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229話 長井道利、暗躍す

坊丸君、出てこなくてすいません。

第一次稲葉山城の戦いは、斎藤家の防衛成功で幕を下ろした。


斎藤家、中でも長井道利は、この勝利は武田家との協力があったからだと、斎藤家配下の諸将、周辺勢力に盛んに喧伝する。

特に今回の戦いに参加しなかった西美濃の各家に。


これにより、一時は斎藤家から離れつつあった西美濃三人衆などの美濃の国人領主の心と勢力を繋ぎ止めることに表面上は成功する。


だが、西美濃三人衆、中美濃衆の中でも、その立ち位置は微妙に違う。

娘婿の竹中重治を通じて、戦の詳細を知っている安藤守就は、表面上は斎藤家の勝利を喜び斎藤龍興のもとに馳せ参じたが、実質的には武田家がほぼ参戦していないことを知っており、斎藤家は武田家との同盟という虚報を駆使しなければその勢力を維持できなくなっていると感じていた。


それに比して、氏家直元、岸信周はまだ斎藤は安泰と感じていたし、稲葉良通や佐藤忠能は若干の危うさを感じつつも斎藤家から距離を取るのは現状では下策と感じていた。


そして、信長は、今回の敗戦で兵を多少失うことになったが美濃攻略へ意志は堅く、墨俣城から西美濃に時々兵を出し牽制続けた。

と、同時に甲斐武田への外交交渉を活発化させていく。


武田家が斎藤家に肩入れしなければ、斎藤恐るるにたらず、というのが信長の判断だったからだ。

織田と友好関係を結んで斎藤家から離れさせる、或いは共に攻めることになれば最上。悪くても武田家が織田攻めに傾かず中立的な立場を取らせることができればまぁ、良しというところである。


そして、その交渉を織田一門で楽田城城主の織田 掃部 忠寛、後の津田一安に任せる。

そして織田忠寛は、対武田家の交渉を家臣任せにはせず、自身も甲府に赴くなど信長の期待に応えるべく努力を重ねることになる。


そして、その頃、織田信清は、自身の方針に迷いが生じていた。

もともとは、『信長と斎藤の戦いには積極的には関与せず、お互いが疲弊したところを木曽八川の流域の支配権を広げる』という漁夫の利を狙う方針であったが、信長の敗北と斎藤家武田家の協力態勢の成立という噂が彼の心を揺らしたのだった。


そして、その心の揺れに、長井道利は付け込む。

同族、というか従兄弟である信長に美濃攻めでは積極的に協力してこなかった信清に隙があるはずと考えている長井道利は、今一度、調略を仕掛ける。


そう、斎藤武田の同盟に参加し、対信長にて協力しないかと持ちかけたのだ。


本当は武田家はそこまで対信長に強硬な訳では無いのだが、長井道利は稲葉山城での秋山信友との面会、その後の稲葉山城下での戦いを虚々実々に脚色の上、喧伝し、本来は存在しない対信長同盟をあたかも実在するかのように伝えたのだ。


更には、犬山城下にも斎藤と武田の良好な関係や稲葉山城の戦いでの武田の騎馬隊の大活躍の噂話を流した。

これらの噂が信清の耳に入る頃には、噂には尾ひれがつき、細部の異なる何通りもの噂話となっていた。


そして、人は、自分の信じたい話を信じ込むものである。

信清は、目障りになりつつある従兄弟の織田信長、その勢いに翳りがあり、そして、斎藤は武田とともに盛り返すと信じてしまった。


そして、織田信清の周囲の情報操作を長井道利は巧みに行った上で、斎藤武田とともに信長を討ち果たそうと信清に持ちかける。


西美濃から斎藤が、犬山や小口、黒田から織田信清が、中津川や恵那から遠山氏と武田家の連合軍が信長を攻めるという遠大な計画が信清に示される。


さらに、信長を討った後は、墨俣城から尾張の中島郡海東郡海西郡を取り、武田は瀬戸近辺と海への交通の確保を要求しているので、それ以外の尾張半分以上は信清のものになる、と唆す。


常に信長と自分を比較してしまう信清の心理を見透かした上に、領土的な野心を焚き付け、現実可能にみえる計画も示してみせた長井道利の言葉は、信清にとってはまさに麻薬であった。


しかも、信清を諌めたり、肯定したりして信清の心を安定させていた弟の織田広良は、もう、彼の側には居ない。


長井道利の度重なる仕掛けの結果、犬山城の織田信清は、ついに信長と袂を分つ決断をした。


決断をしたその頃、たまたま、楽田城の織田忠寛は、甲斐に向けて出立していた。

信清は、これを自分の決断が正しい証左であり、天佑神助と捉えた。

家臣に信長との絶縁を宣言した信清は、直後に楽田城を強襲。同族の信清への警戒が薄かった上に、城主の織田忠寛不在の楽田城は、対した抵抗もできないままあえなく落城、信清に奪取されてしまう。


時に、永禄四年冬。

桶狭間の後に訪れた尾張の安寧は、僅かな期間で破綻することになる。

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