第46話 光の剣
今更ながら、気付いたことがある。
この世界の言語は日本語じゃないということだ。……自分で言っていて本当に今更だと思うが。
いつ気が付いたかといえば、先日、『遺跡』で残されていた『辞典』を見た時である。
あれは日本語で書いてあったのだが、実はあの場にいた誰も読めなかったのだ。
そして改めてこの世界の文字を見つめてみると、英語でもなければドイツ語、ロシア語でもない。そして、もちろん日本語でもなかったのだ。
この世界に連れてこられる際に、女神様は『言葉は通じる』と保証してくれたわけだ。『お隣同士が違う言葉を話しているケースってあまりないでしょう?』と言って。
「だが『日本語が使われている』とは言わなかったよな、確かに!」
ラテン語かヘブライ語……なんだろうかなあ。どちらも知らないからわからないや。
文字を読もうと思えば読めるし、意味もわかる。書こうと思えば書ける。……が、改めて『日本語で』と強く意識すると、文字がわからなくなるので、日本語ではないことがわかったのだ。……本当に、今更だな。
女神様だから、こんなこともできる……と、納得しておくにしよう。
「まあ、バベルの塔はこの世界では作られなかったんだろうな……」
などと益体もないことを呟きながら、修理依頼の『魔法のランプ』を直していた。……別に、こすると魔神が現れるわけではない。魔力で光るランプのことだ。
「……よし、直った」
が、同時に1つの問題に気が付く。魔法道具修理用の『魔宝石』が底をついたのだ。
「買うか、採りに行くか、だな」
1年くらい前にはダークエルフの魔導士、メランさんに引率してもらって採取してきた。
工房で使っている程度の魔宝石は、買うなら1個1万マルスくらい、日本円だと10万円ほどだ。
「採取する方がいいのはわかるんだがな」
自分で採取してくれば元手は0。もっとも、時間や手間、弁当や道具などをどう換算するかの問題はあるが、ずっと安く上がるのは間違いない。
何せ、一番手間の掛かる『研磨』が、俺の場合はスキルでできてしまうのだから。
「だけど、危険とは背中合わせだしな……」
ターニャちゃんのお父さんである魔王様、キルデベルトさんから貰った金貨はあるけど、あれを使うのは違う気がする。あのお金はターニャちゃんに関することに使うべきだよなあ。
……まあ、そのおこぼれで買った砂糖を他の料理にも使うくらいは許してもらおう。
「で、採掘か……」
思考がループして元に戻り、思わず口から呟きが漏れた時。
「採掘に行くんですか?」
と、声が聞こえた。
振り向けば、いつぞや、正○丸を分けてあげた少年……フィリップ・ケント君だった。
「採掘……というと、東の鉱山ですよね。僕が護衛につきましょうか? こう見えても、結構強いんですよ、僕」
「へえ……」
フィリップ君は嘘をつくような性格ではなさそうので、話半分に聞いても、十分な戦力と言えそうだ。
それでも……
「信用してないわけじゃないんだけど、何か1つでいいから実力を見せてもらえないかな?」
と、頼んでみた。
「ええ、いいですよ。そりゃ、ちょっと知り合っただけの相手に背中を任せるのは不安でしょうからね」
フィリップ君は気を悪くしたそぶりも見せず、
「《スキル:光の剣 レベル1》」
と、スキルを使ってみせてくれた。
すると、彼の手に、青く光り輝く剣が現れたのだ。攻撃系のスキルは、初めて見た。
「どうです? 僕のスキル、《剣創造》です」
「すごいな……」
スキルは、その者の技量や技術と連動するらしいから、剣を作り出せるフィリップ君は剣の達人、少なくとも手練れということになる。
「それじゃあ、お願いしようかな」
「はい、任せてください!」
……ということで、翌日に俺とフィリップ君は東の鉱山へ行くことになったのだった。
* * *
「シュウさん、気をつけてくださいね。あ、これ、お弁当です」
早朝、ライカから2人分、つまり俺とフィリップ君の分の弁当を受け取る。
今回、ライカは修理……というのか、洋服の仕立て直しの依頼が入っているので行かない。
「お裁縫なら人並みにできますから、ご心配なく」
日曜大工レベルになってしまうと、途端に不器用さを露呈するライカだが、この程度なら任せられる。
東の城門で待ち合わせていたが、俺もフィリップ君もほぼ時間どおりに来たので、待ち時間はほとんどなし。
連れ立って鉱山を目指す。
暑さを避けるため早めに出たので、歩みが捗った。去年より脚が鍛えられたこともあるだろう。
おかげで、お昼よりかなり前に鉱山入口に着いた。
「とにかく、食事にしようか」
2度目ともなれば、多少なりとも要領はよくなる。俺はシートを敷くと予め濡らしてきたタオルで手を拭く。フィリップ君も同様だ。
「あれから、食事前には手を洗うように心掛けてますよ」
というフィリップ君。素直な少年だ。
「それはいいことだね」
と言いながら、俺はライカに作ってもらった弁当を取り出した。
「わ、ありがとうございます」
フィリップ君は素直に礼を言って、弁当……サンドイッチをぱくついた。
凄い速さで減っていくサンドイッチ。フィリップ君の食欲は相当なものだ。
「そういえば、お腹はもう悪くならないのかな?」
「あ、はい。いただいた薬と、食事前に手を洗うことを続けていたら、最近は全然」
「それはよかった」
そんな話をしつつ、弁当を食べてしまう。まだ11時前だ。
「さあ、行きましょう。ここからは、僕が守ります」
そう告げたフィリップ君はこれまでの親しみやすい雰囲気から一転、凛々しい顔つきになった。
* * *
「やっ!」
光の剣がきらめくと、ケイブインセクト――50センチもある虫の魔物が真っ二つになった。しかも、背後の岩壁は傷ついていない。これもスキルのなせる業か。
今回はケイブインセクトが12匹も出てきたが、全部フィリップ君が退治してくれた。
これほど強いとは思わなかった。これで安心して採掘できる。
今日来た坑道も、一般向けとして壁に『発光石』が埋め込まれているので作業には問題ない。
フィリップ君が警戒してくれる中、俺も《スキル:人間工具》を駆使して岩を崩し、採掘していく。
前回より手慣れたとはいえ、今回は俺1人なので、なかなかいい原石が集まらない。
「岩を崩せばいいんですか? だったら僕がやってみましょうか」
首を傾げながら俺が石を選別していると、フィリップ君がそんなことを言い出した。
「レベル1は生物だけを斬るスキルでしたけど、レベル2なら岩も砕けますよ」
「へえ……。じゃあ、この白っぽい岩を砕いてくれるかな」
「わかりました。《スキル:光の剣 レベル2》!」
今度の光の剣は赤く輝いている。それをフィリップ君が岩壁に突き刺すようにすると、
「おお!」
凄い音と共に岩が砕かれ、大量の岩塊が崩れ落ちてきた。
「ありがとう、これで十分だ」
俺が10回スキルを使うよりも効率よく岩を砕ける……くっ、これが攻撃スキルか!
大量の岩塊を選別すると、8個の上質な魔宝石、13個のまあまあの魔宝石、11個の低品質な魔宝石の原石が手に入った。
「これだけあればまた1年は保つな……。ありがとう、フィリップ君。これで十分だ。帰ろう」
欲張ってはいけない。必要な分プラスアルファが手に入ったなら撤退だ。欲張って怪我でもしたら元も子もない。
「もういいんですか?」
「うん。必要な魔宝石は確保できた」
「わかりました。帰りましょう」
俺たちは来た道を戻っていく。と、フィリップ君が俺を押し止めた。
「シュウさん、止まってください。……右の坑道から、でかい魔物が来ます」
「えっ」
耳を澄ますと、確かに鈍い足音がする。それはだんだんと近付いてくるようだ。
「大丈夫、僕がいます。《スキル:光の剣 レベル3》!」
フィリップ君がスキルを使った。すると、白く光る剣が彼の手に現れた。
右の坑道からは、何やら黒い塊のようなものが駆け寄ってくる。直径1メートルはありそうな……なんだ、あれは!?
俺はびびっていたが、フィリップ君は落ち着いたもので、
「ふん!」
手にした光の剣をただ無造作に横薙ぎに振るっただけ。それだけで魔物は上下に両断された。
見れば、芋虫のようなダンゴムシのような、固そうな外殻を持った虫系の魔物だった。それが上下に『ひらき』になっている。光の剣、威力が半端ないな……。
「ブラックケイブワームですね。こいつにのし掛かられると、人間だったら潰れますね」
と、空恐ろしいことを平然と口にするフィリップ君。“結構強い”というのは嘘じゃない。いや、実は“もの凄く強い”んじゃないかな?
ブラックケイブワームの外殻はいい素材になるらしいが、魔宝石の原石がなかなか重い。なので、少しだけスキルで切り取った。残りは見つけた人にあげよう。
* * *
それからは魔物にも襲われず、ハーオスの町に無事帰ることができた。
時間は午後3時。フィリップ君のおかげでかなり早く採取を済ませることができた。有り難い。
「それじゃあ、僕はここで」
工房でお茶でもと誘ったのだが、仲間との約束もあるのでと言われてしまい、その日は礼だけ言って別れることとなったのだった。
「ただいま」
「お帰りなさい、シュウさん!」
工房に帰ると、心配していたんだろうか、ライカが待ち構えていた。
「どこも怪我はしていませんよね?」
「あ、ああ。フィリップ君が守ってくれたからな」
そこで俺は、収穫物である魔宝石の原石を作業台の上に出した。
「ほら、こんなに採れたぞ」
そして、彼の活躍ぶりを説明した。
だがそれを聞いたライカは、少し顔色を変え、棒立ちでいる。
「ど、どうしたんだ?」
「……光の剣……強い……? もしかしたらフィリップ君……いえ、フィリップ様は『勇者様』かも……」
「ええ!?」
賢者様、魔王様、王子様に続いて勇者様だって!?
もし本当なら、この工房、有名人が集まりすぎだろう……。




