191話 織田信長 VS 徳川家康(松平元康)陸の段
「鬼柴田とは儂のことだ!」
そう言うと、柴田勝家は十字槍を本多忠勝に向けて細かく数度突く。
相手の力量を測りつつ、牽制の突きである。
しかし、細かく速い突きに対処するため、本多忠勝は槍の穂先で受け、捌くしかない。
柴田勝家の攻めに本多忠勝が守勢となっているうちに、馬廻り衆が数歩下がり、撤退準備が整う。
「勝家様、我らは下がります。御免!」
「おう!」
と、短く答える勝家。
そして、その声に合わせるかのように勝家は渾身の突きを出す。
しかし、素早く小さな横っ飛びで躱す忠勝。
だが、勝家は槍を振りつつ、槍を引くタイミングで十字槍についている枝刃、それの下側の刃を使って忠勝の右脇の下、甲冑の隙間を狙う。
とっさに右腕を上げ身をよじってそれを躱す忠勝。
流石の本多忠勝も、老練な武人の手業に驚きを隠せない。
しかし、本多忠勝も並の武人ではない。直ぐ様、態勢を整えると柴田勝家に突きかかる。
今度は勝家が枝刃を用いて忠勝の突きを受け止める。
受け止めた槍を巻き取るようにしながら跳ね上げた勝家は、バックステップで二歩、後ろに下がった。
「小僧!この場は預け置く」
「なっ!勝負はついてはいない!」
「はっ!儂の仕事は成政以下の若者を首尾よく撤退させることよ!貴様に勝つことではない!」
そう言うとは、牽制の一突きの後に身を翻し、あっという間に後退する勝家。
城門に取り残された形の本多忠勝は、天に向けて叫んだ。
「これではまるで、勝ち逃げではないかぁ~!」
「落ち着け!平八郎!とりあえず、加勢、有り難し。お主のおかげで命拾いしたわ!ほれ、悔しがってないで、殿のもとに戻ろうぞ!」
悔しがる本多忠勝の肩に手を置き、感謝の言葉をかけ、切り替えるように促す大久保忠世。
「はっ!そうでした。然らば戻りましょう」
忠世の言葉を受け、大久保党と共に元康の下に戻ろうとする本多忠勝だったが、悔しさの為か、今一度、去っていく柴田勝家の方に目線を向ける。
「もっと強くならねば、な」
そう呟くと、忠勝は大久保忠世の後ろを追いかけて、主君のもとに戻るのだった。そして、梅ケ坪の城門はしっかりと閉じられた。
「殿、成政以下の近習達を連れ戻しました。あの小僧、強い、ですな。まだあの若さで儂と互角近くの戦いをし得るとは…。
それに、煽ってみましたが、猪武者の様に誘き出されるようなことはしませなんだ」
「フッ。膂力だのみや武一辺倒の猪武者なら、釣りだしたところを討ち取れたやもしれんな。
まぁ、遠目から見るに、あの若武者や血気に逸る者共を大久保忠世が抑えた様子じゃ。戦場が見えておる将が居たのでは是非も無し。元康も善い家臣達を持ったものだ」
「なんの、次こそは目にもの見せてくれます!」
「次、があればな。しかし、お主が煽った上での撤退に他の三河の兵たちもつられなんだか…。ならば次は、麦の青田刈りでもして、おびき寄せるか…。信盛、盛次おるか?」
「「はっ!これに」」
「城から松平や三宅の将兵を誘き出す。信盛は罵詈雑言を浴びせかけ、城からわざと見えるあたりの麦畠を青田刈りしろ。それで誘き出すことができたら、そこに儂の本隊と盛次の隊にて横槍を入れる。勝家は先程、十分活躍した故な、後詰めをしろ。では、行け」
「はっ!」
陣幕より家老格の将が退出するのを見届けると、信長は呟く。
「さて、元康めが、これでどう動くか…」
そして、四半刻後、佐久間信盛の隊が城兵に罵詈雑言を浴びせた後、笑いながら麦畠を青田刈りする。城主の三宅家一党からすれば許せない暴挙であるが、松平元康は打って出ることを認めず、彼らの暴発を抑え込んだ。
三河勢が打って出ると予想して、青田刈りをする様子を少し離れたところから見つめる信長と勝家、盛次、そして、母衣衆や馬廻り衆。しかし、三河勢は城に籠もったままであった。
「くっ、打って出ることは無いか。竹千代の奴め、やはり我慢強いな。そして、家臣たちの手綱を良く御しておる」
「殿より若く、然程、戰場に出ていないゆえ、信盛殿の仕掛けに誘い出されると見ましたが、予想外ですな」
信長の呟きを聞き逃さず、自分も同意見だと述べる勝家。
その様子を見て何か指示が出るかと、近習達は少し緊張した様子であったが、信長は野営の支度を命じるのみであった。
日が傾いたところで、佐久間信盛隊に引き上げの合図を出し、梅ケ坪城からやや離れたところで野営を開始する信長軍。
篝火の中、信長とその小姓や、三人の家老格とその腹心達が集まり、明日以降の軍議が始まった。
部隊を率いる将ではないが、佐々成政と平井長康もその場に呼ばれている。
「皆のもの、本日はご苦労。まずは、佐々成政。城門での槍働き見事。今は亡き、二人の兄に勝るとも劣らん働きであった。後で褒美を取らす。
また、平井長康。弓三人衆にも負けぬ腕の冴え、敵方よりも褒められておったの。後日、褒美を取らす。良くやった。
勝家と信盛も命じたことを良くこなしてくれた。褒めて遣わす。
しかし、梅ケ坪城は厄介よな。松平が救援に入ったため、すぐには落ちそうにもない。野戦でケリをつけようと思ったが、煽っても城に籠もったままじゃ。
そこで、じゃ。明日は、川向うの寺部城や高橋村、その後に挙母の金谷城を攻める。ただし、これは梅ケ坪より松平の軍を誘き出すためのものだ。まぁ、寺部や金谷の連中が弱かったら、そのまま城を落とすがな」
信長は、梅ケ坪に籠られたままでは埒が明かないため、松平元康の軍を誘い出す作戦を取るのだった。
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