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118話 信長、上洛。弐の段

美濃の斎藤家からの刺客の情報が、金森長近、蜂屋頼隆の手によって大広間の信長達にもたらされる。

そして信長は、二人の後ろに控える丹羽兵蔵を召し寄せた。


「斎藤め、儂の命を狙うか、クックック。面白い。丹羽兵蔵とやら、よくぞ告げ知らせた。その功をもって『よしつぐ』の名を与える。今日からは丹羽兵蔵芳次と名乗れ。那古野弥五郎も忠義に篤い良い家臣を持ったものだ。村井よ、那古野にも今回の事情が分かるように兵蔵に感状を出す故、記しておけ。さて、兵蔵、斉藤の刺客どもの宿はわかるか」


「はっ、二条蛸薬師の近くに宿をとっております。場所は目印を残してきましたので、間違えることはないかと」


「で、あるか。長近、その美濃衆、見知っておる者はおるか?」


「は、兵蔵の言うとおりであれば、幾人かは顔がわかりまする」


「あいわかった。長近、明日早朝、兵蔵とともに刺客の泊まっている宿に行ってみるがよい。

こちらが既に暗殺のことを知っていることを告げよ。

それで手向かい致すようなら、その美濃の者どもを斬れ。牛一と小姓衆も長近とともに向かうがよい。

長近の合図あれば手伝え。仰天して、すくむ様な奴らであれば笑うてやれ」


「はっ」「承りました」


「では、酒宴は此処で仕舞じゃ。長近、牛一、そして長谷川以下の小姓衆、委細終わったら、朝に報告いたせ」


信長の言葉が終わると、一度平伏し、一斉に動き出す家臣。


数刻の後、二条蛸薬師。やっと日が昇り始めたころ、京都の冬の冷気は、金森長近らの体を芯から凍えさせる。それでも一同は、凍てついた空気の中を丹羽兵蔵が目印をつけたという宿に駆けていく。


金森長近は目的の宿の裏口からの宿の人間に声をかけた。


「美濃の不破と申す。こちらに美濃の小池殿らが泊まっておられるはず。首尾の確認をとのことで、まかり越した。中に入れてほしい」


宿に人間は、泊っている人間を知っている美濃の人であるということを信じてしまい、金森長近を宿の中に招き入れてしまった。

宿の裏口から入る際に、金森は太田牛一らの方を一瞥し、近くで待つように指示を出した。


「小池様、美濃から来た不破様と言う方がお会いしたいとのことでございます」

「ん?不破殿がいらっしゃっただと、ではこちらにお通ししろ」


美濃の不破と言えば、不破光治のことで、西美濃三人衆に次ぐ西美濃の重鎮である。よもや不破光治本人は来ないとしても縁者が来るとしたら美濃に何事か起こったのか、暗殺に関連する指示の変更があったのだろうと考え、小池以下、信長暗殺部隊の面々は不破と名乗った人物に会うことにした。


「不破様、小池様がこちらでお待ちでございます」と、金森長近を宿の人間が案内する。


小池らは、入ってきた人間を見て、驚愕する。

そこには、しばらく前、土岐の後継争いに巻き込まれ美濃を去った金森長近の姿があった。


「げ、金森!貴様、今は織田の人間と聞いておる、な、何故ここに」


「知れたこと。お主らが上洛中の我が主 信長様の命を狙っていることは、信長様以下、上洛中の織田の面々は全員知っておるわ!

我が主の命にて、暗殺を行うのであれば受けて立つと伝えてこいとのことであったので、わざわざ、それがしがお主らの顔を見に来たのよ!

暗殺するには、人数が足りない様子じゃのぉ、信長様にご挨拶でもして、さっさと美濃に帰るがよかろうよ」


「くっ」


信長が既に暗殺計画を知っていると聞いて、顔色が変わる美濃の一同。

その顔色を見て、金森長近は笑いだす。

笑われたにも関わらず動けない一同をみて、金森長近は笑いながら宿を後にするのであった。


「長近殿、首尾は?」

宿から出てきた金森長近にすっと近づき、確認する太田牛一。


「笑い声が聞こえたであろう、各々方。美濃の刺客めらは、信長様が暗殺を知っていると聞いて、居すくんで動けない有り様よ」


「では、帰りますか、長近様」と岩室長門が金森長近に声をかけた。


「いや、一人、二人はこのまま奴らを見張らせよう。それ以外のものは、信長様にご報告に戻るといたそう」


首尾を信長に説明した金森長近以下の一同の話を聞いて、信長は上機嫌に答えた。


「長近、奴らを見張らせた判断は、良し。奴らが向かったところを確認し、知らせるようにせよ。鷹狩と同じ要領でやるが良いだろう」


信長の指示に従い、美濃の刺客の行き先を確認すると、刺客達は小川表に行ったことが分かった。

その情報を知った信長は、自分も小川表に行き、美濃の刺客達に会うと言い出した。


「殿、いくらなんでも、自分を殺そうとする者どもに会いに行くのはどうかと…」林秀貞や佐久間盛次らの老臣は信長をいさめたが、信長は聞かない。


信長は腕の立つものや小姓衆などを中心に三十名ほどを率いて、美濃の刺客達がいるという小川表に出向いた。


「長近、兵蔵、美濃の刺客どもはわかるか?」

「殿、あちらにいるのが、刺客どもです」

「で、あるか。では、いこう」


躊躇なく、刺客達の方に向かう信長。その後ろにいる太田牛一や小姓衆は斬り合いを覚悟して、刀に手をかけ、緊張の面持ちで信長に続く。


「おう、お主が美濃の小池だな。儂が織田上総介信長である。

お主らは儂を暗殺するために上洛してきたと聞く。主らのような小勢、未熟者どもが儂をつけ狙うとは、驚いた。

そうよな、まさに、蟷螂が斧を振り上げ馬車に立ち向かうが如く、よな」


信長にそう言われた美濃の刺客達は、一部は顔を青くし、一部は怒りをあらわにして刀に手をかけた。


「ふむ、ではここでやるか。できるものなら、やってみよ」


信長の言葉を聞いた牛一と小姓衆は、信長を守ろうと信長と刺客の間に身を割り込ませた。

信長だけであれば、と思っていた刺客達は、信長の前に現れた牛一らに驚き、戦意を喪失してしまう。

そして、進退に窮した刺客達は、じりじりと下がると、途中で身をひるがえし、散り散りに逃げて行った。


「笑ろうてやれ、笑ろうやれ」

信長の声を受けて、小姓衆は逃げる刺客達に向かって大声で笑い声を浴びせかける。

その嘲笑は、刺客達が見えなくなるまで続いた。


「皆の者、そこまで。明日は、山科卿に面談をいたす。

そうじゃのぉ、今日はこのまま、吉法師のころのように京の街を練り歩くか。勝三郎、供せい」


そういうと、池田恒興を呼び、昔のように肩を組んで信長は京の町を歩き出すのであった。

信長公記 永禄二年の「丹羽兵蔵の忠節」を元に翻案。

上洛中のことは、本当は山科言継との面談だけ書くつもりでしたが、せっかくだから暗殺話も書きました

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