第59話 共同作業
翌日、魔王様から直々に依頼があった。
「シュウ君、ライカさん、もう1つ直してもらいたい施設があるのだが」
いつものとおり、直せるかどうかは見てみないとわからない。
その施設もおそらく魔法技術が必要になるだろうから、メランさんとログノフさん、ラザロさん、そしてトスカさんにも声を掛けた。
* * *
「これなのだ」
「これ……は……」
「お、おっきいですね……」
魔導炉も大きかったが、これはそれ以上。
体育館ほどもある巨大な施設であった。あるいは風呂屋か。というのも、巨大で高い煙突みたいな物が立っているからだ。
「これは『マナ』という食べ物を作る施設なのだよ」
魔王様自ら説明してくれた。
「マナ、ですか……?」
なんだっけ。神話か何かでそんな名前の食べ物のことを聞いた気がする。
「そうだ。……君たちも知ってのとおり、我々魔人族は大量の食物を必要とする」
ああ、確かに。その力を発揮するために、たくさん食べるんですね、わかります。
「だがこの大地は、望んだからといって収穫量が増えるわけでもない」
それはそうですね。魔法があるとはいっても、物理法則や化学反応は俺の世界と変わらないわけですし。
「ゆえに、飢える者たちがいる。人口も増やせない。……その昔、他種族を襲ったのは、食料確保が最大の目的だった」
ここで、魔人族の事情が明らかになった。
なるほど、『衣食住』の『食』が満たされていないわけだ。他の種族が魔人族の力を恐れた、と言う一方的な理由じゃなく、双方にそれなりの理由があったわけだな。
「そこでこの施設だ。これが稼働していた時には、『マナ』という食べ物を作り出してくれたのだが、動かなくなって久しい。もしもこれが動いたなら、何百何千という我が国の民が救われるだろう」
食料合成機か。どんな仕組みなんだろうな。
「そんな重要な施設なんですか。……とにかく、見てみます」
「シュウ君、頼む」
ということで俺たちは、まずこの施設を見て回ることにした。見て回りながら、みんなの意見も聞いたりしてみる。
「『マナ』ってどういうものかわかりますか?」
これに答えてくれたのは『学者』ログノフさんだった。
「古い文献に載っているな。それによると、甘味のある、どろっとした飲み物らしい」
うーん、お汁粉? 甘酒? わからないな。もっと調べてみよう。
「動力はこれまで直した『魔導炉』と同じだな。まずはここを直すか」
基本は動力源。これがなければ機械は動かないのだから。
ということで、まずは慣れた作業を経て、動力源を直した。だが、まだ施設は動かない。
「順番に辿っていこう。動力源から供給された魔力は、この部分に繋がっているな……」
「複雑ですね」
「いや、複雑というより、もの凄くたくさんのセクションがあるみたいだ。……うーん、これとこれは同じで、違いはないな……つまり、壊れていないってことかな?」
ここは、メランさんに聞いてみよう。
「メランさん、ここ、どうでしょう? 俺は壊れていないと思うんですが」
「うん、壊れていない。……何か、強制的な力が働いていて、止まっているみたい」
強制的か。異物が入り込んだか、あるいは安全装置的なものか。
「じゃあ、次のセクションを見てみましょう」
ここに来てからの修理に次ぐ修理により、魔力の流れを追うことで見るべき順序はだいたいわかるようになった。
「ここも壊れていないなあ……」
とすると、こっちはどうだろう。枝分かれした魔力の流れを遡るように、俺たちは辿っていった。
「これは……」
行き着いた先は、煙突? 方面。
「よし、登ってみよう」
「シュウさん、大丈夫ですか?」
ライカが心配してくれるが、ちゃんとしっかりしたハシゴも付いているから平気だ。
とはいえ、油断大敵。俺は注意しながら煙突? を登っていった。
天辺は、地上からの高さ20メートルくらいある。そこから覗き込むと……。
「どう考えても、これって空気取り入れ口だよなあ……」
下で確認した構造と、上から眺めた様子から、そう判断した。
「空気を取り込んで何をやっているかは不明だけど、これはないよな」
直径が5メートルほどもあろうかという円筒内部は、一言でいうと『ゴミだらけ』だったのである。
一旦煙突? を降りて、他の面々にそれを伝え、どうやって掃除しようかと相談した。
するとトスカさんが名乗り出てくれた。
「掃除でしたら、魔王様の侍女である私にお任せください」
いや、あなたは四天王でしょ、と言いたかったがぐっと堪えた。もしかすると『掃除』って、別の意味……政敵をむにゃむにゃする方かもしれないし。おお怖。
そのトスカさんはするするとハシゴを登っていった。スカートのままなので、悪いと思って見上げるのは遠慮していたが、気が付くと頭上からゴミが降ってきた。
「え、もう上に着いたのか!?」
「シュウ様、そこにいると危ないですよ」
トスカさんは空気取り入れ口らしきところに溜まったゴミを、ちぎっては投げちぎっては投げしているようだ。
鳥の死骸、埃の塊、木の枝、枯葉、紙くず……様々なゴミが降ってきた。これだけのものが詰まっていたのか……。
「これで終わりです」
と声がしたかと思うと、ズドンという轟音。20メートルの高さから飛び降りてきたようだ。それで何ともないなんて、どんな身体能力してるんですか……。
これでまた1つ、障害が取り除かれた。
メランさんにも確認してもらったので間違いない。よしよし、また一歩前進だ。
「うん、強制停止させていた魔力信号は、もう出ていない。……でも、まだ動き出さないか……」
これで、魔力系の部分も、機械的な部分も、半分は直ったはずなんだが。
「シュウ君、ここに入るべき魔宝石がない」
魔力の流れを確認してくれていたメランさんが、不具合点を発見した。
「魔宝石ですか? ただ今お持ちします」
トスカさんがさっと手配してくれる。
今度はログノフさんが、
「シュウ君、ここの魔法回路は断線しておったから、直しておいたぞ。ふふふふ、古の魔法設備にこうして直に触れられるとは、君と知り合ってよかったわい」
などと言いながら手伝ってくれた。
そこへ、
「うわあ、凄い眺めですねえ」
と言いながら『勇者』フィリップ君がやって来た。
「壮観じゃな」
「こうした設備は、私にはちんぷんかんぷんだ」
『賢者』シーガーさんと『剣士』ウィリデさんも一緒だった。
「あ、ちょうどいい。ウィリデ、ここ押さえていて。フィリップ君はこっちを」
「え? あ、うん」
「こ、こうですか?」
立ってる者は親でも使え、と言わんばかりに、メランさんはウィリデさんとフィリップ君を助手代わりに使っている。……天然凄いな。
「ほっほ、シュウ君、儂も何か手伝わせてくれんかね?」
なんと、シーガーさんがそんな申し出をしてきた。
「あ、じゃあ、済みませんが、ここに軽く魔力を流してみてくれますか?」
「おやすい御用じゃ。……こうかね?」
「ありがとうございます」
なぜか、ハーオスからやって来た面々が勢揃いして、施設の修理を行っている。
「あ、ここの部材が折れていますね。……《スキル:人間工作機械 レベル1》!……シュウさん、溶接してくれますか?」
「任せとけ。あ、皆さん、目に悪いのでこっちを見ないでくださいね。行きますよ。……《スキル:人間工具 レベル5》!」
楽しい。
ものによっては使い捨てもまたいいだろう。だが、直して使えるなら直す。それが俺のポリシーだ。
ライカと2人で始めた修理工房だったが、いつの間にか大勢の人に認められ、支えられ、力を貸してもらえるようになっていたんだ。
そしてここでは、みんなが笑顔で協力してくれている。決して強制じゃなく、自発的に。
「よし、これで……直ったはずだ」
「うん、魔力回路の澱みはない」
「そうじゃな。構造材の歪みもないようじゃ」
メランさんとログノフさんも保証してくれた。
「よし、それでは起動してみよう」
俺がそう言うと、
「それは私にやらせてもらおうか」
との声が。なんと、魔王キルデベルト様だった。その左腕にはターニャちゃんが抱かれている。
「へ、陛下、危険かもしれないので、ここは俺が……」
と言うが、
「シュウ君に修理を依頼したのは私だ。そして、この国に来てくれた皆が手伝ってくれたのだろう? その成果を信用しないでどうするのだ」
それに魔人族は頑丈だから少々のことでは怪我などしない、と付け加えられてしまっては、俺も何も……いや、
「では、お嬢様だけはこちらに」
ターニャちゃんだけは少し離れておいてもらうようお願いした。
「かたぐるま」
「え? ああ、はいはい」
俺はターニャちゃんを肩車し、施設の様子を固唾を飲んで見守った。
「では、起動する」
魔王キルデベルト様は、起動スイッチに相当する正面パネルにはめ込まれた石板に手を当てた。
「起動!」
すると、石板が淡く光り出し、次いで施設全体が低く唸り始める。
その唸りはだんだんと大きくなり、小気味のよいリズムある駆動音になっていった。
そして煙突=空気取り入れ口から、ヒューンという空気が吸い込まれる音がし始めた。
「あ!」
誰かが声を出した。
見れば、施設に取り付けられた透明な容器の中に、半透明な白っぽい液体が滴り落ち始めたのだ。
「これが、マナでしょうか……?」
「そうだろうな」
おれはライカと顔を見合わせた。これがマナなら、修理は成功だ!
* * *
そして1時間。誰も立ち去らず、稼働する施設を眺めていた。
マナらしき液体は大分溜まった。そして施設はトラブルなく動き続けている。
「これが、マナか……」
蛇口のようなものが付いているので、マナ(と思われるもの)を、俺はコップに取ってみた。
「これ、食べ物……というか、飲み物なんでしょうか?」
ライカが横から覗き込んで言う。
「とにかく、飲んでみないことにはのう。……ふむ、毒ではないようじゃ」
シーガーさんが鑑定か何かのスキルを発動させ、コップの中身が毒ではないことを確認してくれた。
この施設は、俺たちが直したんだ。俺が味見をする!
「シュウさん!?」
俺はコップの中身をぐいっと煽り、飲み干した。
「……甘い……」
甘酒くらいの優しい甘さで、喉ごしも悪くない。
「ふむ、シュウ君に先を越されたな。どれ、私も」
そう言って魔王様はコップいっぱいにマナを汲み、一気に飲み干した。
「ふむ、甘くて美味いな。ターニャ、飲んでみるか?」
「うん!」
止める間もあらばこそ、魔王様はターニャちゃんにもマナを飲ませた。
「おいしーい!」
すると、そこにいた人たち全員が我も我もとマナを試飲し始めたのである。
「うむ、美味い」
「美味しいですね」
「飽きの来ない味じゃな」
概ね好評だった。
「シュウ君、感謝する。君は我が国の救世主だ!」
なんと、魔王キルデベルト様は俺の手を取り、頭を下げてくれたのだった。




