第9話 杖完成
剣の研ぎという思わぬ幕間劇があったものの、約束の日の朝、俺はドドロフさんの店へ飛んでいった。
「ドドロフさーん!」
「おう、ボウズか。とりあえず形にはなったぜ。まあ、見てくれや」
そう言ってドドロフさんが見せてくれたのは、原始的な形式だが、紛れもなく『木工ろくろ』だった。
「今回のは丸棒を加工する、ってんだからこんくれえ長くていいんだよな?」
「はい!」
1・5メートルの棒まではセットできるだけのテーブル長がある『木工ろくろ』。
手すりに使うような丸棒から、テーブルの脚まで、自由に削り出せそうだ。
「手直しすべきところはどんどん言ってくれよ。特に足踏み式のところなんかな」
「はい。じゃあちょっと見させてください」
まずは回転軸を手で回し、踏み板をそっと踏んでみる。そうしないと回転方向が定まらないのだ。
動作は思ったより軽い。軽すぎると言ってもいい。これだと、削る時の抵抗が大きい際に速度が低下しそうである。
「この『弾み車』をもう少し……いや、倍くらいに重くしてもらえますか?」
弾み車、フライホイールとも呼ばれるこれは、いわば回転する重りだ。回転させるために力は必要だが、回り出してしまえば、安定した回転を約束してくれる。
「おう、それは大丈夫だ。他には?」
「こっちの、『テールストック』っていうんですが、こいつの回転が少し渋いみたいです」
「なるほどな、すり合わせをもう少しやってから油を差してみるか」
その他、細かい点を3つほど指摘したあと、
「それじゃあ、ちょっと使ってみますね」
と言って、俺は端材をセットし、ちょっとだけ削ってみせることにした。
「『ヘッドストック』っていうんですが、ここの軸に削りたいもの……『ワーク』を固定します」
この軸には先程の『弾み車』が付いており、さらには『踏み板』によって回されるベルト車とベルトで繋がっている。
弾み車を回しながら踏み板を踏むとクランクが上下し、クランク軸が回転を始める。
沈んだ踏み板は、クランクの回転に従って上がってくるから、また踏んでやる。この繰り返しで回転運動が生まれるのだ。
その回転はヘッドストックの中心軸に伝わり、取り付けられたワークも回転する。
これに刃物を当ててやることで、回転体を効率よくかつきれいに削り、仕上げることができるわけだ。
テールストックは『芯押し台』とも言って、長いものの加工には、一端をヘッドストック、もう一端をここで保持することにより、ぶれない加工ができるわけだ。
また、『バイト』(刃物)の当て方にも注意が必要だ。当て方が悪いとバイトが吹き飛んだり折れたり、またワークに食い込んでしまったりして非常に危険だからである。
そして、あまり細くて長いものは、バイトを当てた時に撓んで逃げてしまうので要注意だ。
「ほほう……よく考えられているな」
ドドロフさんの工房に来てわかったことだが、この世界……少なくともこの工房では、回転体……お盆やコップを作る際、中心を固定して削る方法は取っていない。
ちょうど、焼き物を作る際に使う方の『ろくろ』のように、加工するものを回転する台の上に水平に置いて少しずつ削っていくようだ。細長いものは『引き抜き』で作るらしい。
俺の見たところでは、加工に使う『魔法』もしくは何か『スキル』があるからできる方法だ。
『魔法』と『スキル』の存在が『産業革命』を阻んでいると言ったら言い過ぎだろうか。
「これは、魔法を一切使わずに回転体を作るための機械なんですよ」
俺はドドロフさんにひととおりの使い方を披露した。
「うむうむ、よーくわかったぜ。それじゃあ、気が付いたところも含めて、明日の夕方までに仕上げてやるから取りに来い」
「わかりました。お願いします」
* * *
俺はマイヤー工房に戻るとすぐ、ライカに相談した。
「明日出来上がるというんだけど、どうやって持ってこようかな」
「そうですね……。かなり重いんでしょう? でしたら荷車を借りて運ぶしかないでしょうね」
ライカによれば、重量物運搬用の荷車を貸し出している業者があるらしい。予定外の出費になるがしかたない。
あの重さのものを抱えて運ぶのは無理だ。
ということで、ライカの知り合いの荷車屋さん(正式名称知らない)で荷車を借りることになった。ライカって、顔が広いな……。
* * *
朝食と昼食はいつもどおりにパンとスープ(大分美味しくなった)で済ませ、午後3時を回った頃、俺は借りた荷車を牽いてドドロフさんの店へ向かった。
今回はライカも一緒だ。そのライカは、酒のビンを持っている。依頼料とは別に渡すのだそうだ。
気遣いができる女の子だ。
「おう、来たなボウズ。ついさっき完成したところだ」
そう言って笑うドドロフさんだったが、目の下に黒々と隈ができている。徹夜したんかい。
「ライカの嬢ちゃんも一緒か」
「ええ。ドドロフさん、これ、差し入れです」
「おお、すまねえな」
ニコニコ顔で酒を受け取るドドロフさん。やっぱりドワーフは酒好きなんだなあ……。
「……これが『木工ろくろ』、ですか」
「うん。ちょっと見ていてくれ」
俺はライカが見ている前で、試験的にちょっとだけ使ってみせた。昨日よりもぐんと使いやすくなっている。おっちゃん、さすがだ。
「うん、すごい。もうこれは『木工旋盤』と言っていいな。ドドロフさん、素晴らしい出来ですよ!」
「おう。納得のいく出来だとは思ってるが、何か不具合があったらすぐ知らせろよ」
「わかりました。その時はよろしくお願いします」
俺はドドロフさんに手伝ってもらって木工旋盤を荷車に載せ、しっかりとロープで固定する。
「それじゃあ、ありがとうございました」
「おう。気をつけてな」
* * *
早速酒を飲み始めたドドロフさんに見送られて、俺たちはマイヤー工房に戻った。
そして、ライカに手伝ってもらいながら、やっとのことで木工旋盤を工房の一角にセットしたのである。
「さて、本格的な試運転だ」
木工用のバイトは2本作ってもらってある。杖はほぼ丸棒なのでこれでなんとかなるだろう。
もっと複雑な形状を加工するときはまたドドロフさんに発注すればいい。
保護眼鏡がないので今回は裸眼だ。ライカが掛けているように眼鏡はあるはずなので、近いうちに度なしの眼鏡を作ろう。
さあて、まずは廃材で小手調べ。
ヘッドストックとテールストックで棒材をしっかりと保持。バイトを支える刃物台を調整したあと、フライホイールを手で軽く回し、踏み板を踏み込んだ。
「……」
棒材が回り出す。
ライカが息を詰めて見つめている横で、俺はそっとバイトを部材に当てた。
僅かな抵抗を感じたが、狙ったとおり、さくさくと削れていく。
何度か刃物台の位置を調整しながら、およそ30分かけて丸棒を削り上げる。
「うん、最初にしちゃいい出来だ」
とりあえず自画自賛。ライカもそれを受け取ってしげしげと眺める。
「本当に……まん丸で真っ直ぐですね。シュウさん、驚きです!」
「よし、本番行こう」
いよいよ、トネリコ材を使って杖の軸部分を作ることにした。
手順は同じ。
木の性質上、多少粘りはあるが、問題はない。慎重を期して40分ほどかけて仕上げた。
それをライカに見せると、
「シュウさん! これ、凄いですよ! 私は専門家じゃないから断言できませんが、今までよりずっと凄い性能になるはずです!!」
と、勢い込んで言った。
「どんな丁寧な仕事をしても、ここまでまん丸で真っ直ぐには仕上げられないですから」
「そうだったら嬉しいよ」
俺はそのあと、残る4本の材料のうち2本を同じように削り上げたのだった。
* * *
そして、約束の日。
メランさんに、杖の軸を見せた。内心ドキドキしながら。
「どうですか?」
「……」
メランさんは、その水色の目でじっと杖用の軸を見つめたあと、少し口元をほころばせた。
「これ、凄い。待った甲斐がある」
メランさんの言葉を聞き、俺もライカもほっと深い溜め息をついた。
「これなら倍くらいまで魔法の威力が上がりそう。感謝する、ライカ、シュウくん。……前回のミスは許す」
「いえ、喜んでもらえて嬉しいです」
そして、追加で削った2本も見せる。
「これもいい出来。予備として買わせてもらう」
嬉しい答えが返ってきた。
そしてお次はいよいよ、杖の頭部分の処理だ。
「用意したこの液に漬けますと、銀は黒くなります」
俺は、磨いた銀を黒化液に漬けて見せた。それは2分ほどでかなり黒っぽく変わる。
メランさんは、その黒くなった銀を再びその水色の目でじっと見つめた。そして、
「うん、使えそう。それじゃあ、これを、黒くして」
と、修理した頭部分を渡してくれた。
それを黒化液に漬けて2分、同じように黒くなった頭部分を取り出し、水洗いしてからよく水気を取ってメランさんに見せた。
「ん、上出来」
そこで俺は杖の頭に軸部分をすげ、固定した。
メランさんは杖を持ち、振ってみたり掲げてみたりして具合を確かめると、
「よくやってくれた。この出来なら、同僚にも教えてあげたい」
と言ってくれたのである。
「……あ、ありがとうございます」
俺の肩から力が抜けた。前回の失敗を、これでようやく挽回できた……。
「シュウ君、ライカ。また頼むと思う。頑張って」
上機嫌のメランさんは、少し多めの代金を払ってくれた。
それでようやくマイヤー工房は一息つけたのである。
そして、これによって俺のKPは50に増えていた。よかった……。
* * *
その日の夕食後のこと。
「シュウさん、ちょっといいですか?」
「うん?」
改まったライカが、俺の前に立った。そして、
「……まず、謝らせてください」
と言って頭を深々と下げ始めた。
「え? え?」
何がなんだかわからない。
「初日に私、シュウさんに……『何ができるんですか?』って失礼なこと言っちゃいました。あれから、シュウさんに助けてもらうたびに、謝ろうと思っていたんです」
ライカは頭を下げたまま言った。
「こっちの世界の知識がなくったって、シュウさんは私なんかよりずっと上手に修理をしてくれてます」
「ああ、あれか。別に気にしていないのに」
気にしていないどころか、いろいろ世話になって感謝しているくらいだ。無知ゆえの失敗もしたし。
「それでも、です。ごめんなさい」
頭を下げたままのライカ。うーん、ここは謝罪を受けないといつまでも堂々巡りしそうだ。
「わかったよ、もういいから。許すよ」
それでようやくライカは顔を上げた。
「……ありがとうございます。これからもお願いしますね」
少しはにかんだように微笑むライカの顔は、とても可愛らしかった。