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第53話 保存食

 秋もすっかり深まり、風が冷たく感じられるようになった。


「よし、直ったぞ!」


「ぱちぱちぱち。お疲れ様」


 ……口で拍手する人、初めて会ったな……。


「メランさんのおかげです」


 そう、魔法機械の修理だが、最終的にはメランさんに頼らなければならなかったのだ。

 魔法炉の発熱体には魔法言語で必要な起動式を書き込まなければいけないらしい。

 魔法加工機の操作部も同じ。考えてみればそうだよな。ただ魔宝石を加工してはめ込むだけで直るはずがない。

 修理中に工房を訪れたメランさんに言われて初めて知った。もっと早く聞くべきだったよ。


 で、この前取ってきた魔宝石でペンダントを作ることを条件に、メランさんに起動式を書き込んでもらったというわけだ。


「うん、シュウ君の飲み込みはじつにいい。ヒューマンにしておくのが惜しいくらい」


「そ、そうですか」


 メランさんに褒められると照れる……というより、何かその後言われそうで少し怖い気がする……。


「シュウ君、私のつがいになる気はない?」


「ないですよ!」


「駄目です!!」


「「え?」」


 俺は速攻で否定したが、もう一つのセリフは……ライカか。


「冗談。本気にしないで」


 冗談に聞こえないのでやめてください。ライカが俺の尻をつねってくるので。地味に痛いし。

それにつがいって……。他の言い方なかったのかな。

 と思ったら、ダークエルフの夫婦は慣例的にそういう言い方をするらしいと、ライカが耳打ちしてくれた。

 それはいいんだが、『にやけないでください』と耳元で囁かれると怖いんだが……。あ、耳引っ張らないで。痛い痛い。


「さあ、お茶にしましょう」


 その後ライカは、何ごともなかったような笑顔で、お茶の支度をしてくれている。

 今日は『緑茶みどりちゃ』だ。お茶請けは芋けんぴ。別名芋かりんとう。先日市場でサツマイモを買ってきたので作ってみた。

 サツマイモを短冊状に切り、油で揚げたあと砂糖蜜を絡めたお菓子だ。似たようなバリエーションで大学芋というのもある。……なにが大学なんだろう。謎である。


「うん、素朴な味。美味しい」


緑茶みどりちゃに合いますね」


 メランさんとフィリップ君にも好評なようだ。


「これ、結構お腹に溜まりそうですから、行動食にもいいかもしれません」


 あ、なるほど。


「そういえば、クルミもカロリー高いから、そういう場合にはうってつけだと思う」


「そうなんですか! いいことを聞きました!!」


 日持ちさせるためにはローストした方がいいよな。虫食ってると嫌だし。


「他にも、行動食のお勧めってありますか?」


 フィリップ君は『勇者』だから、ダンジョンにでも籠もることがあるのかな?


「うーん、ラスクとか、ジャーキーとか、煮干しとか、干し柿とか、干し大根とか……?」


 なんかダンジョン用じゃないものも混じっている気がするが、まあこんなものだろう。


「要するに、水分が少ないものがいいと思うよ」


「参考にします!」


「うん」


 ……と、袖をつんつんされていることに気が付き、振り返るとメランさんだった。


「……今、言っていた『干し柿』って、何?」


「ええと、渋柿を天日干ししたものですよ」


 大分前、田舎から送ってもらったことがある。美味かったので、うちでも作ったっけ。でも田舎から貰うものほど美味しくなかったんで2年くらいで辞めてしまった。

 で、これってなぜか甘柿は干さないんだよな。


「柿って、『タンニン』を取るだけじゃ、ないの?」


「え? 食べないんですか?」


「赤くなっても渋くて、食べられない」


「ええと……」


 メランさんは話し下手だ。でも博識である。なので、ちゃんと聞きたいことを明確にして質問すれば、ちゃんと答えてくれる。

 ということで、メランさんに詳しく聞いてみてわかったことはというと。


 柿の木はあるが、数は少ない。

 ほぼ全部渋柿で、実の形は扁平ではなく細長い卵形。

 実は青いうちに全部収穫し、『柿渋』を取る。これは『使徒』が伝えたと言われている。

 であるから、赤く熟した実というものは、まず目にすることはない。


 ……だ、そうだ。

 うーん、多分、干し柿にすれば甘くなって食べられるだろうに、惜しい。

 するとメランさんが、


「10個くらいなら、手に入るかも」


 と言ってくれた。何でも、種を取るためにもぎ取らずに木で熟させたものだという。


「その代わり、種が出たら返してあげないといけない」


 なるほど。干し柿の場合、種は別に食べないから、返すことはできるな。


「ええとメランさん、その実が色づいていて、まだ硬いようでしたら欲しいんですが」


「わかった。確認して、その条件にかなっていたら明日、持ってきてあげる」


 そういうことになった。



*   *   *



 そして翌日の午前中、メランさんは12個の渋柿を持ってきてくれた。


「これでいい?」


 色は柿色になっているが、まだ硬い。これなら干し柿になるだろう。


「ありがとうございます。これで干し柿を作ってみます」


「うん、楽しみにしてる」


 これでうまくいったら、この世界にも干し柿文化……というとちょっと大袈裟だが……が根付くかもしれないな。


 干し柿の作り方は簡単だ。

 まずヘタを小さくむしる。完全に取ってしまうとそこから腐りやすくなるので、実からはみ出ている部分をむしればいい。

 そして皮を剥く。剥いた皮をちょっとなめてみたが、やっぱり渋かった。

 ヘタの上に紐を掛ける……のだが、この柿は枝が付いておらず、紐を掛ける部分がないので、串柿にすることにした。

 熱湯消毒した串を、横向きに柿に刺す。1本の串に3個刺してみた。12個なので4組できる。

 カビ防止のため、さっと熱湯にくぐらせる。業者は硫黄燻蒸するらしいが、やり方がよくわからないのでパス。

 そして虫が付いたり鳥につつかれたりしないような場所に吊せばOK。

 風通しと日当たり、そして気温が重要。特に、表面が乾くまではカビが生えやすいので要注意だ。

 ……よかった、手順、ちゃんと覚えていた。


「これで、いいの?」


「面白い製法ですね」


「出来上がったら味見させてくださいね!」


 メランさん、ライカ、フィリップ君らはそれぞれの感想を口にした。


「風が冷たくなったから、うまくできると思うよ」


 ある程度寒くないと、カビが生えやすいんだよな。だから寒い土地の方が美味しくできるのかも。ここハーオスの町は寒いから大丈夫だろう。



*   *   *



 そして2週間が経った。

 干し柿、もとい『串柿』は、大分しなびてきた。

 2階の軒下にぶら下げてあるので、ほどよく寒風にさらされている。


「な、なんだか、ま……美味しくなさそうですね」


 ライカが素直な感想を口にした。まあ、黒くなってシワシワになってきたから、美味そうじゃないのは確かだ。やっぱり硫黄燻蒸したほうがいいのかな?

 まあ、味は変わらないはずだ。というより、硫黄燻蒸はやりすぎると硫黄臭くなる……らしい。


 そしてさらに1週間。


「そろそろ食べられるだろう」


 触ってみると、ほどよく身が締まっている。これ以上干すと、硬くなりすぎるかもしれない。味見してみよう。

 ということでまずは一串、外してみることにした。


「あ、干し柿、食べてみるんですか? ……なんだかまずそうな色」


 ライカ……今度はストレートにまずそうと言ったな。まあ食べてみないとわからないだろう。

 時刻は午前10時、ちょっと小休止ということで、緑茶みどりちゃも淹れた。


「おはようございます」


 ちょうど、フィリップ君もやってきたな。


「シュウさん、ライカさん、ちょっとお話が……」


「ああ、おはよう。話はお茶飲みながら聞くよ。まあ、座ってくれ」


「は、はい」


 試食ということで、丸ごとではなく、4つに切り分けてみた。その際に、中に入っていた種を取り出しておく。あとで洗ってメランさんに渡す予定だ。


「ええと、これが例の……2階に干してあった干し柿ですね?」


「そう。さあ、食べてみてくれ」


「……」


 だが、ライカはその色を見て、手を出そうとしない。仕方ないな。作った俺から食べてみよう。

 一切れを口に運ぶ。……うん、甘い。干し柿の味だ。


「……シュウさん、だ、大丈夫ですか?」


 大丈夫って何がだ。


「美味いよ。食べてごらん」


「……はい」


 おずおずと手を出すライカ。だが。


「美味しいですよ、シュウさん!」


 フィリップ君の方が先に味わったようだった。


「初めてです、こういう甘さ! あんことも砂糖とも違う種類の甘さですね。緑茶みどりちゃに合いますよ」


 フィリップ君はぱくぱくと4切れ、1個分を平らげてしまった。

 そして、ライカはといえば。


「……あ、ほんとに美味しい! 見かけによりませんね!」


 ……まだ見かけに拘るか。

 とにかく、こっちの渋柿も干し柿にできることがわかった。


「……で、フィリップ君の話って?」


 危うく忘れるところだった。


「あ、そうそう、忘れてました」


 フィリップ君もかい。

 そしてフィリップ君は少し居住まいを正してから口を開いた。


「シュウさん、僕たちとパーティを組んでくださいませんか?」

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