159話 桶狭間の戦い 第五段
まさかの、本日、二本目の投稿。
一日二投稿は連載開始時と手違いでやってしまったときの二回だけ。
一応、連載開始一年目の記念と言うことで。
永禄三年五月十九日 早朝。
卯の刻から半刻ほどした時刻、信長以下主従六騎は熱田神宮に到着した。
「ここで馬を休めつつ、後続を待つ。誰ぞ、千秋屋敷に声をかけてくるが良い。馬に水をやりたい。それに戦勝祈願もしたい故にな」
「はっ」
そういうと佐脇良之と加藤弥三郎が千秋屋敷に駆けて行った。
今代の大宮司にして織田家の部将としての顔もある千秋季忠は中島砦に出陣しているが、その子にして権宮司の千秋季信以下の神職たちは千秋屋敷に詰めていた。
「信長様、ご無沙汰しております。権宮司の千秋季信でございます。今、飼葉と水を準備させております。小姓の方々より戦勝祈願もご希望とか。一休みしてからにいたしますか?お急ぎであればそれがし、今すぐに準備いたしますが」
「ここで少し休む。床几だけ借り受けたい。四半刻ほどしたら、屋敷に赴く。その後、戦勝祈願を頼む」
そういうと、信長は目の前にある一の鳥居を見上げ、その後に鳴海城の方を見た。
「承りました。それまでに準備いたします」
「頼んだ。それと、岩室、出陣の法螺貝はしかと吹くように手配したか?」
「はっ、それは抜かりなく。城門を出た後で法螺貝の音も聞こえましたゆえ」
「で、あったな」
そういうと、千秋屋敷の中間が持ってきた床几にすわり、上知我麻神社から東を見る。
いまだ、煙などは上がっておらず、鷲津・丸根の両砦は落ちていないものと思われた。
熱田神宮の大鳥居の前で、後続の軍勢が集まってくるのを信長は待ち始めた。
と、すぐに馬のいななきが信長の耳に聞こえた。
戦勝祈願の後、辰の刻くらいまでにある程度の軍勢が集まればいいと思っていた信長はすこし驚いた。
そう、本来の時間線では、戦勝祈願の後、辰の刻の時点で信長主従六騎と雑兵二百しかそろわないはずなのだ。
しかし、坊丸の助言により、柴田勝家とその寄騎衆は、信長の出陣を確認した後、すぐさま陣容を整え出発。
柴田勝家以下の騎馬武者十数名を含む百名ほどの軍勢が辰の刻よりも前に熱田神宮に到着したのだった。
「殿!こちらでしたか!柴田勝家以下柴田家一党、百名、ただいま参上いたしました」
柴田勝家は馬から飛び降りると、床几に座る信長のもとに片膝をつき、首を垂れる。
「勝家。早いな。よく参った。大儀である」
「ははっ」
柴田勝家の後ろ、吉田次兵衛、吉田玄久など柴田の一族郎党、それに寄騎衆のうち名のある者達が、同様に片膝をついて控える。
「ときに勝家、早かったな。そして、よくここがわかったな。儂の考えが読めたか?」
「いえ、殿の深慮遠謀を推察するのは、それがしには難しく存じます。ただ、いつでも出陣できる様に準備しておりましたのと、殿が出陣する場合に備え、清須城の動きを確認しておりました」
「で、あるか。して、熱田神宮に居るのは何故分かった?」
「それにつきましては、坊丸が殿が熱田神宮に行くのではないかと言っておりましたので、まずは熱田神宮を目指しましてございます」
「ふんむ。坊丸が言っておった、か」
信長の目が一瞬大きく開いたかと思うと、すこし笑ったように見えた。
「勝家、四尋殿にて戦勝祈願を行う。ついて参れ。弥三郎、千秋屋敷に声をかけて参れ。その他の小姓は儂の後に続け」
「「御意」」
千秋屋敷に向かって駆けていく加藤弥三郎以外、小姓と柴田勝家は信長の後ろをついていく。
熱田神宮の大鳥居から四尋殿までは、かなりの広さがある玉砂利の参道である。
その両脇は木々が繁り、森に包まれるような雰囲気はまさに神域である。
まだ冷気のある空気と厳粛な静けさの中、信長と勝家、小姓五名の鎧から鳴る音と玉砂利を踏みしめる音だけが響く。
四尋殿の中央に信長が、その斜め後ろに勝家が立ち、勝家の後ろに五名の小姓が並ぶ。
信長の隣に千秋季信が立ち、祝詞をあげた。
祝詞が終わり、信長以下の主従七名が二礼二拍手一礼する。各々が戦勝をその胸に祈る。
「信長様、熱田神宮の神職としてだけでなく、千秋家の嫡男として、そして一人の尾張の民としてお祈り申し上げます。ご武運を」
「あいわかった。今川勢を必ずや打ち破って戻る。さて、馬も休めただろう、行くか」
信長以下が一の鳥居の方に向かって歩き始めるのを、千秋季信は長く長く、頭を下げて見送った。
そして、辰の刻。
戦勝祈願を終えた信長たちが上知我麻神社から東を見た時、鷲津・丸根砦の方向から煙が上がっていた。
「鷲津、丸根は落ちた、か。是非もなし。丹下砦に向かう。皆の者、続け!」
信長がそう下知した。そして、この時、織田軍は騎馬武者数十を含む五百ほど。
本来の時間線で集まった兵力よりも、すこし多く参集しているのだった。
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