第54話 遺跡調査団
フィリップ君の申し出を、俺はすぐには理解できなかった。
「パーティだって?」
宴会じゃないよな。
「ええと、もう少し詳しく話してくれないかな?」
「もちろんです。実は……」
フィリップ君が話してくれた内容をまとめると、こうだ。
この町、つまりハーオスの西には遺跡がある。
その遺跡のさらに地下にも、別の遺跡があることが判明した。
そこを調査するパーティ『遺跡調査団』を編成中である。
古い遺跡なので、魔物が棲み着いている可能性が高い。
遺跡の調査をするために、学者を派遣する。
随伴する者として『勇者』『賢者』は決定。
その他、剣士、魔導士、治癒師、技師が必要。
と、こういうことなのだそうだ。
「で、何で俺?」
「遺跡の技術に詳しいシュウさんに『技師』として参加してもらいたいんですよ。これは評議会からの依頼です」
「俺が? 詳しい?」
するとフィリップ君は溜め息をついた。
「……シュウさん、自覚してないんですか? ほんとに自己評価が低いんですね……」
フィリップ君が言うには、これまで俺が修理してきた柱時計、聴診器、万華鏡、ガラス。そして作り出した紙、コーヒー、あんこ、お茶……。一人でそんな多くのものを直し、考案できるものなど過去にいなかった、というのだ。
「そうですよ!」
「わ、びっくりした」
フィリップ君の言葉を追随するように、ライカが声を上げたのだった。
「シュウさんは凄いんです! もっと誇ってください!」
「あ、ありがとう?」
「もう……自覚がないんですから……。そもそも、遺跡調査団に選ばれるなんて、凄いことじゃないですか」
ライカが頬を膨らませて半分文句、半分褒詞を口にした。
「あ、ライカさんにも打診が来てますよ」
「え、えええ!?」
「大物修理に使えるスキルを持ってらっしゃるんでしょう?」
この前マスターした《スキル:人間工作機械 レベル1》のことだな。確かに、あのサポートがあれば大きなものも直せそうだが。
「結構な大所帯だな」
「そりゃまあ。調査隊ですから、調査する学者さんがいて、その人を守れなかったら困りますからね」
「そうすると、勇者フィリップ君、賢者シーガーさん、技師俺とライカは決まりってわけか」
その他に剣士、魔導士、治癒師。そして学者、となるわけだな。学者か。初めて会う職業だな。
「学者さんは自分の護衛も連れてくるそうです」
そうすると9人か……。こういう調査隊って知らないから、多いのか少ないのかわからん。うーん……。
「ちょっと考えさせてくれ」
『元の世界に帰る』という、俺の最終目的とは少しずれてしまうからなあ。参加した場合のメリットがあまりなさそうだし、危険もゼロじゃないだろうし。
「こういう調査ってちょくちょくあるのかい?」
「いえ、今だけだと思いますよ。ほら、『全種族平和会議』ってあったでしょう?」
「うん。それが何か?」
「あのおかげで、各種族から技術者や要員を出したり、自国の遺跡の調査を許可したりという動きが活発になっているんですよ」
「それはいいことなんだろうな」
「はい。それで……」
このあとフィリップ君が口にした言葉は、俺にとって福音となった。
「これが成功すると、次は多分魔人の国ですね」
おお。つまり、堂々と魔人の国へ行くことができるわけだ。これは朗報だ!
「よし、参加しよう」
「ありがとうございます!」
フィリップ君、大喜び。見えない尻尾が振られているみたいに、俺の周りをはしゃぎ回っている。
「……私も、参加します」
「ライカさん! ありがとうございます!」
「いいえ、世の中のためでもありますから」
だが、そう言ったライカの顔が、ほんの僅か曇っていたのを俺は見逃さなかった。すっかり顔ソムリエ(ライカ限定)になったものだなあ……。
などと余計なことを考えていると、
「それでは、僕は一旦帰って報告してきます。そのあと、多分正式な依頼状が届くと思います」
と言い残してフィリップ君は工房を出て行ったのだった。
* * *
「ライカ、よかったのか?」
どうしても聞いてみずにはいられなかった。
「ええ。シュウさんが故郷に帰るお手伝い、それが少しでもできるんでしたら」
そう答えたライカの顔は……やっぱり、少しだけ悲しげだった。
「……ありがとう」
抱き締めたかったが、そこはぐっと堪えて、ライカの手を握る。
へたれと言うな。ここは外からも見えるんだぞ。
「シュウ君、ライカ」
「え、あ、メランさん!?」
「い、いらっしゃいませ!」
思わぬ来客に、慌てて握り合った手を離す俺とライカ。
「これ、渡しに来た」
メランさんが差し出したのは2枚の羊皮紙。
受け取って読んでみると、今回の調査隊への任命書であった。フィリップ君じゃなくてメランさんが持ってきてくれたのか。
早いなと思ってよく聞くと、行き違いになったらしい。フィリップ君、無駄足になったな……。
「それから、これ」
もう一枚は普通の……『紙』。ギルドを通じて俺が製法を伝えて、職人が完成させたものだ。
そこには調査行の目的や日程、必要装備などが簡潔にまとめられていた。
出発は3日後。
第一次調査なので予定日数は1日、非常時を考慮して予備日が1日。その分の食べ物も含めて主な装備は向こうで用意……か。意外と短期間なんだな。
「それじゃ、確かに渡したから」
短く告げて出ていこうとするメランさん。その背中に、
「メランさんも調査隊なんですか?」
と尋ねると、
「うん。よろしく」
と、短い答えが返ってきたのであった。
* * *
その3日後。
町の西門に、9人が集まっていた。
ヒューマンの『勇者』フィリップ君と、同じくヒューマンの『賢者』シーガーさん。獣人の『剣士』スラヴェナさん、ダークエルフの『魔導士』メランさん。『治癒師』として神殿付き巫女のローゼさん。
ここまでは俺もライカもよく知っている人たちだ。
それから、ドワーフの『学者』ログノフさん、魔人らしい『護衛兼助手』ラザロさん。
それにライカと俺を加えて9名が『遺跡調査団』のメンバーである。
「シュウです。よろしくお願いします」
「ライカです。よろしくお願いします」
顔合わせで挨拶すると、『勇者』『賢者』『剣士』『魔導士』『治癒師』の5人は顔見知りなので微笑んでくれた。
だが『学者』のログノフさんは、
「ふん、『技師』がこんな頼りなさそうな男なのか? それにもう1人は女ではないか。役に立つのか? 足手まといは困るぞ?」
かちんと来た。一言文句を言ってやろうとしたら、
「……ライカとシュウ君の腕前は私が保証する」
と、メランさんが断言してくれた。ちょっと嬉しい。
そうしたら、
「儂も保証するぞい」
「僕も保証します」
「あたしも保証するわ」
「わたくしも保証します~」
と、フィリップ君、シーガーさん、スラヴェナさん、ローゼさん、みんなが口添えしてくれた。ありがたいなあ。
「ふ、ふん、それならいいが」
と、そっぽを向くログノフさん。前途多難だなあ。
「さあ、出発するぞい」
行動中のリーダーはシーガーさんがする。調査に関してはログノフさんが指導するということだ。
食料、水、魔法ランタン、ロープ、寝袋などの必需品はナップサックのような袋で各自が背負っている。そこに幾ばくかの私物を加え、めいめいが背負っていくのだ。
俺のいでたちは久しぶりに着た作業服上下、安全靴、手にはいつか遺跡へ行く時に使った杖。
ライカは丈夫な布製のオーバーオール上下。靴は丈夫な革のブーツ。手には俺と同じように杖を持ち、腰に短剣を下げている。
他のメンバーも、軽装ながら防御力もある服装だった。
まずは既知の地下遺跡へ。
そこまではきちんとした階段が設置されているので問題はない。俺も来たことがあるし。
問題はその先だ。
「これが、新たに見つかった遺跡の入口じゃ」
シーガーさんが指差したのは、遺跡の西の外れにぽっかり空いた洞窟だ。
「この奥に、問題の遺跡があるのじゃよ」
遺跡の奥にまた遺跡か……。
「シーガーさんは、入ったことが?」
「ほんの入口だけじゃがな」
行動中のリーダーであるシーガーさんは入口の前で改めて注意事項を説明してくれた。
「入口はこんな風に岩でできているが、奥の方はその……『コンクリート』というもので固められている。その先はまだ誰も行っていない」
コンクリートというと、やはりここも俺の世界から引っ張ってきた遺物なのか。なら俺にできることはありそうだな。
「では、各自装備を確認じゃ。まずは水を一口飲んでおくのじゃ。この先、そういった余裕があるかどうかわからんからな」
シーガーさんのこの言葉に、全員が従った。
その後、装備をチェックし、背負い直す。
「よし、背負い紐は緩んでおらぬかな? 装備を落としてはいないな? ……では、行くぞい」
「僕が先頭を行きます」
『勇者』であるフィリップ君が先頭、『賢者』シーガーさんがその次。以下『魔導士』メランさん、『学者』ログノフさん、『護衛兼助手』ラザロさん、『治癒師』ローゼさん、ライカ、俺、『剣士』スラヴェナさんの順だ。
踏み込んだ『遺跡』は、最初の内こそ岩の洞窟だったが、10メートルも進むとコンクリートの通路に変わった。
……というか、これって……。
「……トンネル?」
そう、廃棄された『トンネル』としか思えない場所だったのだ。




