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153話 桶狭間の戦い 前日譚

坊丸が出ないので、三人称です。

新年の儀で信長は、今川の勢力下にある鳴海城・大高城を攻略するにあたり、山口教継に対して硬軟両様の策を用いると宣言していた。

だが、信長の本心はそこにはなかった。


新年の儀より数日後。

清須城傍の河原にて信長はいつものように火縄銃の修練を行っていた。


以前は橋本一巴が鉄砲の師として信長とともに居るのが常であったが、浮野の戦いで橋本一巴が死んでしまった現在は、母衣衆の中で一番鉄砲が上手い滝川一益が仮の師として火縄銃の修練に同行している。


そして、火縄銃の修練の際には、柴田勝家とその預かりである津田坊丸に声がかかるの常であったが、今回は声がかからなかったのだろうか、河原にこの二人の姿はなかった。


信長が火縄銃を手早く構え、いつものように腹当を着せた巻き藁に向かって発射する。

次々と渡される火縄銃を持ち換えての速射でありながら、命中率も悪くはない。


渡される火縄銃が尽き、一段落したところで、信長が撃ち終わった火縄銃を小姓の佐脇良之に渡しながら、周囲の者に声をかける。


「佐脇、長谷川、岩室。それに、山口、加藤。お主ら小姓衆も火縄銃の試し撃ちをしてみよ。一益。講評を聞く。近こう寄れ」


信長の指示を受けて、皆が一斉に動く。

床几に座った信長の傍に、滝川一益が片膝をついて控えた。


「殿。では、此度の鉄砲の出来栄えは…」

真面目に火縄銃の講評を始めようとした滝川一益の言葉を、信長はすぐに遮った。


「一益。火縄銃の出来不出来の講評はせずとも良い。講評は名目じゃ。もそっと近こう」


「はっ」

どうやら河原で他の者に聞かれたくない話を信長がするつもりであると感じ取った滝川一益は、信長の指示通り一歩近づいて控えた。

その様子を見て、信長は口元を扇子で隠しながら、滝川一益に尋ねた。


「一益。先日の新年の儀で山口教継・教吉父子についての話、覚えておろうな」


「はっ。山口殿については、硬軟両面の策で行くと。降るのであれば良し、降らぬのであれば、佐久間殿たちが作る砦を使って攻めるも良し、と仰られたと記憶しております」


「あれは、方便よ。新年の儀では多くの者が出入りする。今川の間者、今は織田に付き従っているが旗色を見て今川に擦り寄る者、そんな者たちも数多入り込んでおる。その者たちに聞かせるためのな」


「殿の深慮、一益、恐れ入りましてございます」


「で、だ。一益の忠義と伝手を信じて命じる。山口父子と今川勢に離間の計を行え。

先年、今川方の戸部が謀反を疑われて駿府に呼び出され、謀殺されたと聞く。山口父子にも同様の運命をたどらせる様に罠を仕掛けよ。できるか?」


「滝川一益、ご下命、承りました。殿が林秀貞様に山口父子に繋ぎを取るようにお命じいただいておりますので、離間の計は容易かと。

三国志演義でたびたび出る様に、山口父子と信長様の間に密約あるようににおわせた偽手紙の一つ二つ、わざと今川の誰かつかませれば、猜疑心の強い今川義元のことです。殿のお考え通りに踊りましょう」


「で、あるか。仔細は一益に任す。儂の代になってすぐに裏切りおった山口教継めを追い込め。裏切った先でさらに裏切りを疑われて果てるのであろうから、山口の奴めも本望であろうよ」


そういうと、扇子の下で信長の口の片方がわずかに上がり、フッっと冷たく笑うのだった。


「御意」

信長の山口父子に対する静かな、それでいて巌の様に硬い怒りに触れた滝川一益は己の感情を殺して、ただ平伏するのであった。


そして二月後、駿府城、大広間。


「山口教継、織田への帰り忠について、なんぞ申し開きはあるか?」


上座に今川義元が座る大広間にて、駿河衆の岡部元信が冷たく、山口教継、教吉父子に言い放った。


「これは何かの間違いでございます。それがしは織田への帰り忠など心にも思っておりませぬ。

その証拠に、大高城は朝比奈輝勝殿に城主の座を譲りました。

太原崇孚様のご指示のもとではありますが、沓掛の近藤めの調略も行いました。

お忘れかもしれませんが、それらの褒美を欲したこともございません。

どうか、どうか。それがしの今川への忠義を信じていただきたく」


板の間に頭を擦り付けながら、山口教継は弁解する。その声は、焦りからか、時に裏返ってしまう。


「その朝比奈輝勝殿が、お主が織田と結びついていると、これ、このような書状数通を手に入れてきたのだ」


岡部元信が、証拠となる書状を広げながら、山口の謀反についての箇所を指摘する。


「そのような書状は存じませぬ。織田の林佐渡守が何度か、書状をよこしておりますが、そのような書状は、ありませんでした」


「ほぉ、やはり、林秀貞と繋ぎを取っていたと。この書状では、今川に付いたが太原崇孚の言っていた褒美は何一つもらっていないとある。

太原崇孚様を呼び捨てとはな。偉くなったな、山口。

そして、こちらの書状は、織田に付けば、信長の妹とそこな、教吉を娶せた上、織田信広の代わりに対今川の総大将の座と鳴海・大高・沓掛の城を任せるとある。これだけのものをもらわば、裏切るも道理よな」


「決して、そのようなことは」


「お主は、織田を裏切った。なぜ今、今川を裏切らぬと確約できる。口先だけでは何とでもいえるぞ、山口。殿、山口めの処遇、いかがいたしましょうか?」


広げた書状から、上座の今川義元の方を仰ぎ見るように視線を動かし、岡部元信は指示を乞うた。


「山口教継、我が師父たる太原崇孚の指示のもと、大高、沓掛の調略、誠に大儀。

なれど、儂は、裏切りは許さぬ。ただ、死んで詫びるがよい。

岡部元信、庵原将監。山口教継、教吉父子の最期、しかと見届けよ」


静かに、今川義元は山口父子の運命を決める決定を口にした。


「義元様、なにとぞ、なにとぞ、ご慈悲を」


「くどい。引ったてい」

岡部元信、庵原将監の手の者が、山口父子の身柄を取り押さえ、そして二人は大広間から連れ去られていく。

直後、それほど遠くない別の場所にて、岡部元信、庵原将監の監視のもと、彼らは切腹となり、その首は速やかに切り落とされた。


裏切り者の山口父子の断末魔は大広間にいる駿河衆、遠江衆ら譜代の家臣たちにも微かながらに聞こえたのだった。

岡部元信、庵原将監は大広間に戻り、今川義元に山口父子の最期を報告した。


「岡部元信、山口父子に代わり、鳴海城を任せる。鵜殿長照、朝比奈輝勝に代わり大高城に入れ。

織田の小僧は昨年、岩倉城を落とし、尾張上四郡も手に入れたと聞く。去年の今年では、まだ新たに手に入れた領地は掌握しきってはおるまい。

織田の小僧が尾張の大部分を手に入れた今、このまま捨て置けば、あ奴の父信秀の様に厄介な存在となるであろう。今年の米の収穫を迎える前に、あ奴を叩く。

名目は那古野城主であった我が今川の連枝、今川氏豊殿を那古野城に帰すことである。数か月後には軍を起こす。皆の者、しかと心得よ」


「ははっ」

今川義元の下知は降った。永禄三年春、今川は尾張に向けて軍を進める準備を始めるのであった。

桶狭間の戦いの幕が、上がる。

やっと桶狭間の戦いの前まで来ました。いや~、長かった。

連載開始して、桶狭間の戦いまで一年近くかかるとは思っていませんでした。


滝川一益は忍者である、または忍者に繋がりがあるという、よくある滝川一益ぽい設定を採用しております。

本当かどうかは知りませんが。


今川義元は、三河忩劇の後、三河を手に入れてしっかりと支配下に置くまで数年かかっているので、自分と同様に新たな領地を掌握するには数年かかると予想している、信長が尾張の全域近くを手に入れた後、数年が経つと領地をしっかり掌握し織田の国力が上がってしまうことを懸念したという解釈です。


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