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120話 信長、上洛 四の段

しばし無言で、信長から献上された琥珀糖を口に運ぶ山科言継と中御門宣教。

その様子を、ただ見守る織田信長と林秀貞。


「信長殿、とても美味なるものをいただき、有り難いことです。ちなみに、これはまだあるのですかな?」


「残念ながら、今回はここにおもちしたものだけでございます。すなわち、主上も義輝公も口にしておりませぬ」


「我々が、京では初めて、ということか!」


「そうでございます。しかも、京や堺で取り扱う商人もまだ決めておりませんので、しばらくはお二方の手元にあるもののみが京で手に入るものすべてになります。山科卿であれば、これを上手にお使いいただけると、この信長、信じております」

そういうと、信長はなかなか悪い笑顔を山科言継に向ける。


「ふむ、こちらにいる宣教殿の叙任の件もある故、残りをいただけるだけいただいて、有効に使わせていただくことにいたそう。で、本能寺に火薬の取引目的で紹介を希望とのことじゃったの。明日までに書状をしたためることにいたす。明日、使いのものをよこす故、信長殿はどちらを宿所としておいでか?」


「上京室町通りの裏辻の宿屋にございます」

と林秀貞が答える。


「で、信長殿。今回、中御門殿に面会の場を提供いただいたので、そちらにも心配りいただけるとありがたいのだが」

と、山科言継は中御門宣教の方に目線を送りながら言う。


「では、中御門殿に追加で十貫文、本能寺と交渉し火薬が定期的に手に入れられるようになれば、山科卿に後日、十貫文お届けすることをお約束いたす」


「それはありがたい。麿の邸宅は改修中でな、手元に余裕があるのはありがたいことであるのじゃ。しかし、信長殿は、伝え聞いていたのとだいぶお人柄が違う様子。この山科言継、感服つかまつった」


「はっはっは、吉法師と言われた頃のことでござろうか。平手の爺から聞いたのであれば、今は昔で、ござりまする」


「それもあるがの、伝え聞くところでは、尾張守護代を討ち滅ばした下克上をなんとも思わない荒武者、傾き者で天狗になっておる、とな。

しかし、会ってみれば、礼儀も話もわかるお人てあった。

しかも、将来を見据えて、火縄銃や火薬のことも調べておるとはな。いやいや、人の話は話し半分じゃな」


「守護代を滅ぼしたのは事実でございますからな。しかし、京の都で遠く尾張の情勢などよくお聞きおよびで」

と、なぜ自分の情報を持っているのか探りを入れる信長。


「なぁに、こちらの中御門殿は、今川の縁者であるからな。織田殿に会う前に、今川経由でお人柄を調べさせてもらった」


「はっはっは、そういうことでございますか。得心いきました」


中御門宣教の曽祖父は娘を今川氏親に嫁がせた。その娘は後に出家して寿桂尼と名乗ることになる。

すなわち、今川義元の母に当たる人物である。

その縁から中御門家は今川と親しく、今川義元の妹は中御門宣綱に嫁ぎ、宣教の叔父にあたる中御門宣綱は数年前、駿河に下向したきり京都に戻っていないほどであった。


中御門、山科卿と織田が近づくのを警戒して悪く言っているであろうことを割り引いても、今川の自分に対する評価があまり高くないことをこの時、信長は知った。

火薬のための面会で予想外の情報を得られた信長は、内心、一人ほくそ笑むのであった。


「しかし、こたびの火薬の調達にて、今川と我が織田があい争ったとき、今川に不利になるとは、思いませなんだか?」

自分の心のうちを押し殺し、山科、中御門が不利にならないか心配するそぶりを見せる信長。


「まぁ、我ら在京の公家としては、今川と織田が仲良うしていただいき、共存共栄できれば一番ですがな、のう、宣教殿」


「誠に、そう思いまする。中御門が今川殿の取り次ぎをいたし、山科が織田殿の取り次ぎをいたす、そのような形が理想かと」


二人の公家は、共存共栄などという甘いことを信長に向かって平然と言い放った。

信長としてみれば、骨肉相争う織田と今川が手を携えるなど、考えられないことであった。

それを踏まえて、信長はつづけた。


「しかし、栄枯盛衰、あい争うは、武家の習い。どちらかがどちらかを討ち取ることもございましょう」


「ほっほっほ、信長殿の申されることも道理。まぁ、その時は我ら公家は勝ち馬に乗らせていただくだけのこと。願わくは、織田殿が良き勝ち馬であってほしいものでおじゃる」


「はっはっは、そうなれるよう、あい努めまする。山科卿におかれましては、これからも織田の取り次ぎのほど宜しくお願い致しまする」


「こちらこそ、よしなに」


お互いが腹を探りあうような面会を終え、信長と林秀貞は、中御門邸を辞した。

信長にとっては自分の希望が通り、しかも今川からの自身の評価を知れると言うおまけもついてきたのであった。


山科言継からの紹介状を手に入れた信長一行は、さっそく本能寺住職に面会を申し込む。

山科卿からの紹介状の効果もあり、面会、火薬の定期的な供給の商談ともに速やかに進むのであった。

信長としては、今まで少し小馬鹿にしていた権威の力というものを思い知らされる機会となった。


本来の目的、本能寺経由での火薬の供給という目的が達成できた一行は、堺を数日見物をし、尾張に引き上げることとなる。


「さて、目的も達した。明日は京に泊まり、数日後には尾張に戻るぞ」

堺見物を終え、帰蝶や吉乃への土産も買った信長は、尾張に戻った後の岩倉攻めに思いをはせた。


「殿、京での酒宴の合間に坊丸殿に砂糖の買い付けを頼まれた、面倒だ、などとおっしゃっていましたが、それはよろしいので?」

丹羽長秀が、宿で信長が呟いたていたことを思い出し、一応、伝えた。


「失念しておった。山科卿の興味を引くのに、坊丸の菓子は役だったからな、一応、砂糖を買って帰るか」


「尾張では手に入りませんからな、坊丸殿の分以外にも城での調味料に使うのに買っていくのはいいことではありませんか」

と、二人の話を近くで聞いていた池田恒興が言った。


「で、あるな。勝三郎、金子を渡す故、砂糖を手に入れてまいれ」

信長からのご下命になってしまった砂糖の購入について、池田恒興は、余計なことを言ってしまったな、と内心思いながら、信長から渡された金子を懐に、堺の街を砂糖を求めて走り回ることになるのだった。

GW用に考えた旅企画「信長公記 上洛篇」のお話は、今回で終了です。

次回から、坊丸視点のお話に戻ります。


GW用と言うなら、GW中に集中掲載しろよ!というツッコミは聞こえなかったことにします。ええ。

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