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185話 織田信長 VS 徳川家康(松平元康)壱の段

永禄四年 新年の儀より一月程後。

清須城近くの河原で、いつもの様に信長は火縄銃の修練を行った。


前回は柴田勝家、津田坊丸、加藤清忠も呼ばれていたが、今回は呼ばれておらず、信長とお気に入りの小姓衆、そして火縄銃の指南役に就任した滝川一益という少人数で修練が行われた。


賢明な読者諸賢はお気づきと思うが、以前に指示を出した内容について滝川一益からの報告を受けるためである。

開けた場所に鉄砲の音をかぶせることで、他国の忍びや清須城内にいるかもしれない間諜への対策を行っているのである。


「一益。斎藤義龍のこと、三河のこと、何か分かったか」


「はっ、手短にご報告申し上げます。斎藤義龍の病、間違いございません。

また、その命は長くはないかと。早くて一、二か月。遅くとも夏ごろには亡くなるかと。

ただ、人の命のことでございますから急変や予想もしない治癒などもあるやもしれませぬ」


「で、あるか。あいわかった。今後も斎藤義龍の生死について継続的に探れ」


「と、おっしゃられると思いましたので、その手配は済んでおります」


淡々と答える滝川一益。それを見て好ましく思ったらしく、フッと少しばかり笑みを浮かべた信長だった。


「それは重畳。一益、褒めてとらす。で、三河や駿河はどうだ」


「三河については、松平元康と家臣の間は蜜月といえまする。岡崎に入った元康の下に松平の譜代の家臣は馳せ参じた様子。

忠義の薄いものは少ないかと存じます。

ただ、松平の家臣には今川寄りのものと独立を目指すもの両方がいる様子。

それと、元康の近辺に放った間者の半数が帰ってきませぬ。

このため、元康自身がどちらを目指すか細かなことはわかりかねます。

また、元康の近辺には忍びや間者についての対策に長けたものがいるかと」


「あいわかった。三河について探るのは、今後は軽めで良い。手のすいた者どもを美濃の方に回せ」


「御意。最後に今川、武田、北条でございます。

今川は義元亡き後、思ったよりも混乱は少ない様子。

すでに氏真に家督を譲っておったようで、氏真自身も駿河・遠江の(まつりごと)を行っておったよし。このため、思ったよりも今川家中に騒動は少ない様子。

ただ有力家臣の当主達が多数討ち死にしたうえ、負け戦のために褒美も少なかったらしく、不満をもつものも見受けられるとのことでございます。

また、松平と和解するため将軍家に使いを出したとのこと。今川は松平が独立、敵対するのを恐れているかと」


「で、あるか。ならば、今川と松平の間に離間の計をおこなっておけ。特に今川の家臣どもを煽るがいい」


その報告を聞きながら、信長はニヤリと笑った。


「御意。今川家の攪乱、今川と松平の離間を進めまする。北条、武田、今川の間に婚姻があるのは知られておりますが、同盟については今のところ堅持されている様子。今川が落ち目でも北条・武田がすぐに今川を攻めるということは無い様子でございます」


「ふむ。北条はそうであろうと思ったが、武田も動かんか。武田信玄ならば、落ち目である今川を食らうやもと、思っていたがな」


「それとは別にお知らせしたき儀がございまする」


「他に?伊勢絡みか?」


「いえ、関東についてでございます。今川義元亡き後、越後の長尾景虎が北条を攻めておりましたが、ついに武蔵、相模まで攻め込むよし。春に向け大軍を動かす準備をしているとのことでございます」


「ふむ。ならば合点がいった。越後の長尾が動く故、武田信玄は後ろに懸念を抱えたくないから今川家が健在でいてほしいと見た。

大体わかった。一益、ご苦労だった」


「はっ」


更に数日して、信長は清須城に家臣一同を集めた。


「一同、ご苦労。新年の挨拶でも話したが、これより十日後、三河を攻める。

沓掛より西、梅ケ坪の城を攻める。挙母、梅ケ坪近辺を押さえれば、岡崎の北側まで一気に進める。

さすれば、松平の喉元に刃を突きつけることができるようになる。皆、励むが良い」


「承りましてございまする」


と、森可成が答えて、皆が平伏しようとしたところ、林秀貞が声をあげた。


「殿、質問がございます。父君の信秀様は、安城を幾度も攻め申した。

何故、此度は安城ではなく、挙母の辺りを攻めるのでござりましゃうや?」


林秀貞に質問された信長の表情は落ち着いていた。常であれば、勘気を滲ませるところであるが、不思議なことにそのような様子は無い。


「うむ、儂も安城を攻めることは考えた。父信秀が幾度も攻め、兄信広が治めた事もある土地であるからな。

ただ、此度は安城に至るのに水野信元の治める知立を通らねばならん。

水野信元と松平元康は縁者故な、いまいち信が置けぬ。

故に沓掛より水野の領地を通らずとも攻めることができ、奪えれば岡崎に圧がかけられる挙母近くを狙う。これで良いか、秀貞」


「はっ、得心いたしました。理由が分かれば、この秀貞も奮戦致しましょう」


「ハッハッハッ。秀貞、お主は年でもあるしな、留守居よ。

此度は、佐久間信盛、柴田勝家、佐久間盛次を副将とし、儂自ら攻める。

美濃の斎藤にも何やら動きがあるとも聞いておる。

森可成、丹羽長秀は三河攻めの間、美濃からの攻撃に備えよ。

もし、攻めて来たら、打ち負かし逆に攻めこむくらい気持ちで備えておれ。一同の奮戦を期待する」


「ハハッ」


多くの家臣は信長の示した方針に特に疑念を持たずに平伏し、答えた。

しかし、丹羽長秀や池田恒興など、信長の表情や意図を読むに長けた者たちは、それらの指示に違和感を感じながら、平伏するのだった。

挙母は、「こもろ」と読みます。

愛知県豊田市が、トヨタから取って今の名前になる以前は、同地区は挙母というのが一般的な名前でした。


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