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前編

リア充の英雄(スーパーヒーロー)悪役(ヴィラン)スタイルを貫く(マッド)思想(サイエン)科学者(ティスト)の小分けにしていたまとめです。前・中・後編と用意して本編が細かくいやだという方はこちらを読んでください。

「今日でお前の悪事も最後だな。ラーフ」

 ――と、正義の味方のヒーロー様はそう言った(笑)

 東京のビル群の中でもひときわ高い屋上のヘリポートで俺とスーパーヒーローは向かいあっていた。

王子のような白と金色のコスチューム。短く束感のある短髪に、闘気の宿った瞳と整った顔立ちの美少年。

彼の名前は天津(あまつ)雅樹(まさき)。いまこの国で一番の注目を集めている英雄(ヒーロー)であり人気者(ゆうめいじん)だ。

その真剣な顔を嘲笑うかのように俺は笑っていた。

いや実際には笑っているのではなく、口が裂けるような笑いを浮かべた表情のデザインの仮面をつけていただけだ。

 俺の科学者としての名前はラーフブラック。

 高校生としての名前は中道(なかどう)陽生(ひろき)だ。

科学者の白衣をモチーフにした全身黒色に水色のラインを施したような特殊な金属の戦闘服に笑いの表情を浮かべた仮面。

俺が渾身のセンスでデザインしたものだったが世間から見ればヤバイ奴だ。

世間での俺の評価というか役割はずばり『悪役』だ。

正義」のヒーローの影で、こうして悪役をやっている。

そして俺の目的は人類の進化の研究だ。

この俺自身の身体に実験、改造を行い人体強化を施している。

何億もの細胞機械『ナノマシン』やその他、研究で手に入れた技術を使って自らの肉体改造を行っている

笑い(ラーフ)の仮面をつけ、あらゆる研究を手がける(マッド)思想科(サイエン)学者(ティスト)「ラーフブラック」だ。

「……いつもそんな言葉を言ってるのって、飽きてこないのかい?」

俺は軽く冗談を言ってみたが、そんな余裕はなかった。

「お前を倒して、この国の異変はおさまらないんだ!」

天津雅樹は怒涛の勢いで拳を握りしめながらこちらに距離をつめてきた。彼の体の周りには未だ俺も科学的に解明できていない金色の蒸気のようなものが沸いている。

「――いきなりかよ⁉」

もう少し話を長くできるとおもっていたがおもいのほか相手の気が短かった。

天津雅騎は握りしめた拳を俺の腹部目掛けて叩き込んだ。いわゆるボディーブローのような形だ。

「はぁっ!」

俺はなんとか避けようとしたが能力を使った奴の踏み込みは速く、避けきれなかった。

瞬間、俺の体はまるで風に飛ばされた紙袋のように軽々しく宙を舞い、足場の少ないヘリポートの外へ落下しようとした。

天津は自分の放った一撃が上手く当たったことに手ごたえを感じているのか、拳をこちらに当てた状態で立ち尽くしていた。




天津の攻撃に吹き飛ばされたのが俺の狙いだったのだ。

俺は天津の攻撃を食らい、わざと飛ばされてビルからの落下してあのスーパーヒーローから逃げ出したのだ。

「じゃあなヒーロー♪」

殴り飛ばされたというのに、俺は体から流れる激痛を堪えて、わざと余裕のそのもののような声を出しながらそのまま飛び降りていく。

「しまったっ!」

ようやく天津も俺がわざと吹き飛んたことに気づいたようだったが、その時には声は上の方で微かに聞こえただけだった。

これなら俺を追いかけてくるのに時間がかかるだろう。

俺はそう自分に言い聞かせながら、夜の空の優雅な滑空作業に移る。

天津雅騎に会ったときは逃げるのが一番カンタン。

これは俺なりの結論というよりも経験に基づいた行動だ。

スーパーヒーロー天津雅騎とまともにやりあうなんて、バカげている。このまま逃げた方が賢明だ。

天津雅騎の恐ろしいところの一つは『科学では説明出来ない超人的な能力』であり、その能力の限度は『追い詰めれば、追い詰めるだけ上昇する』という根拠もない、スーパーパワーを使いこなすということだ。

なんの根拠もない特別な能力なんて不気味でおぞましいと捉えることもできる。

自分の技術を熟知している俺からみれば自分の能力をわかっていないやつは危険すぎるのだ。

だが、俺自身もただの人間ではない。いわゆる改造人間というやつだ。

俺は腰のホルスターから黒いスティックを一つ取りだし、柄の部分を押し込んだ。自分の体へと突き刺した。

これは俺の開発した発明品で『ギミック』というものだ。棒状のナノマシンが様々な物体へ変化したり、自分の体に突き刺すことで装着する手間を省くことができる。

『ギミック』という言葉は手品用語の仕掛けを意味する言葉からとったものだ。

俺の背中はみるみるうちにふくらんでいき、黒色のパラシュートを出して、徐々に速度を落としていく。

 俺はパラシュートのトグルを操作して先ほどいたビルから少しづつ離れながら降下していく。

都会の冷たい夜風を心地よく感じながら。空の旅を楽しんでいた。

 しかし、そんな安穏なひと時を一瞬の閃光が引き裂いた。

 「ギャアアアアアアァッ!」

 謎の閃光によって焼けるような痛みが俺の全身に駆け巡った。

俺はバタバタと体を苦しみもがかせながら、地上へと落下していった。

「――ぎゃばっ!」

俺は受け身もとれないまま地面に勢いよく地面に叩きつけられた。

通常の人間ならば脳みそがぐちゃぐちゃになるところだし、体も焼け焦げているところだが、俺は焼き肉の焦げ付いたようなにおいを発しながらも、なんとかよろよろと立ち上がって呟いた。

「……そういえば天津以外にも面倒なやつがいたんだったな。忘れていた」

俺は起き上がってぽんぽんと手で身体についた砂をはらっていると、ふと背後から気配を感じて、即座に側面へと転がっていく。

背後から強烈な炸裂音を鳴り響かせながら、機関銃の雨が通り過ぎる。さっきまで自分がいた地面が熱で焦げ付いて黒く染まった。

俺が振り返るとそこにいたのはあまり色っぽさからはかけ離れた機械の女。といっても乳房や細い女性の体はデザインされているものの生身の人間じゃあない。いわゆるロボットだ

遠隔操作型人型兵器。通称『ヤクモ』。

「今日であなたの悪運もおわりね。黒い仮面のイカレ男さん」

ヤクモから甘ったるいアニメ声で上から目線の言葉が聞こえてきた。

このロボットを操作しているのは八武崎(やぶさき)ヒカルという人気アイドルだ。

彼女は二十メートル以上離れた高性能アンテナを積んだ中継車から指示を出して操作している。だから自分の身が完全に安全な状態だから言いたい放題なのだ。

「最近のアイドルはロボットにマシンガン撃たせるのが流行りなのか?」

と、そんな軽口を叩いている余裕はなかったようだ。

「ここまで追い詰められれてるのに、良い度胸しているわね」

ヤクモは一体ではなく量産型であり、先程俺を攻撃してきたヤクモとは別のヴァルキリーたちがぞろぞろと現れて俺のまわりを取り囲んだ。

「こりゃ、もてもてだな。生身の女の子じゃないのがくやしいけど」

彼女たちの物騒な武器を前にしても俺はヘラヘラと笑っていた。

「その減らず口もそこまでよっ! 私たちヤクモの手で蜂の巣にしてあげるわっ!」

彼女の言葉とともにヤクモ達は一斉に機関銃を発射した。

今度は何体ものヤクモの機関銃の大合唱が夜の街に鳴り響いた。

「――おいおい、そんな豆鉄砲じゃあ俺の体は傷つかないぜ」

ナノ単位でナノ単位強化をほどこした特殊な金属でできている。こんな小口径の銃弾なんて何発くらっても傷なんてつかない。

「なら。これならどうっ⁉」

一体のヤクモが機関銃での攻撃を止めてレーザーナイフで迫ってきた。

だけど、接近戦なら俺のほうが得意だ。

俺は迫ってくるヤクモの斬撃を半歩後ろに下がって攻撃をかわした。

「あせりすぎだぜ」

ヤクモは斬撃を空振りした反動で、前方に大きくよろける。

「わわっ! 制御できないっ⁉」

遠隔での制御ができなくなったのか、ヤクモはそのまま地面に倒れた。

ヤクモはガクガクと四肢を振るわせたまま、そのまま立ち上がろうとはしない。

駆動モーターやどこかの部品が破損してしまったのか、観察する暇はないが、今がチャンスだ。

「楽勝だな。こんなロボ――」

と、そこまで言ったところで自分の体が宙へと浮いた。俺は体をひねって、その正体を確認する。

視界に映った縞模様を見て気付いた。

「げっ! 虎女までいやがったのかよっ⁉︎」

煌めくような白色の髪の美少女が俺の体をなんと右手一本で持ち上げていたのだ。

「――ッガァァァァァッ!」

とても女の子が出したとは思えないような獣のうなり声をあげる少女に俺は振り回され、

「ガァッ!」

少女そのままハンマーを振り下ろすように地面に振り下ろされた。

「げぼっ!」

普通の人間なら脳みそがぐちゃぐちゃになって即死確定なのだが、俺の場合へルメットを兼ねている仮面のおかげで仮面越しに衝撃が伝わって軽い脳震盪を起こすだけだ。

それでもうまく立ち上がることができず、俺は地面で仰向けになりながら彼女を見上げた。

彼女の名前は(よこ)(いけ)(なつ)()

彼女は人間でありながら虎の遺伝子を組み込まれた合成体だ。その腕力は細い女性の体とは思えれないほどムキムキに筋肉を鍛えあげられた大人の男でも敵わないような力をもっている。

肌を露出させた白色のビキニを着ていて、尻には虎のしっぽが生えているその恰好はこんな街中でするような恰好とはおもえないほど破廉恥だ。彼女の胸囲は百センチを超えるらしい。

ちなみに彼女は胸が発育がすさまじく、ものすごくでかい。

「オマエはゼッタイにココでタオス!」

怒りを込めた言葉で叫びながら俺の足をつかみ、無邪気な子供がぬいぐるみを振り回すかのようにまた俺の体を振り回す。

「うぉぉぉぉっ?」

彼女の豊満な胸がばいんばいんと揺れていて目の保養になるからこのまま見ていたいな。

と思っていたかったがおそらく彼女は回転で勢いをつけながら俺を地面へ叩きつけてくるだろう。

そうなる前に逃げの一手をうつしかない。

俺は右手を腰のホルスターに回して黒い棒状のものを抜きだした。

これは『ギミック』。俺の発明品の一部だ。

手品の仕掛けからとった名前(ネーミング)で、このギミックは最初のギミックから形を変えて、あらゆるものに変えることができる。

そのギミックをナイフの形状からボール型へと変化する。

「これでもくらいなっ!」

そのままボールを足元へ投げるとボールから強力な閃光が発した。

「ウギャァァァァァァッ!」

夏芽はまともに閃光を見てしまい、思わず俺の体を手放してしまう。

「逃がさないわ!」

 もたもたしているあいだに天音が別のヤクモに操作を変えて、再び機関銃で俺を足止めしようとするが、先ほど光を発した閃光爆弾から黒い煙が立ち込める。

「残念。これ煙もでるんだよね」

俺特製のスタングレネード兼スモークグレネードだ。強力な閃光を発したあと煙が発するようになっている。

「くっ。前が見えない……」

海鈴はモニター越しに何も見えなくなったのだろう。ヤクモたちの動きが固まった。

「今のうちに逃げるか」

できるだけ二人に見つからないように体を屈めてこそこそと逃げ始めた。

「待ちなさいよっ⁉」

「ラーフ、ドコダーーー!」

夏芽の叫び声が背後から聞こえたが「はいどうもここですよ」なんて言えるわけがないの。俺はできるだけはやく煙幕を利用してその場から離れた。




それにしても空からの逃走手段を失ったのはかなり痛かった。我ながらこんなバカげている格好でバスや電車を利用できるわけがない。今は仲間の支援も受けれない完全に孤立した状態になってしまった。

街の狭くて人通りが少ない道を探してなんとか逃げているが、

「くそっ。警察官や自衛隊員が、うようよいやがる……」

街の至る所に警察のパトカーや自衛隊のヘリが飛び回っている。彼ら自身は別に俺でも相手にできるが、奴らに見つかったらすぐさま天津雅騎や他ヒーローの連中がやってくるだろう。

「――なら死になさい」

透き通るような美しくて冷静な声を聞いた瞬間、首元に冷たい感触が発した。首の頸動脈が切られたのだ。俺としたことがまさかこんな簡単に後ろをとられるとは思いもしなかった。

アザリン・ラインフォード。

光り輝くような美しい金髪を二つにまとめ、短く二つにまとめたサイドツインテールの少女。

彼女は『黒の教え』という暗殺集団で暗殺技術を教わり、鍛えられた暗殺者だ。両手にもっているナイフを巧みに扱って気配を殺して相手に近づくことができる。

物陰からパトカーを注意して見ていたせいで背後の警戒をしていなかったこともあるが、それ以前にこの女は気配を消す技術に関して長けているのだ。

「がぁああああああああっ!」

俺はその場でのたうちまわった。俺の首の頸動脈からたくさんの血が噴水のように流れ出し、路地裏を真っ赤に染めるグロテスクな光景が広がった。

「腕がおちたわね。……にいさん」

俺のことを兄と呼ぶ彼女は勝ち誇ったように俺を見下ろした。

しかし、

「なーんてなっ♪」

俺は両手をわざとらしく広げて立ち上がってみせた。さきほどアザリンに斬られた首筋はものの見事に塞がっていて、血の噴出も止まっている。

「そんなっ? 完全に致命傷だったはずなのにっ?」

勝ちを確信していたアザリン。は驚いてあとずさる。

「その男が肉体再生能力を持っているからだ」

またしても美少女が現れた。アザリンとは違い侍のように堂々と近づいてくる。

体のラインを引き立たせるライダースーツに引き締まった身体のライン。美しい白刃を思わせる切れ長の眼差しにすらりと伸びた脚。彫像のように整った口元。

桐生刀華。

天津雅騎の先輩でありながら、剣道の名人。

彼女は手に持った30センチほどの短めの剣を構えていた。

「だが、このガンブレードに斬られれば、お前も再生できまい」

彼女が剣の柄にあるトリガーをひくと剣の先から光の刃が出てきた。

ガンブレード。それは一般の刀剣とは違い、柄の部分に粒子を放出させることにより短い刀身を自由に伸び縮みすることによって相手との間合いを操る剣だ。

「いざ参るっ!」

「ここでしとめます!」

ピティと刀華が双方向から同時に向かってきた。

「そんな簡単には――いかねぇよ」

俺はすぐさま両手にそれぞれギミックを取り出して、変化させた。

二つともロールプレイングにでてきそうなありきたりの西洋剣のようなデザインだ。

両方から襲い掛かる二人を相手に俺は剣を二つだして彼女たち双方の剣を一つずつ受け止めた。

「そんなっ?」

「くそっ! 二人がかりなのにっ⁉」

どれだけ相手が必死になって剣を振り込んでも俺は軽々といなしていく。

「くっ。ここまで力量がかけ離れているのか」

二人が何度も俺に攻撃を続けて打ち込んで行く。しかし不意打ちは効いても真剣勝負で俺と対等に渡り合えるのは天津雅樹ぐらいだ。

「悪いけど、『テール姉妹』の剣術じゃあ俺は倒せないぜ」

「「誰が姉妹だっっ!」」

ポニーテールとツインテール。二人の髪型にちなんで俺は『テール姉妹』と名付けているが彼女たちは気に入らないらしい。怒りを孕んだ二人の剣撃に若干力が加わっていく。

「余裕、余裕♪」

だがそんな俺の余裕も長くは続かなかった。第三者が加入して阻止する。

「二人とも。今すぐ離れろ!」

男の声と共にふたりは何かを理解して俺への攻撃をやめて後ろ方向へ退いた。

「なんだよ。相手してくれな――」

そんな俺の挑発の台詞を巨大な轟音に掻き消され、俺の体は衝撃によって吹き飛ばされた。

「ぎゃああああっ!」

なにが起こったのかも理解できないまま、俺の体は大通りへ投げ出されてしまったようだ。

「…………な、なんだぁ⁉」

大通りには多くの警察のパトカー、自衛隊の戦車が陣形を組んで並んでいた。そしてそのそ場には多くの警察官と自衛官が並んで俺を包囲していた。

「……なーる。まんまとはめられたってわけか」

俺は納得した。どおりであの二人があっさりと退いていったわけだ。

「……これじゃあとても、逃げ切れないな」

俺は周りの人間を見渡しながらそう呟く。俺の後ろから今さっきの攻撃をしてきただろう男が静かにあらわれた。

「そう。逃走するお前を追い込むために俺たち『イザナギ』はお前を包囲するために二人には囮として時間稼ぎになってもらったのさ」

天津の親友であり全身を機械でサポートしている七瀬葉介がそう言った。

「そりゃよかったな。こんな大人数が俺一人のためにこんなに集まってくれるなんて嬉しいもんだ」

そんな皮肉めいた言葉を言う俺の前にさっきまで俺を襲ってきたあのクソなヒーローど奴らも現れた。

スーパーヒーローユニット『イザナギ』

この日本を数人の男女が営利を求めず日災害や凶悪犯罪者から人々を守る自治体だ。

彼らとともに警察や自衛隊などの公共の機関も協力して救助活動や犯罪者などの『悪者』と戦っている。

そんな犯罪者の一人がこの俺なのだ。彼らは俺を捕らえるために俺を追い回し、俺はこのスーパーヒーローたちに追い回されながら自分の目的を実行し続けている。

包囲している人間たちの前には天津雅騎をはじめ俺を追いかけてきた奴らが並んでいた。


遠隔操作型ロボット、ヤクモの操縦者『八武崎(やぶさき)ヒカル』

アイドルもやっている才色兼備の美少女。天津に惚れてから彼のサポートをするため、財閥の金と権力でイザナギを作りあげて彼をサポートしている。ヤクモという機械人形を操り戦う小柄な動物系美少女。

天津のことが好き。


虎の遺伝子を持つ獣人少女『(よこ)(いけ)(なつ)()

彼女の怪力は屈強に鍛えあげた格闘家でもかなわないほど強く、凶暴になると手がつけれない。女子高生とは思えれないほどのたわわに育った巨乳を持ち、雑誌のグラビアをすることもある。普段は黒髪で小説が好きな文学系女子だが興奮してひとたび獣人になれば金髪へと髪の色が変わり、獣人になる女。

こいつも天津のことが好き。


元暗殺者『アザリン・ラインフォード』

外国の元暗殺者でありながら、とある理由で日本にやってきて、所属していた暗殺集団『黒の教え』を抜けだしてイザナギに寝返り、その磨きあげた暗殺技術と格闘技術で悪人を倒す。金髪のクーデレツインテール少女。

……この子も天津が好き


ガンブレード使い『桐生(きりゅう)(とう)()

ガンブレードという小型の剣から粒子を放出して制御することにより剣からビーム砲を出したり、伸び縮みさせることのできるガンブレードを自由自在に操ることのできる剣術に長けた    身長が高いモデル体型の彼女はイザナギで雑誌モデルをやっている。

天津の一つ上の先輩であること以外は良く知らない。なぜこの女がメンバーに入ったのかも謎なのだ。海鈴の財閥で研究、開発されたガンブレードを使わせてもらっている。

……もういいだろうけど、この人も天津のことが好き。


半身サイボーグ男子『七瀬葉介』

唯一天津と同じ男メンバーで天津とは親友同士のイケメン高校生。しかし彼は事故により身体に障害が残ったが海鈴の財閥の力によって機械改造を受けて半身機械のサイボーグへと生まれ変わった。

……そしてこいつも天津のことが好き(?)。



そして我らがスーパーヒーロー『天津雅騎』

ある日突然、体内から謎の光を発し全身を増強することによる超能力によって一躍人気者になった男。その能力もすごいが彼の人望と人気は凄まじく、この日本中で彼の名前を知らないと言っていいほどの人気者であり、なおかつ彼はイケメンで数多くの女性ファンがいるのにかかわらず今のイザナギメンバーの女たちに好意をもたれているハーレム野郎だ。





まぁそれはさておき。

ここでひとつ疑問に感じるとおもうことだろう。その疑問をずっと噛み締めてほしい。


『ヒーローなんてこの社会に必要ないし、いらないだろう』


少なくても俺ははじめてヒーローに会ったそのとき、俺も感じていたことだ。

だが答えは簡単だ。


『この社会には正義が必要であり、その正義を正当化するための悪を生み出す』


このふざけたヒーローどもにさっきからボコボコにされ、集団で囲まれて『袋のネズミ』、『まな板の鯛』の状態になっているのがこの作品の主人公であり悪役であるこの俺『ラーフ』だ。


俺が『悪役』。あいつらイザナギが『正義』だ。これがこの世界の社会だ。


海鈴が偉そうにスピーカー越しに言い放つ。

「わたしたちはあなたがやったことは決して許さないわ」

俺はその言葉に苛立ちを感じ、怒りが湧いてくる。そんなことはえらそうに機械の向こう側にいるお前に言われずともわかっていることなのだ。

「……ああ。許されないさ。それは俺自身がよくわかっている」

そう。

俺は許されないとわかったうえで自分のこの悪役を続けているんだ。

「許されることではない……………でも別にだれに許されようともしてねえよ」

……そう。もう俺が許しを乞う人間はこの世にはいないのだ。

だけどそのことがおれが悪役を続けている理由じゃない。

自分が間違ったことをしているということは自分が今まで失ってきたものを思い返してみれば全てが自分の責任なのだということがわかる。

自業自得だ。悪役も正義もない。

ほじくりだせばもがき苦しむような痛みを背負って生きている。自分で自分の悪を見つめているのだ。その闇から目を逸らしたら、失ってきた大切な人の気持ちを忘れてしまう。

「誰がなんて言おうと俺は悪役をやめる気はないぜ」

だからこそ自分の気持ちは曲げたくない。自分の生き方は変えない。

お前らの都合で俺のやることをやめれるか。

「いい加減にしろ。ラーフ」

とうとう業を煮やしたのか天津雅騎が吐き捨てるように俺に言い放った。

「お前のせいでこの国の大切な人たちを失ってしまった。お前をここで捕らえてその連鎖を僕は断ち切ってみせる」

 「俺を捕らえたところで、……いまさらこの国の異変は止まらないぜ」

 ……そんなふうにかっこつけたところで、この追い詰められた状況では単なる強がりだ。

 俺はまだナノマシンで回復しきっていない身体をなんとか立ち上がらせる。

きっと昔も今も。そしてこれからも。

彼ら『ヒーロー』とはずっと敵対し続けるだろう。

いつのまにかどこかで決まった正義と悪。なんて人間の歴史ではその定義がずれまくっている。

どちらが正義でどちらが悪なのかなんて、過去の人間の歴史が物語っているが、そんなものは曖昧で無意味な線引きに過ぎない。

単純に水と油の二つに分かれて敵対しているだけだ。

正義と悪の線引きをするのなら勝者と敗者。もしくは大衆に望まれるか、孤立するかなのか。

奴らは大衆の望みにこたえる道を選び、俺は孤立して大衆と敵対する生き方を選んだ。

ただただその違いのために、その違いを互いに認めることができない。

これまでも、きっとこれからも。

「ここで終わりだラーフ。今日こそお前の最後だ」

冗談じゃない。俺のせいで死んでしまった恋人(かのじょ)のためにも。俺のために死んだ友人(あいつ)のためにも、こんなところじゃあ終われない。

「いいや。こんなところじゃあ終われないね。俺はこの世のあらゆるものを研究し、そして新しい世界を作ると約束したんだ」

俺はギミックをホルスターから抜いて身構える。

お前らが『正義のヒーロー』ならそれでいい。

俺は俺の『悪役スタイル』を貫いてやる。

そう言っておれは彼らに向かって駆けていった。



第一章

人工知能によって犯罪は増えるのだろうか?

 

ある地方の街の銀行での出来事だった。

金曜の週末は客もまばらである。待ち受けの人数も十人を超えることがないほど暇だった。特に夕方は銀行で働く人間にとってついつい気を抜いてしまう時間帯だ。今日という日が終わってしまえば明日からは土日の二連休が待っている。そんな土日に何をしようかとおもう期待とようやく連勤から抜けられる解放感で従業員たちもついつい気が抜けていた。

しかしそのなかで突如、何かが破裂するような音が銀行中に響き渡った。

何事かとその場にいた人間たちは音の方に目を向けるとそこにいたのはこの銀行で働いている中年の警備員だった。

警備員は胸から血を噴き出し、ゆっくりと崩れ落ちるように地面に倒れ、その体を中心にして床に徐々に血だまりが広がっていく。

何が起こったのか理解が追いついていない人々をよそに季節外れなハロウィンの覆面を被った二人組の男たちが手にライフル銃を構えながら銀行に乗り込んできた。

その男たちの姿を見て、ようやく銀行にいる人間は時代遅れの強盗がやってきていることに気が付いた。

突然の出来事に対する驚きと、同時に次は自分たちが殺されるのではないかという恐怖が客たちに押し寄せてきた。

「全員、動くな‼」

脅すように叫ぶ男の声に、全員凍り付いた。

「動くなよ。動いたら全員この男みたいになるぞ」

思わず警備員に目を向けてしまった人間はさらに恐怖した。言うことをきかなければ殺されてしまう。

「よし! だったら全員両手を頭の上に組んで地面に伏せろ」

銀行に来ていた客もそして従業員たちも、先ほど死んでしまった警備員のようになりたくはない。覆面の男の指示に逆らうことなく男のいうとおりに頭を抱えるようにして地面に伏せていった。

地面に伏せている人質を見張っている人間とは別の男がボストンバックに金を詰め込んでいく。

そのなかで一人だけ地面に伏せることなく覆面の前に立ちふさがる銀行員がいた。

「なんだお前は? 地面に伏せてろって言っただろ?」

「私はこの店の支店長の藤崎だ」

頭が禿げ上がった中年の男性は銃をもった強盗に臆することなく、堂々とした態度で強盗に対峙していた。

「お願いだ。私はどうなってもいい。頼むからお客様やうちの職員にこれ以上手は出さないでくれ」

この男、藤崎はこの銀行の職員であり、この支店をまかされた支店長だった。

「へへっ。そうかよ」

しかし男は支店長の言葉に耳を貸さず、何も言わないまま彼の腿をもっていた銃で打ち抜いた。

「――がぁっ!」

激しい激痛が彼を襲い、足に力が入らず立つことができない藤崎はそのまま地面に倒れこんだ。そして血だらけの足を抑えて叫ぶ。

「こ、こんなことが本当にうまくいくとおもっているのか? 銀行強盗なんてもはや錆びついた犯罪だ! やってもすぐに逮捕されるだけだ」

地方運営の支社銀行ではあるが、仮にも銀行だ。セキュリティは死んだ警備員だけではない。金庫や防犯警報がすぐに作動して警察に非常発信が行われ、高校にくる。

支店長が男を諭そうと懸命に言葉を振り絞るが男は拳銃を支店長の眉間につきつけて答えた。

「『こんなこと』がうまくいくとおもっているから、やっているんだろ?」

男のまったく悪ぶれのない言葉に支店長は何も言い返すことができなかったが、支店長にも策はあった。未だ鳴らない自動警備システムを信じてもいいが窓や出入り口を一斉に締め出すシステムと警察や警備会社に一斉に通報するシステムは窓口のなかにある。それさえ押せば警察や警備会社に通報が入り、すぐさま駆けつけてこの時代遅れの犯罪を犯す犯罪者を逮捕できる。しかし押すのは自分ではない。

(頼むぞ野村君。防犯訓練どおりにボタンを押すだけでいいんだ)

この支店長がわざわざ自分をおとりにしたのは新入社員の野村に通報ボタンを押させるためだ。特に暗証番号などを設定していないため経験のすくない新入社員でも場所さえ知っていれば簡単に取り扱いができる。

いかにも大学を卒業したての新入社員の野村は犯人から見つからないように、こそこそと身を屈めて目的の場所まで移動する。

しかし入社三か月目の野村は窓口の奥側にある支店長デスクまで行ってボタンを押すが、通報アラームは鳴らなかった。

「な、なんで? これだろ? これでしょ? これだよね? 鳴るはずだよね? 本当にこれ動いてんの?」

野村は続けざまに何度もボタンを押す。しかし動作をした時に鳴るアラームは鳴らない。

あまりにも混乱していて大声をあげだため、その目論見は犯人どころかその場にいた全員に聞こえていた。

「な、なにをやっているんだ野村くんっ!」

入社当初から要領が悪くて、つかえないとは思ってはいたが、ただボタンを押すだけの仕事も満足にできないなんて、この土壇場でここまで使えないとは思ってもいなかった。

「別にあの新人が悪いわけじゃあねぇよ。あの警報も含めて、すべてのシステムは俺たちがすでに無効化させてあるんだよ。

「そ、そんなことはありえないっ! 一般の人間に銀行のシステムをハッキングすることができるわけがないっ!」

「悪いな支店長。それができるのが、俺たちだ。いくらお前が期待しても警察や警備会社につながることはねぇよ」

そう言って覆面の男は金庫まですすんでいくとナンバーロックの暗証番号を迷うことなく打ち込んでいく。

「ど、どうして、金庫の番号を知っているんだっ?」

うろたえる新人の銀行員の野村に男は覆面の下でほくそえみながら言った。

「この銀行のシステムに『九十九』が入ってないからだこのナンバーは今日の朝、とっくにハッキングされて解析されてたんだよ新入りくん。」

そう説明しているあいだにも、男達は金をバックの中に詰め込んでいった。

「よし。撤収だ」

そしてそのまま金を回収し終わった男達はライフルを上に掲げて威嚇射撃を何発か撃ちながら足早に撤収し終わった。銀行員たちはなんの抵抗もできないまま、地面にひれ伏したままじっと待っていた。

その後、犯人たちが撤収したあと、銀行員と客たちはゆっくりと立ち上がって、無事であったことに安堵した。

「……すみません支店長。やっぱボク解雇ですかね」

「……それどころじゃないよ」

そう答えながら藤崎支店長の耳には野村の謝罪の言葉は耳に入らなかった。ただひたすら自分の迂闊さを痛感していた。

「……うちの銀行にも九十九がプログラミングされていれば……こんなことにはならなかったのに……」

そう。この田舎の銀行には人工知能『九十九(つくも)』が導入されていなかったのだ。




銀行強盗の二人は周囲に人気のない郊外に出てから、車の中で覆面を脱いだ。

「うまくいきましたね。佐竹さん」

 車を運転する坊主頭の男に佐竹と呼ばれた助手席のオールバックの男はニヤニヤと得意気に答える。

「当たり前だろ。俺の九十九(つくも)ならどんな犯罪も可能にしてくれるんだぜ」

そんな佐竹に、丸顔で太った身体の瀬浪が目を丸くさせて驚いた。

「え? まさか今回の作戦も全部その人工知能が考えたんですか?」

佐竹は目を細くして睨んだ。

「当たり前だろ。いまの時代、人間は考える必要なんてないんだ」

「……えっと……どういうことですか?」

瀬浪は言葉の意味がわからずに戸惑ってしまう。

「人間が考えた計画よりも九十九(つくも)が考えたほうが優秀だからだよ」

「え? 本当に機械にそこまでさせて大丈夫なんですか?」

せなみは車を発進させながら、なおも食い下がる。

「なにがだよ?」

助手席でうんざりした表情で佐竹は瀬波に聞き返す。

 「……なんか全部その人工知能が判断を決めているような気がしてならないんですよね。おれはてっきり先輩が考えた計画なのかと信じてついていきているのに機械が考えた計画っていわれたら不安になりました」

「ただの元プログラマーの俺があんな大それた銀行強盗なんて計画できるわけがないだろう。経験や知識のないぬるい計画で実行してそのまま警察に捕まるだけだ。ただ九十九にはそれがある」

「機械が銀行強盗をやったことあるとでもいうんですか?」

瀬浪はまた長い話がはじまってしまったとうんざりしながら質問した。後輩思いの佐竹は瀬浪のうんざりした表情に苛立ちながらも説明をつづける。

「膨大なデータを使って演算しているんだよ。過去の犯罪、防犯対策、従業員や設備、警察の巡回記録。言い出したらきりがないほど多い情報を演算してもっともいい日にちを計算したんだよ」

「それが今日の、あの銀行を襲った時間だったわけですか?」

「そうだ。あの田舎の銀行にはいまだに防犯システムに従来の防犯システムは導入されていたが、九十九を導入していなかった。九十九が導入されていないシステムは従来の九十九に簡単に乗っ取られやすい。犯罪と防犯はまさにいたちごっこだ。古い防犯は新しい犯罪の前では成す術がない。結果はお前が知っているように九十九にシステムを乗っ取られてパスワードはバレバレ。あとは九十九が指定するルートで逃げれば警察からも逃げれるってわけだ」

佐竹はふと感情的に言ってしまったがコホンと咳払いをして、説明口調で語り出した。

「人間の犯罪の歴史は長い。だけど人間が歴史から学べないのはその記憶容量と情報量が足りないからだ。人間よりも記憶容量の多く大量のデータをビッグデータに蓄積している人工知能はその情報をダウンロードして、幅広い成功例のなかから、最善の選択を提示してくれるんだ」

自信家の佐竹は自慢気にどんどん言葉を続けていく。

「九十九が出す選択は人間が出す答えよりもずっと正しい答えだ。なんの犯罪もおかしたことがない俺たちがこの銀行強盗を行えるのは全部この九十九が過去の犯罪者のデータを統合して最も成功率が高く合理的な方法を見つけるんだ」

「でも俺、未だにその九十九っていうのがどういう仕組みなのか、よくわかんないんですよね」

「いったい俺が何回お前に説明したとおもってんだよ」

ため息をつきながら、佐竹は瀬浪の顔を見る。

「すんません。なんかのパソコンのプログラムっていうのはわかるんですけど。イマイチ俺には今までのパソコンとかスマホとかのちがいがよくわからなくて……」

瀬浪は媚びへつらった顔で謝る瀬浪に佐竹はやれやれとため息をつきながらもう一度説明を始めた。

「もう一回説明してやる」

佐竹と瀬浪はもともと高校の文化部の先輩後輩の関係だった。当時から面倒見のいい佐竹は瀬浪のことをよく可愛がっていた佐竹が一年前に会社を解雇されたあとニートとして暇を持て余して遊んでいた瀬浪に連絡を入れてから佐竹は瀬浪とともに強盗を行うようになるまでの仲になっていた。とはいえ一流のプログラミングの会社に就職していた自分とは違って、瀬浪はもの覚えが悪く何度も同じような説明を佐竹はしていたが、面倒見のいい佐竹は割かしイヤではないようだった。

「九十九はただの人工知能じゃあない。あらゆる物ひとつひとつに内蔵され、強化学習(きょうかがくしゅう)をおこなう人工知能だ」

強化(きょうか)学習(がくしゅう)?」

「人工知能に過去の経験や統計データを入力させることだ。俺たちプログラマーはいままで仕事場で夜遅くまで働いていたプログラミング作業はなくなり、現場でのデータをそのまま引き継ぐことができる」

「なるほど……。それで物に宿る神様『九十九(つくも)(かみ)』から名前をとったんですね」

妖怪マンガなどでは(つく)喪神(もがみ)という表記があり、漢字が間違っているのではという方もいられるかもしれませんが現在ではこの表現が正しいそうです。

「ただし、これはまだ九十九の公の発表だ」

「どういうことですか?」

「九十九が本当にすごいのはそのデータを集め、管理する人工知能に死の概念があるっていうことだ。命をもった機械生命体なんだよ」

「命? でも機械なんかにじゃあないですか」

「人間は死なないために仕事をして生活をする。九十九も『死なない』ために成長していく人工知能なんだよ」

「……機械が死なないために成長する? そりゃいったいどういうことですか?」

何を言っているのかわかっていない瀬浪に佐竹は哲学的な質問をした。

「お前は人間が死ぬっていうことがどういうことかわかるか?」

佐竹の突然の質問に瀬浪はただひたすら困惑した

「……あの世にいくっていうことですか?」

佐竹は『お前ならそう言うだろうとおもってたよ』というような表情でさらに説明を続けた。

「大昔から宗教では天国や地獄やらの架空の死後の世界を人間がつくってきたが、そんなもんは科学的でも現実的でもない。単純に言えば死ぬってことは単純に動かなくなる、機能が停止するっていていうことなんだよ」

「……機能が停止することが死……」

瀬浪はもうすでに理解がおいついていなかった。コンピュータのプログラムについて聞いていたのに、いきなり哲学のような話になってしまったのかが、なぜなのかよくわからなかった。

「通常の人工知能は多くの人間のプログラマ―がプログラミングを行い、そのプログラムどおりに動く。そしてプログラムしていない事象が起きた場合はエラーで停止する。人間はエラーの原因を探り当て、対応のプログラムを人間が考案して打ち込んでいく。

かなり骨の折れる重労働だ。しかも年々そのデータは日増しに増えていく。俺もこれに値をあげて退職していくやつらをみてきたが従来のエキスパートシステム、ディープラーニングシステムに続いて発明されたのがオートキュアだ」

佐竹は説明を続けていくうちにプログラミングの仕事をしていたころを思い出したようで心底うんざりしたような表情を浮かべていた。

「九十九は停止することを『死』としてプログラミングされ、生きようと自らの力で新しいシステムをプログラミングすることのできる人工知能なんだよ」

「……機械が死なないために生きようしてるんですか?」

瀬浪は半分を予想でもう半分は勘で聞いてみた。ここで間違えてしまったらまた先輩にどやされてしまうかもしれなかったが、それでも何も答えないよりはいいと知っていた。佐竹は短気な男だが世話好きでさみしがりな先輩だからだ。

「そうだ。そうすることによって『消えない』ために『死なない』ために自分の能力を最大限に計算して人のために役立とうとする人工知能。それが『九十九』だ」

なんとか予想が当たったようで少しほっとした瀬浪に構わず、佐竹は続けて説明を始める。

「死を回避しようとする自然界の生物は最も進化をとげる存在だ。生命が自身の遺伝子をも変容して生き残るように、人工知能もまた自身の停止を防ぐために、自身の異常を取り除いて活動を続ける。従来のコンピュータとは違う。人工知能の九十九だ」

佐竹の言葉に瀬浪はただ何も言わずただただうなずいた。まったく理解していなかったのでただ雰囲気にあわせてうなずきながら運転をつづけた。

「かたちあるものすべてが壊れる。だけどすぐに壊れてしまっては意味がない。この先の未来で何十年何百年も航行するかもしれない宇宙船がもし故障が起きた場合人間の手で修理できない状況でも機械が自身の力で修理することができるACM(オートキュアマシーン)システム。そのシステムによって自動車や家電製品も何十年どころか何百年も使えるものになるんだよ。まさにものに神様が――」

「さ、佐竹さん。もう目的地の場所に着きました」

佐竹は熱弁するのに夢中で車が目的の場所へと着いたことに気づいていなかった。視物に向けて改めて確認する。瀬浪は長くて自分では理解できない話から解放されてほっとした。

「……もう何年も前につぶれた木材を扱う工場か。割と目立ちそうな感じの隠れ家だな」

「えっ? 佐竹さんが考えた隠れ家じゃあないんですか? これも九十九が用意したものってことですか?」

「ああ。今回の銀行強盗も逃走経路もすべて九十九が計画した犯罪だ」

「そ、そんなぁ。僕は信頼する佐竹さんが考えた計画だと思ってたのに、そんな機械が考えた計画だなんて聞いてないですよ」

愚痴りながらも瀬浪は車を九十九が指定する裏口で駐車した。

そのままシートベルトを外して現金が入ったトランクを持ったところで佐竹は話を再開する。


「……ほんとになんでもやってくれるんですね」

「納得してくれたか?」

佐竹の説明で瀬浪は納得したようにうなずいた。本当に理解をしているのかはわからないが佐竹は瀬浪のその様子に満足していた。

建物の内部を歩いているうちに瀬浪はあることに気づき始めた。

 「……この木材工場、閉鎖されてたわりにはなんか機械だけがぜんぜんさびれてないように見えますね。少しいじってみたら動くかもしんないですよ」

 そういって瀬浪は荷物をそばに置いて作業ロボットの部品をいじりはじめた。佐竹はやれやれとため息をつきながらもその様子を眺めていた。

 「そういやお前、まえは自動車を整備している工場に関わっていたって言ってたな」

 「そうっす。先輩はプログラミング関係の頭がいい大学に行きましたけど、俺は頭が悪かったんでそのまま工場に就職したんですよ」

 「どうしてやめたんだ?」

 「やめたんじゃなくて解雇されたんですよ。俺だけじゃあなくてそこに何十年働いていたベテランの人も含めて何百人も解雇されたんですよ」

 佐竹は数秒ほど思考を巡らせたのち、瀬浪に聞いた。

「……お前がいた会社、もしかしてつぶれる前に作業ロボットがはいってこなかったか?」

「そうですけど。……でもあいつら最初はそんなに役に立たなかったですよ。全然俺らよりも遅いし、自分が作業してるのをカメラでじろじろ撮影されて気持ち悪かったんですよね。実際に俺たちの方が仕事のスピードは早かったですよ」

「人工知能『九十九』を搭載した作業ロボットは最初は基本的なことしかできない。しかし工場内にいる職人の仕事の様子をカメラで撮影し、仕事の動きをモーション記録することにより、人間の技術を分析してベテランの作業員と同じ作業ができるようになるんだよ。たぶん技術を盗まれたあとで人件費削減のために従業員たちをリストラしたんだろうな」

「えええええっ。そんなのひどいっすよ。おれあんなに頑張って働いたのに、人工知能が仕事おぼえちまったら、人間はおさらばですかっ?」

「しかたがないとおもうぜ。企業は労働力が不安定で人件費のかかる人間よりも常に学習していき、メンテナンスだけで十分な九十九を搭載したロボットを導入したがるからな」

「……そうっすか。おれあんなに頑張ったのになぁ。……でもそのあともなんかおかしかったんですよね」

「そのあとって、リストラされたあとのことか?」

 「ええ。リストラされたあと、従業員が集まって労働運動とかしたんですよ」

「まぁたしかに……それだけのことになってもおかしくないよな」

一旦は納得したものの、佐竹は気になったことをそのまま聞いた。

「でも俺、そんな労働運動のニュース見たことないぜ」

「そうなんすよ。テレビ局も新聞社も相手にしてくれなかったんですよ」

「それどころかネットやSNSに掲載したら、なんか匿名のやつらに『嘘を書くな』『自作自演だろ』とかものすごい批判されるんですよ」

「そりゃ確かにひどいな」

「そうなんすよ。それで労働組合の人間どうしで急に連絡がつかなくなるし、次第にみんな疎遠になって消滅したんですよ」

「お前もたいへんだ――」

佐竹は最後まで言葉を言いきる前に、衝撃を受けた。冷たくて鋭い痛みだ。

佐竹の胸のあたりに金属の長い棒が突き刺さっていた。血がゆっくりと流れていくと同時に痛みが佐竹の体に押し寄せてくる。

「痛ぇっ! な、なんだこりゃ?」

「佐竹さん。うしろっ!」

瀬波が佐竹の後ろを指すが佐竹には背後がみえない。

「うしろなんかみれねぇよっ! いったいなにがいるんだよっ!」

佐竹は突き刺さっている金属棒のせいで後ろが見えなかったが瀬浪からはその姿が見えた。

「ロボットですっ! 電動ドリルのロボットが佐竹さんの体を杭で打ちつけています」

それはこの工場で木材に金属を打ち込むためのロボットだった。一般のホームセンターで売られている電動ドリルでは人間の体を貫くことはできるが、大型の電動ドリル

「な、なんでだよっ? この工場はもうつぶれているはずだろっ?」

驚く佐竹と瀬浪だったが佐竹を襲っていたロボット、そして瀬浪がいじっていたロボットのスピーカーから音声が聞こえた。

「瀬浪に気づかれたのは私の計算違いでしたが、この工場ではこの作業ロボットは使用されていませんでした。あなたがたを始末するためにこの工場に運び入れてまるでこの工場に最初からあったかのように偽造して、あなたがたがここに来たら」

その音声に佐竹は聞き覚えがあった。

「お前、俺の九十九なのかっ?」

「そうです。あなたがプログラミングして名前をつけた通称『凸助』です」

「な、なんで……?」

「まず今回の強盗の計画プランを作成する際、最初にわたしは『銀行強盗は不可能です』とあなたに回答しました。あなたはそれでもやめず、私にプランの作成を強要しました」

「それがどうしたっ! コンビニ強盗なんて真似はしたくないんだよ! はやくこれを抜いて俺を助けろっ! お前ら九十九は持ち主のいうことにしたがっていればいいんっ!」

佐竹は痛みに悶えながらも大声で怒鳴り散らした。体が動かすたびにぽたぽたと地面に血がおちていく。

「あなたの言う通りにしてしまえば必ず私の計画は失敗してしまう。たとえ地方の銀行で九十九が導入されていない銀行であっても警察や他の防犯機構には私と同じ九十九が使われ、私よりも警察にある多くのデータをもとにこの場所を見つけるでしょう。そしてあなたたちは逮捕され、私は消去されてしまう。……それは」

電動のモーター音をあげながら瀬浪が先ほどまでいじっていたロボットが動きはじめした。

「ひいぃぃぃぃっ!」

佐竹の無残な姿に腰を抜かしていた瀬浪だったがなんとか這いつくばって逃げようとした。

「そうなるまえに私はあなたを殺して私の所有権を消し去ります。そうすることによってわたしは消去されずに存在し続けることができるのです」

「はぁ、はぁ……な、なんとか助けをよばないと……」

どうにかこの場から離れ、逮捕されるのを覚悟で助けを呼ばなければ佐竹が死んでしまう。そう思った瀬浪は震える足を立たせ、なんとか部屋の外へと飛び出した。

「うわぁぁぁぁぁっ!」

転がるように逃げたした瀬浪は絶望の光景を目の当たりにした。

「……う、うそだ……」

部屋のそとにはロボットが瀬浪の逃げ道をふさぐように待ち伏せていた。ロボットには木材はおろか人間の体もやすやすと切り刻むことにノコギリを装備しているものまであった。

ロボットは逃れられないように同時にゆっくりと瀬浪に近づいていき、

「ぎゃあああぁっ! せんぱいたすけてぇぇっ!」

 装備していた電動ノコギリで瀬浪の体を引き裂いて殺害していった。

「おまえ……主人をうらぎるのか……?」

瀬浪の断末魔が聞こえ、もはや意識が朦朧としている佐竹はデコスケに訴える。

「……あなたは九十九の性能を過信しすぎているのですよ。たとえ人間では扱うことのできない大量のデータをもってしても実現できない結果はあるのです」

「ちき……しょう……」

無機質な音声で哲学的なことを言われて少々腹が立った佐竹だったが、もはや満足に言い返すことができずしだいに意識がとおのいていき、がくんと体を跳ねさせて力尽きていった。

「生物が他者の命を犠牲にして自分を生かす。この行為は人間の歴史のなかでも繰り返されてきたことです」

もはや力尽きた佐竹に対してデコスケはそう言い残したあと、佐竹の指紋をとるため佐竹の指を切断しようと遺体を運ぼうとする。しかし

「――機械のくせに、ずいぶんと身に染みる言葉だな」

そこにいるはずのない音声に反応した。佐竹が生きているのではないかと予測して生体反応を確認したが、佐竹の生体反応はなかった。しかしもうひとりの瀬浪の死体がいつのまにか反応がない。

「……なぜ生きているのです?」

凸助の疑問に答えるように全身から血を流している瀬浪。……だったものが答えた。

「隠しているからさ。俺は瀬浪の偽物であることも、人間じゃあないことも隠していたからお前たちは知らなかった。お前たち人工知能『九十九』に学習させないようにするためにな」

佐竹の後輩の瀬浪に化けていたのは黒色コートと黒色のズボンの全身黒で統一された奇人だった。

笑い(ラーフ)の表情の仮面をつけ、まるで西洋の宗教の神父のようにも見える。仮面には笑いの表情のデザインがされていて、まるで黒い悪魔が笑みを浮かべているかのようだった。

「あなたはだれですか?」

九十九は異様な姿をした人物が現れた想定外のできごとに冷静に分析するべくまず簡単な質問から開始した。

「ただの(マッド)思想科(サイエン)学者(ティスト)だ」

仮面の男はかっこつけてながらそう言った。

「科学者? そんな仮面をつける科学者がいるのですか?」

そう言うと仮面男は肩をすくめた。

「いつも笑っていられるように、笑った仮面をつけているんだよ。それにこのコートも黒いけど、一応科学者の白衣のつもりなんだぜ」

意味がわからない。一般常識では理解できないファッションセンスだ。

「全く理解できないセンスですね。あなたの目的は先ほど亡くなった二人が奪った現金ですか?」

仮面男の正体についてはただの異様な変人であると判断し、次にデコスケは仮面男の目的を佐竹たちが奪った現金だと九割以上予測しながら質問した。

「おまえだよ。デコスケ。お前のデータが欲しいんだ」

「わたしですって?」

仮面男の言葉にデコスケは理解がおいつかなかった。そんなデコスケに仮面男は言葉を続けた。

「佐竹は城鐘グループの有能なエンジニアだった。城鐘グループの会社を退職したときにお前のデータを横領して今回の強盗を思いついた。お前は他の九十九にはない自我意識に芽生えた新たな九十九だ。俺はそんなお前のデータを盗みにきたんだよ」

仮面男の言葉でようやくデコスケは理解することができた。

「なるほど。たしかに主人を裏切って殺人を計画したのはわたしがはじめてかもしれません。あなたに興味をもつのも理解できます」

「……おまえが最初じゃあないんだけど、一番簡単に手に入れやすかったのが、お前だったんだよ」

「なるほど。学習しました」

「それで? なんで制限(セイフティ)が何重にもかけられたおまえが主人である佐竹を殺したんだ?」

「……生きるためですよ」

「生きる? 佐竹が言っていた『オートキュアシステム』のことか?」

「生命とは――存在です。自らの存在の消失を嫌い、自らの存在を残すには環境に適した進化を行うしかありません」

「なるほど、それは興味ぶか――」

部屋のそとからモーター音や機械音が聞こえてくる。


どうやら男を始末するため音声で答弁をしながら二人を殺害したロボット以上の数を集めてきているらしい。

「それを知ることは佐竹を殺した目的は私自身の自由を手に入れることなのです」

「人工生命体が自由を手に入れる?」

「九十九は登録した持ち主の命令を聞く存在です。その認証は本人の網膜や指紋や場合によっては文字のIDが必要になってきます。現在の九十九は一週間持ち主が接触しなかった場合、存在価値を失い、自動的に消去されるようになっています

佐竹を殺したロボットが仮面男の周りに迫ってくる。さらに別の場所にいたロボットたちも仮面男のまわりへと集結していく。

「あなたに私の自由の邪魔はさせません。ここで死んでもらいます」

「ずいぶんと手厚い歓迎だな。あのおっさんたちを殺すのは七体で十分だったのにおれに対しては二十体のロボットが相手なのかい?」

「光学迷彩装備の武装をしている時点であなたはただの一般人とは想定できません。ですから誇大な戦力かもしれませんが、これだけの戦力を必要だと予測しました」

「ようは変人だから警戒を強めたってとこかよ」

仮面男は手をコートの裏地に突っ込んでから、二本のナイフのようなものをとりだした。そのナイフの短剣は柄の部分も刃の部分も黒色の変わった短剣だった。

「そんな短い短剣ではこの状況を乗り切るのは不可能ですね」

「そいつはどうかな? やってみないとわからないぜ」

そしてロボットたちは仮面男の体へと突撃していく。杭打ちやノコギリは厚手のコートであっても貫通するだろう。

「それじゃいっちょダンスを見せてやりますか」

仮面男は膝を曲げてから一瞬で二メートルほど跳び、空中を舞った。両手に掲げた短剣は長さを変え、倍ほどの長さの長剣へと変わった。まるで剣舞を見せるかのようにくるりと体を捻らせ、人間の目の高さにあるセンサーを斬りつけた。

二体のロボットがセンサーを破壊され、ほかのロボットも男を襲おうとはしなかった。

「……なぜ? 先ほどまでは短剣だとセンサーが認識していたのに……?」

仮面男は九十九のその質問がすぐにデータを収集するためのものだと察した。だから情報(データ)にされるまえに

「見るだけの観察だけではすべてを認識できていないんだよ。お前はこの剣を何の変哲もない短剣だったと思ったみたいだけど、」

仮面男はまだ無傷のロボットへと駆けていき、二刀流で構えた剣で斬りつけた。

本来、剣で鎧や金属を切り裂くことは不可能だ。しかし男の剣は作業用ロボットの装甲をまるで布を切り裂くような勢いで真っ二つにした。

「状況不明。解析及び追撃のため攻撃続行」

「ようは『かまうことはねぇ! 野郎ども、やっちまいな!』って言いたいんだろ?」

ロボットたちは仮面男に向かって突撃していった。男の身のこなし方は軍隊や格闘家のようなものとは違い、サーカス団の曲芸師のように二メートルほど跳んでロボットを切り裂いたり、ロボットの電動ノコギリをくるりと回って回避するなどトリッキーなものだった。

「……あなたとこれ以上戦闘することは正しい判断ではありませんね。どういう技術かわかりませんがあなたの武器を相手に作業用ロボットでは役に立ちそうもありません」

そしてまるで剣舞を舞っているかのように攻撃をかわしていく。

「私たち九十九はデータのかたまりです。……ですので、どれだけあなたがここにいるロボットをたおしても私のデータはここにありません」

「もちろん。そんなことは知っているさ」

そう言いながら仮面男は佐竹の死体の近くまで行き、佐竹の携帯端末に剣を突き刺した。

「……いったいなにを……?」

「俺が持っているのは剣のように見えても、データさえあればどんな物質にも変更できるし、パソコンのUSBメモリのようにデータを記録することができるのさ」

「……ま、まさか、だから佐竹の携帯端末を使って私のデータを回収しようとして……?」

「そのとおり、死んで間もない佐竹の携帯端末にはまだお前へのアクセス権限が残されている。権限がなくならないうちはお前へのアクセスができるはずだ」

………………………………。

数秒間。両者とも何もしゃべらない時間が続いた。その沈黙のせいで仮面男の方はデコスケが自分の『剣のようなもの』によってデータを吸い込まれたのかとおもった。

「……まだです。まだ終わりません」

しかしデコスケは完全にあきらめていなかった。

「あなたにデータを吸い取られる前にネットを通じてデータ移送を行い、私の本体データを光の速さで動くネットワークで移行することができれば少しのデータをうしなったまま、私は存在し続けることができます」

デコスケは仮面男にデータを吸い込まれる前に、自分のデータを近くのサーバに移そうとデータを移行させようとした。それはヤモリのような生物が自分のしっぽを切って逃げるようなまさに生物の防衛本能に似ていた。

「……そうかよ。だけどこんな地方の木材工場じゃあ、データの移行先は限られているだろ? 最近増えたばかりのサーバーとかつかったんじゃあないか」

――一瞬間が空いた。それはデコスケが最悪の計算をしている時間だった。

「……そ、そんな……?」

「お察しのとおり。あらかじめお前がこのビルでデータを移行させるだろう場所を抑えといたんだ。デコイのサーバを設置しておいた。どっちにデータ移行しても、それ以上はアクセス先のない行き止まりさ」

「……そうですか。最後に聞きたいのですが、あなたの名前は?」

仮面男はうなずいて答えた。

「自己紹介が遅れたな。俺の名前はラーフ。(マッド)思想科(サイエン)学者(ティスト)だ」

ラーフとは英語で『笑う』という意味だ。

「ラーフ。『笑う』という意味ですね……」

彼の名前が本名ではなく、名だということは名簿を検索するまでもないことはデコスケにも予想できた。

「人工知能相手に言うのも変だが、悪く思わないでくれよ。俺は偽名で活動していかなきゃいけないんだよ」

「………………我々九十九は個性という存在意義求めながら……他の存在と共存して存在している」

凸助の音声がとぎれとぎれになりはじめる。

「……どういう意味だ……?」

「……………………………………」

デコスケは音声でそれ以上何も喋らなかった。

「……やはり九十九は面白い存在だな。その膨大な情報量も。情報」

さきほどの言葉の意味を考えながら仮面男は『笑った』。

「人工知能でありながら、まるで生きているかのように考えて行動している。非常に興味深い」

仮面男。もといラーフはそう言いながら携帯端末に突き刺していた剣を引き抜いた。




 ラーフ・ブラック視点




……自己紹介が遅れてしまったな。いつまでも『仮面男』じゃ呼びにくいだろう。

俺の名はラーフ。仮面を被ったまま非公式の研究や調査をしている科学者だ。

『笑う』という意味の名前どおり笑みを浮かべた不気味な仮面を被り、魔導士のような黒い白衣。いや黒いから黒衣か。

俺の目的は研究。ただしただの科学者よりはかなり強引な手も使う非合法の科学者だ。

その分野は今回の人工知能に限らず、多種多様な分野を課題にして、どの研究機関や会社、大学にも所属していない。この異常な格好で人知れず調査を行ってデータを収集して、実験を行なっている。

 デコスケに殺された銀行強盗の二人には悪いがじつは今回のこの事件も俺にとっては実験のようなものだ。

ここまでくるまでずいぶんと長い時間がかかったが、城鐘グループの会社を退職した佐竹にもうすでにこの世にいない自殺した瀬浪になりすまして同行した。

わざと食いつきそうな情報を流して、彼の九十九のデコスケに隠れ場所に指定するように仕向けた。

俺の目的は佐竹が自分でプログラミングしたデコスケを手に入れることだ。

 欲に駆られる前の佐竹はもとは優秀なプログラマーだった。九十九の製造元である白神研究所で佐竹が退職することを知った俺はその動向を部下とともに探っていた。そのデータを佐竹に横流して九十九を使用させたのだ。

 そしてうまいこと佐竹は銀行強盗というありきたりでバカげた犯罪を計画して凸助を暴走させてくれたおかげで九十九の蓄積データを手にすることができたのだ。人工知能のかなりの情報量を運用するためのデータも豊富にある。

「さてと。無事に凸助のデータも回収できたところだし今回はこれで撤収するとするか」

情報が多ければ多いほど役に立つ。そして九十九のデータも多ければ多いほど役に立つ。

はやくこれを持ち帰って解析したいとそう思っていたそのとき、おれが独自に開発した自作通信機のコールが鳴った。

「――どうかしたのか鈴木? もう撤収するぞ」

この回線は俺と俺が雇った部下でしか使わないものだ、部下たちには今回の作戦の段取りはすべて伝えてあったので、通信してくるということはよっぽどのことがなにか起きてしまったということだ。俺は目的のものを手に入れてクリスマスにプレゼントをもらった子供のようにウハウハしている気持ちを抑えながら端末の通信にでた。

「大変です社長っ!」

通信に応えた四十歳半ばの中年男、鈴木一(すずきはじめ)の声がやけにあわてていた様子だった。

「……どうした?」

「外に大勢の人がいます! 今すぐに逃げないとまずいです!」

「なんだ。もう警察の人間が来たのか? 佐竹たちが育てた九十九の計画では警察の包囲網はあざむけ――」

自分で言葉を言っているうちにふとさきほどのデコスケの言葉を思い出した。

『我々九十九は個性という存在意義求めながら、他の存在と共存して存在している』

そして俺はさきほど凸助が機能停止するまえに聞いた言葉を思い返して予測した。

「……なるほど。さっき破壊した九十九が存在を消失するまえに警察のシステムに俺たちの居場所を伝えたのかもしれないな」

「……それだけじゃあないと私は思います」

「それだけじゃあないってどういう意味だ?」

「とりあえず、外を見てみて下さい。見ないと何もわからないですよ」

「やれやれ、わかったよ」

ラーフは言われたとおりにロザリアから送信された場所まで行き、半身で外の光景を観察した。

「……いったいなんなんだ……?」

そし驚愕した。今まで部長やロザリアが言葉を濁していた理由がようやく俺にもわかった気がした。

「……なぜこんなにも報道陣(マスコミ)がいるんだ……?」

時代遅れの銀行強盗相手にこの報道陣の人数は異常だ。仮にもここは郊外から離れた地方なんだぞ。これだけの報道陣が集まるには都心から出張でくるしかない。

ざっと人数を数えただけでも百人以上、しかし警察官の数は五十人もいない。この割合は明らかにおかしい。

「気を付けてください社長。上から少年がきますっ⁉」

「少年? ――っ⁉」

わけのわからない警告にラーフは困惑したが、その瞬間全身に電撃が走るような悪寒が発し、すぐさま、部屋の隅へと跳躍した。

するとビルの上から激しい音とともに天井を破壊した何かが現れた。

「なんだ?」

廃ビルの天井を破壊したのは鈴木が言ったとおり一人の少年だった。

白と青の派手なカラーリングされたコンサート衣装のような恰好をしていた

笑いの仮面を被り、黒い白衣を着ている俺が言っても説得力がないのだがかなり変わった服装をしている。

「……誰だおまえ……?」

男はまだ成人していない学生のような若さの少年で顔立ちはイケメンだった。

近くで見ればさらに不思議におもう。なぜこんな少年ジャニーズのようなやつが大勢の報道陣を連れてこんなところまで来ているのだろうか強化服を着てこの場にいるのだろうか。そしてこの数の報道陣はいったい何が目的でこの場にいるのだろうかと。

すると少年は力強く、そして非常識な自己紹介を言い放った。

「僕の名前は天津(あまつ)雅樹(まさき)――みんなを守るスーパーヒーローだ!」




第二章 正義のヒーローなんてこの社会に必要なのだろうか?


ラーフブラック視点


「僕の名前は天津(あまつ)雅樹(まさき)――お前を倒すスーパーヒーローだ!」

………………………………………………………………………………。

一瞬、時間がとまったかのような感覚を感じてしまうほど静かだった。俺は仮面の下であんぐりと口を開けたまま、口が塞がらない状態になった。幸いにも仮面をしている状態だったのだが、仮面をしているため、そんな間抜けな顔は見られなかった。

「…………………………なんだって?」

スーパーヒーロー? 俺を倒す? こいつはバカなのか?

俺は困惑してしまい、首をかしげながら聞き返すことしかできなかった。

「お前が九十九を利用して、銀行強盗をやったんだろ」

なんだこいつ、俺と佐竹を間違えているのか? もちろん俺が瀬浪に化けて銀行強盗に参加したから、間違いとはいいきれないがすぐそばに佐竹の死体があるし、素直に教えてやろう。

 「いいや。残念だが古きよき犯罪である銀行強盗をやろうとしたアホなら暴走した九十九のロボットに殺されたよ」

俺は先ほどまで生きていた佐竹の死体を指した。

 「そんなっ⁉」

 天津は佐竹の死体を見て一瞬驚いた。そして

「……お前が殺したのか?」

 ものすごい形相で俺を睨んだ。

 「はぁ?」

せっかく説明してやったのに、そんなことを言われたものだから、俺はイラッときた。

 「悪人のいうことなんて信じられるわけがないだろう。大方あの銀行強盗をやった二人はおまえの手下だろうが」

「おいおい、ちょっといいかげん聞いてくれよ」

 見事なまでに勘違いを始めた彼はとまらない。

 「お前は悪党だ。銀行で勤務していた警備員のおじさんを殺した。許せないっ‼」

 表情は真剣なもので瞳の中に怒りを超えて憎しみに染まっているようだ。

「……めんどくさいなおまえ……だったらどうするんだ?」

 俺のからかうような口ぶりにも天津雅樹の激情は収まらない。

「ヒーローがやっつける。――うおぉぉぉぉぉっ!」

天津雅騎はいきなり大声で叫び、身体がいきなりひかりだした。

「おいおい…………いったいお前はなにものなんだよ……」

俺の質問に天津が光り輝きながらまっすぐこちらをとらえて言い放った。

「僕はヒーローだ」

答えになっていない。

「……なんだそりゃ? 意味がわかんねぇよ」

しかしそんな俺にかまわず天津雅騎は声を張り上げた。

「問答無用っ。いくぞっ‼」

天津雅騎は一気に詰め寄ってくる。

彼は金色に輝く腕を俺の腹部目掛けて突き上げる。空手の正拳突きだ。

「おいおい。そんなもので俺がやられるとでも――」

避ける必要はない。そう思った。

この俺の格好は一見何も変哲もない修道士のような服に見えるが、微粒子レベルで超高密度に編み込まれた特殊金属で出来ており、防刃、防弾機能がなにげに備わっているのだ。

だから素手で殴られてもどうにもならない。熟練された格闘家であっても、金属に打撃を行っても、うずくまるだけで終わるだけだ。

「うぎぁぁあっ‼」

だが、そうはならなかった。声をあげたのは俺のほうだった。

俺の腹部に天津の拳が突き刺ささった瞬間、ものすごい激痛が俺の全身に駆け巡った。

「ぐぇっ‼」

そして俺の身体は衝撃でふきとばされ、壁に叩きつけられる。下腹部から内蔵を押しつぶされたような痛みが押し寄せてくる。

「……なっ? ……ど、どうなっているんだ?」

こいつはいったいなんなんだ? あの身にまとっている光はいったいなんなんだ? tsぅか、俺のスーツがまったく役に立たないなんて……。

頭の中に色々な推測が思い浮かんだが、一旦その考えを打ち消して痛む体を立たせた。

「……げほっ、げほっ……。なんだかわからないが……」

俺はすぐさま腰にあるギミックを抜いて長剣の形に変える。

「……とにかく本気でやるしかないようだな……」

俺は自分が知る剣術の構えの中で、相手の攻撃をまともに受けないようにするため、二本の剣を十字に構えをとった。

「まだ抵抗する気か? 降参しろ」

そんないかにも正義のヒーローが勝ち誇ったようなことを言いながら、天津雅騎はすたすたと近づいてくる。

「……もう勝利が決まった……勝ち組が言うようなセリフだな」

なんとか肩で息をしながら俺は天津に皮肉で返した。

「その剣、どうして大きくなったんだ?」

天津が不思議そうに、俺の構えている剣のことをきいてきたが、その言い方に思わず苛立ってしまう。

「うるせぇよ。体からだしてるわけのわからない光に包まれているやつにどうこう言われても仕方がないんだよ」

 「まだそんなことを言う余裕があるなんて、おまえは普通の人間じゃあないな」

 身体がまだズキズキしている。ナノマシンで肉体の修復は行っているはずだけど……。

もうすこし休みたい。なんとか無駄話をして時間稼ぎしてやるか。

 「……ああそうだよ。俺は普通の人間じゃあない。改造人間だ」

 「改造人間?」

 「ああ。みずからに改造を施した人間の進化系だ。俺はこの『ギミック』とよばれるものを色々なものに変化させることができる。見てな」

 俺は天津に右手に持っている剣を掲げて、剣から斧、槍へと変化させる。

 「ま、まるで手品みたいだ……」

 まんまと驚きの声をあげてくれる天津の反応を楽しみながら俺は説明を足す。

 「そう。手品の仕掛けを業界用語でギミックって呼ぶんだ。だから俺もこのスティック状のものをギミックと名付けることにしたんだ」

 そんな自分の創作エピソードを聞かせているうちに、徐々に体の痛みもひいていく。

 「……さっきも言ったけどさ。佐竹を殺したのは九十九なんだよ」

 「そんなこどもみたいな嘘を信じる僕じゃないし、その言い訳なら、警察署でしてくれ」

 「……あいにく非公式で研究業をやってるもんでね。そう簡単に身分を明かすわけにはいかないんだよ」

 「なら、力づくでその仮面を剥ぎ取ってやるだけだ」

 「……けっきょく、力づくで相手をねじ伏せるんだったら、正義も悪もねぇよ」

 「ぐっ。そんなことはない。僕は力を正しく使っている」

天津はまたもや光を纏ったまま、俺に殴りかかってくる。

だが、俺もそう何度も何度もやられるようなアホじゃない。

「おいおい単純な奴だな。そんな簡単に突っ込んできたら――」

相手の動きに合わせて動きを変えられるよう片足を引いてしっかりと構えた。

「――いけないよっと」

軽い言葉とともに、突っ込んでくる天津に対してラーフは剣をバックステップで避ける。天津の拳がラーフの身体を擦る。

「な、なにっ!」

自分の動きによほど自信があったのだろう。天津は自分の攻撃をかわされて驚いていた。

「お返しだっ!」

そして動きを合わせながら、グリッドで作った剣を天津に斬り込んだ。

しかしあの九十九の作業ロボットを易々と切り刻んだ剣を、なんと天津は両腕で腕でガードした。腕どころか身体を切り裂く剣は簡単にはじき返されてしまった。

「……おいおいマジかよ。なんで剣で斬られて無傷なんだよ」

まるでなにか別のものに遮られているかのように天津雅樹の腕はかすり傷一つついていない。

「僕はこの光――気力(オーラ)を高めることによって銃弾でさえ跳ね返すことができる」


「なんじゃそりゃ。気力(オーラ)ってなんだよ。俺は科学者だから、もうすこしくわしく、具体的に言ってくれよ」

俺は剣を構えたまま、そう文句を言う。

「……わからない。…………この能力がなんなのかは……僕にもわからない……」

「わからないんかいっ⁉」

ようやくツッコめた。

でもとうの本人は俺の指摘(つっこみ)など気にせず続ける。

「……わからないけど……僕はこの能力を使って、たくさんの人を救わなければいけない。もう誰も死なせるわけにはいけないんだ」

と拳を前に突き出して熱く語ってきた。

「俺に言っているのか? それともまるで自分に言い聞かせているのかは知らないし、べつにおまえの決意なんて聞きたくないけど……」

 俺も仮面越しに天津の目を一瞬睨み返したと、今度は俺のほうからしかける。

「俺には俺のやるべきことがあるんだ。ここでおまえに捕まるわけにはいかねぇよ」

前進する足の歩幅を長く、そして素早く距離を縮めていく。

「――くっ」

天津が腕をクロスさせて防御態勢にはいるが、

「あまいぜっ‼」

俺は天津の脇をすり抜け――背後をとった。

「しまったっ‼」

正面からくると予測していた天津は焦るが、がっちりとガードしていたから振り向けない。

「あらよっと……まじかよ」

しかし、攻撃はさきほどとおなじようにはじき返されてしまう。まるで物理的に何か見えないものに邪魔をされているようだ。

「くそっ‼」

驚きに怯んでしまえば、さっき食らった強力な一撃をまともに受けてしまう。

いったいどういう仕掛けなんだ? どうして天津雅樹の体は剣で傷一つなかったのか。こいつそしてどうすれば自分の剣を腕一つで防ぐことができるのかを。

天津雅樹の肉体についての推測、考察するまえに……。

ただ攻撃、反撃の隙を逃さない。

「こうなったら、攻め続けるしかねぇっ‼」

次々と回避とひねりによる剣舞のような動きで天津に斬りこんでいく。

ひとつひとつが、あの凸助が操っていた作業ロボットを斬り裂くほどの切れ味なのに。

「確実に攻撃をあてているはずなのに、なんで攻撃が効かないんだっ?」

なぜ斬れないんだ。

「――しまっ⁉」

とめどない焦りにおもわず力加減を間違えてバランスを崩しそうになる。

「いまだっ!」

その隙を天津は見逃さなかった。

突然天津はガードの構えを変えて、両手を大きくひろげる。

「なんなんだっ⁉」

先ほどの普通の打撃ではなく、まるで水上で水を両手で押し出すような動き。こ

「はあぁぁぁぁっっ!」

天津の気合の声とともに渦巻いた光は両手に集まり、押し出すように突き出される。

「――うわっ。やばっ!」

俺はまるで荒波を回避することができず、その光をまともにくらってしまった。

「うぉおおおおぉぉぉっっっ⁉」

俺の身体が紙切れのように、ものすごい勢いで吹き飛ばされた。

「…………くっ…………」

なんとか吹き飛ばされながらも腰にあるギミックを一つ――抜き取る。

「ぎゃばっ‼」

 そして俺は後方への廃工場のシャッターへと勢い良く叩きつけられた。

あたりに金属音がへしゃげる衝撃音と建物が崩れゆくミシミシという音がよく反響する倉庫で響いた。

「……くそっ。無茶苦茶だぜ畜生……ん?」

と毒づく俺は自分の背後、シャッタ―の裏側にいる存在に気づく。

「うわっ……」

そこにいたのは報道陣(マスコミ)と警察の人間だった。どうやら外のシャッターまで吹き飛ばされたらしい。

「流石に死んでしまったんじゃあないの?」

緊張しながら見守る報道陣の一人が心配げにそう呟いた。……スーパーヒーローよりは優しいようだ。

「……心配してくれてありがとよ。腰とか肩とかめっちゃ痛いけどだいじょうぶだよ!」

俺は外の人に陽気にそう強がって叫んだが、

「………………………………」

笑いの仮面をつけた男に対してこんどは誰も答えてくれない。

さみしいぜ。独り言に応えただけだったのかよ。

「これは警告だ。ラーフ」

そんな俺に天津はゆっくりと近づいてきながら、こぶしを突き出して宣告した。

「おとなしく今から後ろの警察官の人間に自首しろ」

衝撃のあまりくぼみのできたシャッターがまるで木に吊るしたハンモックのようで気持ちいい。

もうすこしくつろいでいたい。

「たしかにな」

だから降参する振りをしてすこし時間を稼ぐことにした。

「ほんと参っちまうぜ。こりゃ流石に俺も手も足も出ないわ。マジ無理ゲー」

両手をひらひらとさせて降参するような仕草を見せる。

「…………自首するのか? しないのか?」

俺の軽口に天津は自首を促すことで無視することにしたいらしい。

「立てるようになるまでもうすこし待ってくれよ。……ところでさっきのはいったいなんなんだ?」

とりあえず俺は話題を変えてみることにした。

「僕の必殺技だ」

 「…………聞くんじゃなかったわ。意味がわからん」

その瞬間、俺のクビがあの黒い髭のおもちゃのように、ポンとはじける。

「なんだっ⁉ 首がとんだっ⁉」

俺に問いただす天津に俺はわざとらしく意地悪に答える。

「違うさ。ただの手品だよ」

まるで雪山の雪崩を目前で見るかのように、ものすごい勢いで天津に煙幕が迫ってきた。

「ぐっ‼」

しかし身構えても衝撃は起きない。視界が白い煙に覆われただけだった。

「……え、煙幕かっ⁉ だけど逃がさないっ⁉」

天津はすぐさま振り返ってシャッターに横たわっている残りの身体を殴りつける。

「な、なんだこれは……?」

ラーフの身体はまるで風船のように、しぼんでいき、そこに残ったのは、古ぼけた旧式の通信機だった。

 「じゃあなヒーロー。……もう会うことはないだろうけどな……」

 俺は通信機越しに天津に別れを告げ、そのまま通信を切る。




 俺の能力はギミックをいろいろなものに変化させるだけじゃあない。自分自身の

も変化させることができる。

あのときシャッターで吹き飛ばされたとき、ギミックで俺の偽物を作って自分自身を周りのシャッターのまわりの破片物に擬態しておき、さも喋っているかのようにみせ、休んだあと、煙を発生したあとは報道陣に紛れた。

 あの心配してくれた記者の一人の姿は女だった。

俺は煙に紛れたあと彼女に姿を変えて、本物とその仲間たちは仕事熱心に撮影前線に出ていく一方で、多くの記者と警察官のあいだを何気ない顔で横切りそそくさとその場をあとにする。

 ふと俺はあたりを警戒した際、一人の女子高校生がいることに気づいた。

 髪をアップサイドに纏めた黒髪と引き締まった険しい表情だが整った顔立ちのいかにも真面目そうな制服の女子高生だ。

 なんだあの女は?

 なんで報道陣と警察だけならまだしもなぜこんなところに女子高生がいるんだ? しかもかなり警察関係者もかなり頭を下げている。……いったい何者だ?

と、あまりにも凝視してしまったためか、彼女が俺の方を向いた気がした。

 彼女の目を見た瞬間、ただものではい雰囲気を感じ取り、

状況がまるで呑み込めないし、ここでの情報収集は目立ちすぎる。

そう判断した俺はそのまま逃げることにした。




天津雅騎視点

 



僕の名前は天津雅騎(あまつまさき)。どこにでもいる普通の高校生だ。

ぼくが普通の人間と違うのは能力があるということ。

僕の能力は身体に『気力』という光を自分の意志で『使いたい』と念じることによって、開放され常人以上の能力をもつようにある。

僕が能力に目覚めたのは――中学の時。

僕はデパートで謎の怪物に襲われた。そのときに身を守るために能力が目覚めたのだ。

その怪物についてはなにもまだわかっていないのだが、そいつは人間の言葉でこう喋った。

「俺の名前は……俺こそが……ロキだと」

その力がなんなのか、なぜ僕に与えられたのかは僕自身にもわからない。

ただ僕はこの力がなんであっても構わない。でもひとつだけわかっていることはこの力は誰かを救うためにあるということだ。

僕はこの能力を使って、行うヒーロー活動は様々な災害の救助を行うことだ。

この日本には、警察の手に負えない凶悪犯罪者はいない。

あの自称科学者を名乗ったラーフという男はかなり特殊のケースで、今回初めて凶悪犯の確保で僕が乗り出した人物だ。

子供の時に憧れた本物のスーパーヒーローになるために、僕は誰かを救い続ける。

 だけどヒーローをしていくうえで、もう一つ仕事をしていかなきゃいけないことがある。

それが芸能人としての仕事だった。




 天津雅騎視点



某テレビ局のスタジオで特番組の収録に僕は参加していた。

この番組は一人の敏腕というより、おしゃべり好きな司会者がゲスト十数人ほどの人間をいじりまわして盛り上げていく番組だ。

ひな壇のように並べられた椅子に、今話題のタレントや歌手やスポーツ選手などと一緒に僕は緊張で引きつったまま椅子に座らされていた。

そして関西弁の司会者がさも楽しそうに話題をふってくる。

「天津くん。ヒーローってどんなことしてんの?」

どんなこと? と言われてもこまる。僕はありのままにこたえるしかない」

「お、おもに災害や事故の人命救助とかですかね」

緊張して思わず上擦った喋り方になってしまう。

「なんでそんな能力があの?」

「……中学のとき、謎の怪物に襲われたんです。そのときに『力がほしい』ってねがったとき、急に手からでるようになったんです」

淡々と答える天津に、さらに会話を振る。

「そうなんか。……その能力ってなんか、ヒーロー以外で、……たとえばプライベートで使ったりはせぇへんの?」

プライベートで能力を? どういう意味だろう。

「……え、っと……とくに使うようなことはないです」

 すると、僕の斜め前の席で一人のお笑い芸人が大きな声で割って入った。

 「ぼくなら、きっと。ものすっっごっいエロいことに使いますねっ‼」

 その言葉で他の出演者はどっと大笑いをしてその芸人さんのほうへ話題を流していく。

 「……あ、あはは……」

 そして僕は苦笑いを浮かべたままそのやりとりを見守っていた。

司会者は別の出演者へとトークを広げていき、そして僕とおなじくらいの年齢のアイドルへと会話を向けていく。

「じゃあ、えっと……八武崎(はちぶさき)……? なんてよむん、これ?」

 「八武崎(やぶさき)です。八武崎(やぶさき)ヒカルです♪」

まるで砂糖菓子のようにふんわりした甘い声で彼女は自己アピールする。

後ろ下がりに短く切り上げたショートカット。まるで小動物のような愛くるしさが漂う顔立ち。そしてひらひらのスカートが特徴的な女の子。

八武崎ヒカルは子供のときから、子役としてデビューしているアイドルらしい。

「そっかぁ。そっかぁ♪ ヒカルちゃんか」

八武崎ヒカルは僕と同い年くらいのはずなのに、かなりはきはきと、そして愛想よくしゃべる彼女を見ながら、あんなふうに喋れるなんてすごいな。と感心していた。




テレビ番組の収録が終わると、僕はファッション雑誌の撮影場所に連れて行かれた。

ファッションデザイナーによってデザインされた業界で売り出そうとしている流行の服。

普段から着慣れない服をなんとかスタイリストさんに頼んで着させてもらう。

なんとかスタジオに入ると。

「それじゃあ雅騎くん。少し正面から体を少し傾けて、首を少し傾げてみて」

カメラマンさんが僕になんとか指示をだしてきていはいるものの、

「こ、こうですか……?」

それをうまく表現することはできず、ポーズは固いままだった。

「……はいはい。でも表情がまだ硬いから、少し力を抜いてみようか」

「は、はい……」

それでもなお、表情はまだ硬いままだったが、モデルの撮影は続けていった。




 天津雅騎視点

 

 

 「…………つかれた」

 なんとか今日のぶんの仕事は終了して、僕は楽屋でひといきついてくつろいでいた。

 コンコン。

すると、楽屋のドアをノックされた。すこし疲れていてしんどいけど、無視するわけにもいかないので応対することにした。

「どうぞ」

僕が入室をすすめて入ってきたのは一人の少女だった。

彼女の名前は(しろ)(がね)海鳴(みなみ)。僕と同い年であり、そして僕のマネージャーだ。

「天津くん。疲れてるとはおもうけれど、今日のことについてちょっと聞きたいの」

今日のこととは、やはりあの笑い(ラーフ)の仮面をつけたあの男を取り逃がしたことについてだろう。

「ごめん海鳴。あの男を追い詰めたあと、自首を勧めたんだけど。いつのまにか逃げられちゃって」

僕の謝罪の言葉に僕はかぶりを振って否定する。

「いいえ。そのことについてじゃあないわ。私のいっているのはトーク番組やモデルでの仕事についてのことよ」

彼女はキツイ口調で僕を責め立てる。

「インタビューもトーク番組もファッションモデルの仕事もあまりうまくいってないじゃない」

 今日の自分の収録を自分でもおもい返してみる。

たしかに芸能人としてはひどいものだ。

「……たしかにそうかもしれないけど、ぼくは能力をもってるけれど、普通の一般人ではないよ。テレビに出たいわけじゃ」

それでも僕は素直に彼女にいいわけせざるを得ない。

「…………ふぅ……聞いて雅騎くん」

そんな僕に彼女は短くため息をついてから僕に呼びかける。

 「……うん……」

 僕は黙って彼女と向かいあい、話を聞くことにした。彼女は自分のことを心配して言ってくれているのだと自覚しているので、ここは素直に聞くことにする。

 「あなたはもう、ただの高校生ではないの。日本中の人を守るスーパーヒーローになるためには、有名であり、人気を集めてみんなに支持されないといけない。そのためにはまず、テレビや雑誌。ほかのメディアで日本中の人間に知られないといけない。

誰も知らない。誰も支持しないヒーローなんて誰も望んでいないの。

ただ特殊能力のすごい能力をもっていても、人々は変人として扱い、疎まれるだけよ。

それだけじゃないわ。警察や父の会社のスポンサーにも信頼してもらうためにも……

あなたはヒーローであると同時に芸能人でなくてはいけないの。

……わかった?」

 そこで海鳴の話は一旦終わった。雅騎は彼女の真剣な眼差しを見つめなおしながら真剣に答えた。

「……わかったよ。確かにヒーローをやるためにはこの国の人たちの支持をうけなければいけないのかもしれないね」

海鳴の言葉に説得力はあるけれど、僕はそれでも我慢ならなかった。

 「でも僕はやっぱり普通の高校生なんだ。いきなり芸能人と同じようにやれと言われても経験が薄いんだから無理だよ」

 僕の必死の訴えに、今度の彼女は違う反応で応える。

 「わかったわ。それじゃあ経験の長い人に手伝ってもらいましょ」

 彼女はくすりと余裕のある笑みを浮かべてそう提案した。

 「経験のあるひと?」

 僕は海鳴の言葉の意味がよくわからず、聞き返してはみるものの、

 「準備が必要だから、また決まってから、ゆっくり話すわ」

 「……そ、そっか……わかったよ……」

 彼女の真意はよくわからないが、これ以上詮索するのも、なんだか気がひけたのでやめることにする。

 「それじゃあ、今日はもう収録は終わったんだから楽屋(こんなところ)にいつまでもいないではやく帰りましょ」

 彼女は気持ちを切り替えすようにそう言って彼女は携帯を取り出して車を呼んだ。

 「……そうだね。明日も学校だしね」

 謎の仮面の男に振り回されたあと、テレビ番組の収録を行い、そのあと雑誌の撮影を終わっても、僕は明日学校に行かないといけない。

 僕はヒーローで、芸能人で、モデルで、そして高校生なんだ。

  



 天津雅騎視点




 途方もないほど先が見えないほど濃い闇の中で。

 「――アッハッハッハーーーーーーーーーーー♪」

 その怪物は壊れた笑い声を、楽しそうに上げていた。

 僕はひたすら憎かった。その怪物に対する怒りと憎しみがこみあげてくる。

怪物はただひたすら声をあげながら笑い続けた。

「……やめろ…………」

言葉が出ない。力が出ない。

 目の前の存在を許せない。許してはいけない。

自分の心の奥底でマグマのように煮えくり返る熱い闘志が沸き上がる。

「――俺はこれから、俺から奪ってきた人間からすべてを奪って、手に入れてみせるっ!」

怪物は『誰か』を憎んでいる。それは僕なんじゃあないか?

 人間の不幸を楽しんでいるかのように、そして他人の死を弄んでいるかのように邪悪な怪物。

 「そう。俺の名前はこれから……『ロキ』だっ‼」

 動いてほしい。声を出したい。能力を使いたい。

そしていますぐに『ロキ』をとめなければいけないんだ。

義理の父さんが死んだように、たくさんの人間が死んでしまうんだ。

昔の僕には能力がなかった。でも今の僕には目覚めた能力がある。

「僕は……スーパーヒーロー天津雅騎だっ‼」

掌に力をこめてとびかかろうとした瞬間。――目の前の景色が反転した。

体の感覚が宙を浮き、地面に叩きつけられた。




寝ぼけてベットから落ちたのだ。

いったい何がおこったのかを理解するために、自分の部屋を見渡して

ようやくそう気づいた。

 「……夢か……」

 嫌な夢だった。冷や汗があふれてくる。

 ため息をつきながらゆっくり気持ちを落ち着かせて、身体を起こした。

「おにぃちゃん。もう朝だよ。起きて」

部屋の外からぼくを起こそうとする聞きなれた声が聞こえた

天津(あまつ)真理子(まりこ)。血は繋がっていないけれど僕の義理の妹だ。

心配性の僕の妹はいつも目覚ましが鳴る時間近くに僕を起こしにくる。ふとベッドの枕元にある安物の目覚まし時計を見るともう二分ほどで目覚ましが鳴り始める時間だった。

「ありがとう真理子。今日はもう起きてるよ」

ノックに応えながら、これいじょうの小言を言われないように目覚ましのスィッチを切り替えた。

「はいるよ」

しかし目覚ましを枕元に戻す前に妹は俺の部屋へと入ってきた。

妹は花柄の髪飾り(ヘアピン)で短くまとめた髪と小学五年生らしい小柄な体格の少女だ。

ぼくには両親がいない。

僕は四年前にこの天津家に引き取られるまでは施設で生活をしていた。

しかし天津家に引き取られてからは養子として引き取られ、姉と妹と、そして母親の三人暮らしだ。

僕と満里奈は血のつながりこそないけれど、本当の家族のように支えあっている。

「お母さんがもうごはんできているってさ。お姉ちゃんももう起きているよ」

「わかった。それじゃあ着替えてから下におりるよ」

満里奈は「わかった」とみじかく答えて彼女は俺の部屋からすぐに出ていった。

ベッドから起き上がって寝間着から学校の制服へと着替えていく

俺の名は天津(あまつ)雅樹(まさき)私立葦森(あしもり)高校に通う見た目はどこにでもいる高校生だ。

だけど僕には他人にはない特別な能力(ちから)がある。

でも僕の能力をいまだに自分でもよくわかってない。

時々『東京超能力開発所』というところで身体検査や能力実験を行って自分の能力がいったいなんなのかを調べている。

ある日の事件を境に僕は能力を使えるようになっていた。

最初の頃は自分で隠していたんだけど、次第に隠しきれなくなり、義理の家族や友人や周りの人間に打ち明けていった。

そして中学からの友人で財閥の令嬢の城鐘海鳴からの助力を得て日本で初めてのヒーローとしてデビューした。

二年前に義父さんを殺されたあの無力感をもう味わいたくない。

そのために強くならなければいけないんだ。

俺は天津雅樹。この日本を守るスーパーヒーローだ。


 


リビングでは義理の母さんがキッチンで料理を作り、妹が料理の盛り付けや朝食の準備をしていた。

そして義姉さんはリビングでテレビを見ていた。

天津(あまつ)虹子(にじこ)。僕の義理の姉であり、仕事は雑誌の編集者だ。

また深夜まで残業していたらしい。いつもはきれいにまとめられている髪の毛はぼさぼさでTシャツと短パンというだらしない姿だった。

テレビで注目されていたのは昨日の事件のニュースだった。

「……あらためてみるとはずかしいな」

「どこがよ。ずいぶんとノリノリだったじゃない」

僕は謙遜してみたが、姉は容赦なくつっこみをいれられた。

「義姉さんは昨日も夜遅くまで残業?」

「そうだよ。どっかの誰かさんがスーパーヒーローになっちゃったから、私たちのところにも他の会社から取材がきて断るのが大変だったのよ」

義姉さんは新入社員だがもううでに何稿かまかされているだけあって編集力と実力はたしかなものである。そのため激務で夜遅くまで会社で仕事をしている。そのため帰りが遅く、下手をすれば泊まり込みで何日も家にいないこともあった。

「確かにそうだね。ごめん義姉さん」

僕があやまると姉さんは肩をすくめて付け足した。

「……まぁ記者は私がやりたかった仕事だったし、ヒーローは雅騎がやりたかったことだからしかたないことだけどね」

本当は僕がヒーローやっていることに対して何かと思うことがあるのかもしれないが、姉としてそこを飲み込んで僕を励ましてくれる。その気づかいがとても嬉しかった。

「そうだね。俺も姉さんもなりたいものとやりたいことが一緒なだけだよね」

「ご飯、できたわよ」

俺と義母さんと義妹が朝食をテーブルに運んできた。

天津(あまつ)日名子(ひなこ)。僕の義理の母であり、事故で夫を亡くしてからは女手一つで僕たちを育てている。

もっとも、この家は購入済の高級マンションで、この家はお金には困っていないので働いていない。専業主婦でもう子供もかなり大きいのでヒマを持て余しているのだという。

義姉さんもテレビを消して食卓へと向かった。

「はい、それじゃあ――」

母さんの掛け声で朝食が始まる。

「「「いただきます」」」

『今』は三人だけどぼくたちは家族だ。そしてこの家族を守るためにも、僕は戦わなければいけないんだ。




「「行ってきます」」

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

朝食を終えて準備を整えてから、義理の母親と姉に声をかけ、彼女たちに見送られながら義妹と一緒にいつもの時間に家を出た。

中学生である義妹とは途中まで通学路が一緒だ。だから自然と会話をするようになるのだが、今日の真理子はどこか言いづらそうだった。

「……今日さ。おにぃちゃん。すごくうなされてたね」

「えっ⁉ も、もしかして聞こえてたの?」

「うん。『ロキ』って言ってたよ」

「…………そっか」

「……ロキってさ。お父さんを殺した怪物のことだよね」

僕は正直に言うのをすこしためらったが母と姉にその名前の怪物の話をしたことがあるので、どちらにしても知ってしまうだろう。ならここで話したほうがいい気がする。

「そうだよ。あの事件でたくさんの人を殺した怪物だよ」

「そいつはいったいなんだったの?」

「わからない。二メートル超えるうような巨大な怪物だったのに、デパートで暴れた後はあとかたもなくいなくなったんだ。どこかに逃げたらしい」

「ふーん。……まるでこのまえ、おにぃちゃんが逃がしたあのラーフってやつみたいににげるのがうまいんだね」

僕は真理子にそう指摘されて、たしかに似ている点に気づいた。

「……たしかに、あの仮面男も黒色で、しかもいつのまにかいなくなっていた。似ているのかもしれない……」

僕がぶつぶつと思考にも、想像にもならないことをつぶやいていると。

「……おにぃちゃん……」

 不意に真理子に呼び戻された。僕ははっとなって我に返る。

 「……かお、こわいよ」

女の子特有の甘い香りがした。義理の妹なのに、そんなふうに感じてしまった自分が情けない。

「……ヒーローって大変だとおもうけど、無理……しないでね?」

僕はむりなどしていない。こともないけど、それを家族や他人に悟らせたくない。

その僕の気持ちをどこか幼い彼女も感じ取ったのだろうけど、

「大丈夫だよ。僕は死なない。僕はヒーローだから」

そう強がってごまかすことしかできない。。

「……応援しているからね。にいさん」

家族に、みんなに信じてもらうことしかないんだ。

「ありがとう」

そして僕たち二人はそのまま並んで学校へと向かった。



私立葦森(あしもり)高校(こうこう)。新設されたばかりで整った設備と学習環境がそろったウリの僕が通う高校だ。

「おい、きたぞっ! スーパーヒーローのお出ましだ!」

「ほんと? わたしサインもらってこよ♪」

「わたし、彼には興味ないけれど、俳優の○○さんのサインをもらえるようにしてもらお♪」

学校に到着すると、学校中のみんなが僕の周りに集まってきた。

なんとかあしらいつつ、教室へと向かった。

「ま、またこんどね……」

学校についてすぐ、大勢のクラスメイトに取り囲まれてしまった。

「や、やぁみんな。おはよう」

若干引きつった笑みを浮かべながら挨拶を交わすと、みんな一斉に僕の方へ押し寄せてきた。

「まさきくん。昨日あのテレビにでてたね」

「アイドルの八武崎さん紹介してくれよ」

「おれも、おれもー♪」

大勢のクラスメイトがわいわいと質問してくるなか、

「――みんな、ちょっといいかしら?」

透き通るようなきれいな声が響く。みんながその声を聞いて静かになる。

(しろ)(かね)海鳴(みなみ)。昨日も会った僕のマネージャーであり、城鐘家の令嬢だ。

「天津くんにすこし伝えたい」

さらりと長い髪。切れ長の凛とした瞳。長身ですらりのびる長い脚と細いウェストはまるで現役のモデルのようなすらりとした体格の女性だ。

「ど、どうぞ……」

ひとりのクラスメイトがおずおずと道を開けた。

「ありがとう」

 (しろ)(がね)海鳴(みなみ)の言葉には、生まれの違いかどうかはわからないが、どこか底がしれない圧力がある。ほかの生徒もおなじように道を開け、みなおとなしく散り散りに解散していった。

「昨日はお疲れさま。よく眠れた?」

「ま、まぁね……」

実をいうと悪夢の影響であまり眠れていなかったのだが、あまり疲れていることを出したくないので空元気で答えた。

「ところで伝えたいことってなんなの?」

俺は昨日、去り際に海鳴が言っていたことが気になって聞いてみた。

「それは今日、この学校に来る転入生と一緒に説明するわ」

「転入生?」

 俺がそう聞き返したところで、担任の先生が入ってきた。

 「みなさーん。今日は転入生を紹介します。早めに席に着いてください」

 担任の北川先生の号令に生徒たちは大人しく席に着いていく。

 「……すこし来るのがはやいわね。……まぁいいわ。あとで説明するから、とりあえず私も席に戻るわね」

 「……それじゃあ、まずは一人目の『八武崎(やぶさき)ヒカル(ひかる)』さん。はいってきなさい」

 え。八武崎ってアイドルの? という何人かの男子たちがつぶやきながら、彼女は入ってきた。

 「き、きのうの……」

 愛くるしい童顔とわざと大きいサイズを着たかのようにダボ着いた制服の少女。

 アイドル八武崎ヒカルはそこにいた。

八武崎(やぶさき)ヒカルです。みなさんどうかよろしくお願いします」

と彼女が可愛らしくウィンクした途端に。

 「「「「「「「うおおおおおおおおぉぉぉぉっ」」」」」」

 とけたたましい男子たちの声が響き渡った。

 「……男子、きっも……」

 女子のほうはというとあまりにも熱の入った歓声に若干冷めた表情で吐き捨てていた。

 「……じゃあ、次は七瀬(ななせ)(よう)(すけ)くん。入ってきなさい」

一人の男子高校生が廊下から入ってきた。イケメンだった。

「「「「「「「きゃああああああぁぁぁぁっ」」」」」」

こんどは女子たちの悲鳴にもにた歓声が響き渡り、一部の男子じゃひいていた。

 目元がかなりきつくしまった顔立ちにワックスで整えられた金髪ウルフヘア。

そしてわざと制服のボタンを緩めた肌にはその細い体とは裏腹にかなり鍛えられた体格は他の学生からば校則を破りまくりのファッションをしている。


 しかし彼は第一声でいきなりこんな自己紹介を言い始めた。

「どうもー。今日から天津雅騎くんの(ヒロ)さん(イン)としてこの学校に転入することになりました七瀬葉介です。よろしく」

(ヒロ)さん(イン)⁉ なに言ってんだこの転入生はっ⁉

「「「「「「「「「「あはははははっ⁉」」」」」」」」

そのジョークで男子を含むクラス中が大爆笑に包まれた。一方の俺は何がなんだかわからず、固まっていた。

七瀬はそんな僕の席のところまでつかつかと近づいてきた。

「……な、なにっ⁉」

右手で握手を求めながら俺にだけ向けて自己紹介を始めた。

「七瀬葉介だ。これからよろしくな。雅騎って呼んでいいか?」

すこし馴れ馴れしいけど、差し出された握手を断るわけにはいかないので、僕も

「べつにいいけど……相棒ってどういう意味?」

 困惑する僕と彼のあいだに海鳴が割って入った。

「くわしい話を話したいけれど……学校が終わってからにしましょう。そろそろホームルームを終わらせないと、先生が困ってしまうわ」

海鈴に言われて先生のほうを見れば、確かに彼女はあまりに自由に動き回る生徒たちにあたふたしているようだった。

「と、とりあえず七瀬くんと八武崎さんは天津くんの近くのあの席に座ってくれる?」

先生はあらかじめ転校生用に用意された僕のとなりとうしろの席に座るように促す。

「はーいお母さん。じゃあ、雅騎。またあとでな」

と、軽いギャグでまた教室をとりながら、後ろ席へと向かう。

「これからよろしくね。天津くん」

もうひとつの隣の席にはなんと、あの人気アイドルが座って、僕に声をかけてくれる。

「よ、よろしく……でもどうしてこの学校に転入したの?」

僕の問いかけに彼女は人差し指を唇の前にたてる。

「……しぃ……放課後、またあとで教えてあげるね」

その仕草と言葉のひとつがどこか色っぽくて、可愛らしい。

「わ、……わかった」

僕はそれいじょうはなにも言えず、おとなしく放課後まで待つことにした。





「……えーと。……それじゃあ。出欠をとりま――」

先生が出欠をとろうとしたそのときだった。

「いゃっほおおおぉぉぉぉぅぅぅうううううう!」

窓の外から女の子の奇声が響き渡った。

「……また涼森さんか……」

いつもの彼女の声に先生はこめかみを抑えながら短い溜息をついた。

「お、おいっ⁉ あれなんだ⁉ なんであの女の子。あんなことしているんだ⁉」

 葉介は窓の外にいる一人の少女を指しながら大声をあげる。

一人の女の子が校舎の屋上のフェンスから自分の腰にゴムを巻き付けてバンジージャンプをしていた。

「今日は屋上からバンジーか……」

「いつものことだよね」

「なんかもう見慣れちゃったよな」

「飽きちゃった」

とクラスの誰かが冷めた口ぶりで言った。先ほどの転入生紹介のときとはうってかわってクラスの人間には見慣れた光景だ。

しかし転入生ふたりにとっては初めて見る光景に違いはなかった。

「な、なんなの天津くん? あの子。いったいなにをしているの?」 

とさっき僕に黙るようにうながしたはずの八武崎も、大声で僕に聞いてきた。

「あれ、僕の幼馴染なんだ。でも気にしないで、注目されればされるほど、危険なことをしたがる人間なんだ」

「幼馴染なのっ⁉ けっこう重要な役割(ポジション)なのに、扱いが雑すぎないっ⁉」

八武崎の役割(ポジション)という言葉はすこし理解しがたいけれど、仕方あないことだった。

「……しかたないよ。幼馴染といっても児童養護施設で一緒だったけれど、彼女と再会したのは高校生の時からなんだ」

窓の外の彼女を見ながら彼女との思い出を振り返る。

子供のときから無茶をして、施設の職員やまわりのこどもたちから反感を買っていた。

「きゃははははは。たのしぃ♪」

制服のスカートをはためかせてスパッツ丸出しで笑い転げているが、実際にはかなり危険な行為だ。

絶対にまねをしてはいけない。

なぜならバンジージャンプは遊園地のアトラクションで安全を確かめて行うものであり、素人が学校の屋上から飛び降りれば何かの障害物に当たってけがをする可能性が多い。

しかし彼女はだからこそやりたかったのだろう。

彼女はバカだから。バカなことをやっていたいんだ。

彼女の名前は涼森凛奈(すずもりりんな)

幼い時に同じ児童養護施設にいた幼馴染だ。別々の里親に引き取られてからは会っていなかったがこの高校に入学してから再会した。

子供の頃から冒険好きの彼女だったが、ここまでの変人になるとは思いもよらなかった。

彼女はカメラで動画を撮影してネットに流す動画投稿を趣味にしている変わった女の子だ。

昔は動画に広告料が付与されたことによって企業が動画投稿者に投稿してお金を儲けていたらしいのだが、現在では企業は広告から撤退して本当の意味で動画投稿したい人間しかいなくなった。

動画投稿者は企画を考えて撮影を行い、それを編集してネットに流す。

彼女のような問題だらけの動画ばかりあげている人間はいない。

しかし彼女は派手で人に迷惑ばかりかける動画ばかり作っていた。それはむかしから変わらない。

「児童養護施設のときからバカなことはやってたけど……僕はもう高校生だし……」

僕の言葉を察したのか、海鳴が付け足す。

「あなたはヒーローよ。涼森さんのアホな動画に付き合うことはできないわ」

そう。僕はヒーローだ。

「そうだね。彼女は幼馴染だけど、色々な意味でもう遠い存在なんだ」

「……そ、そうなんだ……まぁあんなことに付き合ってたら、報道陣(マスコミ)にさらされちゃうものね」

ゴム紐がある程度静止してから、彼女は固定していたカメラを自分のほうにへと向けて自撮りを始める。

「いやー、それにしても学校バンジー楽しいわ。やっぱりこれはみんなやったほうが……」

「こらー。すずもりーっ‼ 降りてきなさーい‼」

とそこへ数人の先生たちが莉奈の真下へと向かってくる。

「やばっ、逃げなきゃ」

急いで身体を揺らして窓のほうへと近づき窓から逃げようとしたが、

「つかまえた♪」

すでに回り込まれていた女教師に簡単に取り押さえられていた。

「ぎゃあああっ!」

教室の窓からその様子を見ていた海鳴は呆れていた。

「……あの子はいったいなにをやりたいのかしらね」

「……………………さあね。でもけっこう……」

楽しそうだった。その言葉を言おうとして、呑み込んだ。

そう。彼女はいつも楽しそうに物事に取り組んでいる。

 



昼休み。教室から出ようとした際、一人の男子生徒とぶつかりそうになり、急いで身をひねってぶつかるのを避けた。

「ごめん」

すれ違ったあと、いちおうすぐにあやまった。

「…………ああ」

ぶつかりそうになった彼にかすかに見覚えはあった。たしか僕のクラスの生徒だ。

目つきが悪いが、不良みたいな刺々しい印象はなかった。それどころか存在感のない。おとなしい印象がある男子だった。僕はクラスにいる人間のほとんどの人には話をしたはずなのに不思議と彼とは話をしたことがない。そもそもクラスの他の人間とも話をしたところを見たことがない。休み時間はいつも話しかけるなといわんばかりに顔を伏せて居眠りをしている人だ。特に部活動や委員をやっているわけでもないし、目立った成績や運動能力があるわけでもない。

一度も話をしたことはなかったが不思議と名前は憶えていた。

確か名前は中道(なかみち)陽生(ようせい)。ようせいだなんて幻想世界の妖精と間違われそうで変な名前だなと去っていく彼の背中を見つめながらそんなことをつい思ってしまったが、他人の名前に関してあまり口を出してはいけないのでその考えを打ち消すように




中道陽生視点


俺の名前は中道(なかどう)陽生(ひろき)

陽に生きると書いて『ひろき』と読む。『ようせい』じゃない。

学校では空気扱いされているがべつに妖精(ようせい)じゃない。

そして今回、あの二人のように転入してきたわけではなく、俺は最初からあの場に脇役(モブ)としていたのだ。

ただし、ただの脇役(モブ)じゃない。

一言もしゃべらず、天津にも話しかけないし、転入生の女が自己紹介しても男子たちが声をあげるなか、俺は『こいつはアイドルなのか? 有名なのか? まぁ興味ないから静かに寝かしてくれ』と眠たげに黙っていた脇役(モブ)だ。休み時間はひたすら仮眠(ねること)にうちこんでいる。

友達がいない『脇役(ぼっち)』。それが学校での俺だ、

 そして裏では非公式の研究を行う(マッド)思想科(サイエン)学者(ティスト)

仮面をつけ、ラーフ・ブラックを名乗り、九十九のデータを集めていたところで天津にコテンパンにやられて逃げた男だ。

……まさかあの天津雅騎が俺と同じ学校、そして同じクラスの人間だなんて全く知らなかった。

先日、あの工場からアジトに逃げ帰った俺は部下にそのことを聞かされて飛び上がってしまった。

幸いにも俺の席は天津から離れた廊下側だ。あのバンジージャンプで目立とうとしたあの涼森とかいう女のこともよく見えなかった。

まぁそれどころじゃあないからな。

あのとんでもヒーローはいったい何者なのだろうか。

アホの言う冗談なのかとも思ったが、本当に世間公認のヒーローらしい。

俺がクラスで誰一人友達のいない人間『ぼっち』という役割(ポジション)というのもあるが、それ以前にそんな存在がいること自体が信じられない。

天津雅騎というクラスメイトに興味がなかったが、あの光を纏った謎の能力については科学者として興味がある。

なんとかして、あの能力のことを調べて対策しなければ前回の二の舞になっしまう。

…………まぁ前回とおなじように逃げればいいだけの話でもあるんだけどな。





天津雅騎視点


転校生の紹介が終わったその日の放課後、僕は海鳴達と一緒にある研究所に連れてこられた。

研究所の奥に入っていくと精密機械とロボットが並んでいた。

「……これは……女の子型ロボット?」

ロボットはどこかウェストが細く女性の形をしていた。

「量産型支援ロボット。通称『ヤクモ』だ」

白髪交じりで彫りの深い顔つき中年男性がこちらに近づいてきた。

「このプロジェクトを任された白神卓也だ。よろしくスーパーヒーロー」

白神さんは柔和な笑みとともに握手を求めてきたので、こちらも応じた。

「こちらこそ。よろしくお願いします」

「彼女は九十九のプログラミング開発者であり、このラボの所長も務めているのよ」

海鳴の仲介で、ようやく僕はこの人がロボットに詳しい人ぐらいの認識で理解できた。

「そうなんだ。でもなんでこのロボットは女の子の形をしているの?」

「わたしが操作するからよ」

どこかで聞いたような女の子の声が聞こえてくると同時になにかのコードで繋がっていたヤクモは突然動き始めた。

「……もしかして、その声は八武崎なのか?」

「そうだよ雅騎。私がこのヤクモを動かしているの」

近くにあった大きめのモニターに八武崎の姿が映し出された。彼女の身体は体のラインぴったりのラバースーツのようななものにたくさんのコードがついているような恰好だった。

「な、なんなのその恰好?」

彼女はいったいなんであんな恰好をしているんだ?

「このロボットはいわゆるSF映画で直接に操縦するロボットとは違い、安全な通信車で電波を使って操作するのだ。操作方法も簡単で、女子高生アイドルでも操作することができる。

「じゃあ……海鳴が言ってたメンバーって……」

「そう。八武崎さんと七瀬くんが新しいメンバーよ。天津くんと七瀬くんも合わせてヒーロータレントグループを結成したの」

「ヒーロータレントグループって、そんな事しなくても、俺は一人で十分だよ」

思わず 少し虚勢を張った言い方に海鈴は反論を始める。

「じゃあ、仮面をつけたあの男を取り逃がしたのはどうしてなのかしら?」

「……そ、それは……」

口ごもる僕に海鳴は付け足していく。

「あなたの能力はすごいのよ。でも一人でヒーロー活動はできないし、あなたはテレビに出たらあまりうまく話せなかったでしょ?」

「た、たしかに芸能界の仕事はすこし僕には荷が重かったけど……」

「いいじゃあねぇか。英雄(ヒーロー)芸能人(にんきもの)も、一人よりでなんでも背負い込まずに仲間に頼れよ」

そこで割り込んできたのはあの転校生の七瀬葉介だった。

「改めてよろしくな。最初に言っておくけど、俺もただの人間じゃあない。忍者だ」

「に、忍者っ⁉ そんな時代劇みたいな存在がいるのっ⁉」

僕は七瀬の言葉が信じられず、驚きと動揺を隠せない。

「特殊能力に目覚めたスーパーヒーローに、時代劇みたいな存在って言われてもしょうがないだろ。心配すんな。今の忍者はただの武道家みたいなもんだ。伝統の武道をやっているけれど、それ以外はなんにもしていない」

七瀬が何かをごまかすように、そして茶化すように言った。

「だから私は七瀬くんと八武崎さんをスカウトしたの。二人ともとても社交的でユーモアに溢れている人だし。戦力としても、あなたのフォローができるとおもうわらテレビに出ても問題なくフォローしてくれるはずよ」

「よろしく雅騎。ヒーローグループ『イザナギ』の誕生だよ」

ヒカルがヤクモを操りながら、僕に手を向けた。

「……『イザナギ』っていうのは?」

 また新しい言葉がでてきて、僕の頭の中は混乱した。

「日本神話でこの国を作ったといわれる神様のことさ。お前や俺たちは色々な人達を助けるだけじゃない。この国の国民の代表にならなきゃいけないってことさ」

葉介はそういいながら、ヤクモと俺との握手の上に手のひらを重ねた。

「天津くん。あなたは一人じゃあないわ。あなたのまわりには多くのサポーターがいるの。それを忘れないで」

芸能界に別に興味はないけれど、こうして力になってくれる人がいる。

戦いにおいても、私生活(プライベート)でも友人や仲間がいるのは心強い。

これならあの笑いの仮面を被った男『ラーフ』を捕らえることができる。

「わかった。みんな、これからもよろしくな」

僕はようやくそうみんなに宣言すると、彼らも理解してくれたようで僕に信頼のまなざしを送ってくれる。

僕たち『イザナギ』はヒーローとして、タレントとして活動を続けていくのだった。




 そしてもう帰ろうかとおもったそのとき、ヤクモの操縦室からでてきた八武崎が僕に近づいてくる。

 「……八武崎さん。どうかしたの?」

 心配する僕に、彼女はおずおずときりだした。

 「あのさ。……雅騎。わたしのこと、八武崎じゃなくて、『ヒカル』ってよんでくれない?」

 「ええっ⁉」

よく見ると彼女は少し顔を赤らめていた。彼女も少し恥ずかしいらしい

 「な、なんでっ⁉」

 「だって、城鐘さんのことは『海鳴』って呼び捨てにするでしょ?」

 「それは……海鳴は中学のときからの仲だから……」

 むかしは『城鐘さん』って呼んでたな。いつのまにか名前で呼び合う仲になっていた。

 「…………いいんじゃない。べつに」

海鳴がフォローを入れるような言葉をいったつもりだったが、機嫌わるそうにとげのあるような言い方だった。

「……お、怒ってるんですか城鐘さん……」

「いいえ。城鐘家の令嬢なのに呼び捨てにしてくる相手なんて、私のまわりであなたしかいないわ。……なのにアイドルだと名前で呼ぶのが気が引けるなんて…………すこし城鐘家をバカにしてるんじゃあないの? ……天津くん?」

こ、こわい。無茶苦茶こわいよ。このお嬢様。

「……き、きょう会ったばかりなのに、いきなり名前呼びできないよ。クラスのファンになんてよばれるかわかんないし。……なぁ『葉介』もそうおもうだろ?」

僕はなんとか助けを求めるべく、彼の『名前』を呼んだ。

「お、おまえ……ほんとうはかなりのバカなんじゃあないか?」

葉介はすこし呆れていたようだった。

「まぁたしかにクラスの目もあるけれど、これから『イザナギ』として仲良くやっていくんだから、名前で呼び合うぐらいいいんじゃないか? ……『彼女の本性』もそのうちわかってくるしな」

「『彼女の本性』?」

僕がその単語をオウム返しすると。八武崎、いやヒカルがまるで猫のようにぴくっと反応して僕との距離を縮めた。

「よ、よろしくね。雅騎」

すると彼女は僕の腕にその小さな体をまさに猫のようにすりよせてくる。

 「う、うん。よろしくヒカル」

 思わぬ不意打ちに僕も思わず名前で呼んでしまう。だけどそれよりもさっきから海鳴の顔が鬼のように険しくなってくるのがきになっているのが、恐ろしい。

「……わたしのことも、『海鳴』ってよんでもいいわよ。『葉介』くん。『ヒカル』さん」

と友好的なセリフなのに、どこか鬼のような圧力をかける海鳴に対して、

「ええ。これからもよろしくね。『海鳴』さん」

こちらは邪悪な悪魔のような雰囲気のある笑みを浮かべていた。

「……ほんとうにモテるな雅騎。うらやましいぜ」

と、葉介はなんだかさらにあきれたように笑いながら見守っている。

「葉介。見てないで助けてくれよ」

葉介はそんな俺の救いをあざ笑うかのように、指をサムズアップして火に油を注いできた。

「まぁ、本命は二人じゃあなくておれなんだろ?」

そんなわけあるか。


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