第51話 魔法機械修理
クルミペーストは美味しかった。
ただ、クルミの油は『乾性油』なので、長期保存には向かない。
冷蔵すれば保たせることはできるが、風味が落ちてしまう。やはり、作ったらすぐに食べた方が美味しいというものだ。
お菓子に使うとしたら何だろうか。
……俺は菓子職人じゃないのにな。
さて、身体を動かしていたら筋肉痛も少し楽になったようだし、午後からは工房内にある『魔法機械』の修理を始めようと思う。
この世界に来て1年以上たった今、直せそうな気になってきたのだ。
修理するのは、工房に設置されている『魔法機械』の1つ、『魔法加工機』。
名前が安直というかそのまんまだな。わかりやすくていいけど。
これは、イメージ的には『NC工作機械』、つまり『加工したい内容を数値で指示すると』『そのとおりに加工してくれる』『機械』らしい。
大きなものは無理だが、片手で持てる大きさのものなら、金属であっても加工してくれるのだ。
要するに、小さなものならドドロフのおっちゃんに頼まなくてもなんとかなるということ。
「ライカの……お父さんが使っていたんだよな?」
「ええ、そうなんです」
だが、今は壊れてしまっていて使えないというわけだ。
「どこが壊れているんだ?」
「ええと、こことここと、ここです。こっちは魔力の『接続線』で、こちらは魔法の『顕現端子』なんです。あと、ここは操作部です」
うーむ、やはり魔法機械はよくわからない。簡単な魔法道具は随分と直してきたけど、大がかりなものは初めてだからな。だが、ここで怯むわけにはいかない。
そもそも、こうした機械は一定の法則に従って作られているのだ。
「直せそうですか?」
「待ってくれ。ええと、こっちが入力側だから、こう魔力が流れるはずで……」
規模は大きくなっていても原理は変わらないはずなのだ。電池で豆電球を点灯させることと、AC100VでLEDライトを点灯させることが本質的に同じように。
詳しく観察していくうちに、なんとなく『流れ』が見えてきた……気がする。
「魔力を伝える線が何本か切れているな」
電気と違い2本ではないようだ。あるいは加工情報を伝えるからフラットケーブルみたいに平行に何本も出ているのだろうか?
……そうした原理や構造を完全に理解せずとも、修理してしまうのが修理工の真骨頂だ!
「この線の材質はなんだろう?」
「あ、きっとワイヤーアケビの蔓です」
ライカによれば、ワイヤーアケビは魔法性植物で魔力をよく通すのだが、天然素材なので虫食いやカビ、腐敗など、劣化しやすいのだという。
「メランさんの杖もトネリコだったし、やっぱり生体素材は魔力との相性がいいのかな?」
「多分そういうことだと思います」
ということで、在庫の中からワイヤーアケビの蔓を出してもらい、交換していく。全部で64本ある線の約半分、33本を交換した。切断も接続もスキルでできたので助かった。
「あとは『顕現端子』だったな」
こちらは、魔力を魔法に変換してくれる素子だと思えばいい。構造? そんなもの知らなくても修理はできるのだ。
「32個あるうち15個がなくなっているな」
魔力を魔法に変換する、イメージとしては電気を光に変える電球やLED、あるいは電気を熱に変えるヒーターのような役目をするもの……らしい。
「これには魔宝石を使うんだったよな」
「はい。先日、フィリップさんと一緒に鉱山へ行った時、十分な量を取ってきてくれましたから」
魔宝石は高価である。質のいい物は小指の先くらいで1万マルス、約10万円くらいするのだ。それが15個。余裕ができなければ修理できなかったわけだ。
幸い、フィリップ君に付き合ってもらった採集で、十分な量の魔宝石が手に入った。
修理依頼に使ってもまだ余るので、俺の腕前が上がったことと合わせて、修理に踏み切ったというわけだ。
魔宝石のカットも研磨も俺のスキルでできるのが最大の利点である。
「これをここに、こっちはこれを……」
予め用意しておいた魔宝石を、端子部分の先端にスキルで接着していく。
「結局、この端子も消耗品なんだよな」
長持ちするとはいえ、使えば劣化していくわけだ。エンジンのプラグのように。
「はい。でも、1回交換すれば、10年は保つと思います」
ライカはライカで、こうした機械について勉強していたようで、構造については俺よりも詳しい。
そんなライカの指示で、俺は魔宝石をしかるべき場所に接着していった。
「最後は、この操作部分です」
ライカが指差したのは操作する部分、つまり入力端末に当たる箇所だ。
現代日本でいうなら操作パネルと言えばいいだろうか。魔力の流れを辿った結果、どんな加工をしたいかを入力する部分のはずなのだ。
「元は何がはまっていたんだろう?」
そこは、名刺くらいの大きさで深さは2センチほどの凹みがあるだけ。
何かはまっていたのだろうと想像はできるが、その『何か』がわからないと、元の状態に戻せない。
これが現代日本にある機械だったら、おそらく液晶が付いていて、タッチパネル方式で入力するのではないかと想像が付くのだが、この世界の魔法機械はわからないからな……。
「私も、元の状態が思い出せなくて……なにしろ、父がこれを使っていた頃は、私、まだ小さかったもので」
それじゃあ無理もないよな。うーむ、行き詰まってしまった。ここまでか……。
「あの……僕はまったくわかりませんが……」
ライカと俺が2人して悩んでいたら、ずっと黙って修理の様子を眺めていたフィリップ君がおずおずと声を掛けてきた。
「その機械って、シュウさんとライカさん以外で、どうなっていたのか知っている人っていないんでしょうか?」
「あ」
「確かに」
盲点だった。というか『自分たちで直す』ということにばかり凝り固まっていて『誰かに尋ねる』ということを忘れていた。反省だな、こりゃ。
で、ライカは、
「こういう魔法機械について知っていそうな人は……やっぱりメランさん、でしょうか」
一級魔導士だしなあ。確かに知っていそうだ。
「あとは『賢者』のシーガーさん、かな?」
「そうですね」
しかし、こういう時に限って、今日は2人とも来そうにない……。
なんて思っていたら。
「おにいちゃーん、ぷりんたべたい!」
ターニャちゃんがやって来ました。
「いらっしゃい、ターニャちゃん」
俺とライカは修理の手を止めて、ターニャちゃんとトスカさんを迎えた。
「シュウ様、ライカ様、それにフィリップ様、こんにちは」
「こ、こんにちは、トスカさん」
フィリップ君はどぎまぎしている。……ああ、やっぱりトスカさんの方に気があったんだな。ターニャちゃんでなくてよかったよかった。
手を洗い、プリンを運んでくると、ターニャちゃんは喜んで食べ始めた。
しかし、ここへ来なくても、魔王様のところなら料理人とか侍女さんとか大勢いるだろうから、プリンくらい作ってくれるんじゃないのかなあ?
そう思ってトスカさんにこっそり尋ねると、
「やはり、シュウ様がお作りになったものを召し上がりたいようで……」
と言われた。おおう、照れるな。
そんな時、ライカがトスカさんに声を掛けた。
「あの、トスカさん」
「はい、なんでしょうか、ライカ様?」
「ええと、あの……魔法機械のこと、ご存じでしょうか?」
あ、そう言えば、魔人族は魔法道具に詳しいんだっけ。去年、俺とライカが誘拐された時に見つけてくれた魔法道具……『人捜し』だっけ? あんなのも作れるんだからな。
「そうですね、幾つかは見知っておりますが、修理はできません。不器用なもので」
あ、トスカさんって不器用なんだ。なんでもそつなくこなす有能侍女のイメージが……って四天王だったな。侍女というより護衛か。
フィリップ君は……と見ると、トスカさんの情報が増えたことでにやついている。気持ちはわかるけどね。
「この魔法機械、この部分がどうなっていたか想像つきますか?」
ライカは駄目で元々、と尋ねているな。
「ああ、なんとなくなら。似たような魔法機械は幾つか存じておりますので」
おお、やった。
「確かこう、平たい魔宝石の板がはめ込まれていたと思います」
マジか。それじゃ、まんま液晶パネルじゃないか。
「多分、その板を触っていろいろすると思うんですが……済みません、それ以上は存じません」
「いえ、それでも助かりました」
魔宝石の板をはめ込む……つまり、名刺大の魔宝石が必要なのか。こりゃ難問だ。
少なくとも、今すぐに手に入るものじゃないから、この修理はここで一旦保留とせざるを得ない。
そうしたら、もう1つの魔法機械の修理をするか……。
「おにいちゃん、それ、なに?」
おっと、ターニャちゃんが来ているのを忘れるところだった。
「えっと、多分これは魔法加熱炉だと思う」
もう1つの修理対象である魔法機械。
外見は小型の冷蔵庫か金庫のようで、正面の扉を開けて中に加熱したい物を入れて扉を閉め、操作部で起動する……らしい。
「オーブンとは違うんですか?」
と、トスカさん。
「熱を出すという意味では似ていますが、こっちは鉄も溶かせるはずなんです」
ライカが答えた。
元々は、修理で出た屑地金を集めて溶かし、再生するためのものらしい。金や銀などの貴金属は高価なので、欠片や粉でも無駄にしないため……だそうだ。もったいない精神、万歳。
「うちの工房では今のところあまり使いませんけど、直せるものなら直しておこうと思いまして」
工具や道具、機械類は、いざ使いたいという時に使えないようでは意味がない。日頃の手入れやチェックが大事なのだ。
「そうなのですね。さすがシュウ様でいらっしゃいます」
「え、ええとシュウさん、僕に手伝えることは何かありませんか?」
俺がトスカさんと熱心に話しているからか、少し焦り気味のフィリップ君が寄ってきた。
その気持ちはわかるし、少し応援してやりたいのだが……。そうだ、少し持ち上げてあげよう。
「フィリップ君にはこの前、魔宝石採取で護衛してもらったしな、随分世話になっているよ」
「まあ、そうだったのですか。さすがフィリップ様ですね」
「え、ええ、いいえ、大したことじゃないですよ」
トスカさんに褒められて、まんざらじゃなさそうだな。
……で、魔法加熱炉は……と。
「ああ、おそらく発熱体が壊れているんだな……」
ここにも、大きめの魔宝石が必要になることがわかる。手持ちの分では小さすぎる、か……。
「また採りに行かなきゃ駄目かな」
「それなら、また僕が付き合いますよ」
フィリップ君がそう言うと、
「あ、ほうせきとりにいくの? あたしもいきたい!」
しまった、ターニャちゃんがその気になってしまった。
「タ、ターニャちゃん、鉱山は危険だから……」
と俺が言いかけたら、
「シュウ様、東の鉱山ですよね? あそこでしたら、お嬢様に害をなせるような魔物はいませんので大丈夫です」
と、トスカさん。
ええー……。ケイブインセクトが敵じゃないとか……どんだけ身体能力凄いんですか、魔人って。
でも、可哀想だけどレーナちゃんは無理だな……。
とにかくそういうわけで明日……はターニャちゃんたちの都合で駄目なようで、明明後日、俺とフィリップ君、ターニャちゃん、トスカさんの4人で東の鉱山へ行くことになったのだった。




