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150話 坊丸、倒れる。

坊丸が意識不明なので、いつもと人称や視点が異なります。

「お妙、坊丸が仏間に入りました。あの坊丸が、今は亡き信行様に奇妙丸様の小姓役を務めた事を伝えたい、等と殊勝な事を申すようになるとは…。私は自室に下がりますが、どうか坊丸のこと、近くで見守ってやってくださいね」


仏間を離れた柴田勝家の母は、元高島局の腰元であるお妙にそう声をかけた。


「承りました。お教えいただきありがとうございます」


「仏間から出てきた坊丸の様子を良く見ておくが宜しいでしょう。そして、高島局様にも、こたびの坊丸の様子、お伝えなさるが宜しかろう。きっと、高島局様も坊丸の成長をお喜びなされるに違いないでしょうから」


「いつもながら、ご配慮いただきありがとうございます」


お妙が深々と頭を下げると、フッと柴田勝家の母の顔に微笑みが浮かび、お妙に向かって軽く会釈をした。そして、彼女は母屋の自室の方に向かうのであった。


その様子を見送ったお妙は、柴田家の仏間に向かい、仏間に続く部屋に座った。

子供とは思えない聡さを見せることもある坊丸ではあったが、所詮は子供。

亡き父の供養を兼ねて、自身の行いを報告するのにそれほどの時間はかかるまいと考えたお妙は、元の主である高島局への文の内容を考えながら、そこで控えていた。


少しばかり経った時、バタン、という物音が仏間から聞こえた。

何事かと、お妙が仏間を覗くと、そこには蒼白い顔をした坊丸が倒れている。

お妙は、慌てて坊丸に駈け寄った。

顔は蒼白く、脈もやや弱いが、息はしている。


「誰か!誰かある!坊丸様が!坊丸様がぁ!」


普段沈着冷静なお妙とは思えない様な声色で、お妙は叫ぶ。

その声は、柴田の屋敷中に響き渡った。


自室に戻っていた柴田勝家やその母、まだ帰宅していなかった吉田次兵衛、正月ではあるが屋敷内に居た若党や中間ら数名が、その声に反応して仏間にて集まってきた。


そこで彼らが見たのは、半泣きのまま坊丸の名を呼び続けるお妙と、お妙に抱かれた坊丸の姿であった。


「どうした、お妙。泣いてばかりでは分からん。何事があった?」


「は、はい。勝家様。私が物音を聞いて仏間にて入った時にはこのような有様で、もう、倒れておりました」


「相わかった。とりあえず、隣の部屋に移そう。母上、お妙とともに隣の部屋に寝床を(しつら)えてくだされ。坊丸は、儂が抱えていく。信長様の命とはいえ、預かり親は儂だからな」


そう言うと柴田勝家は、お妙から坊丸の身体を優しく受け取り抱き上げた。

そして、坊丸の顔を覗き込み、余人には聞こえない声の大きさで呟いた。


「どうした、坊丸。儂と並ぶ織田家の柱石となるのではなかったのか?信長様が天下人になる姿を見ずに逝くのか?のぉ、死ぬなよ、坊丸」


お妙達、この時点で屋敷に居た女衆(おなごしゅう)が寝床を作り、そこに柴田勝家が坊丸をそっと横たえた。


依然として、坊丸の様子は変わらず、顔色は戻ることもなく、脈は弱く呼吸は早く浅い。


その様子を柴田勝家以下、柴田家の面々が見守る。


「殿、薬師を呼びにいかせますか?」


「次兵衛、頼む。それと、虎哉禅師にも連絡を」


「権六、まだ、坊丸は死んだわけではありますまい。如何に師といえども坊主を呼ぶのは不謹慎ではありませんか?」


「母上、虎哉禅師は、生薬や漢方にも造詣が深い御方。確か政秀寺に薬草を幾つか植えておられた。薬師ではないが、お力になってもらえるかと」


「そうですか、それなら虎哉禅師にも連絡を」


柴田家に出入りの薬師、虎哉禅師を呼びに行く人選が決まると、若党がすぐに飛び出していく。

坊丸の枕元には、それ以外の面々が心配そうに座っている。


坊丸が柴田家預かりになった当初は、謀叛人の子供達を預ける事を良く思わなかった人々も、二年の時を経て、何時しか坊丸が屋敷に居ることが日常になっていた。


急に変なことを思いついては、思いついたことを次々と現実のものにしていく坊丸。

食べ物や甘い物に奇妙な執着を見せ、台所に籠もっては見たこともないような料理や菓子を作り出す坊丸。

そして、できた食べ物を美味しそうに頬張る坊丸。

大人顔負けの口をきいたかと思えば、当たり前のことを知ら無いこともある坊丸。


何時しか柴田の屋敷には、坊丸の声がするのが、何かを作り出す姿があるのが当たり前になっていた。


かつては坊丸を、厄介者として、異物として遠巻きに見ていた若党や中間達も次々と来ては、枕元で坊丸の様子を見ていく。


「死ぬなよ、坊丸」

柴田勝家はその言葉を何度口にしただろうか。

優しく手を握り、頭を撫でる。


「虎哉禅師は仕方ないとして、薬師はまだか」

四半刻程過ぎて、薬師が到着しないことに柴田勝家が苛立ち、そう口にしたその時、今までピクリとも動くことがなかった坊丸の瞼が動いた。


「殿、坊丸殿の目が!」

坊丸の様子を注視していた吉田次兵衛が真っ先に気付き、柴田勝家に注意促す。


「坊丸、無事か!」

柴田勝家のその声に反応するようにゆっくりと坊丸な目が開いた。その様子を見て、周囲から安堵の声が漏れる。


「坊丸様。坊丸様、ご無事ですか?お加減はどうです?何か問題はございませんか?」

泣きじゃくりながらお妙が坊丸の下に近づく。


「親父殿…。お妙さん…。それに皆の衆。いかが致された?」


「良かった。本当に良かった。坊丸様にもしものことあらば、高島局様になんとご報告すれば良いか、なんと詫びれば良いか、お妙は、お妙は…」


「お妙、坊丸は無事の様子。少し落ち着け。して、体に異常は無いか?坊丸」


柴田勝家の言葉を受けて、坊丸は手足を動かした。

動きは軽快で(はた)から見ても問題無さげに見えた。


「はい、少し頭が痛いですが、体には問題有りませね」


「とりあえず、坊丸が無事で何より。皆の者にも心配をかけた。ほれ、坊丸、一緒に謝れ」


坊丸の無事が確認されて、四半刻程して薬師が、一刻程して虎哉禅師が柴田勝家の屋敷に到着することになる。


薬師は坊丸の顔色を見、脈を取ってから手間賃にと正月の餅をたくさん貰って帰っていった。


そして、虎哉禅師は、般若湯を呑みながら自身が持ってきた漢方薬や生薬について坊丸と四方山話を繰り広げることになるのだが、それはまぁ、また、別のお話。

前話で、身体活動に制限が出るのは9分程と天使級10598号が言っていましたが、30分程かかりました。

天使級10598号がいつも通りポンコツなのと、通常、預言者にデータを書き込むのは熾天使級が行うため、天使級が行う場合は余計に時間がかかるのを計算出来ていなかったせいです。

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