第50話 肩車
お昼を食べたあとに少し食休みをし、もう一度クルミ拾いを始める。
「秋は日が短いですので、あと1時間だけです。それが過ぎたら帰りましょう」
「はーい!」
ライカの言葉に、ターニャちゃんが元気よく返事をした。
「また集まり直すのが大変だから、一緒に行動しないか?」
と、俺が言うと、
「そうですね」
「その方が安心ですね」
と、ライカとトスカさんも賛成してくれたので、午後は全員一緒にクルミを探すことになった。
「あったよー」
「こっちにも!」
「ありました」
探すのはターニャちゃん、レーナちゃん、ライカの3人。
トスカさん、フィリップ君、そして俺は周囲の警戒だ。正直、俺が役に立っているかどうかは疑問だが。
特に何ごともなく時が経ち、俺もほっとした、その時。
「!」
トスカさんの手から何かが飛び、樹上へと吸い込まれて……。
ギャッという声と共に、人くらいの大きさで毛むくじゃらのものが落下してきた。
「エビルエイプですね」
どうやらクルミを食べに来たエビルエイプの群れと遭遇してしまったようだ。
「ここはお任せください」
トスカさんはそう言って、ポケットから小石を出し、それを指で弾いていく。指弾、というやつだろう。
そのほとんどは樹上にいたエビルエイプに命中。気絶したのか絶命したのか、ぼとぼとと落下するエビルエイプ。
「……僕の出番はなさそうですね」
フィリップ君は苦笑いを浮かべているが、俺としてはこの程度で済んでくれて大助かりだ。
ライカはターニャちゃんとレーナちゃんを抱き寄せるようにして守っている。
俺はそのそばで背後を警戒。
トスカさんは黙々とエビルエイプを打ち落としていく。
フィリップ君はそんなトスカさんをちらちら窺い、余裕があると見極めたのか、他に危険がないか全体的に周囲を警戒してくれていた。
そうこうするうちにエビルエイプは全滅。辛うじて生きているらしい。
「お嬢様の前で血は流したくありませんから」
とトスカさんは笑っていた。その笑顔を見つめているフィリップ君。……あれ?
フィリップ君が好きなのはターニャちゃんとレーナちゃんのような……じゃなくて……あれ?
「シュウさん、危ない!」
フィリップ君の声に我に返ると、俺目掛けて突進してくる茶色の塊……。
「おわあ!」
慌てて横に転がると、目の前を光る剣が通り過ぎていった。もちろんフィリップ君……『勇者』の『光の剣』だ。
続いて、光の剣に両断されたのだろう、茶色の塊が2つすっとんでいった。
見ると、巨大な熊のような魔物だ。それが縦に真っ二つ。血は流れていない。
「トスカさんが言ってましたから、血は流さないようにしました」
光の剣は、切断面を焼いて血を流さないようにもできるらしい。すごい。
この魔物は『ラッシュベアー』というらしい。滅多に出会わない、ある意味レアな魔物だそうだ。……運がいいのやら悪いのやら。
それからもトスカさんとフィリップ君は周囲を警戒していたが、
「もう大丈夫なようですね」
「そうですね。何の気配もしません」
2人とも大丈夫だと太鼓判を押した。
「はあ……」
気が抜けたような声を出したのはライカ。
ターニャちゃんとレーナちゃんを抱き締めながら気を張っていたらしい。
「ご苦労様」
俺がそう声を掛けると、ライカは少しだけ疲れたような顔で、でもにこっと笑ってくれたのだった。
* * *
もうそれでクルミ拾いは終わりとし、帰ることになった。
「フィルおにーちゃん、つよいんだねー」
レーナちゃんは、熊の魔物『ラッシュベアー』を真っ二つにしたフィリップ君が気に入ったのか、懐いている。
「ねえねえフィルおにーちゃん、かたぐるまして!」
「え? ああ、うん」
というわけで、林を抜けたあとの帰り道、フィリップ君はレーナちゃんを肩車して帰ることとなった。
そして。
「……おにいちゃん」
ターニャちゃんが俺の服の裾をつまんで引っ張り、上目遣いで見ている。
「ええと、肩車かい?」
「うん!」
ということで、俺はターニャちゃんを肩車することになった。
一応、俺が持っていた分の荷物はトスカさんが持ってくれることになったので助かった。
しかし、フィリップ君は大きなリュックを背負ったまま、レーナちゃんを肩車している。なんとなく負けた気がする……。
「わー、たかーい!」
「いいながめだね、ターニャちゃん」
「危ないからあまり動かないでくれ……」
「シュウ様、お手数お掛けします」
「いや、なんの」
「ふふ、シュウさん、お疲れ様です」
……と、賑やかな帰り道。
そんな感じの道中なので、2時間はあっという間……とはいかず、
「……ふう……」
ターニャちゃんを肩車しての道中は、それまでの疲労と合わさって、少々きつかった。
だが、荷物を背負った上、レーナちゃんを肩車しているフィリップ君を見ていると、泣き言は口にできない。
「シュウ様、大丈夫ですか?」
時々トスカさんが心配そうに声を掛けてくれるが、
「大丈夫ですよ、ターニャちゃんは軽いから!」
と、空元気で答える俺なのであった。
その後の道中は何ごともなく過ぎた。
俺の腰と肩はヘロヘロになったが、それをぐっと堪え、やせ我慢する。俺にもそのくらいの意地はあるんだ。
帰る道すがら、
「自分たちで拾ったクルミはそれぞれが持ち帰る、でいいかな?」
と俺が言えば、
「そうですね。あ、僕が拾った分はレーナちゃんにあげるよ」
と、フィリップ君。確かに、今のままではレーナちゃんの取り分が少ないものな。フィリップ君、やるじゃん。
「ありがとう、フィルおにーちゃん!」
「よかったね、レーナちゃん」
そんな2人を、トスカさんは目を細めて見つめていた。
同時にフィリップ君のことも、短い間だったがじっと見つめてたのだが、先頭を歩いている彼は気が付かなかっただろうな。
そしてハーオスの町へと帰還した俺たちは、マイヤー工房前で解散、としたのであった。
* * *
翌日。
「うう……腰が痛い……肩が痛い……」
俺は、筋肉痛で唸っていた。1日遅れで筋肉痛にならなかったのは、まだ筋肉年齢が若いと言うことだ。うん、よしとしよう。……でも痛いものは痛い。
「大丈夫ですか?」
ライカが心配してくれるが、病気や怪我じゃないんだから、こればかりはどうしようもない。
幸い、急ぎの仕事が入っていなかったので、午前中は極力身体を休めていた。
そして、昼前にフィリップ君がやってきた。
「シュウさん、大丈夫ですか?」
「う、うん。なんとかね……」
「辛そうですね……」
心配そうな声。いい奴だな、フィリップ君。
「あはは、仕方ないよ。普段使わない筋肉を使ったせいなんだから。つまり鍛えていなかった自分が悪い」
「でも、シュウさんは修理職人でしょう? なら鍛えていなくても仕方ないですよ」
「それはそうかもしれないけど、基礎体力はあるにこしたことはないしなあ」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ。力ってものは、あるから使うんじゃない。使いたいから力を付けるんだ。俺みたいな者はなおさらさ」
「力を……使いたいから…………」
あれ、フィリップ君が考え込んでしまった。俺、何かおかしなことを言ったかな?
「シュウさん、クルミはこのくらいで……あ、勇……フィリップ君、いらっしゃいませ」
「おじゃましてます。……何やっているんですか?」
厨房から出てきたライカはすり鉢を抱えたままだったので、フィリップ君も怪訝に思ったんだろう。何か考えていたようだったが、こっちの方が気になったようだ。
「シュウさんに教わりながらクルミペーストを作っているんです」
俺も筋肉痛でなければ自分でやるんだが、今はクルミをすり潰してもらっているところだ。
「もっとすり潰さないと駄目かな」
俺が言うと、ライカは渋い顔をした。
「うう、結構大変なんですね」
すると、
「あ、僕が手伝いますよ」
と、フィリップ君。イケメンだなあ。
「え、フィリップ君が?」
「いつもごちそうになってますから」
フィリップ君はライカの手からすり鉢を受け取ると、ごりごりと中身をすり潰し始めた。
「おお、さすが」
ライカとは比べものにならないパワーで、どんどんクルミがペースト状になっていく。
その証拠に、単に細かくなるだけじゃなく、油分がしみ出てきている。
これに砂糖を加え、隠し味にちょっとだけ塩を加えればクルミペーストのできあがり。
パンに付けて食べると美味しいのだ。
「むぐ、自分で作ったと思うと、もぐ、いっそうおいひいでふね」
フィリップ君、食べるか喋るかどちらかにしなさい。
まあとにかく、昨日採ってきたクルミは、こうして美味しくいただいております。




