第57話 魔人の国へ
魔王城に来てほしい、という話は、その日の夕方、具体的な形となった。
魔王キルデベルト様……つまりターニャちゃんのお父さんが、四天王の1人、トスカさんと一緒に来店したのである。なお、仕事の話なのでターニャちゃんはいない。
「シュウ君、我が国にも、修理してもらいたいものが多くあるのだ。その幾つかは直接我らの生活にも関わってくるのでな。是非修理をしてもらいたい」
どうやら、今まで何人かの修理工がチャレンジしたが、誰も修理できなかったらしい。
「シュウ君、これをヒューマンの君が直してくれたなら、我らと魔族の関係も大幅に修復されることだろう。儂からも是非、頼む」
『賢者』、シーガーさんからも頼まれてしまった。俺としてはまるで自信がないのだが。
だが、それとは別に、『魔王城の玉座の裏』に、俺の世界へと繋がる扉か何かがあると、『女神様』は言った。
おそらく、これは最初で最後のチャンスだと思う。いや、最後じゃないかもしれないが、2度目があるかどうかはわからない。
「俺に直せるかどうかわかりませんが、やってみましょう」
そう言うしか、俺に選択肢はなかった。
* * *
で、なんやかんやあって、俺は今、高速馬車に揺られて……いや、揺さぶられている。
話のあった翌々日、俺を含めた一行はハーオスの町を出発したのである。
一行には、俺の知人も何人かいる。
『勇者』フィリップ君、『賢者』シーガーさん、エルフ『騎士』ウィリデさん、ダークエルフ『魔導士』のメランさん、ドワーフで『学者』のログノフさん。
もちろん魔人族の人が一番多い。
『魔王』キルデベルト様、その『令嬢』ターニャちゃん。『四天王』の1人でターニャちゃんのお付き、トスカさん。ログノフさんの『助手』ラザロさんだ。
他にも初めて見る人が何人かいた。魔人国に対する、大使みたいな人たちらしい。
道中は……なんというか、異次元だった。
魔人族が『オーパーツ』と呼ぶ、高速馬車。時速100キロくらいですっ飛んでいくのだ。断じて、これは馬車ではない。馬車であってたまるものか。
この速度の秘密は、地表から10センチくらい浮き上がっていることだ。つまりエアクッションカーのようなもの。空気を吹き出してはいないが。
それを、俺の目から見たらドラゴンにしか見えない家畜ならぬ『家魔獣』が超高速で引っ張ると、この馬鹿げた速度が出るらしい。
時々思い出したように衝撃が伝わってくるのは、地面から10センチ以上突き出している突起や岩にぶつかっているから……らしい。
時速100キロで岩にぶつかって壊れない馬車ってなんだよ。……悩んでも仕方ないので、俺は考えるのをやめた。
* * *
1日で高速馬車は魔族領の端に辿り着いた。そこには立派な宿舎があり、なんと風呂まで付いていたのだ。
客分である俺たちが先に入ることを認められ、一日中馬車に乗りっぱなしで強張ってしまった身体を癒すことができたのは有り難かった。
「……なんか、魔人族の人たちって、俺たちといろいろ桁が違うんだなあ……」
風呂から上がった俺は、ぐったりとソファにもたれながら、同じく風呂上がりのライカに話し掛けた。
「……そう、ですね……」
ライカもまた、別のソファにもたれたまま、疲れた声で答えた。
「……おそらく、力だけじゃなく、動体視力とか反応速度とか、ヒューマンの4倍くらいあるんじゃないかな……」
「……どうたいしりょくが何なのかわかりませんけど、シュウさんの言いたいことはわかります。そして全面的に同意します……」
俺とライカはぐったりしたまま会話を続ける。
「……きっと、この身体能力を恐れた他の人種が、魔人族を恐れて、敵対したんじゃないかなあ……」
「……ああ、そうかも知れませんね……」
その会話に割り込む声があった。
「そのとおりじゃよ」
見れば、シーガーさんだった。同じように馬車に揺られていたはずなのにタフだなあ……何かコツでもあるんだろうか……って、そのとおり!?
「紛争の原因は、魔人族の強さを勝手に恐れて、勝手に敵対しただけじゃ。儂は、そう考えておる。まあ、魔人族の態度にも問題があったのじゃろうが」
「そうですよね。今まで会った魔人族の人たちは、ちゃんと話は通じました。同じ人間です」
「うむうむ。やはりシュウ君じゃな」
「身体能力が高いのだって、単なる種族の特徴ですものね」
とのライカの言葉に、満足そうにシーガーさんは頷いた。
「そのとおりじゃ。ドワーフは手先が器用で物作りに長けている。エルフは敏捷で剣技に長け長寿。ダークエルフは魔力が高く魔法に長けている。獣人も魔人ほどではないが身体能力が高く、敏捷じゃ。ヒューマンは身体能力では一番劣るが、考えることが得意じゃ。……のう、皆、種族の特性じゃよ」
「足りないものを補い合えば、より素晴らしいことができますよね」
「そうじゃそうじゃ。それこそが儂の願いであり、『平和会議』の理念じゃよ」
俺とライカ、シーガーさんは、夕食時間まで種族間の平和について語り合ったのである。
* * *
夕食は豪勢なものだった。
それ以上に驚いたのは、その量だ。
魔王キルデベルト様と四天王トスカさんは、俺やライカの3倍くらいの量を平らげた。ターニャちゃんでさえ、1.5倍くらいのボリュームを食べてけろりとしている。
フィリップ君も倍くらい食べているし……ああ、そうか。高い身体能力を維持するためにはカロリーが必要なんだろう。
魔法がある世界だけど、なんでもかんでもが物理法則から外れているわけではないようだ。
だとすると、食糧の確保って大変なんじゃないかな……。夕食を平らげながら、俺はそんなことを考えていたのだった。
豪華な夕食を食べたあと、どっと疲れが出て、俺とライカはそれぞれの部屋で泥のように眠った。
* * *
そして翌日も、朝からかなりボリュームのある食事を摂り、出発だ。
だが幸いなことに、今度は半日の旅で済んだ。目指す首都に到着したのだ。高速馬車、恐るべし。
そして驚いたことに、我々が乗る馬車が行くその道の両脇には大勢の魔人が列をなし、歓迎してくれていた。
馬車の屋根が取られ……外れるのをこの時初めて知った……フィリップ君やシーガーさん、ウィリデさん、メランさん、ログノフさんらが立ち上がって手を振っている。
「さあシュウ君、ライカさん、君たちも手を振ってやってくれ」
ええー……恥ずかしいなんてもんじゃないが、ここはやるしかないのか……。
俺とライカは意を決して立ち上がり、手を振った。
俺の少し前では、ターニャちゃんをその腕に抱き上げた魔王キルデベルト様が、四天王のトスカさんと並んで手を振っている。
「魔人国にこれだけ多くの他人種がやって来たのは初めてのはずじゃよ」
シーガーさんが小声で教えてくれた。
「まして、それが平和の使者であればなおのこと、この歓迎ぶりというのもわかろうというものじゃ。……シュウ君、これは間違いなく、君の手柄じゃ。少なくとも、その一部分は」
拍手と歓声が耳を打つが、どこか遠い世界での出来事みたいだ。シーガーさんの言葉も、夢の中で聞いているかのようだった。
とにかく、民衆の熱狂の中、俺たちは魔人国入りしたのである。
* * *
魔人国の首都にある王城、その敷地内にある迎賓館に俺たち一行は案内された。
そこでの昼食のあと。
「シュウ様たちのお世話は、私が担当致します」
それぞれ身の回りの世話をする担当者が付いたようだが、俺とライカにはトスカさんが付いてくれたのだった。顔見知りの人というのは正直有り難い。
ターニャちゃんのお世話はどうなるのかなと思ったが、乳母を務めてくれていた人がいるそうなので安心だそうだ。
「さっそくですがお二方には、修理していただきたい施設をご覧になっていただきたいのですが」
そうだよな。俺たちはここに遊びに来たわけじゃない。
ログノフさんは魔人国にあるいろいろな技術資料を研究に来たという。
魔人国には古い資料が多く、その大半は現在の技術では生かせないらしい。それをどうにかして利用できないか、という研究。それがログノフさんの役割だそうだ。
メランさんも協力しているらしい。
フィリップ君とウィリデさんは、魔人国の武芸者や剣士たちと、武術での交流をするのだという。
シーガーさんは大使の人たちと一緒に、友好条約の条項を魔人国の人たちと協議している。近い未来、新たに平和条約が締結されるのだろう。
そして俺とライカは修理のため、だ。
「わかりました」
俺とライカは工具を入れた袋を担いで、トスカさんの案内で修理すべき施設を訪れた。
「まずはこれなのです」
「なんだ、これは……?」
それが正直な第一印象だった。
「『魔導炉』、と呼ばれています」
トスカさんに名前を教えてもらったので、おそらくはエネルギーを生み出す施設もしくは装置だろう。
待てよ? 魔導炉? その名前が意味するところは、これは魔法機械の一種だと言うこと。つまり……。
「メランさんを呼んでいただけますか?」
お、ライカも俺と同じ結論に達したな。
そう、魔法機械なら、魔法の専門家であるメランさんにアドバイスをもらった方がいいはずなのだ。前回、自分たちだけでやろうとして遠回りしてしまったからな。
待つこと5分。
メランさんが……おお、珍しい。息せき切って駆けてきた。トスカさんと同じ速さだ……すげえ。
「ぜい……シュウ、君、ライ、カ……ぜい……はあ……魔導、炉……の修理……って……はあ……ほ、んとう?」
「本当ですよ。で、メランさんに故障箇所の解析をお願いしたいんです」
「わか……った。ちょっ……と、待って……て」
さすがにあの速度で走ってきたために、息が相当切れているらしい。メランさんの息が整うまで俺は2分ほど待った。
そしてその後、メランさんはコマネズミのように、魔導炉の周りをあちらこちらへと動き回って調べていく。
「んー……これは、空気中に存在する魔力の素を集めるもの……らしい」
とか、
「……うん、ここの線は生きてる。でもこっちが切れてる」
とか、
「ここは全然わからない。もしかしたら魔法とは無関係なのかも」
とか教えてくれた。
おかげで俺とライカも、この魔導炉の働きが飲み込めてきた。
「つまり、空気中だか空間だかに充満している魔力の素を集めて、利用できる魔力に変換するんですね?」
メランさんの調査結果から、俺はそう結論した。
「うん、そう言ってかまわないと、思う」
そして、これまでどうして直せないでいたのか。
魔法以外の科学技術が未熟だったからかもしれない。つまり、科学技術の代わりに魔法やスキルがあるおかげで、物理学や化学の発展が阻害されており、そのために、いや、そのせいで工学的な修理技術が未熟なのだろう、ということだ。
そしてそれこそが、『女神様』が俺をこの世界に喚んだ真の意味なのではないかと思えてならない。
だが今は、目の前にある『魔導炉』の修理に取り掛かろう。




