表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/62

第8話 銀の黒化

 一応5本の木材を持ってライカの待つ事務所へ戻る。


「あ、お帰りなさい」


「ライカちゃん、この坊や、なかなか目も利くよ。いい男捕まえたじゃないか」


 坊やって……ドドロフさんといい、エミーリャさんといい、まったく敵わないな……。


「つ、捕まえたって……」


 ライカもからかわれて赤面。エミーリャさんは誰にでもこんな調子なのか。


「それで、この5本を選んだのだけれど……」


 俺は、事務所のテーブルの上に5本の棒を並べて見せた。ライカはそれを見て、


「……エミおばさん、1本いくらになります?」


 と尋ねた。財布の中身が気になるのだろう。


「そうだねえ。1本30。5本まとめてなら120」


 もちろんマルスだよな。1マルスが10円くらいとすると、5本で1200円!?

 高級木材という割に安すぎないか? と思ったが、日本と物の価値が違うのだろうと悟る。さらに女将さんは、


「あそこに置いてある木はみんな同じ値段だからね。そこからいいものを選ぶも選ばないもお客さん次第さね」


 と言った。なるほど、たまたま品質のいい材木が混じっていただけであって、意図して並べたわけじゃないから同じ値段で売るというわけか。良心的だな。


「あ、じゃあ、1本……」


 と言いかけたライカを、俺は押しとどめる。


「ライカ、もし買えるのなら5本全部買っておいてほしい」


「え!?」


「この5本は素性のいい木ばかりだ。いつでも手に入るとは限らない。魔法の杖が消耗品である以上、このくらいのストックは持つべきだ」


 木材は工業製品ではないので、同じものは2つとない。量にもよるが、いいものを見かけたら仕入れておくべきなのだ。

 だがライカは難しそうな顔をした。


「ええと、買えなくはないんですけど、そうしたらシュウさんのベッドが買えなくなっちゃいますよ?」


 ああ、そうだった。俺はまだ、作業台の上に寝ているんだった。だが。


「いいさ、2日や3日。だんだん慣れてきたしな」


「そんな……悪いですよ」


「俺がいいって言ってるんだからいいよ」


「はい……」


 というやり取りの末、ライカはまとめ買いをすることに決めた。


「じゃあエミおばさん、これで」


 120マルスを取り出すライカ。


「はいよ、確かに」


 女将さんはそれを受け取ったあと、ちょっと考えるような顔をしたあと、


「……そうそう、廃材があるんだけど、使えそうなら持っていっていいよ」


 と言ってくれた。気を使ってくれたみたいだ。


「廃材ですか?」


「ああ、そうさ。切り揃えた時に出た半端材とか、最初から曲がっていて売り物にならない木とか、乾かしていたら反ってしまった板とかね」


 女将さんは、事務所の裏手に俺たちを案内した。


「これは……」


 種類も雑多な廃材が、長いもの短いもの、太いもの細いもの、ごちゃごちゃになって放置されていた。一応屋根の下なので雨ざらしではない。


「好きなだけ持っていきな」


「え、でも……」


 最悪でもたきぎに使えるのに、とライカが言いかけたのを女将さんは遮って、


「いいったらいいんだよ。その代わり、これからもうちで木材を買っておくれよ?」


 と笑って言った。これでベッドを作れというのか。いい人だな、エミーリャさん……。


「ありがとうございます」


 ライカと俺は丁寧にお辞儀をしてから、使えそうな材木を物色し始めた。


「これとこれ、それにこれも」


「……シュウさん、そんなに持てますか?」


「大丈夫だと思う。……あ、じゃあこっちの買った5本だけは持ってくれるか?」


「あ、はい。それくらいおやすいご用ですけど」


 杖用の木材をライカに渡した俺は、予め目をつけていた廃材をより分けていく。

 2メートルくらいの曲がった木を6本、30センチくらいの短い木を5本、90センチくらいの細い木を4本、反り返った板を1枚……と、ギリギリ持てそうな量をいただいていくことにする。

 女将さんはそんな俺を笑って見ていた。


「それじゃあ、これだけ」


「ああ、いいともさ。……その代わり、ライカちゃんをしっかり支えてやるんだよ?」


 女将さんはそう言って俺の背中を思い切り叩いた。結構痛いぞ。


「は、はい」


 俺は頷いて、簡単に縛った木材を肩に担いだ。

 持ちにくいのと重いのとでかなり苦労したが、自分のベッドを作るためだ。頑張って木材を工房まで運んだ。


 *   *   *


「ふう、疲れた」


「お疲れ様でした」


 さて、ドドロフさんに頼んだろくろができるまではまだ日にちがある。

 ならばと、貰ってきた材料で自分のベッドを作ることにした。


「これをここに使って……」


 貰ってきた材木に工房に残っていたものを加えて、なんとかその日のうちにベッドをでっち上げた。

 材料がやや足りないので、強度的に不安があるのが玉に瑕。乗っかると体重でしなるのだ。

 おまけにギシギシいうし……。

 だが、音は気になるが寝心地はいいかもしれない。


「……こんなベッドでいいんですか?」


 申し訳なさそうな顔をしているライカ。


「少しずつでも直していくから。俺、修理屋だし」


 と言って安心させておくことにした。

 実際、寝心地はそれほど悪くなかったことを付け加えておく。


 *   *   *


 翌日。

 今日は、硫黄による銀の被膜付けの実験を行うことにする。

 まずは臭いを嗅いでみる。腐った卵のような臭いがかすかにした。確かこれは硫化水素の臭い……のはずだ。

 一時期『混ぜるな危険』な入浴剤でニュースになったので覚えていた。純粋な硫黄は臭わないが、この硫黄は違った。不純物が混じっているようだ。

 だが、かえって都合がいい。


「これをお湯に溶かす、と」


 木製のバケツに汲んだお湯に『付け木』からこそぎ取った硫黄を入れてかき回す。なんの反応もしない。というか、なかなか溶けない。それが当たり前で、溶けるのは硫黄の化合物なのだ。その化合物こそが、銀を硫化させてくれる……はず。

 根気よくかき回すと、少しだけ溶けたような気がする。白っぽく濁ってきて、温泉みたいだ。


「これに銀を漬けてみよう」


 工房にあった銀の切れ端を硫黄を溶かした(と思われる)お湯につけると、少し黒くなった。

 よしよし。

 残った付け木から硫黄をこそぎ取り、全部をバケツに。

 これで1リットルくらいの温泉水っぽいお湯ができた。

 銀を入れておくと、2分くらいでかなり黒くなる。これならうまくいきそうだ。


「わあ、確かに黒くなりますね。魔法じゃないんでしょう? 不思議です……」


 ライカはそんなことを言うが、俺としては魔法の方が不思議なのだが。

 とにかく、銀の『黒化液』ができたので、メランさんが来るまで保存しておくことにする。

 少々値は張ったがガラスビンを買って入れておくことにした。


 この日の昼前、思いがけない仕事が入った。

 先日、剣の研ぎを依頼してくれたエルフの騎士、ウィリデさんの紹介で同じく研ぎの依頼が入ったのだ。

 同じようなショートソードが3本。あ、剣や刀は『振り』っていうのかな?

 とにかく、まだドドロフさんに依頼した『ろくろ』は出来上がらないし、ちょうど手が空いたところだからお誂え向きともいえる。


「ウィリデさんの剣を見せてもらったけど、いい仕上がりだったわ」


 そう言って3振りの剣を置いていったのはヒューマンの女性騎士だった。


「確かにお預かり致しました。ウィリデさんにもよろしくお伝えください」


「頼むわね」


「ありがとうございましたー」


 ライカは上機嫌でお客さんである女性騎士を見送っていたが、俺は別のことを考えていた。


「ライカ、これからこういう依頼が増えた時のために、『預かり証』を作らないか?」


 お馴染みさんだけを相手にするなら口頭での約束でもいいが、数が増えてきたり、初めてのお客さんだったりすると、後々トラブルの種になりかねない。

 その思いは伝わったようだ。


「あ、そうですね」


 そういうものを使っている店もあるということで、ライカもその意義は理解してくれた。


「ただ、お客さんが来なかったので必要性を感じませんでした……」


 あ、うん。それは仕方ないな。


「それじゃあ、2人で考えよう」


 こっちの世界と向こうの世界じゃ習慣も違うだろうし……。

 そういえば、紙ってあるのかな? 羊皮紙とか? だったら高価すぎて使いにくいかもしれない。


 結論として、この世界で『紙』といったらやっぱり羊皮紙だった。

 高価すぎるな。木札にするのがいいかもしれない。

 とりあえず俺は、研ぎの依頼をこなしてから考えることにした。


 *   *   *


 翌日の午前中までに、3振りの剣は研ぎ終わり、同日午後、引き渡すことができた。


「ありがとうございました」


「うん、いい仕上がりね。ウィリデさんも、今回の剣は今までより切れ味が長持ちするとも言っていたわ」


「そうですか、そう言っていただけると研いだ甲斐があります」


 ライカに聞くところによると、この世界での研ぎはほとんどが油研ぎだという。

 刃物は炭素鋼(鉄に炭素を0・6~1・2パーセントほど混ぜた合金)なので錆びやすい。その点油研ぎならば、研いでいる最中に錆びさせることはないというわけだ。だが俺の経験上、水研ぎに比べると油研ぎは、熱伝導性の違いからか僅かに焼きが戻る傾向がある。本当に、僅かだが。

 それがウィリデさんの言う『切れ味が長持ち』に繋がっている……んだといいな。

 これでまた少し、懐に余裕ができたことになる……はずなのだが、ほとんどが食費に消えていったようだ。


 そうそう、KPの方は、15から20に増えてくれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ