表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/62

第60話 青い星に願いを



 『魔導食料生産機』と名付けられたその施設は、他に3箇所あった。

 そこで俺たち全員総掛かりで修理。1週間後には、魔人国の食糧事情は大きく改善した……はずである。


「つまりこの施設は、空気と魔力から『マナ』を作っているんですね」


 『魔導食料生産機』について、俺はわかっていることを関係者に説明した。

 多分、空気中の酸素、二酸化炭素、水蒸気などから炭水化物……おそらくデンプンやショ糖、ブドウ糖を合成し、そこに魔力を加えて、さらに水で希釈したものが『マナ』と呼ばれる飲み物だ。

 俺のイメージではマナと言うよりネクタルなんだけどね。

 ちなみにマナは聖書、ネクタルはギリシャ神話に出てくる……と思う。で、マナは食べ物でネクタルは飲み物だったはず。自信ないけど。


「よくわからんが、わかった」


 『学者』ログノフさんが頷いた。


「しかし、さすが『異世界人』じゃな」


 『賢者』シーガーさんに感心されてしまった。あ、もう、ここにいる人たちには、俺が『異世界人』であることは打ち明けてある。

 なにしろこの後、もしかしたら……いやきっと、俺は自分の世界に帰るつもりなんだから。

 あ、久しぶりにKPを確認したらなんと1100になっていた!


 そしてそして。


「シュウ君、これは我が国からの、ほんの気持ちである」


 魔王キルデベルト様から、ずしりと重い……なんてもんじゃない革袋を手渡された。

 金貨が100枚入っているらしい。1枚20グラムとして2キロか……重いわけだ。それが10袋。

って、1000枚!? ……1000万マルス……1億円だぞ!?

 ライカと山分けしても500万マルス。

 これから修理工である俺がいなくなっても、マイヤー修理工房は安泰だろう。

 これだけ名が売れたなら、職人も雇えそうだし。

 そして俺の方も、金の地金としてみても10キロの金……仮に今の相場がグラム5000円なら5000万円。これまで稼いだお金もあるし、借金をきれいに返せそうだ。

 ああ、これで帰ることができる。ほっとしたら、急に疲れを感じた……。



*   *   *



 ようやくゆっくり休めるようになった。

 なんだかんだ言って、修理中は気が休まらなかったからな。

 風呂に入り、夕食を食べる。ここ1ヵ月くらい、これほどのんびりしたことはなかったな……。

 魔王城……というか魔王様の館というか、その一角に部屋を貸し与えてもらっているんだけど、これまでゆっくりできなかったし。

 急に暇ができて、時間の潰し方を忘れてしまったよ。

 ということで、ちょっと外に出てみることにした。

 部屋は1階なのでベランダから出れば中庭だ。


「う、ちょっと寒いな」


 魔人国は北にあるし、もう季節は冬だから寒いのは当たり前か。でも山の裏側になるせいか、雪は少ないらしいんだよな。


「……シュウさん?」


 中庭を歩いていたらライカに声を掛けられた。


「ライカ……」


「こんな時間に、どうしたんですか?」


「うん、なんか急に時間ができたせいか、持て余してしまって」


「ふふ、同じですね」


 ライカもまた、暇を持て余し、庭に出てみたらしい。一緒に歩いてみることにする。

 庭園にあったベンチに2人並んで腰掛け、空を見上げてみた。満天の星である。


「星が綺麗ですね」


「うん。……こっちの星も星座も、名前知らないけどな」


 世界が違うから、仕方ない。


「私も、あまり詳しくはないんですけどね、あの星、見えますか? 一番明るく輝いている、青い星」


 ライカが指差した方向には、確かに全天で一番明るく見える、青い星があった。


「幸せの青い星、ブルースターって、言われてます」


 そのまんまな名前だけど、かえってひねらない方がいいのかもしれないな。


「想い合う2人が願いを掛けると、きっと、その……む、結ばれる、って伝説が……」


「……」


 そっか。魔法やスキルのあるこの世界だから、青い星にも御利益があってもいいよな。


 ライカ。

 初めてあった時から、可愛いなあと思っていた。一緒に暮らして、一所懸命なところや、世話好きなところ、たま~に抜けているところを知って、ますます好きになった。

 でも、俺は……。


「シュウさん、帰っちゃうんですよね」


「……」


 何て答えたらいいんだろう。


「いつか聞かせてくれましたよね。魔王城の……玉座の裏に、シュウさんの……世界へ繋がる扉があるって……」


「……うん」


「魔人国に来たその日から、こんな日が来ると思っていました。私とシュウさんは、住む世界が違うんですものね」


「ライカ……」


「いいんです。お店の借金も綺麗に返せましたし」


 でも、俺がいなくなったら修理職人がいなくなってしまうわけで。


「シュウさんが登録してくれた技術料がありますし、女神様からスキルもいただきましたし、私も頑張りますよ!」


 そうか……ライカも、いろいろ考えていたんだな……。


「決めてたんです。シュウさんが、元の世界に帰る時は、笑って見送ろう、って」


 星明かりだけだからよくわからないけれど、ライカの顔は、とても笑っているようには見えなかった。

 それで、隣に座っているライカの肩を右手で抱き、左の掌をそっとその頬に添えてみた。……涙で濡れているじゃないか。

 くっそ、身体が2つあったら、片方はこっちに残していきたいぜ……。


「……いいんです。妹さんが、弟さんが、待っているんですものね」


「ライカ!」


 俺は、ライカをきつく抱き締めた。そうしないではいられなかった。


「シュウさん……」


 ライカも、俺の背に腕を回して……。


「好きです」


「俺も……」


 その夜の俺たちを、青い星は見守っていてくれた。

 ……と思う。


 翌日、ウィリデさんやシーガーさんの眼差しがやけに生温かったのは、うん、多分、きっと、気のせいだ。


*   *   *


 俺は魔王キルデベルト様に、『女神様』のお告げを打ち明けた。魔王様の玉座の裏に、元の世界に帰る通路がある、という事実を。


「シュウ君、本当に、そんなところに通路があるのかね?」


 それで魔王様は人払いをして、俺に玉座の後ろを見せてくれたのだ。

 思えば、これまでの積み重ねがなかったら、いきなりこんな場所を見せてもらえるはずないよなあ。そう考えると、この日まで俺がやってきたことは無駄じゃなかったんだと改めて実感できる。

 そして。


「ここがそうか……な?」


 玉座の後ろに回り込むと、そこには半透明の……門があった。いやいや、これ、鳥居だろう。鳥居にしか見えないよ。

 この鳥居をくぐれば、元の世界に戻れるのか? あ、鳥居の上に掲げられた額っていうのかな、何か書いてある。


『ここをくぐる者、一切の無駄な持ちものを捨てよ』


 どっかで聞いたことのあるような文句だな……。要するにあの袋に入るもの以外は持っていけないってことだよな。

 今『袋』は、人間1人くらいなら余裕で入るくらいの容量になっている。

 だから俺は、普段から私物やお金を全部突っ込んでいるのだ。つまり、この袋とその中身が俺の全財産だ。


「……で、シュウ君、何かわかったかな?」


 魔王様の声に、俺は我に返った。


「あ。はい。この門をくぐればいいみたいです」


 と答えたのだが。


「門? 門とはなんだね?」


「は?」


「そこに何かあるのかな? われには何も見えぬが」


 どうやら魔王様にはこの半透明の鳥居は見えていないらしい。

 ひょっとして……と、そばにいたトスカさんにも聞いてみたが、やはり何も見えないということだった。

 俺にしか見えず、俺にしかくぐれないのだろうか?

 ライカは? シーガーさんは? メランさんは? フィリップ君は? ウィリデさんは? ログノフさんは? やっぱり見えないそうだ。


「だが、シュウ君には見えるのだな?」


「あ、はい」


「うむ、ならばシュウ君は、自分のいるべき世界に帰れるということか。そして帰るつもりなのだな」


「……はい」


「よし、ならば今夜はシュウ君の送別会だ!」


「ええっ!?」


「否やとは言わせぬぞ。これはこの国の王であるわれの決定だからな!」


 魔王様キルデベルト様はそう言って豪快に笑ったのだった。



*   *   *



 その夜は、盛大なパーティーが開かれた。ここのところ宴会ばっかりだな。いいけどさ。

 見たことのないような料理がずらりと並び、高級そうな酒が林立するテーブル。

 出席者全員が、キルデベルト様からもらった豪華な衣装に身を包んでいる。

 ライカは、薄い青を基調とした、シンプルなドレスだ。髪をアップに結っているので、いつもと印象が違って別人みたいだ。でも可愛い。


 そして、フィリップ君、シーガーさん、ウィリデさん、メランさん、ログノフさん……。


「シュウ君、君に会えてよかったよ」


「シュウ君、いろいろ勉強になったぞ。感謝するよ」


 など、大勢の人たちから名残を惜しまれた。

 そして。


「おにいちゃん、かえっちゃうの?」


 と言いながら近寄ってきたのはターニャちゃん。今夜は、黒ビロードのようなドレスに身を包んでいる。髪には、俺が直してあげた髪飾り。


「うん、そうなんだよ」


「さびしいな。ねえ、かえっちゃやだ」


 そんなターニャちゃんの頭を撫でたのは魔王キルデベルト様。


「これターニャ、我が儘を言ってはいけないぞ。お前も、この父に会えなくて寂しかったろう? 今のシュウ君も、家族に会えなくて寂しい思いをしているのだ」


 そうさとされたターニャちゃんは、ちょっと俯いてしまった。


「そっか、おにいちゃんもおうちのひとにあえなくて、さびしいんだ……」


 でも、そのあと、顔を上げて微笑んでくれた。


「……あのね、あたし、おにいちゃんにあそんでもらったこと、わすれないね。かみかざりなおしてもらったこと、おにんぎょうつくってもらったこと、かたぐるましてもらったこと……ぜったいぜったいわすれないから」


 うるっときた。


「ターニャちゃん、俺も、忘れないよ」


 そう言って俺は、しゃがんでターニャちゃんの頭を撫でた。そう、初めて会ったあの日みたいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ