218話 墨俣城改修作戦! 拾弐の段
吉田次兵衛が少ない手勢を率いて玄久の救援に出たのを受け、日根野盛就は、数は少ないとはいえ新手の敵にも対応せざるを得なくなった。
本来の日根野盛就の目算では、竹の柵を突破し、内側から塀を倒したり壊したりするつもりであったが、わらわらと出てくる敵兵に思う様に竹の柵の所までたどり着けない。
敵兵は最初は打ち掛かってくるものの、すぐに槍を構えて竹柵に近づけさせないような牽制の動きだけになるのも、煩わしいところだった。
そうこうしているうちに、新たな塀となるような材木が追加で出てきたのが見え、これを完成させてはならじと、配下を叱咤激励する日根野盛就。
そして織田の兵達の列をもう少しで突破出来そうになったとき、それは、起こった。
もともと塀が切れており、一度は狙おうとした場所、すなわち墨俣城の元の正門あった場所から、更に織田の兵が湧き出でたのだ。
眼の前に竹柵を守る兵、側面からまた新たな兵と二方向での戦闘になることを懸念した日根野盛就は、眼の前の兵を倒すことに集中するよう下知。
自分と少数の精鋭で新手を押し止めることにしたのだった。
「その兜、日根野殿とお見受けいたす!我は丹羽長秀が家臣、大谷弥兵衛吉秀!丹羽の鬼弥兵衛とは、俺のことだあ!」
日根野兄弟の兜は、後の世にて日根野頭形兜と呼ばれるものであった。
この当時は、源平合戦の頃の星兜を簡略化し吹返などが小型化した筋兜か直線的な形状の頭形兜が主流であり、曲線的な頭形兜である日根野頭形兜はかなり特徴的であったのだ。
こうして、吉田次兵衛の檄に答えるように大谷吉秀は、丹羽の兵を率いて打って出たのだった。
その様子を見て、丹羽長秀の元に家老格の上田重氏がやって来た。
「大谷弥兵衛の奴が、柴田家を手伝うなという殿の密命を無視して、柴田家の者共を助けに出陣しおりました。如何いましますか?」
「重氏。あの様な檄を聞いて、動くなと言うのが、無理というものじゃ。やむを得まいよ。
しかし、儂にできぬものが柴田殿に出来る訳が無いと思っていたし、出来てほしくないという自分の考えが如何に小さいかをあの檄で思い至らせられたわ。此度は吉秀を叱るのは止めておくが良い」
「殿がそう、仰るのであれば…。了解いたしました」
そんなやり取りが城内でされている頃、大谷弥兵衛率いる兵が日根野隊の側面を突いた。
柵の方を攻める勢いを弱めたくない日根野盛就であったが、押し込まれ始めたのを見て、大谷隊との戦闘に注力するよう下知を出さざるを得なくなる。
と、その時、幾つかの材木に見えたものが、突然柵の後方に束になって立ち上がり、いきなり塀になったのである。
日根野盛就の目論見は、塀が完成した事で、潰えた。
「ちぃ!壁が出来上がってしまったではないか!これでは、塀の内側に入っての破壊はできん!皆のもの、ここで引き揚げる!命を無駄にするな!」
日根野盛就の下知を聞いた美濃の兵は、織田の兵に最後の一撃を加えると、撤退行動に移り始めた。
「次兵衛!玄久!無事か!」
そこに義兄弟二人を心配する柴田勝家の怒声にも似た声が響いた。
一度は、馬防柵と自分達の隊の防御を優先した柴田勝家だったが、馬防柵に燃え移った火を消火したあと、日根野隊の目標が墨俣城のまだ塀が完成していない部分であることを見て取った柴田勝家は、墨俣城へと部隊を向けたのだった。
そして、柴田勝家隊は、味方を救いたいという一心で、鬨の声を上げながら美濃の兵達へと攻め寄せた。
その声を聞き、三方を囲まれる可能性に気がついた日根野盛就は、焦った。
犀川方向には敵兵が居ないとはいえ、いつの間にか、一歩間違えば包囲殲滅されうる死地に自分達は居ることに気がついたのだ。
日根野盛就は、先程まで柵を守っていた兵達の動きが鈍い事に勝機をかけた。
新たに出た丹羽の鬼弥兵衛と名乗る者が率いる兵の一番の北側を一点突破する作戦に出たのだ。
そして、柴田勝家率いる兵達とも直接矛を交えることなく、その斜め前を駆け抜けるように撤退する道を選んだ。
ギリギリのところで、この目論見は、成功する。
吉田次兵衛、玄久の隊は、昨晩から作業により疲弊しており、日根野隊を追う足は無かった。
また、柴田勝家の隊にしても同様で、吉田次兵衛らの同輩を守るために最後の気力を振り絞って城までかけて来たが、これも、逃げ去る日根野隊を追う余力は無かったのだ。
つまり、実質的に追撃ができるのは、大谷吉秀の隊だけであったのである。
日根野盛就からすれば、今までは改修作業の妨害、破壊を成功して敵本隊からの本格的な攻撃が来る前に逃げるという作戦行動から、今回は失敗して敵の一部隊から逃げるという、僅かに変更のある作戦行動に変わっただけである。
多少の死者は出すことになったが、いつもの如く撤退し、日根野盛就麾下のほとんどは、美濃本田城に帰還することが出来たのだった。
一方、墨俣城では、後から出来上がった塀、死力を振り絞って守ったその場所で、柴田勝家と吉田次兵衛、玄久は、再会することが出来たのだった。
「次兵衛、玄久。無事か。」
塀の前でへたり込む兵達に労いの言葉をかけていた柴田勝家は、吉田次兵衛と玄久の姿を見つけ、安堵の声をあげながら、二人に駆け寄る。
「権六兄ぃ、なんとか、無事だ」
「殿、救援、痛み入ります」
「なんの。お主らとこの作戦の為に働いた寄騎衆、若衆を失う訳にはいかんからな。しかし、儂がここを出るときには無かった塀ができておるな。どんな技を使ったのだ、お主ら」
「自分にもさっぱりだな、権六兄ぃ」
竹の馬防柵を守るために飛び出した玄久は、必死に闘っていた為に、その後の詳細を知らなかったのだ。
状況を知る吉田次兵衛が、柴田勝家に説明した。
「前野の衆が、後から壁になる筏を届けてくれたらしいですぞ。それを福島、加藤の両名が我ら抜きで作り上げてくれた由」
「それで、追加の塀が出来たのか…」
玄久は、座り込んだまま、塀を見上げながら、そう呟いた。
「ならば、良し!しかし、本当に坊丸の言う通り、塀が一晩で組み上がったな!」
「本当に、丹羽殿、森殿でも、なし得なかったことを、我ら柴田の一党でなし得ましたな、殿。」
「あぁ、坊丸の考えた話を聞いた時は、出来上がるか疑問だったが、こうして出来上がってみると、感慨もひとしおだな!権六兄ぃ、次兵衛兄ぃ!」
そんな話をしながら、柴田勝家とその配下達は、墨俣城に自分達が立てた塀に手を当てて、頷きあうのだった。
「よおし、皆のもの!勝鬨を上げるぞ!えい!えい!おぅ!」
「「「えい!えい!おぅ!」」」
柴田勝家の勝鬨に続いて、柴田家一党は、東雲色から徐々に変わり行く空の下、清冽な朝陽を浴びながら、勝鬨を上げたのだった。
ちなみに、勝鬨を聞いて、加藤清忠、福島正信と大工たちが合流するために駆け寄ってきています。
その後ろに丹羽長秀とその主要な配下の人達も、柴田家の面々を祝福するためにゆっくり歩いてきています。
そして、作者の頭の中では「パトレイバー劇場版」のエンディング曲「朝陽の中へ」が流れているわけです。
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