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第7話 女将さん

 メランさんの杖に余計なことをしてお叱りを受けた俺は、名誉挽回のチャンスを貰えた。


「ライカ、すまない。俺の責任だ」


   あらためてライカにも謝る。


「いいえ、シュウさんだけの責任じゃありません。気にしないで……というのは無理でしょうけど、頑張って挽回しましょう」


 ライカの優しさが身に染みる……ここは、気持ちを入れ替えて頑張ろう。

 ということで、いろいろ考えてみることにする。被膜の作り方だけじゃマイナスがゼロになったくらいだ。どうにかプラスへ持っていかないと。俺は魔法関係には無知だが、通常の加工方法なら少しは詳しい自信がある。


「なあライカ、杖の軸部分って、真っ直ぐなら真っ直ぐなほど、断面は真円に近いほどいいんだよな?」


「私はそう聞いていますし、一般にもそう言われていますので、間違いないと思います」


 だとすると……これかなあ。よし。


「ライカ、ちょっとドドロフさんの所へ行ってくる。ちょっと遅くなるかもしれないが、心配しないでくれ」


「……何か思い付いたんですね? わかりました」


 *   *   *


 そして、ドドロフさんの店へ行った俺は、作業場で相談をしていた。


「ふん、『ろくろ』だあ? 聞いたことねえな」


「じゃあ、『旋盤』はどうですか?」


「知らねえなあ」


 なるほど。つまりこの世界には旋盤やろくろはないということになる。

 少なくとも、この町には。


「丸い、真っ直ぐな棒を作る時ってどうするんですか?」


 と聞いてみた。


「あ? そりゃあ、こういう板に通すのさ」


 ドドロフさんが見せてくれたのは、大から小まで様々な穴が空いた金属製の板であった。


「だいたいの太さまでは金床にのせて槌で叩く。それから少し小さい穴に通して引っ張るんだ」


 引っ張るって……。針金はそういう作り方すると聞いたことあるけれど、太さ2センチもある金属の丸棒を、同じ方法で作っていたとは思わなかった。


「……言っとくが、力任せじゃねえぞ? 一時的に金属を軟らかくする魔法とかスキルを使うんだ。俺はどっちも持ってる」


 ああ、そうか。この世界にはそれがあったんだ。だから、文明が産業革命直後くらいに見えるのに、モノによっては旧態依然としているわけなんだ、と妙に納得してしまった。

 だがこの方法では、テーパー……つまり先細りになった丸棒は作れないはず。

 そもそも前提の違う別々の世界で、文化・文明の発展が同じような発展を遂げるわけないか。


「……んで? ボウズ、そのろくろだか旋盤だかの話はどうなったんだ?」


「あ、はい。実は、こういうモノを作れないかと考えていまして」


 作業場の地面に、転がっていた棒で簡単な絵を描いて見せることにした。


「こういう風に、対象ワークを固定し、回転させます。そして横から『バイト』という刃物を当てて削っていくんです」


「ほう。……確かにそれなら、まん丸な断面になるな」


「はい。で、そのバイトをこう、平行にすーっと動かせるようにすると……」


「おお! 綺麗な丸棒ができるじゃねえか!」


「はい。そういう加工機を木工ろくろとか旋盤といいまして。それが欲しいんですよ」


「なるほど。こりゃ面白え。いいとも、作ってやるぜ」


 さすが物作りが得意なドワーフ、といえばいいのか、それともドドロフさんが凄いのかはわからないが、とにかく『木工ろくろ』を作ってもらえることになった。


「でもよボウズ。こいつをくるくる回すのはどうするんだ?」


「ああ、それは当分足踏み式にします」


「足踏みだって?」


「はい。こういう仕組みです」


 昭和の時代には各家庭でもよく見られた『足踏みミシン』。あれは踏み板の往復運動を、クランク機構を使って回転運動に変えているのだ。

 何回か修理したから、その構造はよく知っている。これも絵を描いて説明した。


「なるほどな。こいつはやり甲斐があるぜ。よしボウズ、任せときな、そうさな、3日で作ってやるぜ。だが、細かいところの修正があるだろうから、完成までは5日と思ってくれ」


「わかりました。それであの、お代なんですが……」


 実はこれが難物だった。手持ちの現金はほとんどないのだから。

 だがドドロフさんは、


「金か。そうだな……この『木工ろくろ』っつったか、こいつを俺の分も作って使っていいなら、チャラにしてやらあ」


 と言ってくれた。


「いいんですか?」


「ああ、いいともよ。こいつは新しい工作機械だ。それを所有できるなら安いもんだ」


「じゃあ、お願いします」


 特許なんてないだろうし、お金がない今は、これでいい、と俺は思った。

 あらためて、渡された羊皮紙らしき紙に、きっちりとした図面を書いて渡す。

 あとは完成を待つだけだ。


「それと、もう一つ」


「うん?」


「こちらで『硫黄』は使いませんか?」


「硫黄か。少しならあるぞ」


 ドドロフさんは、20センチ定規くらいの大きさの、薄い木の板の端が黄色くなったものを見せてくれた。


「付け木っていうんだ。火を付ける時に使ったり、火を他へ移す時に使うんだが、この先の黄色いのが硫黄だ」


 付け木か、確か、江戸時代に使われていたんだっけ。


「雑貨屋で売っているはずだ」


 少しで十分なはずなので、この情報はありがたかった。


「わかりました。ありがとうございます!」


 これで硫黄入手の目処は立った。


 *   *   *


 さて、順序からいえば、まずは杖の軸用の木材入手だ。

 マイヤー工房に戻った俺は、ライカに事情を話した。

 そして、木工ろくろを使うことで、断面が真円で、真っ直ぐな丸棒を削り出せることも合わせて説明する。これで名誉挽回をしたいと思っていることも。


「木工ろくろ、ですか? それをドドロフさんに注文しに行ったんでしたか。それを使えば、凄い加工ができるんですね?」


「そういうことさ。そしてごめん。木工ろくろがこの世界にあるのかないのかわからなかったから、先にそれを確かめたかったんだ」


 さらに、情報料でろくろの工賃と材料代を相殺してもらえると言ったら、ライカはすまなそうな顔をした。


「すみません、気を使っていただいて」


「いいさ。俺のミスだし」


 そこで俺は、杖の材質について相談することにした。


「で、だ。木工ろくろを作ってもらっている間に、材料を確保したいんだが」


 もう工房にはストックがなかったのだ。


「あ、そうですね。あの杖は『トネリコ』です」


 トネリコか。聞いたことがある。確か野球のバットにも使われる木だったはずだ。つまり、硬くて弾力があるということだな。


「トネリコは魔力が通りやすい木なんですよ」


 さすがにライカは知識が豊富だ、と感心する。


「あとはヤマザクラ、ですね」


 あ、こっちにもあるんだ、サクラ。花見ができるかもな。


「でも一般的に使われているのはトネリコです。今回はトネリコがいいと思います」


「うん、わかった。で、トネリコはどこで手に入れるんだ?」


「材料屋さんか、自分で取りに行くか、ですね」


「取りに行くって……近くに生えているのか?」


「いえ、町からかなり離れた山です」


 それじゃあ今回はやめておいた方がよさそうだ。そもそも、木材は切り出してすぐには使えないからだ。

 乾燥して、含水率が15から20パーセントくらいまで乾燥させなければならない。

 それをライカに言うと、


「ああ、そうでしたか」


 と、今度は感心されてしまった。

 どうやら、この前感じたとおり、ライカの知識は広く浅く、といった感じらしい。

 それはともかく、杖用の材料を買いに行くことにする。

 小売りしてもらえるのかなとちょっと心配したが、


「自分で杖を調整する人もいますから」


 ということなので問題ないのだろう。


「でもな、そういうコストを下げることも、儲けに繋がるからな」


 と俺が言うと、


「そうなんですよね……でも、大量に仕入れるほど修理依頼は来ませんし」


 と言われた。確かに、デッドストックを抱えているというのは得策じゃない。


 そんな話をしながら町の外縁部に沿うように歩いていくと、15分ほどで材料屋に到着した。


「材木屋さんか」


 そこは、建築用から細工用まで、大小様々な木材を扱っている店であった。


「おや、珍しいね」


 ライカを見て、女将さんらしき人が声を掛けてきた。エルフでもドワーフでもなく、ヒューマン……に見える。赤髪が目立つ、恰幅のいい中年女性だ。


「ライカちゃん、店を直すのかい? それとも何かの修理?」


「今日は魔法の杖の修理なんです」


「へえ。じゃあ高級材料だね。……ああ、そっちの人が職人さんかい?」


「ええ、シュウさんです」


 紹介された俺はぺこりと頭を下げ、挨拶した。


「こんにちは。シュウって言います。マイヤー修理工房でお世話になってます」


「あたしはエミーリャさ。そうかい、あんたがねえ……ライカちゃんの店を頼むよ」


「はい、もちろんです」


 ライカは町の人たちに愛されてるんだな、と思わせる言葉だった。


「よっしゃ、それなら材料を見ておくれ。杖ならトネリコだろう? よっく乾燥させたやつがあるよ!」


 テンション高めの女将さん……エミーリャさんに連れられて、屋根付きの材木置き場、その奥までやってきた。ライカは事務所で待つことになった。


「ほら、この棚からいいのを選んでみな」


 高さ1メートル、幅2メートルくらいの棚の上に、所狭しと材木が並べられている。

 一応規格があるのか、太さは3センチくらいで、長さはだいたい1メートルくらいに揃えられていた。

 そして芯持ち材(木の中心部分を含んでいる材)と芯去り材(中心を避けた材)、両方がある。


「好きに選んでいいんですか?」


「ああ、いいともさ」


 エミーリャさんは腕組みをして眺めている。

 ははあ、俺がどんな材を選ぶか試しているのかな? よし、見ていろ。


 ……魔法の杖の木の部分は魔力の通りがいいことが重要だと言っていた。なら、いい材料というのは、木目が素直で真っ直ぐ通っているものだろう。節はない方がいい。

 また、芯持ち材は干割れといって乾燥した際に割れが出やすいため、避けた方がいいだろう。

 このあたりは知り合いの大工さんに教えてもらった知識だ。

 あとは……年輪が詰まっているものと粗いもの、どちらがいいかは……わからない。ここは正直に、両方選んでおいてあとで確認するとしよう。


 ということで、100本ほど並べられていた木材の中から、芯持ちでなく、見える箇所に節がないものを8本選び出した。


「この5本がよさそうですね。ええと、1つだけわからないんですが、魔法の杖に使うには、年輪が詰まっているほうがいいんでしょうか?」


 女将さん、エミーリャさんは、それまでじっと俺が選んでいるのを見ていたが、


「そうさね、年輪は広くて軽い方がいいって言うよ」


 と、にっこり笑って教えてくれたのである。これで決まった。


「じゃあ、この5本がいいと思います」


 するとエミーリャさんはにこっと笑って、


「うん、合格! あんた、見る目あるねえ。これならライカちゃんの店を背負って立てるかもね。あの子はいい子だからね、頑張んなよ!」


 と言ってくれた。


「あ、ありがとうございます?」


 エミーリャさんのノリと勢いに圧倒された俺は疑問系で返事するのがやっとだった。

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