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第48話 勇者②

 シーガーさんから「もうしばらく、この工房に通いたまえ」と言われたフィリップ君は、毎日やって来るようになった。

 以前とは違い、朝の9時頃やって来て、夕方の4時頃に帰っていく。

 その間彼が何をしているかというと、大半は俺の仕事――修理作業を眺めている。それも、黙ったまま。

 以前は快活でよく喋る少年だったのに……。シーガーさん、どういうつもりだろう。


 お昼は一緒に食べていくのだが、やはり無言で、以前より食べるペースもゆっくりだ。


「…………」


 空気が重いぜ。

 なので、食後の休憩もそこそこに俺はまた仕事に戻る。


 今修理しているのは『ペンダントヘッド』。かなり細かい細工だが、今の俺なら楽勝……とまでは行かなくとも、なんとか直せる。

 凹んだ部分は、裏側から小さなタガネを当てて叩く。自動車の板金修理と同じ要領だ。サイズがもの凄く違うが。

 折れたパーツは《スキル:人間工具 レベル2》で接着。10回撫でて、しっかりとくっつける。

 そして《スキル:人間工具 レベル4》で表面を研磨し、汚れと錆を落として完了だ。


「これで、よし」


 声に出して終了を宣言すると、


「シュウさん、器用ですね」


 とフィリップ君が、少し羨ましそうに言った。


「はは、ありがとう。でもな、その反面、俺は全然強くないから、魔物相手には無力なんだ。だからフィリップ君の『光の剣』は羨ましいと思うよ」


 そう言うと、フィリップ君は意外そうな顔をした。


「僕は……『光の剣』なんて物騒なスキルじゃなく、シュウさんみたいに平和なおとなしいスキルだったらこんなに悩まずに済んだのに、と思いますよ」


「フィリップ君……」


 これはかなり重症だな。


「こんな弱い僕なんです。『勇者』なんてとてもとても……、賢者様は、それを気付かせようと『こちらに通え』と仰ったんでしょうかね……」


 負のループに入っているな。勇者なんて称号を貰っても、16歳……日本でいえば高校1年か2年だしな。俺だってそんな頃は、友達と馬鹿やって騒いでいたものなあ。


「悩むのは当たり前じゃないか?」


 それで、当たり障りのないことを言ってみることにした。


「え?」


「勇者である前に人間なんだから、悩むこともあるだろうし、迷うこともあるだろう」


 さて、これからどうしよう。それらしいことを口にしたけど、後が続かなくなった。


「………………」


 だが、フィリップ君は俺の言ったことを考えているようで、腕を組んで俯いたまま。


「悩んだら、誰かに相談することだ。迷ったら、誰かに頼っていいんだ」


 お、調子が出てきた。


「だからフィリップ君はシーガーさんに相談したんだろう? そしてシーガーさんは答えそのものじゃなく、答えの見つけ方を君に教えた」


「あ、確かにそうですね」


 フィリップ君の顔が上がった。


「だから君は答えが見つかるまで、ここで悩んで、考えて、そして困ったら相談してくれ。今回みたいに、多少なりとも助けになれると思う」


 今俺が言ったことは、フィリップ君が欲しかった答えじゃないだろう。それでも、答えの見つけ方くらいにはなったはずだ。……と、思う。

 まったく、ガラじゃない……と言いたいけど、妹と弟の面倒を見てきた身には、年下の子が悩んでいるのを見ると、手助けしたくなるんだよなあ。できるかどうかは別にしてさ。


 結局、フィリップ君はその日中に答えを見つけことはできなかったようだが、少しだけ表情が明るくなったようだった。



*   *   *



 翌日も、フィリップ君はいつもどおりの時間にやってきた。

 そしていつもどおり俺の仕事を、少し離れて眺めていた。

 これもいつもどおり、一緒にお昼を食べて……。


 だが今日はいつもと違い、フィリップ君はお茶の時間に訥々と話し始めた。


「僕は、ずっと南にある町の生まれです。そこはヒューマンの国の、ヒューマンの町で、住んでいる人もほとんどがヒューマンです」


 これまでずっと黙っていた出自を語り出したということは、何か心境の変化があったんだろうか。


「シュウさん。南の地は、ここよりずっと争いごとが多いんですよ」


 そう言ったフィリップ君の顔は、少し悲しげだ。


「戦争、というほど大きなものではありませんが、喧嘩なんて些細なものじゃない規模の争いが絶えない。そんな土地柄なんです。……人って、物が多くても争うんですね」


 余程悔しいのか、絞り出すような声だった。


「他の人種とは仲よくなかったのかい?」


「エルフ、ダークエルフとはそこそこ。ドワーフとは資源の取り合いで争うことがしばしば。獣人は見下す対象で、魔人は敵でした」


「それは……」


 いやはや、何とも。このハーオスの町では考えられない状態だ。


「『勇者』は、世界に平和をもたらす者だと教えられました。そして、そのために力を与えられたのだと」


「うーん……」


 それって、何か偏った教義を持つ宗教のように聞こえるな……。


「正直、このハーオスの町に来た時は面食らいました」


 そりゃそうだろうな。全部の種族が和気藹々……とまではいかずとも、それなりに仲よく共存しているんだから。


「賢者様から『仲間を作れ』って言われまして、共に戦ってくれる人をあちこち探し回って……」


 ああ、それで周りの町を巡っていたのか。


「魔導士、治癒師、格闘家、補助役などでいい人がいないかと思っていたんですが……」


 うん、RPGの定番だもんな。近接、中核、遠距離、ヒーラーは基本。


「なかなか見つからなくて、そのうちお腹を壊すし……」


 ああ、あの頃か。


「……で、やっと見つけた魔導士は、ダークエルフの人で」


 メランさんだな。


「何度も頼んだのに、仲間になってくれなくて」


 頼み方が悪いんじゃないのかな。


「そんなこんなで、先日……」


 だいぶ端折はしょったな。


「……でも、シュウさんに打ち明けたことで少しすっきりしました」


「それは何より」


 胸のうちに溜め込んでいるのは、あまりよくないからな。『おぼしきこといわぬははらふくるるわざなれば』……ってなんだっけ。枕草子? 徒然草? まあいいや。


「ここでシュウさんの仕事を見て、美味しいものをいただいて……何て言うんでしょう、平穏? な暮らしをしてみると、何が大切か、少しわかってきた気もします」


「そっか。そういうことを見越して、シーガーさんはここに通えと言ったのかもな」


「そうかもしれないですね」


 フィリップ君が自分で気付くことが一番大事なことで、その答えに一歩一歩近付いているんだろう、きっと。

 俺は冷めたお茶を飲み干し、また修理の仕事に戻った。



*   *   *



 時刻は午後3時少し前。

 休憩しようと道具を置いたその直後、懐かしい声が聞こえた。


「おにいちゃーん!」


 魔王様の愛娘、ターニャちゃんだ。


「ご無沙汰しております、ライカ様、シュウ様」


 変わらぬ毅然とした佇まいのトスカさんも一緒だ。

 そのトスカさんはフィリップ君を見て少しだけ眉を動かしたが、シーガーさんの時で学習したのか、それとも生来の落ち着きか、何も余計なことは言わなかった。


「久しぶりだね、ターニャちゃん」


「うん!」


「お嬢様は、お父上様のお屋敷……別宅にお住まいになりましたので、外出しづらくなったのです」


 トスカさんが説明をしてくれた。なるほど。ターニャちゃんはお姫様だもんなあ。そうそう外出はできないか。

 でも、お父さんと一緒に暮らせて、幸せなんだろう。顔が輝いている。よかったよかった。


「あ、そうだ。せっかくなので私、レーナちゃんも呼んできますね」


「あ、レーナちゃん! あいたい! おねえちゃん、おねがい!」


「はい、待っててくださいね」


 ライカは気が効くなあ。

 冷蔵庫には4人分のプリンが作ってある。俺とライカとフィリップ君の分プラスアルファだ。

 ターニャちゃん、レーナちゃん、トスカさん、フィリップ君の4人には行き渡るな。まあ、今日は我慢しよう。


「ターニャちゃん!」


 そこへ、レーナちゃんが飛び込んできた。


「レーナちゃん! ひさしぶり! あいたかったよぅ!」


「ターニャちゃん! あたしもあいたかった!」


 ターニャちゃんとレーナちゃんは再会の喜びに、両手を握りあってくるくる回っている。癒されるなあ。


「さあさあ、ターニャちゃん、レーナちゃん、プリンよー」


 ライカがターニャちゃん、レーナちゃん、トスカさんの前にプリンを置く。


「わーい! おにいちゃんのぷりん!」


「はい、どうぞ」


 そしてライカは、フィリップ君の前にもプリンを置いた。


「……ありがとうございます」


 だがフィリップ君はプリンに手を付けずに、ターニャちゃんたちの方を見つめている。心なしか頬が少し赤い気がする……。


「…………かわいいなあ」


 はっ!?

 フィリップ君はまさか、そういう趣味が!?

 俺の背に一筋、冷や汗が流れる。

 いや、見つめているのはトスカさんだよな……? あの人、美人だし。うん、きっとそうだ。


「シュウさん!」


「は、はい」


「あ、あの子、ターニャちゃんっていうんですか?」


「う、うん」


「……ああ……天使だ……」


 魔人ですが。……フィリップ君、危険人物認定。


「シュウさん、賢者様がなぜこちらに通えと仰ったかわかってきましたよ。みんな違う、だからこそ協力し合い、補い合う。パーティしかり、会議然り、世の中然り」


「あ、うん」


「ヒューマンだけでできることなんてたかが知れている。全ての種族が手を取り合ってこそ、取り合えるからこそ、世の中は平和になるんですよね!」


「お、おう」


 ターニャちゃんを見てどうしてそういう結論が導かれるのか小一時間問い詰めてみたいが、それ以上に『勇者』であるフィリップ君が吹っ切れた方が嬉しい。

 吹っ切れすぎている気もするが、まあノータッチならよしとしよう。

 そんなことを考えていたら、フィリップ君はプリンを一口に、飲み込むように食べてしまっていた。

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