第61話 さようなら
別れの時が近付き、俺は持ち物の中から記念になりそうなものを、お世話になった人たちに配ることにした。
「それじゃあ、フィリップ君にはこれをあげよう」
俺は、まだ結構残っている正露○を瓶ごと手渡した。
「ありがとうございます。思えば、シュウさんと初めてお会いして、助けていただいたのはこの薬でしたね。助言もいただいて、食事前にはちゃんと手を洗っていますから、もうお腹壊したりはしてませんけど。ですからこれ、記念にとっておきますよ!」
いや、飲んでもらった方がいいんだが……そんな臭い記念品というのもなあ……まあ、本人がいいなら何も言うまい。
「メランさんにはこれを」
「なに、これ?」
「俺の世界の解熱鎮痛剤です。熱を下げたり、頭が痛いのを和らげてくれたりします。メランさんなら研究してもっとよく効く薬を作れるんじゃないかと思いまして」
前にもらった二日酔い軽減の薬はよく効いたからね。
「うん、ありがとう。研究してみる」
嬉しそうなお顔。喜んでもらえたようで何よりです。
「シーガーさんには、これを」
「ほう? これは面白いのう。単なる虫眼鏡ではないのかな?」
渡したのはルーペ。20倍のものなので、小さなものもよく見える。
「ふうむ、小さな世界が大きく見える。シュウ君、礼を言うぞい」
是非、知識の拡大に役立ててください。
「ログノフさんには、これを」
「うん? 儂にもくれるのか?」
渡したのはシャーペンとメモ帳、消しゴムだ。
「ここを押すと、芯が出てきまして……で、芯がなくなったら、こう。……で、これは鉛筆で書いた字を消せます」
「おお、これはいい! メモが捗るな!!」
ひととおり使い方を説明すると、大喜びしてくれた。
「ウィリデさんには、これを」
「お、私もか。嬉しいな」
ウィリデさんに渡したのは旅行用の歯磨きセットに付いていた小さな爪切り。
「ほう、これはいい。実に精巧な作りだな。シュウ君、感謝する!」
ウィリデさんの爪を調える一助になれば幸いです。
「トスカさんには、これを」
「私などにもいただけるのですか?」
渡したのは、旅行用の歯磨きセットに付いていたプラスチック製の櫛だ。
「不思議な材質ですね。でも、髪への通りがよさそうです。シュウ様、ありがとうございます。大切にします」
うん、そんな大したものじゃないんですけど、記念にとっておいてください。
「ターニャちゃんには、これ」
旅行用の歯磨きセットに付いていた手鏡だ。
「わあ、ちっちゃくてきれいなかがみ! ありがとう、おにいちゃん」
いっぱい遊んで、いっぱい勉強して、素敵な女性になっておくれよ。
「ライカには、これを」
「これ……」
彼女には、コンベックス(金属製巻き尺)を手渡した。
「ありがとうございます。役立てさせてもらいますね」
色気のない贈り物でごめんな……。
「あと、挨拶できなかったけど、スラヴェナさん、エミーリャさん、ローゼさん、ドドロフさん、ドンゴロスさんに、これを渡してもらえませんか」
記念品と言うことで、持ってきていた小銭を1枚ずつ、シーガーさんに頼んでみる。
「わかった。請け合おう。しかし、面白いコインじゃな」
実は全部5円玉。向こうの世界でお釣りを貯めたものなのだ。
穴の空いたコインは、こちらでは珍しいようで、喜んでもらえそうでよかったよかった。
これで、俺が向こうから持ち込んだもので、渡せるものは渡したかな。
さすがに使い込んだ歯ブラシやハンカチやタオルや着古した下着は……なあ。
あ、腕時計があった。
「魔王様、いろいろお世話になりました。これを、記念にお納めください」
俺は腕時計を外し、キルデベルト様に捧げた。
「ほほう、これは凄い! シュウ君、よいのか?」
「はい、俺からの気持ちです」
魔王城に招待してもらえなかったら、帰りたくても帰れなかったわけだし。
随分と資金的に援助してもらったおかげで、砂糖をふんだんに使ったお菓子を作ることができたわけだし。
なんといっても王様だからな。
* * *
「さて、あとはいつ、『門』をくぐるか、か……」
名残は尽きないし、後ろ髪も引かれる。だけど、いつまでもいられるわけじゃなし。
「おにーちゃん、できた?」
「あ、ああ、もうすぐだよ」
俺は今、ターニャちゃんのリクエストでプリンを作っている。それもたくさん。
お城の料理人さんにもレシピを教えてあるから作れるはずなのだが、ターニャちゃん曰く「おにいちゃんのぷりんがいちばんおいしい!」だそうで。
そうまで言われちゃ、作らざるを得ないというわけで、30人分のプリンを作りました。
「わーい、たのしみだなー」
……このプリンをみんなで食べ終えたら、『門』をくぐろう。そうしよう。
プリンを冷やすため、冷蔵庫に入れながら俺はそう決心した。
「わーい、おいしい!」
「ううむ、これは美味い!」
「やっぱりこの味、シュウ様にしか出せないのでは?」
ターニャちゃん、キルデベルト様、トスカさんをはじめ、同行してきた全員と、魔王城の要職にある人たちで都合の付いた全員にプリンを振る舞った。
だが、フィリップ君やシーガーさん、ログノフさん、ウィリデさん、メランさんはいるのに、ライカだけがいない。部屋に閉じこもっているらしい。
「そっとしておいてあげたほうが、いい」
メランさんにも言われてしまったので、部屋の前にプリンを載せたお盆をそっと置いてきたのだ。
「まだあるから、明日食べてね」
冷蔵庫に入れておけば1日や2日は保つ。でも、卵とミルクを使っているから、なるべく早く食べた方が安心だし美味しいはずだ。
「うん、ありがとう、おにいちゃん!」
あれ、何でだろう、目から汗が……。
* * *
そしてついに、その時がやってきてしまった。
「シュウ君、達者でな」
「はい、シーガーさんも、いつまでもお元気で」
「シュウさん、いろいろありがとうございました」
「フィリップ君も、頑張ってくれよ」
「シュウ君、帰ってからも頑張れよ」
「はい、ウィリデさん。お世話になりました」
「シュウ君、君のこと、忘れない」
「はい、メランさん、いろいろとご迷惑をお掛けしました」
「シュウ君、当初の無礼を改めて詫びよう。君との旅、楽しかったぞ」
「こちらこそ。ログノフさん、お元気で」
「シュウ様、たいへんたいへんお世話になりまして。どうぞ、御達者で」
「トスカさんも、魔王様とターニャちゃんのことを……」
よろしく、と言おうとして、余計なお世話かも、と口を噤んだ俺だった。
でも、
「おにいちゃん、げんきでね!」
と言ってくれたターニャちゃんには、
「ターニャちゃんも、元気でね」
と返したのだった。
最後は魔王様に、
「キルデベルト様、お世話になりました」
「何の。吾こそ、娘共々世話になった。この国の恩人なのだ、君は」
これで挨拶は済んだ。
「……ライカ、来ないな」
「……はい」
挨拶を済ませたので『門』をくぐろうと思ったのだが、見送りの人たちの中にライカの顔がないことが気掛かりだった。
「あとで私から言っておくよ。シュウ君、もう行った方がいい。ぐずぐずしていると、未練が残るぞ」
「……はい……」
俺より何倍も長く生きているらしいエルフのウィリデさんに言われると、説得力がある。
最後にライカの顔を見られなかったのは心残りだが、そろそろ行くとしよう……。
サンタの袋くらいに大きくなった袋を担ぐ。不思議と、こうなっても重さはあまり感じないのが特徴だ。
「それじゃあ、皆さん、お達者で! さようなら!!」
「「「「「「「「さようなら!」」」」」」」」
俺は鳥居をくぐる。
すると、ふっと身体が浮いたような感覚があって――。




