184話 新年の儀 その後
坊丸の視点は前半三分の一程度。その後は三人称に変化します。
ども、坊丸です。
新年の儀から数日後、本日は、河原で鉄砲の修練です。
最近は、鉄砲の改良を一段落したので、正直、修練の場で信長伯父さんにプレゼンするようなことがないのが現状です。困ったね
なので、鉄砲の修練は最近は信長伯父さんから声がかかっても、特にプレゼンするものがないときは素直にその旨を伝えてると、気が向いたら来いという程度だったのですが、なぜか今回は参加必須とのこと。何故だ?解せぬ。
何かやらかしたっけか?
奇妙丸様の小姓役も無難にこなしたし、問題になることは無いと思うだけど…。
で、清須城近くの河原での鉄砲の修練に参加したんですが、最初に、信長伯父さんが数発射撃後、加藤さんが数発の射撃。
加藤さんにお褒めの言葉をいただいたら、なんか速やかにリリース。
信長伯父さんが鉄砲の練習を再開するのかと思ったら、小姓の人たちが鉄砲の修練を開始しました。
その間、信長伯父さんは、鉄砲の指南役の滝川一益殿とお話ししてます。
本日は、信長伯父さんの鉄砲の修練の講評をその場でやっているご様子。
時々、こちらをチラチラ見てくるのが、謎ですが。
一応、何かあると嫌だから、片付けしたら帰宅する旨のお伺いを立てたら、すぐに許可でしたし。
いや、なんだこれ。
今回は特に何の用もないのに、鉄砲の修練に参加必須っていわれたのでしょうか?
解せぬ。
まぁ、使用した分の火薬をもらえるように申請したから純粋に練習だったと思えば何も問題ないんですがね…。
ー・-・-・-・ー・ー
「一益、近こう。いつもの様に、鉄砲の講評の振りをいたせ」
数発、火縄銃を撃った信長は床几に腰かけ、鉄砲指南役の滝川一益を呼び寄せた。
「御意」
近頃、清須城内で話を聞かれたくない時は火縄銃の修練にかこつけて密談をすることがあることを理解している滝川一益は、今回も人に聞かれたくない話であると察し、鉄砲の指南、講評をするふりをしながら、信長の側に近づく。
「新年の儀で、三河の松平、遠江・駿河の今川、美濃の斎藤を攻める話をしたのは覚えているな」
「はっ。承っております」
片膝をついて、一益は信長を見上げたながら答えた。
「一益は、三河遠江に向かって攻め入ることと、美濃を攻めること、どちらを優先すべきと考えるか」
「はっ。殿のご下命とあれば、この一益、いずれに攻め入るにしても全力で臨みます」
戦略や今後の方針に自分の意見を求められるとは思っていなかった一益は、とりあえず無難な答えを返しつつ、本当に自分の意見を求めているのか探るように信長の目をじっと見る。
「ふっ。一益の忠義と武勇については疑っておらん。今は、おぬしの考えを聞きたいのだ。おぬしの存念を話せ」
その視線に気が付いた信長は、軽く笑い、今一度、一益の意見を促した、
「はっ。しからば。美濃斎藤は、道三殿亡きあと、斎藤義龍が国内をまとめ上げております。
斎藤義龍は殿より数年年長なだけですので、数年、あるいは十数年は美濃には隙は生まれますまい。
それに比して、今川は落ち目。松平も先年の三河の動乱、一向宗などまだまだ領内をまとめ上げてはいない様子。
これらを考えれば、三河を攻め、松平が弱ったところで、水野や佐治の様に取り込むのが宜しいかと。
松平を取り込めば、太原雪斎、今川義元の両名のおらぬ今川はそれほど恐れる必要はないと愚考いたします」
忠義を試されているわけではないことを理解した滝川一益は、自分の意見を訥々と述べた。
「そうよな。儂もそう思っておった。ちなみに、斎藤義龍が病で先が長くないとなった場合は、どう考える、一益」
いたずら小僧の様にニヤリと笑いながらいう信長。その情報に、滝川一益は驚いた。
「斎藤義龍が、病、ですか。
しかも、先が長くないと…。そうなると、美濃に攻め入るか、三河を攻めるか迷いまするな。
確か斎藤義龍の息子、龍興はまだ十四、五と聞き及んでおりますので美濃をまとめ上げるのは厳しいかと。
若い君主が国をまとめることができず、落ち目となるは三国志の昔から知れたことにございまする。
と、考えれば、美濃の方がすこし組みやすいかもしれません。
あとは、松平の当主と家臣次第ですが」
「松平の当主は、松平元康よ。
以前、当家に人質になっていた竹千代が今川の下で元服してそう名のったと聞く。
竹千代は信広兄と交換で駿府に行ったから天文十八年ごろに今川に渡したはずだ」
「となりますと、それがしは松平元康殿が竹千代の名で尾張に居た時期には出会ってございませぬな」
一益の言葉を聞いて、昔を懐かしむように信長が語り始めた。
「そうか、一益は竹千代のことは知らぬか。
貴奴が人質だった時に何度かからかいがてら遊びに行ったが、なかなか我慢強く、それでいて知恵もまわる。まぁ、才気煥発という感じでないが、な。
大高城に兵糧を入れた様、その後に朝比奈の副将として鷲津砦・丸尾砦を攻めた様子を聞くにそこそこ良い武将になっているようじゃな」
「そうですか…。では、後は家臣との関係ですな。織田、今川の人質が長かったのであれば、長らく譜代の家臣と離れているでしょうから、心が離れたものもおるやも」
自分の主、信長が他の君主を素直に褒めたことに軽い驚きを覚えつつ、松平の問題点を冷静に指摘する一益。
「そこで、じゃ、一益。其方の手のものを使って、美濃の斎藤義龍の病が本当か否か、三河の松平の君臣の様子を探れ」
「御意。しかし、斎藤義龍の病の噂なんぞ、殿はどこから聞かれたので?申し訳ありませんが、それがし、そのような話を知り得ませなんだ故」
「そこな、坊丸よ。あやつ、時々、先を見通すかの様なことがある。不思議な坊主よな。それと、今川が武田や北条と同盟を結んでいるとも言っておった。余力がいれば、そこも調べてくれ」
「御意。で、坊丸様についても調べた方が良ろしいですかな、殿?」
「いや、坊丸のことは良い。鉄砲の修練以外にも奇妙丸の小姓役としてこちらでよくよく見ておく。奇妙丸の側であれば、そなたの縁者で奇妙丸の乳母をしている、あの綺麗な女子に見張らせるのもできる故な」
「奇妙丸様の乳母というと、当家のお桂ですな。お桂ならば、坊丸様の様子を探るには適任でしょう。では、美濃、三河、武田や北条のことも手のものを使い探りまする」
「頼んだぞ、一益。この褒美としてお主を伊勢方面の大将とする。とりあえず、表では海西郡の服部党を攻めよ。裏では、先ほどの情報を探れ、良いな」
「伊勢方面の大将に抜擢いただき、ありがたき幸せにございます。周辺国の情報を集めることに合わせ、海西群の服部党もまた蹴散らしてご覧に入れまする」
そういうと、滝川一益は再び信長に頭を下げるのだった。
少しでも「面白い!」「続きが気になる」と思った方は、下の★でご評価いただけると、作品継続のモチベーションになります。
宜しくお願いします。




