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第6話 第2の依頼

 俺がこの世界に来て3日目の朝。

 目を覚ますといい匂いが漂ってきた。

 俺も早起きな方だと思っているが、ライカはそれに輪をかけて早い。

 まあ早起き競走をしているわけではないので、自然に任せているのと、『……雇い主としては職人の食事を用意するのは当然です』とライカが意気込んでいるからなのだが。

 そして、昨日の夜から、出汁を取るようになったのでスープの味は格段に改善している。

 どうやらこの世界では、『出汁を取る』というのは高級なレストランでの技法であって、一般家庭には浸透していなかったようだ。


「本当に美味しくなりましたね……」


 作った本人が感激している。


「直す、改善する、って大事なんですね……」


 ライカは、改めてこの仕事の意義を認識したようだった。


「本当に、そう思うよ。……俺の世界には『もったいない』って言葉があってね」


「もったいない……いい言葉ですね。こっちでも、一部の人たちは『使い捨て』が上流の証しとか言っちゃって、ものを大事にしない人も増えてきたみたいなんです」


「それは……嘆かわしいな」


 こうした点も、女神様は憂いているのだろうか、とちょっと思った俺である。


*   *   *


 さて今日は、この世界の単位系についてライカから教わっている。

 嬉しいことに、長さの単位はメートル、重さはグラムだった。既に聞いているが時間は秒。

 もっとも、電気という概念はないようなので電流がアンペアかどうかはわからないが、少なくとも単位でまごつくことはなさそうだ。

 しかも、


「おお! 使える使える」


 こっちの世界に持ち込んだ『コンベックス』(金属製巻き尺)と工房にあった物差しを比べてみて、完全に一致したのだ。


「その……巻き尺? ですか? 凄く便利そうですね」


 コンベックスを初めて見たライカは興味津々のようだった。

 伸ばしたり縮めたり、テーブルの寸法や椅子の高さを測ったりして、


「わあ、とても便利です」


 と感激していた。

 金属製のコンベックスは軟らかい巻き尺と違って、計る際にピンと伸びるので真っ直ぐなものを計る時の使い勝手がいいのである。

 しかも5メートルまで測れるから、この先重宝すると思う。


 そんな時、来客があった。


「ライカ、いる?」


「はーい。……あ、メランさん」


 やって来たのは浅黒い肌をした女性……エルフ? もしやダークエルフかな? 白い髪を肩で切り揃え、目は水色だった。


「ウィリデから話を聞いた。腕のいい職人が入ったって」


「ええ、紹介します。……修理職人のシュウです。シュウ、こちらはお祖父さ……祖父の頃からの知り合いで、メランさん。魔導士様です」


 魔法を使える人の中でも、優秀な者が『魔導士』と呼ばれるのだそうだ。


「シュウです。よろしくお願いします」


「私、メラン。シュウ、よろしく」


 俺が挨拶すると、メランさんも言葉を返してくれたが、それ以上に俺のことをじっと見ている。 

 なんとなく不思議な雰囲気の人だ。


「あの、何か?」


 さすがに気になって尋ねると、メランさんは手を振って謝罪してくれた。


「じろじろ見て、ごめん。……君が、あまりにも不思議な雰囲気を纏っていたから」


「不思議な雰囲気……ですか?」


「そう。なんというか、この世のものでない感じ」


「ええ!?」


「……といっても、化け物とか幽霊レイスという意味ではなくて、普通の人間とはちょっと違うような感じ」


「それは……」


「私たちダークエルフとも、エルフとも違うし、魔人でもないし、ドワーフでもない。よくわからない、というのが正直なところ。だからじろじろ見てしまった。申し訳ない」


 メランさんは頭を下げて謝ってくれた。俺はあわててしまう。


「いえ、いいんですよ」


 それは、俺が異世界……地球から来たからなのではないかと思われるが、そういうことをばらしてしまっていいのだろうか。ばらしたが最後、『珍しいので捕まえて王立アカデミーで研究する』なんて言われたりしないだろうな……。

 と思っていたら。


「メランさん、彼、シュウは女神様の使徒ですから」


 使徒? 使途? なにそれ?


「使徒……なるほど。それならまあ納得」


 え、そんな説明でいいの? 使徒って何?

 そんな思いが顔に出ていたのだろうか、ライカが説明してくれた。


「シュウさん、『使徒』っていうのはですね、『神殿や教会で女神様から神託を得たことのある人』のことですよ」


 なるほど、そうか。それならわかる。神託というか会ったというか。俺は連れてこられたわけだが、間違いではない。


「それで、今日はお願いがあって、来た」


 おっと、お客さんを放っておいてはいけないな。


「お話を伺います」


 メランさんを『相談コーナー』に招いて話を聞くことになった。


「ウィリデの剣を見せてもらった。いい仕上がりだった」


 おお、ウィリデさんの剣を見て、依頼しに来てくれたのか。こういう口コミで仕事の依頼が入ってくるのはありがたい。

 メランさんは新しく設けた相談コーナーについても褒めてくれた。


「こういうコーナーがあると、相談しやすい。いいアイデア」


 そしてメランさんは、テーブルの上に1本の杖を載せた。


「愛用してきた魔法の杖、その1本なの。でも先日寿命が来た。直してほしい」


 それは、長い木の棒の一端に、金属製の握りを付けたような杖であった。


「ええと、簡単にでいいですから、杖の各部の働きを教えてもらえますか?」


 修理の基本である。

 動作原理を知っているのと知らないのとでは、完成度が違ってくるのだ。


「それは道理。……魔力や魔法に関するのはこの金属製の頭の部分。木の部分は魔力を収束する働きがある。この木の部分が寿命」


 メランさんの説明は簡単そのものだったが、必要なことはわかった……と思う。

 俺は、理解したところを確認してみることにした。


「そうすると、この木の部分は消耗品なんですね」


「そういうこと」


「いい材質と、真っ直ぐな加工が重要そうですね」


「さすが理解が早い。付け加えるなら、断面もできるだけ真円に近い方が望ましい」


「わかりました。夕方にはできるかと思います」


「ん、わかった。では、お願い」


 家業は自動車修理工場だったが、木工は得意なのだ。


*   *   *


「さて、やるか」


 工房にあった杖用の材料を、小刀で丹念に削っていく。このとき、削りすぎには要注意である。

 元の杖に似せて、先端が少し細くなるようにした。

 仕上げはヤスリである。サンドペーパーがないのが残念だが、できるだけ真円に近くなるよう、回しながら削っていき、なんとか納得のいく仕上がりになったのが午後2時。


「まだ時間はもう少しあるな」


 杖の頭に当たる部分は金属製なのだが、それが少し錆びていた。


「ここも錆取りをしておこう」


 工房にあった金ブラシでこすり、錆を落としておく。なかなか綺麗になった。

 杖の頭に軸をすげれば完成だ。


「わあ、できましたね」


 仕上がりを見て、ライカも頷いてくれた。あとは引き渡すだけだ。


*   *   *


「……余計なことをしてくれた。これでは、使い物にならない」


 喜んでくれると思ったら、お叱りを受けてしまった。


「魔導回路に傷が付いている。それに、せっかくの被膜を剥がしてしまった」


 杖の頭部分に刻まれていた文様は飾りではなく、意味があったという。それを金ブラシで擦ったせいで、小さいながら傷を付けてしまったのだ。

 それに、錆びていたように見えたのは魔法的な被膜だったという。


「申し訳ありません!」


 俺は、いい気になっていた……と思う。

 向こうの世界の知識が上で、こっちの世界より進んでいると慢心していたんだろう。

 だが、魔法に関することとなると、知識も経験もないのだ。


「無知ゆえに、ご迷惑をお掛けしてしまいました」


 謝るしか、今できることは……ない。


「メランさん、申し訳ございません」


 ライカも頭を下げた。


「……店を抵当に入れてでも、弁償します」


 魔法の杖は、そんなに高価なのか……。悔やんでも悔やみきれない。

 だが。


「……修復は効くから、弁償しなくてもいい」


 と、メランさんは言ってくれた。


「で、でしたら、もう一度チャンスをください!」


 俺としてはそう言わざるを得ない。


「……もう一度?」


「はい、もう一度。今回の失敗は独りよがりな作業のせいでした。俺が、杖についてもっと知識があれば……」


「ん、わかった。その熱意は買う。……もう一度、やってもらう」


「ありがとうございます!」


 本当にありがたい。もう一度チャンスをくれるようだ。今度こそ、いい仕事をしなくては。


「それでは、あらためてお聞きします。まず、被膜とは、どうやって付けるのでしょう?」


「使っているうちに、表面がだんだん黒くなってくる。そうなった杖の頭は、とても魔力がよく馴染む」


「ええと、材質は銀ですよね?」


 磨いた時の光り方で銀か銀合金だということはなんとなくわかった。

 銀は、金属の中で最も反射率が高いのだ。だから『はくぎん』とか『しろがね』と、『白い』金属の代表になるのである。


「ん、そう。それが、何か?」


「いえ、硫黄で黒くなるなと思って」


「硫黄? ……あの黄色くて臭い?」


「……多分その硫黄です」


 ここで豆知識。純粋な硫黄は無臭である。温泉や火山で『硫黄臭い』といっているあれは、『硫化水素』の臭いなのだ。

 で、硫化水素は猛毒なので、『温泉があるに違いない!』とか言って突進すると硫化水素を吸って倒れることになるやもしれないので、火山地帯ではご用心という話。


「なるほど、確かに、硫黄が近くにあると、黒くなるのが早い気がする」


「銀って、硫黄分と反応して黒くなるんですよ」


 確か硫化銀といったっけ。化学はあまり真面目にやらなかったからなあ。


「わかった。それじゃあ私は、杖の頭部分の傷を直しておく」


「はい。俺は、早く黒くする方法を見つけておきます」


「ん、それができるなら、今回の失敗は、許す」


「わかりました」


 メランさんは1週間後に来る、と言って立ち去っていった。

 さあ、店の信用を取り戻すために頑張らないと。

 この失敗のせいか、KPは15に減ってしまっていた。残念だ!

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