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第5話 最初の依頼

 翌朝、俺は物音で目が覚めた。


「ああ、朝か」


 硬い作業台の上で寝ていたから少し背中が痛かったが、バイトでもっと酷い環境で寝ざるを得なかったことを思い返せば、寒くなかっただけましだ。

 工房の窓から外を見ると、荷車が通っていった。

 さっき耳にした物音はそれだったらしい。

 時間は、腕時計では午前6時。そういえば、この世界の時間について聞いていなかった。あとで聞いてみよう。


「あ、シュウさん、おはようございます」


 ライカも起きてきた。


「昨夜は済みませんでした。すぐ朝食にしますからね」


 そう言って、パンを温め始める。オーブントースターのような道具? があるようだ。

 そしてライカ本人は目玉焼きらしいものを作っている。


「いただきます」


 そうそう、この言葉はこっちの世界にもあり、ライカも俺同様『いただきます』を言って食べ始めている。

 食べ終わった時は『ごちそうさま』だ。

 このあたり、女神様が『お隣同士』と言っていただけのことはあって、似かよっていた。


 食べ終わると早速、時間について聞いてみる。


「時間ですか? 1日は24時間、1時間は60分、1分は60秒ですよ」


 と言う答えが返ってきた。おお、これなら腕時計の表示が信用できそうだ。

 ……1秒が同じ長さでありさえすれば。

 時計について聞いてみると、おおまかには日時計が使われているという。分、秒は砂時計を使うそうだ。


「分単位で時間を知らなければならないのは錬金術師や薬師くすしたちですね」


 要するに、薬の調合や練成はきっちりと時間を管理する必要があるというのだろう。


「わかった、ありがとう。さて、今日の仕事はどうなるのかな?」


「そうですね、急ぎではないんですけど、剣の研ぎの依頼が入っているんです」


「研ぎか。……そういえば、こっちの世界の金属について教えてもらえるかな?」


 俺は刃物を研ぐ、という作業が好きである。

 研ぎ澄まされた刃物も好きである。

 研ぎの依頼、是非やってみたい。だがまずは金属素材について、知識を蓄えることにした。


「ええと、金属として使われているものは金、銀、銅、鉄、鉛、錫、亜鉛、水銀……くらいでしょうか」


 意外と少なかった。まあ化学が進んでいないと無理からぬ点も多々あるからな。


「あとは合金ですね。青銅、黄銅、赤銅しゃくどう、くらいです」


「わかった。で、剣というからには鉄系……鋼なんだろうな?」


「はい、そうです」


 これで大まかな知識は得られた。というか、これ以上の突っ込んだ知識はライカにはないようなので、その辺は考えなくてはならないだろう。


 まずは依頼の剣を見せてもらった。本物の、実戦に使う剣である。

 道具好きが高じて刃物好きになった俺としては興奮せざるを得ない。


「おお、これが本物の剣か」


 ショートソードというらしい。つかも含めた全長は70センチくらい。両刃かと思いきやそんなことはなく、切っ先から10センチくらいが両刃なだけで、あとは片刃だった。

 日本刀でいうところの『切先両刃きっさきもろは作り』のようでもある。反っておらず真っ直ぐだが。

 剣といえば両刃だと思っていた俺にとって、ちょっとしたカルチャーショックであった。


「これを研げばいいんだな?」


「はい」


 聞くところによると、祖父の頃からの知り合いである騎士が定期的に研ぎを依頼してくれているそうだ。

 数少ない『お得意様』で、貴重な収入源だという。


「それじゃあ気合い入れて研がないとな。砥石はどこだろう?」


「あ、砥石は台所にあります」


「え?」


 嫌な予感。


「はい、これです」


 やっぱり……。

 ライカが俺に手渡してくれたのは、『中砥なかと』くらいの粒度(粗さ)の石。長さは15センチ、幅5センチ、厚み3センチくらいの小ぶりのものだ。

 包丁なら、これでもまあいい。だが剣は……。


「なあ、これでずっと研いでいたのか?」


「はい、そうですけど?」


「……」


 頭が痛い。

 ライカは、そういった知識を受け継がずに工房主になってしまったようだ。

 おそらくその依頼主は、形だけの研ぎでも、知り合いだからという理由で依頼料を払ってくれているんだろう。

 だが、そんな仕事がこの先も続くとは思えない。ここでなんとかしないと……。


「とにかく、これじゃ駄目だ。ちゃんとした砥石を手に入れないと」


「え? 私、これで包丁研いでいるんですけど……」


「あのな、包丁と剣を一緒に考えちゃいけない」


 俺はライカに『研ぎ』を説明した。


「……そうだったんですか……私……厚意に甘えてたんですね……」


 あ、まずい。朝から凹ませてしまった。


「ええと、とにかく、『直すべきこと』は直せばいいんだ。今からでも遅くはないぞ」


 遅かったかもしれないが遅過ぎはしない……と、思いたい。

 と、いうことでまずは砥石を買わなければ何も始まらないことがわかった。

 だが、1つ問題があった。


「え、ええと……恥ずかしいんですが、もう、その、お金があまり……」

 ということだ。


「剣の受け取りはいつなんだ?」


「今日の夕方から明後日の昼、となってます。一応、今日の夕方に様子を見に来ると言ってましたが……」


「ならすぐに砥石を買って、今日中に研ぎ上げれば納品できるから、依頼料を貰えるよな?」


 ギリギリの綱渡りだが、やるしかない。俺はライカを説得した。


「うう……わかりましたよう」


 ライカも渋々ながら納得してくれたので、2人して砥石を買いに行くことにした。

 ライカには砥石の見立てはできないだろうし、俺はそもそもどこで買えるのか知らないから、2人で行くのは必然だ。


 で、砥石を買えるのは武器・防具を扱っている店だった。いや、工房が主で、店が従のようだ。

 同じ工房でも、ここは鍛冶工房である。


「こ、こんにちは」


「おう、マイヤーの嬢ちゃんじゃねえか。……そいつは?」


 店の主人は小柄でずんぐりしたヒゲもじゃのおっさんだった。多分ドワーフだ。


「あの、今度うちに来てくれた……」


 ライカがどう説明していいか迷っていたので、俺は自分で名乗ることにした。


「修理職人のシュウって言います。よろしく」


「おう、そうか。俺はドドロフっていうんだ。……嬢ちゃん、これでなんとか店の方も安心だな?」


「は、はい」


 このおっちゃん……ドドロフもライカの顔見知りらしい。


「ええ。それで、砥石を買いに来たんです」


 俺がそう言うと、ドドロフのおっちゃんは、すぐに用途を察してくれた。


「おう、そうか。……研ぎかなんかの依頼だな?」


「はい。剣の研ぎをしなくちゃならなくて」


「そうか。少し待ってろ」


 おっちゃんはそう言うと一旦奥に引っ込んで、なにやら重そうな包みを運んできた。


「俺が昔使っていた砥石だ。粗砥あらと中砥なかと仕上砥しあげとが入ってる。使い古しだが品質はそれなりにいいぞ」


 大きさからして、砥石を動かすんじゃなく、刃物を動かして研ぐ砥石だ。俺はそっちの方が慣れているから有り難い。

 包みを開けてみると、きちんと平面が出された砥石が3つ。


「ああ、気をつけろよ。そいつは水で研ぐんだ」


「ええ、わかってます。そうすれば焼きが戻りませんし、目詰まりもしませんからね」


「お、わかってんな、ボウズ」


 ボウズと言われてしまった。これでも21なんだが……と思ったら、おっちゃんは100を超えているそうだ。エルフほどじゃないにせよ、ドワーフも長生きらしい。

「これなら、そうだな、1000でいいぞ」


「は、はい」


 ライカはなけなしのお金をはたいて代金を払った。


「うう……ほとんどお金がなくなっちゃいました」


 帰り道、ぼやくライカを俺は宥める。


「この砥石は値打ちものだから、すぐに元が取れるさ。まずは帰って依頼を済まさないと」


「……頼りにしてますよ?」


 どうやら、この依頼をこなさないと、明日の食費にも困るらしい。

 気合い入れて研がないとな……。


 急ぎの依頼なので、厨房の流しで研ぐことにした。

 剣には小さな刃こぼれがあったので、それも消しておく。

 驚いたことに、この砥石はダイヤモンド砥石並みに研磨力が強い。おっちゃんが『品質がいい』と言うわけだ。これなら大きな時間短縮ができるが、研ぎ過ぎには要注意だな。


 昼食は昨日のパン。これで買い置きは終わりだそうだ。残るは野菜のスープを作れるだけの食材。


「あと少しで研ぎ上がるから任せておけ。ああ、ついでに包丁も研いでやるよ」


「……お願いします……」


 明日の食費さえなくなってしまったことで、ライカは落ち込んでいる。

 そんな彼女を尻目に、俺は剣を研ぎ上げた。


「うん、いい出来だ」


 親指の爪にそっと刃を当て、刃筋と直角に動かしてみて、引っ掛かれば研ぎ上がりだ。

 ついでに鞘の方も確認する。余計な装飾はないが、飾り金具が少し錆びていたので、工房にあったブラシと、仕上砥の砥汁とじるを使って落としておいた。

 砥汁には砥石の微粒子が混じっているので、研磨剤として使えるのだ。


*   *   *


 その日の夕方。


「ライカ、どんな具合だ?」


 1人のお姉さんが来店した。耳が長い。髪は腰まであるさらさらの金髪、目は淡い緑色だ……うん、イメージどおりのエルフだな。


「あっ、ウィリデさん、いらっしゃい!」


「ほう、随分と片付いているではないか」


「はい、職人が来てくれまして。あ、剣も研ぎ上がってますよ」


「そうか。それは助かる」


 ここで剣を持って俺登場。


「はじめまして。修理職人のシュウと申します。これがご依頼の剣です」


「うむ。君が研いでくれたのだな。どれどれ」


 エルフの騎士、ウィリデさんは、早速剣を抜いて研ぎ上がりを確認している。

 ちょっとどきどきするな。


「ううむ、これはいい研ぎ上がりだ。……ライカ、いい職人を見つけたな。これまでの研ぎとは雲泥の差だ。今だから言うが、あとで研ぎ直していたんだぞ」


「え……やっぱり、そうだったんですか」


 少なからずショックを受けるライカ。まあそうだろうな。これまでの仕事がまったく役に立っていなかったということだから。


「だが、これは違う。これなら、同僚にも安心して紹介できる。それに、鞘の方も綺麗にしてくれたようだ。シュウと言ったか。ありがとう。これからもライカに力を貸してやってくれ」


「は、はい」


 綺麗なエルフのお姉さんに握手を求められ、少しどぎまぎしてしまった俺は悪くない……と思う。


 依頼料を貰えたので、とりあえずパンとベーコンのような肉が買えた。

 しかし、だ。


「……ベッドを忘れていた」


「……ごめんなさい……」


 まあ、まだ新しいベッドを買えるほど稼いでいないので致し方ない、と、俺は諦め、今夜も作業台の上に寝るのだった。


 それはさておき、これ以降ちらほらと他の騎士たちも研ぎを依頼してくれるようになり、マイヤー工房は一息つけるようになる。

 俺のKPも、これにより30に増えていたことを付け加えておく。

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