198話 十四条の戦い、前夜。
墨俣の砦に滞陣する織田信長のもとに、犬山から織田広良が援軍を率いて参陣した。
彼は兄信清と自分では信長に対する方針が違うことを告白したのだった。
「広良殿、今、われわれは、この墨俣を拠点に、西美濃を攻めておる。ついては、もう一つ拠点を確保したいと考えておるのだ。そこの犀川を上流に行ったところに、十九条城という、今は放置された古城がある。土岐氏の居城、革手城の支城だったところだ。我々は、ここを切り取るつもりだ。もしよければ、十九条城を手に入れたあかつきには、広良殿に一時的に城主を務めてはいただけないだろうか」
「信長様のご依頼とあらば、全力で務めさせていただきます」
信長は、織田広良の真意をはかりかねていた。
本当に兄の織田信清とは違う路線をいくつもりなのか?はたまた、自分を何らかの策にはめるため、油断させるための言動なのか?広良の表情からは策謀などの雰囲気は感じ取れなかったが、それでも信じきれないところがあったのだ。
信長の兄弟、特に年の近い庶兄の信広、弟の信行は相争う存在であった、
信広は、かつて安城城の城主を務めたが、その後の敗戦で捕虜となるなどその才覚は取るに足らないにもかかわらず、斎藤義龍の策謀により謀反を起こしかけた。
信行は、生真面目であり物事を理に沿って履行することには長けていたので、長じれば能吏として自分を支える存在になりえると考えていたが、周囲の言に振り回され、自分に取って代わりうると野心を持った挙句、謀反を起こしたので誅殺せねばならなかった。
その下の弟たち、信包、信治、信興は年にして十ほども離れており、その才を見極めてもおらず、まだまだこれからという人材である。
さらに年下の弟の秀成、長益に至ってはやっと元服したばかりであるし、末弟に至っては、元服すらしていない上に自身の嫡男、奇妙丸と六つしか離れておらず、むしろ奇妙丸、坊丸、茶筅丸たちと同世代と言ってもいい年齢である。
翻って、自分より年上の連枝も多くはなかった。
父信秀亡き後、自身を支えてくれた大叔父の敏秀は桶狭間の戦いで戦死しているし、叔父たちも秀孝誤射事件後に守山城から出奔した信次以外は戦死もしくは病にて逝去した状態であった。
そう、この時点で、信長の藩屏たる連枝と言えるのは、才の乏しく腰の軽い庶兄の織田信広、尾張統一を支えてくれた伯父信光の子の織田信成、信昌の兄弟、そしていまだ年若い弟たち、子供達の世代しかいなかったのだ。
才においては、自身の嫡男奇妙と信行の嫡男坊丸が優れている様に感じていたが、彼らが使い物になるのは十数年の後になる。
そこに、自身に組したいという織田広良の言葉である。
犬山織田の揺さぶりを疑い信じきれない気持ちと、ある程度の才はありそうな従兄弟を幕下に加え、有力な連枝としたい気持ちの間で信長は迷っていた。
そこで、本来は森可成、丹羽長秀のいずれかを当てるはずだった十九条城主に織田広良を抜擢することで、その真意とその才を見極めようとしたのだった。
そして、同時期、稲葉山城は荒れていた。
父義龍の遺命として父の死後に仕掛けてくるであろう信長に対抗するため事前に準備していた兵を、龍興は速やかに動かした。
父が信頼した六人の宿老のうち、二人をその大将として送り出したにも関わらず、その大将二人が打ち取られ、大敗を喫したのだった。
しかも、信長は墨俣に居座り、周辺を荒らしまわり、川並衆に調略を仕掛けている始末である。
さらには、廃城同然であった十九条城を占拠し、改修のうえ、新たな拠点とする様子も見られるのだった。
これをうけて、斎藤龍興は六重臣のうち、稲葉山城に詰めている日根野弘就、竹腰尚光と連日協議を重ねた。
そして、斎藤龍興は、西美濃の有力国人すべてに動員の命令を下したのだった。
その命により、大垣の氏家、北方の安藤、曽根の稲葉、西保の不破の四家のほか、竹中重治、加藤光泰らも兵を出すことになったのだった。
稲葉山城の兵と西美濃の諸家の兵を合流させるため、稲葉山城から西で、十九条城の北側の地が選ばれた。
十九条城の北、十四条の地に斎藤家と西美濃の諸家の兵が集合した。
その数、七千。
それに対し、信長軍は十九条城に千数百。十九条城には織田広良を主将とし、それを補佐するために母衣衆から池田恒興や佐々成政などを配した。
墨俣の砦には二千数百。自身と森可成、柴田勝家、丹羽長秀等が詰めていた。
森部の戦いでは、斉藤義龍の死後で士気が低い美濃の兵達であったが、今回は違った。
稲葉山城の兵達にしては長井、日比野の両将他の弔い合戦であり、西美濃の諸家の兵達にしては、自領を荒らし回る憎き織田の兵の討伐であった。
そして、織田側は少ない兵を二箇所の拠点に分けて存在させてしまった。
そのような状況で、十四条に美濃の兵が集結した。
十九条城は、つい先日まで廃城だった平城である。
織田広良と池田恒興、佐々成政は十九条城に籠もっても守りきることは不可能と考え、野戦を選択。
そして墨俣の砦の信長本隊に援軍支援の使者を出したのだった。
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