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第45話 フロートガラス  

 俺たちは、一旦町議会の大会議室へ戻った。


「ええと、まずは大きなガラスを作り、その平面を出す方法についてです。溶けた錫の上に、溶けたガラスを流して固まらせるんですよ」


「おお! そんな方法があるのか!」


「これは気が付かなかった!」


 これは『フロートガラス』の製法である。

 フロートガラスとは、溶けた金属の上に溶かしたガラスを浮かべることで製造するのでこの名前……らしい。

 サッシ屋の親父さんに聞いた知識だ。親父さん、あのときは蘊蓄うんちく親父、なんて陰で呼んでごめんよ。

 高価な錫ではなく安価な鉛でもいいのだが、鉛は毒性が強いのだ。せっかく魔法のあるこの世界、わざわざ鉛中毒患者を出したくない。


 さっそく、巨大な平面ガラスを作れるような溶融錫の『プール』を用意する手筈てはずが整えられた。

 残るはガラスの質だ。


「ええと、先程も伺いましたが、ガラスは水晶を溶かして作ってるんですよね?」


「そのとおりだ」


 ということは、この世界のガラスは全部石英ガラスということになるのか……。


「ちなみに、溶かすための熱源は何ですか?」


「魔法かスキルだな」


 うわあ……。ファンタジー万歳。石炭もコークスも使わないで済むなんて、環境に優しいなあ……。

 これはあれだ、魔法系の熱で溶かしているから、融点を気にしていないパターンだ。


「ええと、ガラスっていうのは、石英にソーダやカリを少し混ぜて融点を下げるんです。その方が加工しやすくなるんですよ。で、おそらくこのガラスはそれです」


「なぜそんなことをするのだ?」


 ドワーフの評議員が首を傾げながら聞いてきた。おっさんがそんな仕草しても可愛くないんでやめてください。とは口が裂けても言えないが。


「おそらくこのガラスが作られた世界は、魔法もスキルもない世界なんですよ。ですから熱源といえば、何かを燃やさなくちゃいけないんです」


「なるほど。それなら、できるだけ低い温度で作業したいと考えるのが人情か」


 さすが技術系民族のドワーフ、すぐに言いたいことを察してくれた。


「そういうことですね。ですので、同じ材質にするならソーダを加えてやればいいはず……です」


「ソーダ? ソーダとは何だね?」


「ええと……」


 さすがに、それ以上のことはわからない。ガラスの成分は多少知っていても、比率までは知らないし、ソーダって何だっけ? 状態だ。

 だが。


「あ、もしかして……」


 さっき行ってきた遺跡……資料館に、そうした文献がないかな? 駄目で元々、とりあえず聞いてみる。


「ふむ。確かに、いくらか本は残っていたが……ガラスの作り方など書かれた本があったとは聞いていないぞ?」


 駄目か。いや、まだ諦めるには早い。


「それでも、何かヒントがあるかもしれません。どなたか立ち会ってくださって構いませんので、その書庫を拝見させてもらえませんか?」


「ふむ。どうかね、諸君?」


「私は構わないと思いますが」


「左様。既に内部にまで立ち入らせたのですからな」


 評議員たちは短い相談の末、俺の書庫立ち入りを許可してくれた。やったぜ。



*   *   *



 ……と思った俺が浅はかだった。

 やっぱり想像していたとおり、ここは廃棄予定の建物だったんじゃなかろうか。

 書庫らしき場所に、本棚はあった。そう、本『棚』は。


「本がなきゃ意味がないぞ……」


 本棚は空っぽに近かったのだ。

 残っていたのは古新聞の束と帳簿。おいおい、帳簿を置いていってよかったのか……?


「他の部屋も見せていただけますか?」


「うむ、ここまで来たのだ、構わないだろう」


「そうですな」


 ということで、もちろん評議員たちと一緒ではあるが、他の部屋もひととおり見せてもらうこととなった。


 ……そして、やはりここは廃棄された、もしくは廃棄予定だった施設だという確信が深まる。

 なんせ、碌な物が残っていないのだ。

 事務所だったと思われる部屋に残っていたのは、歪んだスチールデスクと壊れかけた事務用椅子、古い時刻表とこれまた古い電話帳、それに完全に壊れたパイプ椅子。

 応接室らしき部屋には、誰の絵だかわからない、額に入った油絵と割れた花瓶の破片。

 給湯室にはボイラーがあったが、水道もガスも繋がっていないので使い道がない。あとはところどころ凹んだ金色アルマイトのアルミのやかん、それと割れた湯飲みがいくつか。

 食堂には古いテーブルとスツール。それに使い古しの割り箸。

 隣接した厨房には、カビの生えたまな板、それに変形したフォークとスプーンが何本か。

 医務室だったと思われる部屋には、黒くなった脱脂綿の入ったゴミ箱。

 倉庫はからっぽ。いや、古びたスリッパが3足ほどあった。

 掃除用具入れには古くなった箒と、ブリキのバケツ、それにプラスチック製のちりとりがあった。

 洗面所やトイレは、ここも水道が繋がっていないので役立たず。それ以前に、何に使う場所だったかわかっていないようだ。ちなみに、便器は全部割れており、洗面台の鏡はなくなっていた。

 これで本当に『資料館』なのかと思ったが、異なる文明の資料になるからその名があるのだと教えられたので納得した。

 だが、期待外れだ。

 ここまでで、役に立ちそうな物は見つからない。俺は肩を落とした。


「……あとはないんですか?」


 内心の落胆を隠し、聞いてみると、


「他の部屋にも少し本らしき物はあった。それをまとめた部屋がある」


 と、ヒューマンの評議員が答えてくれた。


「見せてもらえますか?」


「もちろんだ」


 一縷いちるの望みを繋ぎ、俺はその部屋を訪れた。


 そこは会議室らしき場所で、薄汚れたパーティションが壁に立てかけてあり、部屋の中央部には脚が1本曲がった折りたたみの長机が1つ置かれていた。

 そして問題の本はというと……。


「これ、ですか?」


「そうだ」


 表紙を見る限りでは、綴じ部分がばらけた大きな辞書、というか辞典だった。

 これなら『ソーダ』と引けば、何らかの情報が得られるだろう。少しだけ希望が見えてきた。


「手に取ってもいいですか?」


「そっと頼むぞ」


 許可を得て、俺はその辞典をそっとめくってみた。


「ページが抜けているな……」


 辞典は重い。乱暴に扱って落としでもしたら、綴じが傷む。そしてこの本も何度か落とされたのだろう、角が丸くなったり凹んでいたりする。

 ページ数が多いだけに、ばらばらになったら最後、元のように並べ直すのも一苦労だ。

 そして調べた結果、『か』~『た』までのページがなくなっていた。


「くそ……」


 『ソーダ』を引いてみれば、何かわかっただろうに……。引きたいページがなくなっているなんて。せっかくのチャンスだったのに。

 『か』から抜けているから、『ガラス』でも引けやしない……。ちくせう。

 あとは何かないか……研削のためのキーワードは。

 ガラス……『窓』ガラスはどうだろう? 『ま』はなくなっていないはずだ。


「ま……また……まて……まつ……まと……っと。あった!」


 ――『窓ガラス』。窓にはめ、家の内部と外部を仕切るために使う板ガラス。フロートガラス、曇りガラス、網入りガラス、強化ガラス、2重ガラスなどが使われている。――


 やったぜ。

 そうだよ、これだよ。まず『板ガラス』で引いてみる。


 ――『板ガラス』。単板ガラス(たんばんガラス)を参照――


 がっくし。『た』が抜けているじゃないか!

 次だ、次。


 ――『フロートガラス』。溶かした金属の上に、融解したガラスを薄く浮かべることで製造した板状のガラス。――


 うーん、イマイチ。

 『曇りガラス』で引いてみるか……く……くま……くも……お?

 曇りガラスを引いていたら、別の単語が目に付いた。


 ――『クリスタルガラス』。二酸化珪素、炭酸ナトリウム、カリウムもしくは炭酸カルシウム、というガラスの主成分に、酸化鉛を加えて形成される鉛ガラスの一種を指す。――


 これだあっ!


「わ、わかったのかね?」


 思わず口に出していたらしく、そばにいた評議員の人たちがびっくりしていた。


「ええ、多分。水晶の他に、カリウムと炭酸ナトリウムを混ぜるんです」


「炭酸……ナトリウム?」


「はい」


 この物質は、料理に重曹を使う者には聞き覚えがあるかもしれない。膨張剤としての重曹、すなわち炭酸水素ナトリウムを加熱するとできる物質だ。重曹よりもアルカリ性が強く、苦い。……だったかな?

 重曹は、この前手に入れられたことから、この世界にも流通している。加熱すれば炭酸ナトリウムができるはずだ。


「なるほど、それを混ぜればいいのか」


「あとはカリウムか炭酸カルシウムですね。炭酸カルシウムなら、貝殻とか卵の殻です」


「ほほう……! よし、それだけ聞ければ十分だ。シュウ君、ありがとう!!」


 ドワーフの評議員は俺の手をそのごつい手で包んで上下に振った。手が痛い……。


「これだけの情報をもらっておいて作れなかったら、ドワーフの恥だ!」


 とまで言い切っている、職人肌だなあ……。でも、修理の助けになれたようで、嬉しいや。



*   *   *



 さすがに巨大ガラスの生産は、資金的にも設備的にも、一介の修理屋の手に余る。

 相談を受けてから半月が過ぎた頃、評議会から呼び出しが掛かった。


「シュ、シュウさん、大丈夫でしょうか?」


 心配そうなライカ。

 『出頭すべし』とだけ書かれた呼び出し状を受け取ったのが朝。大急ぎで支度をする。


「それじゃ、行ってくる」


 ライカに一言告げて、差し向けられた馬車に乗り込んだ。

 うまくいったのか、それとも……と、先日の結果をあれこれ想像していると、町の中心部まではあっという間だった。


「おお、来たな」


 ダークエルフの評議員が俺を出迎えてくれた。


「……うまくできたんでしょうか?」


「自分の目で確かめるといい」


 どうにも、メランさんをはじめダークエルフは感情を顔に出さないらしく、機嫌がいいのか悪いのか表情からは読み取れないな。

 そして、勝手知ったる地下通路を通って『遺跡』に向かい、ついに『それ』を目にする。


「おお……!」


 割れていた4枚のガラスは見事に修復されていた。


「ドワーフの職人たちが力を合わせてくれてね。見事に修理できたよ」


「よかったですね!」


 壊れていたものが直っているのを見るのは、修理屋として俺も嬉しい。


「おお、シュウ君!」


「どうだね、綺麗に直っただろう?」


 そこへ他の評議員たちもやってきた。


 こうして、ガラス修理は成功し、俺もお偉いさんたちへの覚えがよくなったのだった。

 KPはこれで600になった!

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[気になる点] 辞書で『か』~『た』が抜けてるのに、『く』である曇りガラスやクリスタルガラスを調べられるのはおかしいと思います。
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