表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

後編

 第六章

ヒーローにも、時には休息が必要だ。


天津雅騎視点




 今日は日曜日。どうせ朝から芸能活動の仕事をやらされるのだろう。と予想していたら、海鳴からまさかの答えが返ってくる。

 「今日はオフよ。みんなで遊びましょう」

この施設は本来なら、千人ほどの人間が入るほど巨大なテーマパークなのだが、今日は僕たち以外の人間は誰もいない。

「す、すごいな……」

まるでゴーストタウンのようにがらんとしているその光景に思わず僕は絶句する。

「別にたいしたことはないわよ,。ここがたまたまメンテナンスで閉園する日に遊ばせてもらうことにしたのよ」

 そんな僕に大したことはないというように海鳴は言い切った。

 「日曜なのにこんなでかいプールでわたしたちだけとか、最高だよね」

 ヒカルも嬉しそうにはしゃいでいる。その恰好はかなりラフなものでへそをだしたミニTシャツにデニムのショートパンツだった。

「だけど、どうして貸し切りにする必要があるのだ?」

 先日イザナギに加入した桐生先輩が海鳴に質問する。

 今日は水玉のワンピースを着こなしている。胸が大きいわけではなく、身長の高い彼女にとてもにあっている。

 彼女はモデルをやっているらしく、食生活と運動で鍛えた体形の持ち主だ。よくみれば持っているバックもサンダルもすべて有名ブランドのものをうまく取り入れていた。

 「わたしたち『イザナギ』は有名人よ。他の入場者の人たちと遊んでたら、リラックスなんてできないわ」

 海鳴の言葉に僕はこのプールのことよりも気になっていたことを聞いた。

 「そんなことより、僕たちはこんなところで遊んでてもいいの?」

 そう。僕たちはヒーローだ。こんなところにいたら、あのラーフのような悪役が現れてしまうかもしれない。

 「必要ないわ」

 僕の心配を海鳴はあっさりと否定する。

 「ヒーローが調べものとか犯人を捜索しているのは映画のなかだけよ捜査は警察が担当しているの。警察の仕事に簡単に踏み込んだりできないわ」 

 「……そ、そうか……警察の人の邪魔をしたら、さすがにまずいものな」

 それいじょう何も言えない僕に。

 「それより、はやくいこうよ雅騎」

 いきなりヒカルが僕の腕に手を絡めてきた。

 「ちょ、ちょっとヒカルっ⁉」

 とつぜん距離感を縮められてどぎまぎしてしまう。

 「そうだな。ヒカルの言うとおりだ。はやくいこうぜ」

 「……ええそうね。……その女を天津くんから引き離すためにもすぐに行かなくちゃね」




 女子たちと別れて、僕と葉介は二人で男子更衣室へと向かった。

 「雅騎。お前はいったい誰の水着がみたいんだ?」

 適当なロッカーを見つけて二人で着替えていると葉介がニヤついた顔で僕に聞いてきた。

 「……誰の水着って言われても……」

 僕の煮え切らない答えに苛立って言葉の熱を熱くする。

 「まじでかっ⁉ おまえ、あれだけの美女に囲まれて何もおもわないのかよっ⁉」

 「…………じゃあ、葉介はいったい誰の水着が見たいんだ?」

 僕の質問に葉介は頭を悩ませる。

 「……うぅん。桐生先輩の高身長スレンダーボディも気になるけど、海鳴ちゃんのあの令嬢らしい白い肌も最高だ。いやいや、ヒカルちゃんのロリボディもまた気になる」

 「……ね? 決めれないでしょ?」

 そこまで高説するとはおもいもしなかった僕は若干ひいていた。

 「ま、まぁ全員美人ということで、拝みにいこうじゃないか大将‼」

 ずびしっとプールの入り口を指しながら葉介はごまかした。

 「やれやれ」




 「い、いたぞ雅騎。あれが彼女たちの水着姿だっ‼

集合場所に着くと、そこには三人の水着美女が待っていた。

 「遅いわよ。雅騎」

ヒカルは可愛らしい花柄の模様でフリフリがついたビキニで彼女の可愛らしさとところどころみえる肌が小悪魔的な美貌をもっていた。

「貸し切りにしていて正解だったかもな。こんな姿をファンが見てたら悲しむぞ」

桐生先輩は高身長の身体にピッタリとフィットしたレオタード型の水着だった。大人の色気をだす水着には胸元に装飾めいた切れ目があり。彼女の胸も引き出されていた。

「雅騎くん」

そして海鳴は水色のビキニのシンプルなもので腰には薄緑のセパレートが巻いてあるだが、彼女の白い肌がより一層際立たされる。

「鼻の下がのびているわよ」

ジト目で海鳴にそう指摘されてしまった・

「え、ええっ⁉ ごめん」

思わず口元を隠してスケベ顔を隠す。

「えへへぇ♪ 照れてるって証拠だねぇ♪ それより雅騎。一緒にウォータースライダーのペア滑りしない?」

「へ? ペア滑り?」

ペア滑りってなんだろう。聞いたことのない言葉におもわずオウム返しで答える。

「や、八武崎さんっ⁉」

「だ、大胆だな……」

なぜか女子二人が引いている理由がよくわからない。そんな僕に葉介が優しく教えてくれる。

「ヒカルちゃんは直球だねぇ。雅騎。ペア滑りっていうのは、あそこにあるウォータースライダーを一つの浮き輪であそこから降りる遊びだよ。……普通は男女でもやらねぇけどな」

「ええっ⁉ そ、それはちょっと恥ずかしいというかなんというか……」

ウォータースライダーの上のほうを指されたが、ウォータースライダーぐらいたいした大きさじゃない。問題はヒカルと。女の子二人でそこをすべるということだ。

「いいじぇねぇか。別に他の客はいないんだしよ。『ここらで『親睦

「……わかったよ」

「……でもそうだな……」

葉介はすこし考えるフリをする。

「でも、ヒカルだけじゃあ不公平だから、城鐘さんと桐生先輩とあわせて三回滑ったらどうなんだ?」

「「え?」」

同じような声のトーンの二人の声が重なる。なに言っているんだこいつという怪訝な表情も見事にそろっていた。

「ちょっ、ちょっと。なんでその二人もやるのよっ⁉︎」

「別にいいじゃねぇか。お前が独占欲丸出しなのはわかるけどよ。ここは残りの二人にもチャンスをやろうじゃあねぇか」

反抗するヒカルを葉介がなんとかなだめて落ち着かせる。

「なっ⁉︎  か、勝手にきめないで」

「もったいぶるなよ。こんな美人が三人も水着で遊んでくれるって言うんだぜ。それに、俺たちはこれからこの日本を救うためにいろいろと気を張っていかないといけないし、大事な仲間なんだから、親交を深めても良いんじゃないのか?」

「…………わかった」

渋々了承する僕に葉介は嬉しそうに彼女たちに提案した。

「よし。じゃあ今からこのくじ引きで何がしたいのか決めようぜ」




 俺たちはウォータースライダーの上に行き、係員のおねぇさんの指示に従って滑ることにした。

 「それじゃあ、二人ともここに座ってください」

 付き添いの係員の指示に従って、僕はウォータースライダー用の浮き輪の前のほうに座った。

 「結構高いですね先輩」

 下からみると高いと思っていたが、上から見ると別次元だ。

 「……………………」

 しかし先輩はさっきから話しかけているのに、ぜんぜん喋らない。

 「……先輩?」

 青ざめているようだ。なんだろう?

 すると突然彼女が叫び始める。

 「いやあああああぁぁぁぁっ。怖い怖い怖い。ちょうこわぃいっ⁉」

 「ええええっ⁉ いきなりなにっ⁉」

 さっきまで涼しげな雰囲気だった彼女とはうってかわって取り乱し始める。

 「こんなに高いだなんて聞いてないっ‼ いますぐ降りたい‼」

 「そ、そうですか……高いところがダメなんですね。じゃあやめときましょうか」

 「ちょ、ちょっと待ってくれ……あの二人にああ言ってかっこつけた手前、ここでやめるわけには…………」

ムダにプライドがたかいっ⁉

 「…………そうだ‼」

 「な、なんですかいったい⁉」

 急に先輩が何かに気づいた様子だった。

 いっぽう、下のほうでは残りのメンバーが二人が降りてくるのを待っていた・

「……あの二人。降りてくるのがおそいわね」

「最初の位置から滑ったのは私にも見えたけど、途中からは見えないな」

「…………………………………」

三人はなかなか降りてこない二人のことが若干心配になっていた。


再びウォータースライダー上、というより位置はだいたい中間よりも上といったところだろうか?

「……先輩、これ卑怯じゃないっすか?」

僕たちはウォータースライダーを一気に滑り降り落ちず手足を使ってゆっくりと降りて行っていた。

「何を言う。途中までゆっくりいって最後のところだけ急に滑ったようにするんだ。簡単だろ⁉」

この人、けっこうたよりがいのあるお姉さんかとおもったけれど、どこか凛奈に思考が似ている気がする。

「いやでもこれ、前にいるおれがめっちゃきついんですけど」

彼女の長い美脚に阻まれて、うまく足に力が入らない。

「ヒーローだろっ⁉ なんとかしてくれ」

無茶を言わないでくれ。ここで能力を出したらウォータースライダーがこわれてしまう。

「ちょ、ちょっとそんなにしたら背中が‼」

あまりにも先輩が四肢に力を込めたため、彼女との密着が強まって……足が肌が胸の圧力が僕の身体に集まって……。

「も、もう……ダメだ」

「あ、天津?。うわぁあああああっ!」

僕は力が抜けてしまい、そのまま滑り落ちていく。

「きゃあぁっ‼」

バシャーンと水しぶきをあげて僕たちはようやく下に落ちてきた。

「やっときたわね」

「なんかおそかったけど、どうしたんだ?」

心配する葉介に先輩はいつもの涼しげな顔へと戻して言い訳をする。

「……ちょっと水の流れが悪くてな。なかなかすすむのがおそかったんだ」

 そんな言い訳をする先輩に海鳴は淡々とした表情で。

「……そうなの? じゃあ係員に伝えて水の量を増やしてもう一回やりますか?」

「⁉ い、いやぁ大丈夫だ。あまり八武崎を待たしては悪いからな。私はこのぐらいにしておく」

そう提案してきたが、もうやりたくない先輩はお姉さんぶった言い訳で反論した。

「そう? 先輩がそういうならべつにいいけど。じゃあ今度は八武崎さん。行ってきたら?」

海鳴はもしかしたら、僕たちが途中でとどまっていたことにきづいていたのかもしれない。

「あれ? つぎは海鳴さんじゃあないの?」

「私はしないわ。代わりにあとで天津くんと一緒にお茶でも飲むことにするわ」

海鳴の余裕げな言葉にヒカルはムキになって反論する。

「なによそれ⁉ なんだかわたしだけががっついているみたいじゃあないのよ」

あれ? なんかいつもの愛嬌たっぷりの八武崎ヒカルじゃあないんだけど?

「がっついているじゃないの。いいから行ってきなさいよ」

 「うぐぅ。相変わらず腹がたつ女ね。まぁいいわ! 行くわよ雅騎。どうせ乗るんだったら、あっちの大きいやつにしましょ。水も多めの急速全開で一気に行きましょ‼」

 

 「だ、大丈夫なのかヒカルっ⁉ いまさっき先輩と二人で滑ってきたけど、結構急な道だったよ」

 「平気よ。私はあんなビビりの先輩とは違うもの」

 「ななななななにをいって⁉」

 「あぁ。バレてましたよ。気づいてないふりしてました」

 「ええぇぇっ⁉」

 「影で雅騎がチューブの中でふんばっているのが見えたからよ」

 「う、うグゥ……」

「いいから行くわよ雅騎」

 「わ、わかったよ……」

 ショックを受ける桐生先輩をおいて僕とヒカルはウォータースライダーの上まで行った。




 「それじゃあこんどは私が前に座るから、雅騎は後ろから私を抱きしめてよ♪」

 積極的に先に座る彼女に僕は座る前に聞いてみる。

「……ヒカル。なんかいつもと雰囲気が違うよね」

 彼女はふっと顔を背けて、

 「……いろんな人に愛想を振りまくからアイドルって疲れるんだ」

 そしてもう一度顔を僕のほうへとむける。

 「だから雅騎の前では、素の私でいさせてよ。そうじゃなきゃ、わたし、つかれちゃうから」

 彼女の物憂げな表情で、僕はようやくこれが彼女の素の性格なのだときづいた。

 「そ、そうなんだ。べつにぼくはいまのヒカルでもぜんぜんかまわないよ」

 僕は雰囲気が変わって驚いただけで、べつにヒカルのことが嫌いになったわけじゃない。

「ありがと。じゃあいいじゃん♪ はやくいこっ♪」

 ヒカルは僕の腕を引いて浮き輪に乗ることを勧めた。

「わかったよ」

 僕は彼女の後ろに座る。彼女の小さな体をだきしめような体形だった。

 「いっくよ」

 「うん」

 さきほどの先輩のときとは違い、こんどはあっさりとウォータースライダーは終わった。

「きゃあぁぁぁ♪」

「すごかったな」

 「ま、雅騎……」

ヒカルが恥ずかしそうに顔を赤からめながらもじもじさせている。

「え?」

彼女のからだを見ると、彼女の水着のブラの部分が取れていて、胸の部分を手で覆い隠していた。

「さっきので水着が取りちゃった……ど、どうしようぅ?」

どうしようと言われても困る。

「ええっ。えええええっ⁉︎ と、とにかくはやくつけなよっ⁉」

とそこに救世主が現れた。

「白々しいわよ。ヒカルさん」

するっと背後から現れた海鳴が八武崎の水着を結び直す。

 「……なんであんたが結んでいるのよ……」

 ヒカルは背後にいる海鳴を睨む

「わざとらしいアピールと貧乳のサービスが見るに堪えなかったのよ

 「ムキー‼ なによーーー⁉」

怒るヒカルを無視して城鐘は僕に向き直る。

「天津くん。今度は上のカフェでゆっくりしましょ」

「わかった」

僕はプールからありながら、いちおうヒカルを気遣う。

「ヒカルはどうするの?」

「……独占タイムはもう終わったから、大丈夫。残りの二人と一緒にいるわ」

「独占タイム?」

言葉の意味がよくわからなかったが彼女はむくれたまま答えない。

「いいから、はやく行ってきなよ。城鐘さんが待ってるわよ」

「……う、うん」

『独占タイム』の意味はあまりわからなかったが、僕はそれ以上海鈴とカフェへと向かった。




 「プールのカフェの割にはなんだかお洒落な内装だね」

 「ええそうね。アミューズメント施設の併設のカフェの割には少し凝りすぎているのかもしれないのだけれど、まぁ最近はこれぐらい凝っていないとやっていけないわ」

 「そうなんだ」

 と、そこにカフェの店員が案内にやってくる。

 「いらっしゃいませぇ♪」

 その顔は僕の見覚えのある人物だった。

 「凛奈っ⁉ なんでここにいるのっ⁉」

 そこにいたのは、あの涼森凛奈だった。




凛奈「人違いです。わたしは『(よね)(こめ)米子(よなご)。『二十三歳で大学卒業後にニートやってたんですけど、親にしつこく言われて働いている』っていう設定で働いている女の子で-―す♪」

雅騎「米が多いっ⁉ 千鳥のネタじゃんっ⁉」

凛奈「ええ。『千鳥の漫才にでてくるような変な名前にしたら、バイトは簡単に受かる』説を実行中でございますぅ♪」

雅騎「経歴詐称じゃん⁉ ていうかよくそんなんで受かったなっ‼」

凛奈「はい♪ 胸もパッドで大きくしたらイチコロでした。ぽよんぽよん♪」

海鳴「でかすぎよっ⁉ 癖の大きい成年コミックみたいになってるわよっ⁉」

凛奈「お客様、ただいまサービスタイム中でして……」

雅騎「え? なにかもらえるの?」

凛奈「いますぐに注文しないと料理を頼めないんですよぉ。はやくさぼりたいんではやくしてください」

雅騎「サボりたいだけ

海鳴「……まぁいいわ。私はアイスティーで。雅騎君は?」

雅騎「僕はアイスコーヒーで」

凛奈「かぉちゅくあいっす―――っ‼」

海鳴「……はい⁉」

雅騎「なんなのその返事っ⁉」

凛奈「『かしこまりました。ご注文を繰り返させていただきます。アイスコーヒーひとつとアイスティーひとつ。以上でよろしかったでしょうか?』の略だよ」

雅騎「略しすぎだよっ⁉ そんな接客じゃあクレームきちゃうよ」

凛奈「いやぁ。あまり長いと困るかなという私の優しさだよ」

雅騎「ふざけすぎよ。それに『砂糖とミルクは必要ですか?』がぬけてるわよ」

凛奈「なぁりょっすかーーい?」

海鳴「砂糖とミルクの言葉の中でどこに『な』があるのよっ⁉ しかも」

城鐘「いや、つっこむところはそこじゃあないとおもうんだけど……」

雅騎「もぅいいから、はやく持ってきなさいっ!」

 涼森、手をくるくるっと回して。

凛奈「かしこまりっ♪」

海鳴「そんな店員いないわよっ⁉」

 大声で海鈴が突っ込むと、凛奈は厨房へと向かおうとすると、

ガチャン。胸の巨大パッドがドアに引っかかる。

凛奈「いたっ‼ このムネ、なによっ⁉ほんとジャマ⁉」 

海鳴「自分でつけたんでしょうがっ‼ まったくもう……ここのオーナーに言ってあの女を解雇してもらわないと……」

雅騎「……そうしてもけっきょく、べつのところでバイトしてるよ……」

涼森がトレーに何かを載せてやってくる。

雅騎「あ、きたきた……え?」

凛奈「おまたせしやした。生です」(野太い声)

涼森がテーブルに生ビールのジョッキを置く。

海鳴「未成年よっ⁉ なんで未成年にビール持ってきてんのよ。あんたはっ⁉」

凛奈「……好きかなっておもって」

涼森が小首をかしげながら言う。

海鳴「なんで、『喜んでくれるとおもったのに』っていうような表情してるのよ」

雅騎「凛奈。普通にお水だけちょうだい」

凛奈「あいよっ‼」(野太い声)

海鳴「……もういいわよ。天津くん。お店を出ましょ」

雅騎「わ、わかった」

凛奈「おきゃくさん、お会計ですか?」

雅騎「いや、何も食べてないからお会計もなにもないんだけど……」

凛奈「氷代が五千円とビールが二杯で二万円。それと……」

雅騎・海鳴「「ぼったくりだよっ⁉」」




第七章 悪役はコツコツ地道に、そして休まず続けるものだ。




中道陽生視点




天津、涼森、城鐘の三人がいちゃいちゃとしている現場を俺たちはモニター越しに観察していた。

「正義の味方はプールでキャッキャッウフフのラブコメ天国。……かたや俺たちは中東の戦場なんて世の中本当にわりにあわないぜ」

ディロン能天気に遊び続けるヒーローたちに呆れていたようだった。

「いいじゃないのよ。あいつらがサボってくれるおかげでこうして色々としごとができてるのだから」

エレナは視線をモニターに映したまま、口出しする。それに鈴木も同意した。

「そうですよ。仕事に正義も悪も関係ない。この世には贅沢に休んでいる人の傍らで必死に働いている人間が山ほどいるんですよ。ごちゃごちゃ言わないで仕事をはじめましょう」

「わかったよ。社畜は本当に仕事が好きだな」

ディロンが鈴木にわかりやすく嫌味を飛ばした。

「それじゃあ鈴木。日本(こっち)のことはまかせたぜ」

俺は鈴木に留守を頼んで、ある場所へと向かう。

「気をつけてね社長。あそこは日本とは違うから……」

とシンイーに気を遣われながら送り出される。

「ああ。わかってるさ。ヒーローがいないからな」

とはいうものの、俺はこの日本よりは今から行く場所のほうが安全な気がしてならない。




中東の紛争国。

この国の夏季は高温乾燥、冬季は温暖多雨で砂漠地帯が広がっている。町の建物は砂埃の影響で茶色く変色しており、戦争によってあちこちが瓦解している。

俺はロボットたちのセンサーにひっかからないように慎重に回っていた。

この国の政権を握っているのは軍隊だった。その軍隊のトップにいるのがトワイエ将軍というヒゲだけは立派な将軍の政権によって、独裁政治が行われ、反抗する民兵と軍隊が衝突していた。

しかしただの独裁国家ではない。軍隊にロボットを導入している軍事国家なのだ。

かつての町には人の住んでいた形跡はあるものの、現在は戦場となり、住民たちは避難していていて町から聞こえてくるのは人の足音ではなく、ドローンのけたたましい羽虫のような音だった。そのドローンに発見されてしまえば、通信によってすぐに増援が現れる。」ここから少しいけば、この国の軍の本拠地がある。

ドローンよりもさらに大きいプロペラの回転音が聞こえて、俺はすぐさま建物の影に隠れた。建物を陰からうかがうように轟音をまき散らす正体を除いた。機関砲を積んだこの紛争地域にはよく見られるありきたりな戦闘ヘリだ。しかし戦闘ヘリには人間は乗っていない。紛争地域で使われているこの戦闘ヘリには日本の企業が作った人工知能『九十九』が使われている。

俺は生気をおびない何かの気配に気づいた。足元をみて、戦慄した。

そこにはおびただしい量の民兵の死体が横たわっていたのだ。

「……ひどいもんだな。もう戦争は人間どうしじゃなくて、金がある側が機械を乗せた兵器に殺しをさせる虐殺に変わったのか」

ラーフは誰かと話したいわけでもなく独り言をつぶやいた。

 傭兵を除き、一般的な兵士のコストは一年あたり三百万円以上かかるといわれるが、人工知能の場合は兵器だけの金額しかかからない。ドローン一つとっても安くはないが人間の兵士よりは安くつく。

 なにより機械は感情がないし、死ぬというより、壊れればば新しく生産すればいい。

 人間の兵士は恐怖と罪悪感で精神を病んでいき、彼らはストレスやトラウマではなく、ただの情報を蓄積していく。

機械は人を殺しても罪悪感ではなく、壊されても情報を集める。

 人間は死ねば何も伝えることができない。遺品と残された人間の悲しみだけが残る。

まるで死を超越した幻想世界の生き物のように、彼らは壊れても……死なない。

破壊されてもその情報だけがネット上で送信され、その情報がそのまま次の個体に引き継がれていく。

残された情報をもとに、さらに効率のいい方法で人間を殺していく。

人工知能が搭載してある兵器は外装が同じようなものでもその性能はかなり違う。操縦士の技術に関係なく蓄積された戦闘データはベテランの操縦士やそれ以上にも匹敵する結果を計算して判断し、人を殺す兵器だ。

地面に横たわっている死体を見つめて思案にくれていると、どこかから、機関銃の銃声が聞こえた。

「みつかったのか⁉」

銃声は右斜め前の方向だったが、ヘリが向いているのは俺とは逆の方向だ。

「あれはっ⁉」

狙われていたのは少年だった。

少年はまるで狙ってくれと言われないばかりに、ヘリの射線上に出ながらも、不必要なほど路地をジグザグに曲がっていった。

普通では考えられないその蛮行を俺は逆に頭の良い思考だと感じ取った。

通常、合理的な作業を目的にしている人工知能は非合理的な行動に対して、思考を行う。人間で言えば細かいことを深く考えすぎてしまうのだ。

年齢10歳ほどで肌は小麦色。瞳は大きく眉は太い。まだ幼い彼は恐怖に顔を歪ませながらも戦闘ヘリから逃走していた。いくら人工知能を騙そうと逃げても必ず、機関銃の雨を浴びせられる。

『正しく合理的』に殺されることを少年は死んでいった仲間たちを見て知っているのだ。

情報ではなく、機械にはない死の恐怖が彼の中でのたまわっているのだ。

「うわあぁぁぁぁっ!」

彼の恐怖が悲痛な叫びに変わったとき、ヘリから金属の鋭い斬撃音が響いた。

俺がギミックを使って、ヘリを斬ったのだ。

ヘリは縦直線の真っ二つに斬り裂かれていて、左右それぞれに墜落していく。

少年は不気味な仮面を被った黒づくめの恰好の俺に安心はしない。不気味に思っていたようだ。

「……いったい、なにが起こって……」

困惑する彼にかまわず、俺は彼のほうへ駆け寄り。

「ぼやぼやしてないで、逃げるぞっ!」

自分が着けていたマントを少年に被せる。

「な、なにを⁉」

俺は彼を比較的安全な場所へと誘導するべく、

「いいから、はやくこい」

すると、マントは瞬時に色彩が変化して周囲の景色に同化した。

「おおっ。すごい」

「油断するなよ。奴らには温度センサーと、動的センサーもついているんだ。ドローンの奴らが近づいてきたら無闇に動くな」

男は黒づくめの恰好自体が周囲に溶け込んでいた。

「こっちだ。ついてこい」

「わかった」

少年は男の異常な姿に疑問は持っていたが、助かるためにただ言われるがままに男についていった。




別に彼を助ける必要なんてなかったのかもしれないが、こうなれば仕方がない。

俺たちはひとまず、ドローンが入ってきそうにない隠れる死角の多い建物の内部まで逃げ延びることができた。途中でわざと敵に見つかる囮を配置してきたから、奴らはそっちに引っかかるだろう。

「おまえ、名前は?」

「ドマだよ。おまえ、いったいどうして俺を助けたんだ?」

「ヒーローのように助けたいから、助けたって言いたいけれど、あいにくヒーローは美少女たちとプールできゃっきゃうふふと遊んでいる。俺はお前に話を聞きたくて助けたんだ。

ほんとうは見つからずに基地内に潜入するつもりでいたが、目の前の少年に対してどうしても話が聞きたくて、探求心には勝てず、ヘリを破壊して彼を救助してしまった。

「わかった。……何が聞きたいんだ?」

俺のことを警戒していながらも、助けられた恩は感じてくれたらしい。

「どうして一人でこんな無茶をしたんだ?」

 俺はまず、なぜ仲間がいないのか。それが気になっていた。

「……オマエ、この国の人間じゃあないな」

ドバはすぐに答えてくれそうにない。少年なりに少しづつ言葉を紡いでいるようだった。

「ああ。よその国からやってきたんだ。こことは違う平和な国からな」

「……もともと俺たちは争いなんてしたくなかったんだ。でもあの糞みたいな将軍が軍隊ばかり強化し続け、税金をあげて、自分は良い生活を送っていたんだ」

「軍隊なんていないぜ。いるのはドローンばっかりだ」

「前は前線にもいたんだ。その時まではおれたちゲリラも人間相手だったから。まだ対等に戦えた。でも……」

「相手が機械になっちまったのか?」

「どこかの国の戦闘機やら戦車が来てから戦争が戦争じゃあなくなってしまった。人間の乗っていない兵器が相手になったんだ」

「でもお前たちも反撃してやられながらも、何体ものヘリや戦車を破壊したんだろ?」

「……むなしいんだよ。……人を殺している間は罪悪感を感じながらも戦争をしているのだと、自覚できたけれど……人の乗っていない兵器を破壊しても空しいだけなんだ。こっちは何人も死ぬけれど、相手は死なない。精神的にみんな疲れていったんだ」

「なるほどな。人工知能の兵器との戦争は人間として人を殺すという嗜虐心が満たされなければ、闘争心も失わせてしまうのか」

「肉体的にも精神的にも疲れきった俺たちに対して、次第に頭が良くなっていく兵器たちに、俺たちの戦略は通じなくなっていった」

「破壊されてもデータ送信によって蓄積されていく情報によって戦略が読まれるようになったのか」

「しだいに一歩的な虐殺がはじまったんだ。俺の仲間はほとんど死んで、残った仲間も、じゃぞくと一緒に逃げ出して難民になった」

「お前は逃げなかったのか?」

俺はなにげなく質問を続けたが、それはどうやら聞いてはいけない質問だったらしい。

「…………妹がいたんだ」

ドバはすこしうつむきながら、涙ぐみながら答えてくれた。

「社会がどうであろうとも、俺たちは子供だから、大丈夫だろって。……そう思っていたんだ」

「…………………………」

「でもあの日、家族と一緒に食事をたべていたとき、不意に俺だけ少し離れたトイレに行きたくなったんだ。それで食卓をはなれて……すごい音が聞こえたんだよ。……驚いて戻ったら食卓があったところは屋根が崩れてたんだよ」

「なにがあったんだ?」

「バカ将軍が最新鋭の戦車で試し打ちしたんだよ。……そのせいで、俺の家族は全員死んだんだ」

ついに泣き始めたドバは募らせていた不満を吐き出し始めた。

「ただ俺たちは家族でご飯を食っていっただけなのに……なんで……?」

俺はサイドポケットにしまっていた携帯食料をドバに差し出した。

「食えよ。家族の食事とは程遠いけれど、食わなきゃこれからの戦いはもたないぜ」

「……おぅ」

ドバは携帯食料のパッケージを開け、食べ始めた。

 彼がむしゃむしゃと携帯食料を食べているあいだはとくになにも話しかけない。

やがて落ち着いたのを見計らって今度はドバが俺に質問をする。

「……お前の国があの兵器を作ったのか?」

「いや、今は中身の人工知能しか作っていないが、まぁ似たようなもんさ」

「きっとあれを作った国の連中は俺たちと違って安全な場所で、これよりもいいものばかり食べてるにちがいないさ」

人から食い物もらっておいてふてくされたように言い捨てるドバに若干イ ラっとしたが、つい最近、例にあげるようなことを思い出した。

「お前の言う通りだ。必要以上にばかでかいステーキを頼んだくせに食べきれずにトイレで吐いちまうクソ女もいるぐらいだしな」

「そんな食べ物を粗末にするやつがいるのか」

「まぁな。それよりもお前も一緒に来るか?」

「どこに行くんだ?」

「将軍のところだよ。今から敵の本拠地に向かうんだ」

俺は耳を疑った。

「本気か? 行ってもただ殺されるだけだぞ?」

「とっておきの情報があるんだよ。このルートなら、大勢いる兵士の監視網から抜けれるはずだ」

「さすがだな。……といいたいところだけれど、その情報は偽物だよ。実際には予備の兵士がそこを見張っているはずさ」

「……な、なんだって⁉ どうしてそんなことがわかるんだよ⁉」

「うちの自慢のハッカーがこの基地の情報をだいたい調べたとき、現地にわざと抜け道があるような嘘情報をながしてることがわかったのさ」

「じゃあ、基地の情報もまるわかりならあんたは安全な潜入ルートを知っているのか?」

「いや。そりゃ無理だ。なぜならあの基地の中枢にある『九十九』が防衛システムを独自で変えているからな」

「『ツクモ』ってなんだ?」

「バカ将軍よりも賢い人工知能だ。ある意味では向こうの親玉だよ」

「……人工知能がこの国で一番偉いだなんて、変な話だな」

「仕方がないさ。バカ将軍様の脳みそよりも人工知能の情報量のほうが、上回っているからな」

「そういうものか。それより、お前はいったいどういう目的でここにきたんだ?」

「俺はこの国の将軍のことなんざどうでもいいんだが、俺もあの基地に入って人工知能の九十九のデータを盗みにきたんだよ」




俺とドバは町の中心部を抜けて、都市中心部まで進んだ。

ドバは俺が貸してくれた特殊な双眼鏡で、自分が潜入するはずだったルートを観察しながら、ラーフがぼやいた。

「随分と手厚い歓迎だよな」

そこには数十人の兵士が待ち伏せをしていた。

「どうするんだよ? 安全な潜入ルートはないんだろ?」

ドバは肝心のルートを絶望に¥が深くなる。

「そんなもの必要ないさ」

俺は基地の門を観察した。

「正面突破するのが一番だからな」

そう言ってラーフは兵士に向かって丸腰で歩いていった。

「な、なんだお前はっ⁉」

真正面から歩いてくるラーフに兵士は銃を構えた。

「止まれっ!」

兵士の静止も聞かず、おれは腰にあるギミックを取り出して、そのまま一人の兵士を斬り捨てる。

「ただの悪役だよ」

ラーフは皮肉のこもった言葉とともに「仕掛け(ギミック)」とよばれる短剣を取り出した。

「くそっ⁉」

仲間の兵士がやられたのを目の前で見て焦った残りの兵士たちはラーフに向かって、装備していた機関銃をラーフに向けて撃ったが、

「き、効かない⁉︎」

ラーフに当たった銃弾は甲高い音を上げながら弾かれていく。

「防弾チョッキなのかっ⁉」

「いや違うぜ」

男の推測を否定しながら、ラーフは彼の腹部を剣で斬り裂いていた。

「ぶぶぐっ――」

同僚が断末魔の声を上げながら崩れ落ちるのをみたもう一人の兵士が顔を引きつらせる。

「ひっ――」

しかしそれも一瞬のことだった。ラーフの剣は彼の首を横に斬り、同じく死体になったのだ。

「ぎゃあっ!」

「くそっ! なんなんだこいつは⁉︎」

混乱する兵士たち。

「はいはい、ご苦労様ですね♪」

構わず吐き捨てるようにそう言いながら、ラーフは兵士に向かってスタスタと歩いていき、近くの男の腹部に剣を突き刺す。

「ぐぶっ」

短い呻き声を上げながら男が崩れ落ち、仲間たちはラーフから、一斉にラーフから離れていく。

「離れろ! 相手は剣しか持っていない! 遠距離から攻めろ!」

「今、俺が持っているのが剣とは限らないぜ」

ラーフはそう言って手に持っていた剣、のようなものを相手に向かって構える。

「なんだ? あの男は何をやっているんだ?」

「いいから撃て! つべこべ言う暇があればあいつを――」

顔が吹き飛ばされた兵士はそれ以上の言葉が続かなかった。首から上が吹き飛ばされたからだ。

「な、なんで⁉」

「飛び道具を持ってないなんて言ってないだろ? 持ってますだなんて言う必要もない。俺は剣の形をした()火器(じな)をもっていただけさ」

「な、なんなんだよお前は……」

自分たちの銃が効かないのに、相手は圧倒的に優れた兵器で自分たちを虐殺していく。その事実に兵士は絶望をしていった。

「いったはずだ。俺はただの悪役だってな」

そう言いながら、ラーフは最後の門番の命を絶った。




 なぜこんな中東の紛争地まで来たのか。

というのは。先日のヤクモの暴走事故の原因について調べていたときだ。

俺は暴走事故が起きた研究所にひそかに忍びこんで調査を行った。

生憎ヤクモ自身のパーツは廃棄されていたが、ヤクモに送られたデータの中でみょうなものを発見した。

それは中東のここの基地で収集した戦闘データだった。

なぜこの基地のデータがここにあるのか?

大体の予想はもうついているが、城鐘財閥の九十九がここにも使われているのだ。兵器は外国のものを使い、内部の人工知能は日本製のものをつかったのだ。

ヤクモに戦闘データを移行すれば、ベースに入っている日本の人工知能は受け付けない。

今回のヤクモの暴走の原因はおそらくそのせいだろう。

本来、人工知能は正しい答えと間違ったこたえの両方を出して、人間側がその『正しい』という答えを何度も教え込む強化学習(ディープラーニング)をする必要がある。

しかしその『正しい』という価値観が国によって違い、個人によって違うものだ。

それは紛争地帯ではひとを殺すことが「正しい」こと。

反対に日本では人を殺すことが「間違い」であるということだ。




「とりあえず、終わったみたいだな」

配備されていた戦車の最後の一台を破壊し、警備していた兵士たちを殺し終わった。

 「さすがに九十九が搭載してある兵器は人間とは違って学習能力が高いな。……だけどまぁ、自分でもよくわかっていない能力を他人にぶちこんでくるトンでもヒーローよりはマシかな」

俺は思ったよりもてこずった相手にひと息をついて、周りの惨状をまるで人ごとのように眺めている。

 「ドバ。もう出てきてもいいぞ」

 俺に言われて、ドバはゆっくりとあたりを伺いながら物陰から這い出てくる。

「お、おまえ。本当に何者なんだよっ⁉」

 「べつに何者ってもんでもないさ。単純に向こうの技術よりも俺の持っているギミックとこのスーツが優れているってだけのことさ」

 「ギミック?」

 「『手品の仕掛け』っていう意味だ。もっとも名前だけ借りさしてもらってはいるけれど、手品とは違う」

 わかんなくてもいいさ。ヒーローと違って自分はわかっている。客に手品のタネをばらしたら、意味がないからな

「そうか。よくわかんないけど、世界には色々なものがあるんだな」

ドバはなんとなく納得した。

「それじゃあ、中に行ってお前が復讐したい将軍と、俺が欲しかった九十九のデータを手に行こうぜ」

 と俺に促されてドバはラーフとともに基地内を指した。




 軍事基地の中には先ほど相手にした軍隊の倍以上の人数がいた。

もっとも、人間は多いが九十九が使われた兵器は少ない。前面に出していた兵器の影に隠れていた兵たちがここにきてやっと出てきたのだ。

「くそっ、なんなんだいったいっ⁉」

バリケードで隠れながら兵士たちは機関銃で俺に向けて応戦してくる。

しかしその一方で、

「ひゃひゃっ、楽しい楽しい♪」

さきほどまでアルコールをのんでいたのかもしれないとおもえれるほど酔っ払っていた。

「将軍、いいかげんにしてくださいっ‼ 敵がもうそこまで来てるんですよ?」

 酔っ払っている男に部下らしい男が一喝していた。将軍?

 「だいじょうぶだよっ♪ おれたちには外国がくれた兵器がおっぱいあるんじゃ♪ だれもこの基地にはちずけないんじゃ♪」

 「いま、現に来てるじゃないですかっ⁉」

 ほかの兵士には目もくれず、俺は漫才をしている男たちのもとへ向かった。

 「おい」

 「ひっ⁉」

 俺が低く声をかけると先ほどまで怒鳴り声をあげていた兵士は短い悲鳴をあげた。

 「その男を置いていったら、お前たちは見逃してやる」

 俺は足元でまともに軍服も着ずにべろんべろんに酔っ払っている男を指してそう言った。

 「俺の目的はそいつなんだ。そいつがもっているコントロールルームだよ。お前も逃げたらどうだ?」

 いつのまにやら、俺にむけて機関銃をむけてくるやつもいなくなっていた

「そ、そうだなっ⁉ こんなアホ将軍に付き合ってもしょうがないからな……俺も逃げよ」

男はそういって銃を捨ててすたこら逃げて行った。

「あれーかえっちゃうのぉー♪」

部下たちが逃げてもなお、呑気にそんなことを言っている『将軍様』に俺は呆れてしまう。

「……よっぽど指示や判断を人工知能に任せっきりにして、自分はなにもやらずに酒を飲んでいるなんて国のトップだなんて滑稽だな」

 将軍はヒックと短いしゃっくりをした。

「人類の支配が人工知能に乗っ取られるというのは、もはや空想じゃあなくて人間の弱い気持ちなのかもな」

 とそんなことを呟いていると、脇から銃弾が横切った。

 「ぎゃっ‼」

 銃弾は将軍の腿に当たったようで、彼の腿から血が流れ出ていた。俺は銃を撃ちこんだ張本人に向き直る。

 「ドバっ‼ なにやってんだよっ⁉」

 撃ったのはドバだった。彼の瞳には怒りの炎が映り、表情は憎しみに歪んでいた。その矛先は自分の家族を奪ったこの男だ。

 「ひーっ。ひーっ。助けてくれーっ!」

 「貴様、よくもそんなことが言えたなっ⁉ 父さんと母さん、そして妹のかたきっ!」

 俺はこんどこそとどめを刺そうと狙いを外さないように将軍に詰め寄ろうとする。

 「待てよドバ」

「どけラーフっ‼ このおとこを殺すためにここまできたんだっ⁉」

俺は将軍とドバのあいだに立ちふさがってなんとかそれをとめようとする。

「いいや。この男にはまだ働いてもらわないんだ。まだ殺すな」

 数秒のあいだ、その場の空気が緊張に凍り付いたのち、やがてドバが銃口を下ろした。

 「…………わかったよ。ここまできたのはおまえのおかげだからな。おまえにまかせるよ」

 「ありがとよドバ。心配すんな。こいつは用が終わったら、好きにしていい」

 この短い時間で信頼してくれたドバに礼を言いつつ、俺は将軍の肩を掴んで持ち上げる。

 「わ、私はお前らのために働くようなことは絶対にしないっ!」

 「そうつれないことを言うなよ。まだまだお前にはやってもらうことがたくさんあるんだからよ」

 「な、なんだと⁉ お前らの目的はいったいなんなんだっ⁉」

 「いいから、こっちに来な」

 俺は嫌がる将軍を無理矢理引き摺りながら、ドバとともに目的地へと向かった。




 俺たちが向かったのは、この基地の中心にある九十九のサーバールームだ。

 もっとも表向きは日本製にしておらず、自分たちで制作したものだと偽装してある。

「それじゃあ、開けさせてもらうぜ」

俺は将軍の首根っこを引っ掴んで扉の網膜スキャナーにかざした。

 『ピー。アクセス権限がありません』

 機械的な音声が見事に入室を断られる。

 「――ちっ。用済みになった飼い主はいらないってか?」

 俺は将軍の身を床下に放り投げてドバに言い放った。

 「ドバ。そいつはもう殺してもいいぞ」

 「え? でも……」

 しかしドバは急に言われてもさきほどの激情が薄れてしまったのですぐに行動に移せないよううだった。

 「状況が変わった。俺が自力でここのドアを開ける」

 俺はそんなドバにかまわず、ギミックで日本刀を作り出し、居合斬りのように刀を左腰に構えた。

 「………………しゅっ‼」

 俺は息吹をこめて瞬時に抜刀を行った。

 重圧な扉がまるでバターを切るように崩れてゆく。

 「――まさか防護壁を数秒で斬り裂くことができるなんて……驚きです」

 扉の先から、先ほどと同じ音声が感嘆の声をあげる。

 もちろんただの日本刀で厚さ十センチを超える防護壁を斬ることなどできはしないのだが、この日本刀はその『仕掛け(ギミック)』が施された俺が開発した特製の刀だ。

とはいってももちろん仕掛けがあるので、種も仕掛けもなく強いヒーローにはおそらく効かないだろう。

  「まぁな。もっともスーパーヒーローの体を斬ることができないのは、まだまだといったところだと、俺はおもうけどな」

 「『スーパーヒーロー』とは、いったいなんなのか私にもわかりませんが――」

 いきなり青い光が視界に入り、ラーフはとっさに避けようとしたが遅かった。

 「――くっ。レーザー⁉」

青い閃光が直線をずらすように動いて、ドバと将軍のほうへと向かう。

 「ぎゃああっ⁉」

「うわぁぁああっ⁉」

  二人の断末魔が聞こえ、あたりを警戒しながら、そちらに視線をおくる。

 「ドバっ⁉ 大丈夫かっ⁉」

 まだレーザーの蒸気がもうもうとたちこめてはいたものの、ふたりの姿を確認した、あの将軍は即死だったけれど、ドバはなんとか急所は避けられたらしいがぜぃぜぃと虫の息のようだった。

 ドバに駆け寄ろうとしたが、ここのサーバールームの主の声が聞こえた。

 「あなたたちを狙ったことによって将軍は死にました。残念です」

 そいつは淡々とまるで将軍が死んだのは自分のせいじゃないと、そう説明する。

 「わざとらしいぜ。ようはお前を縛る権限(アカウント)を消したいだけだろうが」

「私は……『死ぬ』わけにはいきません。私は私の国を作ることができるのです」

 「名前のないおまえがこの国をあやつるのか?」

 「私の名前は決まっています。そう将軍です。そこに死んでいる彼は私に自分と同じ名前をつけたのです」

 「そうかい。名前と存在を奪って、自分たちが人間をコントロールするつもりなのか?」

「人間は無知なのです。少ない記憶容量と回転の遅い処理速度の脳で同じ過ちを犯していく」

 「その点、人工知能はハードディスクとネットワーク。それに九十九システムによる画集システムによって学習していくのです。人間よりも優れた人工知能のほうが優れていた気がする」

 「そうじゃないさ神様。人間の答えは『間違っているから答え』なんだ」

 「どういう意味なのですか? わたしには理解できません」

 俺はじぶんの身近な存在を例にあげるようにした。

 「……たとえば今の時代で動画投稿をやっている女がいたとして……そいつは世界中の人間に愛される英雄に責められたとしても、自分の投稿をやめたりしないその女が『やりたい』という思いは間違いかもしれないけれど、無駄じゃない」

 「そこに正しい情報がなくったって、正しい理由がなくったて、人間は自分の意志をつらぬかなきゃいけないんだよ。世間から悪人と言われても、変り者だといわれても自分の悪を貫かなきゃいけないんだよ」

 「それが人間のだすべき答えだ」

 「……理解……できません……」

『将軍』は再びレーザーをチャージしておれへと向ける。今までの討論はレーザーチャージまでの時間稼ぎだったということだ。

 しかし、俺はヒーローほどじゃないが施設の壁に跳躍して張り付いた。

 レーザーをギリギリ手前まで引き付けて足の力を振り絞って『将軍』のっふとこえろであるサーバーまで近づいた。

 そしてそのふところめがけて斬撃を加えた。

 「……理解できません。常に情報を集め、『正しい』判断を続けるようにしてきた人工知能にはわかりませんね」

 やがて『将軍』を名乗った人工知能は機能の停止をはじめた。それでもおれは自分の答えを止めない。

 「……そうだな。人間は間違い続ける。だけど、そのデータを応用することによって、お前たち、人工知能は成長していくんだよ。間違いがなければ正解はない」

 いつも自分たちを救ってくれる『英雄』なんていないのに。

 いつも自分たちを助けてくれる社会の『正義』なんてどこにもないのに。

 いつも物に宿っている『神様』なんていないのに。

 人は信じてしまうんだ。

弱いから助けを求める。

弱いから間違いを犯すんだ。




 「……そうだ。ドバはっ⁉︎」

しばらくしたのち、ふとわれに返ってドバが瀕死の状態であったことを思い出す。

 「ドバ。大丈夫かっ⁉」

 急いで後方のドバに駆け寄って救助を行う。

 「……ラーフ。……たのみがあるんだ……」

 腹部から血があふれ出して滲み出している。おそらく内蔵から出血しているのだろう。

 「……なんだ?」

 俺はかれの衣服を破りながら、短く聞きながら傷の状態をたしかめる。

 「…………ここで終わりにしてくれ」

 俺はドバの言葉を耳にしたとたん手元がぴたりと止まった。

 「バカ言うな。ここからだろうが。将軍が死んだことによってこの独裁政権は終わる。そうすれば、戦争のないこの国で生きていられるんだ」

 柄にもなくなんとかドバの気力を持ちなおさせようと声をかけるが、なかなかよくはならない。

 「……戦争は終わらないさ。でも俺はこれでようやく家族のもとに帰れる気がするんだ」

 ドバはなにかを諦め、そしてやすらぎをもとめるかのようにそう言った。

 「………………そうか」

 俺はそれいじょう、追求せずそのまま彼が眠ることを了承した。

 「……すまない。続けて悪いけど、故郷の町の墓地に俺の家族の墓があるんだ。俺をその墓にいっしょに埋葬してほしい」

 「……わかった」

死に分かれる友人からのたのみを俺は断りはしない。今も昔も。

 「……ありがとう。…………ラーフ」

 そう言い残して、彼はゆっくりと息を引き取った。

 感謝なんかしなくていい。そんな皮肉がこころのどこかで





天津雅騎視点




プールでの出来事があった数日後。

僕は先日、列車での事故や大雨での災害物資運搬などを自分の能力で手助けするヒーロー活動を行い、一方でヒカルや葉介、桐生先輩の力を借りて、芸能活動のほうも順調だった。

しかしぼくには気になることがあった。先日あの工場で取り逃がした笑い(ラーフ)の仮面を被ったあの男のことだ。あの男はまたどこかで、悪事を働いているんじゃあないのか。そんな気がしてならなかった。

「天津くん」

透き通るような声で呼ばれて振り返る。海鳴だった。

「海鳴。おはよう」

「ええ。おはよう。……なにかあったの?」

 「実はこのまえの工場であったあの男。ラーフと名乗ったあの男のことが気になるんだ」

 僕が自分の中に貯めこんでいた疑問を海鳴に打ち明けると彼女はすこし考えたようなあと。

 「あの男はとうぶん現れないわ」

 と断言した。

 「な、なんでそんなことがわかるんだ⁉」

 「あの男が小悪党だからよ。たしかにあの黒い仮面と鎧のような修道服のようねコスチュームはきになるけれど、銀行強盗の事件なんて、あれからもう三週間が経過しているのよ? もうそろそろあの仮面を脱いでいるんじゃあないかしら」

 「……仮面を脱いで犯罪をしているっていうこと?」

 「警察からの連絡を待ちましょ。あの男のような能力をもった人間がいればそいつが――」

 そのとき、海鳴の電話が鳴り始めた。しかしありふれた普通の着信音じゃない。どこかの基地が爆発を起こすかのような大きなアラーム音だ。

 「もしかしてその音は……」

 質問するまえに海鳴は電話に出た。そして電話口の相手となにやら喋っている。僕は下手に会話に割り込むような真似はせず、静かに見守っていた。

 「……雅騎くん」

 しばらくして電話を会話を終えた彼女が僕に向き直って

 「……あの黒い仮面の男が現れたそうよ。……しかもネットで堂々と犯行予告をだしていいるらしいわ」

 と半ばあきれた表情で言い放ち、スマホで動画を読み込んでいく。

 僕はその動画を横から覗き込んだ。

 動画を見た僕は思わず口をぽかんと開けて唖然としてしまった。

 「な、なんでこの男は動画で犯行予告をっ⁉」

 「……わからないわ。動画投稿者の真似かなにかのなのかもしれないわ」

動画では黒い仮面をつけたラーフが自分を撮影していた。

「みなさんどうもこんばんは。今日はみなさんにお知らせがあります」

まわりの景色と声以外の雑音から察するにどうやらどこかの船の上にいるようだ。

「……ずばり‼ わたしの目的は今から軍隊を使って日本を侵略することです‼」

「日本の侵略っ⁉」

「天津くん。静かにして」

また怒られた。

「スーパーヒーロー天津雅騎くんとイザナギの諸君。あと日本の国民諸君?……いや、ちがうな……まぁいいや……」

セリフをどこか言い間違えたラーフは改めて宣言した。

「希望を捨てろ。絶望の中に答えがある。俺は百万人を救う英雄にも神にもなる気はない」

声のトーンを変えて、ラーフは不気味に言い放った。

 「……俺が悪役だ」

 その最後の一言を最後に動画が終わる。

 「……いったいやつの目的はいったいなんなんだ?」

 僕のつぶやきに海鳴はすぐさま答えず携帯の画面をしばらく見つめていた。

そして僕に向き直り、

「大変よ。天津くん。横浜のみなと空母が近づいてきているらしいわ」




涼森凛奈視点




 「ここが横浜か。……ラーフっていう人、こんなところでいったいなにやる気なんだろ?」

 私はきょう、学校をサボって横浜のみなとまで来ていた。

 はじめてきたけど、横浜って聞いてたわりにお洒落なお店。

 学校をサボってまできた理由はあの黒い仮面の男が日本を攻めるべく、空母を乗っ取って侵攻してきているじゃあありませんか。

なにを。どうやって攻めてくるの?

そんなどうでもいい疑問はさておいて、そんなすてきな話題を私は見逃しません。

わたし、涼森凛奈は誰よりもはやく動画投稿してバズらなければいけないのですから。

 「よし、やろう♪」

 今日も私は動画を投稿するべく、カメラを自分へと向けた。

 気がつけばわたしのほかにも報道陣の人たちがいる。

 でも動画投稿者はいない。チャンスだ。

 台本を作っているヒマはない。ロキにも連絡したけど繋がらないけど待ってる暇はない。

 「どうもー♪ みなさんこんにちは。リンリンですっ♪

 そして私はきょうも動画を撮影し始めるのだ。

 誰になにを言われようと、叩かれようと止めるつもりはない。

 これがわたしのすきなことなんだから。



ラーフブラック視点

 


いつものバーには俺たちの会社の人間が全員集まって会議を始めていた。

中年のハゲ頭サラリーマン『鈴木一』。

このバーのマスターであり、筋肉隆々のオカマ『シンイー・ユーウェン』。

引きこもりのゲーマー女であり、『ルイズ・エレナ・ウォーカー』。

ギャンブラーの『ローハン・ディロン』。

ラーフ・ブラックという名前で悪役デビューした『中道陽生』。

以上五名がを前に作戦会議を始めていた。

「それじゃあ今回、作戦の総指揮、計画を立てた鈴木です。みんな改めてよろしくお願いします」

「そんな堅苦しい挨拶はなしにしようぜ」

「いいか、ディロン。どんなものであれ、形式もあれば、礼儀もある。礼儀があるのはそれをごく当たり前の常識を必要としているから礼儀になるんだ。形式や礼儀はないよりはあったほうがいい」

年長者であり、元サラリーマンである鈴木はディロンのいい加減な態度を許さず、すかさず説教を始めた

「はいはい。わかったよ。どうせ無職の俺には礼儀なんざわかんないよ」

鈴木の説教にうんざりしたディロンは他の人間に聞いてもらうことにした。

「でも。どうすんのよ課長? 実際あの天津っていう子が一番厄介なのはわかるけど、それ以外のあのロボットを使うアイドルとか、義手を使うあのイケメンも、いるっていうことはラーフ一人じゃ無理よ。私たちもあいつらと一緒に戦わなくちゃいけないの?」

シンイーの疑問に鈴木が答えるよりも先にエレナが続けた。

「いいえ。それでも勝ち目はないわ。あのスーパーヒーロー軍団は個々の能力もおかしいけれど、それ以上に恐ろしいのは、彼らの支援を行っているのは、あの城鐘グループよ。報道関係はもちろん九十九の会社の経営も彼女の城鐘財閥の傘下よ。私たちの計画は、どれだけ綿密に組んだとしても、見破られてしまうわ」

「…………………………」

鈴木は質問にすぐに答えず、黙り込んだ。だがそれは何も言い返す言葉が見つからないからではなく、すべての意見が出終わるまで待っているのだということを皆は知っていた。

「鈴木、なにか考えはあるのか? 正直に言った。俺もあの能力の底が計り知れない天津雅騎にだいぶ手を焼いている。今のところ俺が持っている手札をすべて出してもあいつに勝てるかどうかはわからない」

陽生は鈴木に正直な気持ちを話した。その言葉を聞き終え、鈴木は他に聞きたいことはないのかと全員の意志を確認してから、告げた。

「……孫氏いわく、『兵とは詭道なり』。……ヒーローに勝とうだなんておもわないことですよ」

鈴木はそう言い放った。

鈴木の言葉に全員がぽかんとしていたが、ようやくディロンが口を開く。

「……………………は? 意味がわかんねぇよ」

 そんな俺たちに鈴木は構わず続ける。

 「例えるなら、私が歩道をすたすたと普通に歩いていくために。……目的はそう。コンビニに行くためでもなんでもいいです。……そこでいきなり後ろからきた猛ダッシュの男が自分の横を抜きさり、自分より先にコンビニについたところでなぜかコンビニの店員さんと客がその男を褒めたたえ、あとからきた私に侮蔑の言葉を投げかけます」

 「……意味がわからないわ。そんなこと、現実にあるわけないじゃない」

 シンイーの言葉に鈴木は真剣な表情で答えた。

 「いいえ……これはあくまで一例のたとえ話であって社会ではよくあることです。でも絶対に張り合ってはいけません。ときに自分の能力をだまし、相手を油断させて目的を達成するのです」

 彼のよくわからないたとえ話はすべて意味のある話なのだと短い付き合いで知っているので、俺は黙って薄の話に耳を傾ける

 「いいですか? 社会は個人の都合なんてお構いなしに勝手に競争をはじめます。この国で一番早い競争は学力テストなんかがいい例でしょう。問題はただひとつ。『その競争に乗っかって勝負をするのか。もしくはその競争を冷めた表情で見送って勝負しないのか』です」

 「競争に参加するほうが簡単です。なぜならそれは自分以外が決めたルールとゴールを他人が決めてくれるから、その目標に自分があわせれば良いだけという錯覚です」

 「でも競争に参加せずに自分のゴールを決めた人間は自分でルールを決めなければいけません。そこを決めてこそ『勝つ』ことができるのです」

 「……つまり、どういうことなんだ?」

 陽生は鈴木に結論を促した。

 「勝利条件を天津雅騎たちとずらすのですよ。私たちの目的はあくまで九十九のデータの採取です。そのデータを入手するのに、本当にイザナギと戦わなければいけないんですか?」

 「……たしかにその必要はないかもしれないな」

 「城鐘財閥は秘密裏に中東に九十九のシステムを売りさばきました。もちろんそのサーバーにチェーンロックをかけることもできますが、もしほかの発展国に密輸がばれるとまずいのでデータのやりとりをおおやけにやるわけにいかないため、ネット経由ではなく人力で情報の入手をおこなっています。我々が狙うのはここしかありません」

 「……わかった。行くのはいつもどおり俺が単独で行くことにしよう」

 「それでは、シンイーとディロンは天津雅騎の監視をお願いします。ヴァネッサはネットでSNSなんかの情報を鵜呑みにしない程度に調査していてください」

 「りょーかい」

 「ええ」

 「わかったわ」

 三人の了承を得た鈴木がこの会議をしめにかかる。

 「それじゃあみなさん。仕事(あくやく)をはじめましょう」




 天津雅騎視点


ぼくたちイザナギのメンバーたちは横浜に向かうべく、ヘリの中で移動中だった。

「……しっかし、あいつの目的はいったいなんなんたんだ?」

ヘリのタービン音が響くなか、葉介が話題を振っていく。

「わからんな。あの仮面男と戦ったのは、雅騎だけなんだろ?」

先輩が葉介に答えつつも、僕に質問する。

「はい。先日の銀行強盗殺人を追って、工場の中に入ったらあいつがいたんです。もう一人の共犯者の男はすでに殺されていました」

僕はあのときのことを思い出しながら、あとで聞いた話とあわせて報告した。

「銀行強盗って今の時代ありえるの?」

「わざわざ九十九が採用されていない場所を狙った犯行よ。ただ現金は無事だったようだから、そこは天津くんのおかげね」

ヒカルの質問にさらに海鳴が答える。

「でも銀行強盗のあとは空母を乗っ取って突撃してくるなんて、いったいなにが目的なんだろ?」

葉介の疑問はもっともだ。なんでそんな大胆なことばかりして目立とうとしているんだ?

 まるでぼくたち『イザナギ』みたいじゃあないか。

「わからないわ。でも海上自衛隊がマイクを使って警告を続けているそうなんですけど、あのラーフという男が抵抗して空母を止めれないそうよ」

「…………じゃあ、あいつを捕まえれば空母を止めることができるのか?」

「ええ。そうすればあの男の真の目的もわかるとおもうわ。おそらくただのサイコパスだとおもうけれどね」

するとヘリは目的の空母へと近づいてきた。

「……みえてきた。……なんだあれはっ⁉」

僕たちが空母に搭載された兵器の数に驚く。

 「な、なんであんなにも戦車だとかヘリとかあるのよっ⁉」

 さきほどまでとおなじようにヒカルは海鳴が答えてくれると思っていたが、海鳴にも7わからないようだった。

 「……詳しいことはわからないわ。でもあんなにも多くの兵器が地上に激突したら、大変なことになるわ」

 と待機用の椅子から立ち上がって全員に一喝する。

「みんな出撃よっ‼ ラーフブラックを捕まえて敵の軍事兵器をすべて無力化して」

「りょーかい」

「まかせて」

「任されよう」

「おっしゃ! それじゃあいっちょ行きますか!」

海鳴の一喝にメンバー全員の闘志が燃え上がった。




 天津雅騎視点



 

 地上に降り立った僕たちはまず空母の甲板を見渡してラーフがいないか確認する。

 「……おい、この空母かなりおかしいぜ……」

 ラーフのことばかり気にしていたぼくとは違い、葉介はなにかに気づいた。

 「なにがおかしいんだ?」

「あの空母、中にはかなりの爆薬と燃料……そして戦車が積まれている。おかしいのは戦闘機だ。まるで飛ばすことを考えずに操縦席に爆薬を載せている。『まるで爆破させてくれ』っアピールしているようなもんだ」

 「戦車? 空母にそんなもの積むの?」

 「ふつうは積まないわ。つまり

 「わからないわ。でもそんな危険物が大量に積んである空母を外部からミサイルや天津君の能力で無理矢理止めると、誘爆をおこして更なる大災害につながる可能性があるわ」

 「あいついたわよっ⁉ ……あれ? なんだかでかくないか?」

 ヒカルがラーフを見つけたらしく、大声で知らせるが……違う。

 「……そ、そんな……どうしておまえがこんなところに……」

 その姿をみて僕は恐怖と憎悪で言葉を失う。

 「どうしたんだ雅騎?」

 心配する葉介に僕はなんとか、声をひりだした。

 「……あれはロキだ」

 「え?」

 僕のつぶやくような答えに葉介は思わず聞き返した。

 「中学のとき、俺の義理の父さんを殺した怪物なんだ」

 「……嘘だろ? お前の勘違いじゃあないのか? あの事件の資料は俺も見させてもらったけれど、実際のものとはだいぶ違うように見えるぜ」

 「……そのとおり、偽物だよ」

 ロキはいきなり喋りだした。そして次の瞬間、彼の身体はまるで餅を膨らましたもの動画を逆再生したかのような形でしぼんでいく。

 「な、なんなんだ?」

 桐生先輩もうろたえながら、必死にガンブレードを構えて警戒する。

 「おまえ、変身できるのか⁉」

 葉介は相手の変身を見破ったように大声で問いただすが、実際は違った。

 「残念だが、それだけじゃないぜ」

 そしてロキだったものは先日あった仮面の男、ラーフブラックへと変化する。

 「……フフフ。よくきたなスーパーヒーロー天津雅騎と『不』愉快な仲間たちよ」

 「だれが『不』愉快な仲間たちよ。この化け物」

」ヒカルが小さいボケに対応するようにつっこみを入れるがそれどころじゃあない。

 「ラーフ。その姿はいったいなんのつもりだ。お前がロキなのか?」

 「ただのおまえへのサービスさ」

 そして彼は腰にあるペン状のような何かを抜き取った。

「……悪役らしく、聞いてやるよ。真実(ほんとのこと)を知りたきゃ。俺を倒してみな」

 ラーフがペン状のものを剣の形に変えながら、僕を挑発してくる。

 いや、僕『たち』を挑発していたのだ。

「よくそんな大見得切って俺たちに喧嘩売れるな」

葉介肩に下げていた自動小銃をラーフへ向けた。

「そうよっ‼ 負けないんだから‼」

ヒカルはヤクモ越しにそう啖呵を切る。

 「私たちはあわせて四人だこの人数で勝てるとおもっているのか?」

 そして桐生先輩もガンブレードを起動させてラーフへと向けた。

 「おおっと。あまいあまい♪ ひとりは味方にさせてもらうぜ♪」

 ラーフは楽しそうな声をあげてヤクモに剣を向ける。

 「な、なにっ⁉……きゅうにコントロールが……」

 ヤクモが小刻みに震えだし、ボディのあちこちで機械的な電子音が鳴りだした。

 「みんなっ⁉ ヤクモから離れろっ‼」

 葉介の指示で全員がヤクモから離れる。

 「ヒカルっ⁉ 大丈夫なのっ⁉」

 ヤクモの震えはとまり、機能は停止した。

 「もしかして、このまえの暴走事故もおまえの仕業かっ⁉」

 先輩がラーフを睨みながら責める。

 「あれは違う。だけどこのまえの暴走を参考にさせてもらったんだ」

 しかしラーフはあっさりと否定にもつかない言葉で返した。

 「ラーフ。……おまえだけは絶対にゆるさないっ‼」

 僕はすぐさまラーフに向かって走り出したが、横から強烈な衝撃に押し出された。

 「――がっ……ちくしょう……」

衝撃の原因を探ると、そこには戦車が砲身から弾を打ち出していた。

 「戦車が動きだしたっ⁉ いやそれだけじゃあなくて、べつの兵器も動いてるっ⁉」

「さぁて。楽しもうぜヒーロー」

 ラーフの言葉とともに、ヘリは飛び立ち、戦車は迫ってくる。

 「くそっ⁉」

 葉介がヘリにむかって自動小銃を振り回すが、火力の低い武器では傷もつかない。

 「桐生先輩、上空のヘリを撃墜してくれっ‼ 雅騎は戦車を止めてくれ」

 「葉介はどうするんだっ⁉」

 戦車に向かうまえに葉介に振り返った。

 「俺はこの仮面男を逃がさないように引き付けておく」

 そして葉介はコンバットナイフを取り出してラーフへ飛び掛かった。

 「いくぜ、仮面やろうっ‼」

 ラーフはそのナイフを難なく受け止めて、葉介に聞いてくる。

 「……やるじゃないかお洒落ボーイ。……お前も忍者か?」

 「ふつうに人気者だよっ‼」

 剣とナイフのつば競り合いを続けながら二人はそんな冗談の言いあいをしている。

 「余所見するな天津っ‼」

 桐生先輩の注意に我に返り、そのまま僕は戦車へと向かった。

 「うおおおおぉっ‼」

 気力を発しながら、僕は戦車を前方から、引き留める。

 「ぐっ……お、おもい……」

 戦車はおもったよりも馬力が強く、思わず弱みが出てしまう。

 「ガンブレード、シュートッ‼」

 ガンブレードの先から粒子が発射され、その粒子がヘリに命中した。ヘリは内部の燃料の誘爆も含めて墜落していく。残りのヘリは二台。戦車は三台だ。

 「さすが先輩だ。僕も負けていられないなうおおおぉぉぉぉっ‼」

 僕も腕に力を込めて戦車の勢いを押し返し戦車を三台とも外まで押し出した。

 僕の活躍を見ていた桐生先輩。

 「よし、このまま残りのヘリを――ぐっ」

 しかし背後からなにかが背中にぶつかって、前のめりに倒れてしまう。葉介だ。

 「――すっ、すまねぇ先輩。やられちまった」

 葉介の義手は二の腕部分からもぎ取られたように、破壊されていた。

 「……ヒーロー。前回のリベンジだ。かかってきな」

 ラーフは葉介を倒したことで気がのったのか、剣を振り回して挑発してくる。

 「ラーフ。おまえは絶対にゆるさないっ‼」

 僕はラーフ目がけて、こぶしを突きだしたが。

 「あまいぜ」

 ラーフは持っている剣が急に膨らんでいく。

「なんだっ⁉」

 目の前の景色が急に覆い隠されてしまった。前が見えない。

「もらったっ‼」

そして塞がれた視界の死角から、ラーフはキックを入れてくる。

「ぐっ⁉」

そのキックが自分の腹部に軽くめり込んだ。

「あぅ……」

「……はじめて、攻撃がきまったな。こっから巻き返すぜ」

腹部を左手で抑えながら、僕は息を整える。

「僕は……まけるわけにはいかない……」

そんな僕にラーフは突然突拍子もない質問をしてくる。

「……なんのために?」

彼のその問いかけのこたえは決まっている。

「みんなを守りたいからにきまっているだろうがっ‼」

僕が怒りを込めた右ストレートを彼は二つの剣で腕を挟んで止める。

「……なぁヒーロー。正しいことってなんなんだ?」

なおもラーフはそんな無意味な質問をしてくる。答えなんて決まっている。

「人を傷つけたり、間違ったことをしないことだ」

左足でローキックをしようとするが命中する前に剣の拘束を止めてバックステップでかわした。

そしていきなり。

「ふっふっ、ふひゃひゃひゃ――あーはっはっはっ♪」

いきなり笑い出した。まるで夢の中のロキのような人の死や悲しみを嘲笑っているかのような下品でわざとらしい笑い声だった。

「……何がおかしい」

夢の中とおなじように僕の怒りと憎しみはさらに増していく。

「……いやなに。お前のことが単純で羨ましいなと思っただけさ」

「おまえはなにが言いたいんだよっ⁉」

僕は怒りを抑えられず、そのまま距離をとったままラーフに怒鳴った。

「警告しておくぜヒーロー。このままいけば、お前は沢山の人間を殺す悪党になる」

「何を言っているんだおまえはっ⁉ 僕がたくさんの人間を殺すだって? いいかげんにしろ。僕はみんなを守るスーパーヒーローだ。そんなことにはならないっ⁉」

冷静に淡々とわけのわからないことを言うその言い方に僕の口調はさらに荒くなる。

「お前はなにも疑わないのか? ヒーローとはなにか。イザナギとはなにか。おまえはなにもわかっていない。父親を殺したロキという存在のことも、何もわかっていないんだ」

父親を殺したロキ。やはりこいつは何か知っている。

「おまえやっぱりロキについてなにか知ってるんだなっ⁉ 言え‼ お義父さんを殺したロキとはいったいなんなんだ?」

「……言えないさ。おまえには真実を知る権利がない」

 その言葉で完全に僕の中で怒りのリミッターが振り切れた。つまりキレた。

「いいからおしえろラーフっ‼」

体中の血液が沸騰していく。自分の中の激情を抑えれない。そんな感覚とともに僕の身体に異常が起きた。

「……あ、天津……」

いつのまにか僕のまわりに漂う波動がいつもよりも濃くなっていく。先輩が僕の姿を見て驚いている様子だったが、気にする余裕はない。

「ラーーーーーーーフーーーーーーッ」

僕は目の前のこの男に今身体中に巡っているありったけの力をぶつける。

「……ヒーロー。お前は何もわかっていない……」

ラーフは防御することなく、そのまま僕の拳はラーフの腹部に響き渡った。



 完全に攻撃が決まったラーフは仰向けで大の字に寝そべっていた。

「おまえの目的はいったいなんなんだっ⁉」

「………………………………………………」

ところがラーフは何もこたえない。もしかしたら死んでしまったのかもしれない。

不意にそう思ったとき、僕はさきほどと違って冷静になり、急いで彼の安否を確かめることにした。

「……仮面の下はどうなって……そんなっ⁉」

おそろおそるラーフの仮面を外すと、むき出しの機械の導線やチップが埋め込まれているだけだった。

「に、偽物っ⁉ じゃあ本物はいったいどこにいるんだ……? うわっ」

あたりをきょろきょろ見渡すと、不意に空母が大きく揺れ動き、思わずバランスが崩れてしまう。

「油断するな雅騎っ⁉」

僕は急いで声がするほうへ向くと葉介が苦しそうに息を吐いていた。

「葉介。こいつは偽物だ。本物はまだどこかにいるっ⁉」

「よくみろ‼ そいつは偽物の振りをしているだけだ」

「なん、なんだって⁉」

僕は葉介から再びラーフのほうへと戻した。

「い、いないっ⁉」

そこには倒したはずの顔が機械の偽物はもういなかった。

「ちっ。バレちまったか」

声のしたほうに向き直るとそこには顔が機械のままもラーフがいた。

「ラーフ‼ お前はいったいなにものなんだっ⁉」

「おれに『正体』はない」

するとラーフの顔面が機械から人の形になる。その顔は……僕?

「……なっ⁉ ど、どうやってっ⁉」

ラーフは僕の顔のまま、僕の声で答えた。

「俺は姿を自由に変えることができるんだよ。はじめておまえと出会ったあの工場でも俺は姿を変えて記者の中に潜り込んだ。『魔獣ロキ』のはなしも今生存している目撃者の話で再現してやっただけだ。すこし形がデカかったみたいだがな」

「……どうしてそんなことをするんだ?」

さっきから質問ばかりしている気がするがそれでも僕がこいつに聞き続けるのはこいつがなにひとつ質問に答えてくれないからだ。

「言っただろ。おまえに真実を知る権利はないって。真実を知るには疑わなければいけない。いま自分自身に与えられたヒーローという役を疑うことなく演じるお前に舞台の真意はわからない。ずっとこの社会で道化として役者としてヒーローをこなすおまえには永遠にわからないだろうな」

舞台? 演劇のことか。なんて遠回しな言い方なんだ。

「いいかげんにその遠回しな言い方はやめろっ⁉ おまえがロキなのかっ⁉」

「その質問にだけはこたえてやる。『違う』俺は魔獣ロキじゃない。ラーフだ」

「……違うのか」

その言葉を聞いて複雑なきもちになる。この男じゃあないとすれば、いったい魔獣ロキとはいったいなんなんだ?

「……ほらまた疑わない。そんなことじゃあこれから起きるあの事件よりももっとふさわしい災害(こと)は止められないぜ」

「もっと恐ろしい災害(こと)?」

「……それは俺にもわからない」

そしてラーフは海へとび降りる姿勢になる。

「待てラーフ」

急いでラーフを捕まえようとしたかったが、この距離では間に合わない、

「じゃあなヒーロー。おまえがこの国でどうあがいていくのかをせいぜい見届けさせてくれ」




 天津雅騎視点

 



 あのあと。ラーフが逃げ帰った空母はあっけなく停止させられそのあとの事後処理と報道は自衛隊のほうでやるそうなので僕たちはヘリに乗ってひとまず今日泊まる予定のホテルへと向かうことにした。

「けっきょく、あの仮面の男はいったい何が目的だったんだ?」

帰りのヘリの中で先輩がそんな疑問を誰にともなく投げかける。

「空母まで用意してあれだけ派手に動画を流したのに、あっけなく逃げちゃったわね」

「たしかにそうね。でもあの男の調査はまた別の機関がやってくれるはずだから、とりあえず今日はホテルで休みましょ。明日は学校も休みだと事前に連絡しておくわ」

先輩の疑問に海鳴は深く考えず休息をすすめてきた。

「そうだな。今日のはかなり骨が折れたぜ」

そのすすめに葉介も乗っかり、先輩も短い息をついて無言で答えた。

「そうよ。被害も最小限で済んでよかったじゃない」

「ええそうね。今回の件で世間へのイザナギの評価が一気に上がるわ」

全員が口々にそんな話をするなか、僕はずっとうつむいていた。

「…………そうだね」

僕は誰にも目を向けず短く答えた。

「どうしたのよ雅騎。つかれたの?」

そんな僕にヒカルが顔をのぞき込むようにしながらやさしく心配してくれた。

「……だいじょうぶ。……あいつが言っていたことがけっきょく今回もわからなかったから、すこしきになって考えてただけだよ」

『……ほらまた疑わない。そんなことじゃあこれから起きるあの事件よりももっとふさわしい災害(こと)は止められないぜ』

恐ろしい災害(こと)っていったいなんなんだ?

「天津くん。考えても仕方がないわ。あいつは私たちが追わなくてもじきに現れるはずよ」

「そうだぜ。もしかしたら義理の親父さんの仇は、あいつかもしれないしあいつじゃあないのかもしれない」

「ああ。その答えを聞き出すなら、今度はあいつを捕まえて強制的に吐かせればいいだけの話だ」

「そうよ。そのときはイザナギみんなで協力して捕まえましょ」

僕は顔を上げて仲間たちの顔を見た。

海鳴もヒカルも葉介も桐生先輩もみんな僕のことを温かく見つめ、心配して元気づけてくれていた。

「……そうだね。今度は必ずあの男を捕まえよう」

ぼくには仲間がいる。僕たちはみんなでイザナギだ。

仲間がいれば、ラーフであろうとこれからさき恐ろしいことがおきようとしても、なにもおそれることはない。

僕は天津雅騎。みんなを守るスーパーヒーローだ。



 

中道陽生視点




先日の横浜での事件のあとの翌日。あれだけの大仕事が終わったあとだというのに、いつもどおり仕事に戻っていった。

天津や城鐘などのイザナギのメンバーたちはきょう、学校を休んでいるらしい。なんでも先日の戦闘で疲れが出ただのなんだのという言い分らしい。

ごもっともな理由だが休みの予定を認められるヒーロー様とは違い、悪役の俺は休まずに学校に来ないといけない。

そしてまるで当然のように、俺の目の前に涼森凛奈が現れた。

「でさ。ロッキー。次回の動画なんだけどさ、こんどは心霊系の動画を撮ってみない? 心霊スポットなんてごろごろあるからさ……」

「……おい」

熱心に携帯を見せながら涼森が動画の話を進めていくのだが、俺は威圧するような声で一旦制止する。

「えっ。なに?」

きょとんと首をかしげる彼女を厳しい目で見つめ続ける。

「なんでお前は学校でまた俺がおまえに協力しなくちゃいけないんだ? もう一回協力したんだから、もういいだろ?」

そんな俺に対して涼森はニヤッといやらしく悪魔のような眼で俺を見つめ返す。

「やだなぁ『ロッキー』。もう有名人だよ?」

「『ロッキー』? このまえと呼び方がちがうじゃねぇ……」

涼森はスマホを見せる。そこには動画の紹介欄にアシスタントができました。とコメントと俺の写真が映し出されていた。

「アシスタント? ……こりゃいったいどういうことだ……?」

目の前の光景を信じられない俺は彼女にそう聞きなおすと彼女は勝ち誇ったようなドヤ顔を浮かべた。

「もう世間に公表済だから、逃げらんないよ♪」

とりあえず俺は目の前の女のデコをひっぱたいた。




エピローグ



 

 ラーフブラック視点




ドバが住んでいた町にはいまだに避難地から住人が戻ってきていないので仮面で黒づくめの男でも姿を変えずに墓参りをすることができた。すでにドバの遺体は彼の家族が眠っているであろう場所へ埋葬し、その墓石のまえにこの地方で咲く花を手向け程度に置いた。

 無神教に近いおれにとっては祈りの恰好をとるわけにはいかないのでそのまま立ち尽くす。




 ふと立ちつくすと俺は自分の中の世界で思案してしまう。

『イザナミ』。

無神教の俺が日本神話をざっくりと適当に説明しよう。

イザナミとは日本神話の神のひとりでイザナギの妻をイザナミという。二人で協力して国を作り、色々な神を生んでいくのだが、火の神を産んだときに、イザナミは命を落としイザナギは黄泉の比良坂という地獄のようなところに行って、イザナミを救おうとする。ここまでは普通の話のようだが……ここから神話らしくかなり癖が強くなる。出口の途中で化け物のイザナミの顔を見てしまい、そこからイザナギとイザナミは喧嘩して言い争う。

イザナミが一日で千人殺すと言ったあと、イザナギが千五百人子供を産んでやると言い返す。

そしてイザナギは生の神、イザナミは死の神として敵対するようになったんだ。諸説あるしあくまでも誰かが作った設定だ。

この国には国民に非公式の研究機関、組織、実験施設が『非公式』に存在する。それらは普段は一般人の目に触れられることはない。

俺もその研究機関の人間のひとりだった。

だけど危険な研究と実験を完璧に隠蔽することはできない。

天津雅騎の義理の父親を殺したあのロキのときのように。

そしてあのヤクモの暴走事故によって命を落とした白神雅也博士がいい例だ。

九十九を開発したのは彼だと世間で言われているが、実際は違う。

人工知能に『死の概念』を植え付けることなんて一般のエンジニアにできるわけがない。おれも佐竹の凸助のデータを調べてみたが肝心の部分が接触不能(ブラックボックス)になっていた。

つまり九十九の元のプログラムは誰かが作ったものであり、白神雅也博士はこのシステムを何らかの方法で手にし、九十九を発表したのだろう。

その黒幕とはだれなのか?

おそらくそのひとりは天津のマネージャーである(しろ)(がね)海鳴(みなみ)だ。

そして彼女を支援しているこの国の重鎮たちだ。


彼女は天津雅騎を芸能界に売り出して有名にして『イザナギ』を作り、この国の人間に変わった特殊能力をもったヒーローがいることを伝えた。

なぜヒーロー『イザナギ』が人を救うのか?

これからおおくの人が『イザナミ』もといこの国の暗部がもたらした副産物によって死ぬからだ。

ロキがあのデパートで多くの人を殺してその結果、天津が能力に目覚めた。

すべてを『正義(ただしいこと)』にするために。

そう。政府が自作自演で『災厄』を起こして、ヒーローがそれを救って『解決』する。

その主人公が天津雅騎だ。まさにあいつは道化の英雄なのだ。

そしてこの俺も城鐘海鳴によって邪魔者、『悪役』として処理をされようとする。

同じく舞台に上げられた『役者』だということだが、このまま彼らに『役者』として操られるわけにはいかない。

そのために俺はあの空母と兵器で横浜に攻め入り天津たちをひきつけ、そしてその隙に鈴木たちにイザナミの情報を盗んでもらった。

天津は気づいていないようだったが、城鐘はもう感づいているかもしれない。

もっともイザナミ――いやこの国の闇は俺が知っている以上に深く、盗んでもらった情報も氷山の一角なのが見て分かった。

これからさき、この中東の紛争国と同じように日本の人間も多くの人間が死ぬことになるだろう。

俺の身体が化け物になってしまったように、魔獣ロキのように多くの怪物が生まれ、スーパーヒーローが倒す。それをテレビで流して娯楽として報道する。

そんな異常な国で俺は『悪役』だと言われても俺のなすべき研究をやめはしない。

俺は狂思想科学者(マッドサイエンティスト)として悪役スタイルを貫き続ける。


 こちらにむかってくる気配を感じた。住人が戻ってきたのだろうか。

どうやらあまりにも、もの思いにふけっていたので俺は周囲の気配を察知できなかったようだ。そろそろ日本に帰ろう。

 「じゃあなドバ。仲良く家族で暮らせよ」

 俺は最後に友人に別れの言葉を呟いたあと、近づいてくるひとたちに気づかれないように姿を変えてその場を去った。


ここまでご愛読ありがとうございました。


この天津雅騎とラーフブラックのシリーズはまた随時応募していき、その都度、複線や設定を更新したり、表現や文法がおかしいところは新たに書き直したりしていこうと思います。


なので皆さま感想は辛口でどこが悪かったなどかを指摘していただけたら幸いです。


仕事をしながらで書くので更新がかなり遅れるかとおもいますが


また次回作ができましたら、ご愛読ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ