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228話 第一次稲葉山城の戦い 四の段

世界最高の戦術家は誰か?

ナポレオン・ボナパルト?アレクサンダー大王?ユリウス・カエサル?

その問の答えは、人によって異なるとは思うが、これらの人物に混じるか、或いは先じて名の挙がる人物が居る。

そう、カルタゴの雷光、ハンニバル・バルカである。


そして、ハンニバルといえば、少数で多数を倒す包囲殲滅陣である。そして、彼は第二次ポエニ戦争で数度、大国ローマを相手にそれを成功している。


さて、転じて永禄四年の稲葉山城下近く、信長軍は斎藤軍と対峙、徐々に優勢になり始めたところで長井道利と竹中重治が率いる左右の伏兵を以て半包囲される。

そして、日根野盛就が率いる偽物の武田騎馬隊が信長軍本隊の後方を突き、斎藤軍は包囲を完成させようとしていたのだった。


兵力が少なくてもきれいに完成すれば必殺と成りうるカンナエの戦いの包囲殲滅陣、そして、地形を有効に利用したトラシメヌス湖畔の戦いの伏兵策、軍事の鬼才ハンニバル・バルカの二つの戦術を融合させたような策が、今回の十面埋伏の計であった。


三国志演義における官渡の戦いで程昱の立案した十面埋伏の計は、実質的には背水の陣とそれに引き続く多数の伏兵策である。


今回の竹中重治と長井道利による十面埋伏の計は、地形の有効活用と包囲殲滅陣の形成を目指した点で程昱のそれよりハンニバルの戦術に近く、遥かに複雑で高度と言える。


事実、目の前の敵を押し込んでいたはずの織田軍は、両脇に突如現れた斎藤の軍勢に混乱をきたす。


が、信長の周囲だけは混乱に巻き込まれはしなかった。

信長のカリスマ性と統率力のお陰であることは当然だが、常の斎藤家の防衛方針と違うこと、武田の陣があったことで信長はいつも以上に強い警戒を以て今回の戦いに臨んでいたのだ。


伏兵の登場を聞いた信長の判断は速い。まさに即断即決。そして、即行動であった。

今回の戦いでの勝利を放棄し、速やかに撤退することを周囲にその通る声で、まさに大音声で宣言したのだ。

このおかげで、信長の本陣周囲は撤退に向けて動き出す。


「撤退だ!墨俣城まで引き上げる!

秀吉と利家に伝令!儂の本隊が通り抜けるまで、武田を何が何でも抑えよ!

可成は、転進の上、武田のみを撃破するように動き、そのまま撤退!

殿は長秀!無理はするな!

佐脇、長谷川、岩室、焙烙玉を前線の蜂屋頼隆、金森長近のもとに届けよ!敵本陣に焙烙玉を投げ込んだら、本隊も全軍撤退!

その他の小姓、馬廻は、儂とともに後方に下がりそのまま撤退!皆の者、急げ!そして、死ぬな!行くぞ!」


指示を出した信長は、馬に乗り、すぐに撤退準備を始める。

桶狭間の時の様に、撤退開始の時点で信長に付き従うは十数騎。

そして、程なくして、日根野盛就が率いる偽武田の騎馬隊に遭遇する。

秀吉に伝令を出していたが、信長自身の動きが早すぎで、秀吉への伝令と信長自身の動きがほぼ同じという有様であった。


驚いたのは、日根野盛就である。

敵後方を急襲するつもりだったのが、いきなり少数の騎馬隊が向かってきたのだ。

が、彼も森部の戦いで魁の栄誉を取った武人にして歴戦の前線指揮官である。

向かってくる敵騎馬隊に向けて向きを変え、逃さないように動く。


「皆の者、向かってくるは、武田にあらーず!あの先頭の武者の兜は日根野の者じゃ!旗指し物も四つ目菱!武田菱にあらず!恐れるな!我に続いて駆け抜けよ!」


向かってくる騎馬隊が武田ではないことを見て取った信長の声が後続に向けて響く。


信長のその声で安心し、撤退を始めた将兵の士気は維持された。


そして、信長の周囲の兵も少し増え始める。が、撤退する信長は、日根野盛就の率いる騎馬隊の直前で長良川方向に方向転換。

長良川の堤の上まで馬を駆け上がらせると、後ろも振り返らず、そのまま川沿いを墨俣城まで駆け抜けた。


自分に向かってきた少数の騎馬隊が信長自身に率いられていることに気がついた日根野盛就は、これを追う。

しかしながら、信長を追うために兵をまとめ方向転換をすることで、秀吉と利家の率いる部隊に追いつかれてしまう。

織田軍の後方を奇襲するはずが、後方から攻撃される羽目になった日根野隊。

秀吉と利家の部隊に対応しているところに、今度は信長の指示通りに森隊が日根野隊に撤退がてらに突撃してくる事になった。

壊滅を避けるため、やむなく山裾に逃げ込む偽武田の騎馬隊。


ここで、竹中重治の伏兵策による包囲殲滅陣の完成は不可能となった。

並の将相手であれば間違いなく成功したであろうが、並外れた戦の勘を持ち、即断即決即行の織田信長には、僅かに、そう、僅かに届かなかったのだ。


日根野盛就隊が敗走した後、今度は竹中重治、重矩兄弟の部隊が撤退中の森可成隊を追った。だが、竹中兄弟の部隊も秀吉&利家隊に側面を突かれ動きを止めざるを得なくなる始末であった。


長井道利の率いる伏兵部隊であるが、これは一部の部隊が逃げる信長に引っ張られる様に追撃してしまう事になったため、丹羽長秀の部隊を集中して攻撃できなかった。その為、丹羽隊は、損害はあるものの本隊の将兵を逃しつつ撤退し得たのだった。


最後に、斎藤の本陣である。彼らは焙烙玉の炸裂音と殺傷力により足止めされた。


特に実戦経験の少ない斎藤龍興、斎藤飛弾に率いられた部隊は混乱の極みという有様で追撃はもちろん、部隊の立て直しもままならなかった。


日根野弘就は、直ぐに体制を立て直し、撤退する敵部隊を追ったが、はかばかしい戦果は挙げられずじまいになったのだった。

だが、敵を追う中で弟の日根野盛就の部隊を救い、吸収することになった。


「そこな旗印は日根野家の物とお見受けいたす!日根野盛就じゃ!救援かたじけない!」


「盛就だと?おお、無事だったか!お主の合図で伏兵が動いたおかげじゃな。織田の奴らも逃げ出したようだぞ!おかげで、本陣は無事じゃ!我らの勝ちぞ!

しかし、なんだ。何故ゆえに常の旗指し物を使っておらん。四つ目菱なぞ付けておったので、どこの手のものかと思ったぞ!」


「あぁ、これか。これは、長井様のご発案よ。武田菱と見間違えさせる、とか言っておった」


「はっ!長井様は、小細工が過ぎるな。まぁ、良い。勝ちは勝ちだ!皆の者らここで勝鬨を上げるか。さぁ、逃げ去る織田を笑ろうてやろぞ!ハッハッハ」


「「「ハッハッハ、ハアッハッハ」」」


日根野兄弟が上げる嘲笑が、織田の背に向けて、そして稲葉山城下に響きわたる。

竹中重治からすれば、綺麗には嵌らなかった策ではあるが、斎藤家としては、稲葉山城下まで敵が攻め寄せたにも関わらず、際した損害もなく敵を撤退せしめたのである。更に、長井道利としては武田との連携を斎藤配下の諸将と信長に匂わせることができた。


そして、秋山信友は、瑞龍寺の山門近くの陣から、苦々しい表情で斎藤の軍勢を見下ろしていたのだった。

第一次稲葉山城の戦い、終了です。地の文メインでサラッと書き流すつもりが、信長も長井道利も勝手に動く動く。

書いていて、キャラが勝手に動く感覚は始めてでした。

そのおかげでも4話も使ってしまった…。


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