181話 クロダイの天麩羅、出来ました。
ども、坊丸です。
葱と人参のかき揚げの試作品を試食中に、声がかかったので、そっちを見たら魚屋の三郎さんがいました。
あれ?蛸を置いていったら、もう用事はないんじゃないの?なんで、まだ居るの?
「おや、三郎。まだ居たのかい。お千と話してるのはいいけど、次の家に行かなくていいのかい?」
「いやぁ、それなんですがね。折り入って相談が…」
「お千との祝言のことかい?それは、私に言われても困るねぇ」
お滝さんの三郎さんへの返事は、二人の結婚話についてでした。
って、この二人、そこまで話すすんでいるんだ。知らんかったわ。
「ち、違いますよ」「お滝さん、違いますって」
って、お滝さんがそんな話をしたら、二人して顔を赤くして、否定しやがりました。
いやいや、二人の表情見たら、恋話で恥じらう若い二人そのものじゃないですか。
あ~おじさん。そんな二人のことは応援しちゃうよ。大学受験の頃なら「こっちとら、受験で魂削っとんじゃぁ!リア充爆発しろ!」って思ってたかもしれないけど。あ、今の自分は、柴田家預かりの数えで六歳の童子なんでした。てへ。
「そうかい、その話じゃないのかい。じゃ、なんだい、三郎」
「実はですね。とあるお武家様で、新年の祝賀用に鯛を用意しろっていうから、昨日、持って行ったんですよ、クロダイを。そしたら、祝賀の鯛はマダイに決まっているだろうと怒られやして。
今日、津島の網元のところでマダイが捕れたってんで急いで持って行ったんですよ。そしたら、これはいらんって、昨日のクロダイを返されたんです。
まぁ、あちらさんも最悪、クロダイでも仕方ないと思ったのか、腸は抜いてあったんですがね。しかし、この返品されたクロダイをどうしたものかと。
あのぉ、もしよかったら、このクロダイ、柴田様のところでお買い上げいただけたらなぁ…と思いまして。あ、お代はね、通常よりも安くしますよ。ね、後生だから、買ってくださいよぉ」
「いや、うちは、その蛸があれば大丈夫だよ。三郎」
「そこを、なんとか」
「なんともならないねぇ」
「お滝さん、私からもお願いします」
と、お千ちゃんも三郎さんと一緒になってお滝さんに頭を下げます。二人に頭を下げられたお滝さんが、困った顔でこちらをチラ見。
って、そこでチラッとこっち見ないでよ、お滝さん。それは、柴田家の台所とは違うお金、つまりは坊丸の給金で買えないかってことでしょう?はぁ、仕方ないなぁ。
さっき、二人のことを応援する気になってたからね。ここは、一肌脱ぐしかないか…。
「三郎さん、そのクロダイ。買いますよ。この坊丸が」
「ほ、本当ですかい。あっりがてぇなぁ。坊丸様。この御恩は、一生忘れません」
「坊丸様。ありがとうございます」
お千ちゃんにも頭を下げられちゃったよ。まぁ、仕方ないな。これも人助けだ。いつか自分に返ってくると信じて、自分の俸禄を使おう。お妙さんと婆上には、無駄なことに使ってるんじゃないと怒られるかもしれないけど。
「で、クロダイはどう料理すると美味しいんです?三郎さん」
「へぇ、坊丸様。刺身も焼きも煮付けも美味いですよ。マダイにも負けませんて」
「そうなの?お滝さん?」
「まぁ、間違ってないね。ただ、マダイに比べると、少し磯臭いのと身が柔らかい気がするね。あたしゃ、火を入れたほうが好きだね。煮付けや酒蒸しなら磯臭いのも身の柔らかいのも問題にならないからね」
「なら、せっかくだし、天麩羅にしてみます?」
「あ、そうだね、坊丸様。それは、面白いかもしれないね」
で、お滝さんが手早くクロダイを三枚におろして、身を切り分けてくれました。
かき揚げ用に混ぜ合わせたものから、すこし衣のもとを取り分けてっと。こんなことになるなんて思ってなかったから、衣のもとにどばっと葱と人参入れちゃったからなぁ。ま、仕方ない。
で、次は軽くクロダイの切り身を衣のもとにくぐらせる。よし、あとは揚げるだけ。
「坊丸様。今度はあたしにやらしちゃあくれないかね。」
あ、お滝さんが揚げてくれるんですね。どうぞどうぞ。そして、たった一回見ただけで完全に要領をつかんだお滝さん。完璧な揚げ具合です。そして、チラッと三郎さんを見たお滝さんは、クロダイの天麩羅を四つにカット。
キスの天麩羅は時々、平成令和の世の中で食べたけど、クロダイの天麩羅はどんなもんでしょう。
って、うまぁぁぁぁぁ。タイの旨味にふっくらな食感。ゴマ油がブレンドされた油で揚げたので臭みは完全に消されてるし、やわらかい身質は美味しい白身魚の揚げ物だと感じられる上質なふっくら感に変身してはる。
キスの天麩羅に敗けてないぞ、これ。
お滝さんは予想通りと言う感じで少しドヤ顔。お千ちゃんはいつものように笑顔で美味い美味いと幸せそう。で、三郎さんは、っと。
三郎さん、泣いてます。美味すぎて泣いてます。生きててよかった、とか言ってます。なんか、そこまで感動してもらえると、天麩羅作ってよかったな、と思いますよ。
年越しそばとして、柴田の親父殿と婆上様にふるまったら、最初、「蕎麦?飢饉のとき仕方なく食うやつ?を年末にわざわざ出さなくても」って感じにいわれました。
そんな二人に蕎麦切りに天麩羅をつけて出したら、びっくりしておりましたよ。後で話を聞いたら、どうやら二人は年末にもかかわらず蕎麦粥を喰わされると思っていたご様子。
いくら坊丸でも、そんなことしませんてば。やれやれ、だぜ。
天麩羅は揚げたてに比べるとずいぶん冷えてしまいましたが、三人で今年一年のことをいろいろ話しながら食べる蕎麦は本当においしゅうございました。
あ、柴田の親父殿は夕食後、お滝さんが年越しでも残る若衆や中間にかき揚げの端切れを振舞ったと聞いて、酒を持ってそっちに行ったようです。
年越し居残り組をねぎらうってのが表の目的だろうけど、絶対、かき揚げの端切れを食べたいのが本当の目的だと思うな。うん。
「鯛の天麩羅」ができました。
歴史好きの諸賢なら、わかりますよね。これが誰の好物か。
わからない人は、Google先生に聞いてみよう!
わかりやすい伏線なので、先にばらしてみた。
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