べている。


信長も初見の際は似たようなものであったが、既に一度食べているので、プリンが甘くて柔らかいスイーツであることは熟知しているし、なんなら、饗応の前日にもう一度作れないか井上左膳に命じたほどである。


残念ながら、饗応料理の仕込みで手一杯の井上以下包丁人には翌日の饗応膳まで待ってくれと泣きつかれて、諦めていたが。


それはさておき、信長の食べる様子を見て、元康は意を決して淡黄色いそれを一口の口に運んだ。


その瞬間に口に広がる甘味と旨味、そしてプリンの優しい口当たり。

砂糖がまだ南蛮渡来の珍品で、果物を除けば甘みといえば蜂蜜か甘葛か、という甘味料に乏しいこの時代である。


元康は、プリンの甘みに魅了され、思わず数口、無心にプリンを味わう。


はっと我に帰る元康は、この様なはしたない食べ方は饗応の後の交渉に響くと思い、居住まいを正し、もう一口、ゆっくりとプリンを口に運ぶ。


だが、元康の目に入ったのは、小さい匙を弄びながら、ニヤリと笑う信長の姿であった。

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