第44話 偽金?
だんだんと暑い日が増えてきた頃、俺は町議会に呼び出された。
といっても、何かへまをしたとか、法に触れることをしたというわけではなく、『使徒』としての俺に何か相談したいことがあるという話だ。
ライカは呼ばれず俺だけなので、何かトンチンカンなことをしないかちょっと不安だ。
指定された2階の大会議室は、ドアが開いていた。
「……失礼します」
と断って中へ足を踏み入れ、名乗る。
「お呼び出しを受けました、シュウ・ゼンダです」
「おお、君がシュウ君か」
ヒューマンぽい中年の男性から声を掛けられた。
「いつぞやは、柱時計を直してもらって感謝しているよ」
これは、狼のような雰囲気を持つ獣人の男性。
「この町に貢献してくれて、感謝している」
一目でドワーフとわかる、髯もじゃの男性にも声を掛けられる。
「会ってみたかったよ」
と言ってくれたのは間違いなくエルフだ。美形の青年だけど、きっと俺より年上なんだろうな……。
その隣に座っている、やや浅黒い肌の男性はダークエルフかな?
そして、黙ってにこやかに見つめている、ターニャちゃんのお父さんに雰囲気の似た男性は、魔人だろう。
このように、各種族の代表である評議員が思ったより親しげに対応してくれたので、少しほっとして緊張も和らいだ。
「今日は、『使徒』だというシュウ君に、相談に乗ってもらいたいことがあったのだ」
ヒューマンの評議員がまず口を開いた。
「は、はあ、なんでしょう」
小市民な俺なので、何を聞かされるのか緊張してしまう。
「実はだな、最近この町に偽金貨が流通するようになってきたのだ」
「偽金貨、ですか?」
「うむ。調べてみると、金の含有量が少ない。当然だがな。正式な金貨は金が85パーセント、銀が15パーセントなのだが、偽金貨は金が75パーセントしか含まれていない」
「ははあ、なるほど」
金75パーセント、というのは確か18金の比率だったはず。それでも十分に価値はありそうだが、正規の金貨は85パーセント。その差10パーセントは大きいんだろうな。
「魔法やスキルを使えば真贋の判別はできる。が、誰でもできるわけではない」
なるほど、ということは、簡単にできる偽金判別法が知りたいわけだな。
「偽金貨は何が混じっているかわかりますか?」
念のために聞いておく。
「うむ。銀と銅だ。銀が20パーセント、銅が5パーセントといったところだな」
今度は、ドワーフの評議員が説明してくれた。
銀の含有量が増えると、金の色は白みを帯びてくるから、それを誤魔化すために銅を混ぜて赤みを増したのだろう。
だとすると……。
「一つ確認をさせてください。重さでは判断できないんですね?」
「もちろんだ。だから困っておる」
「そうですか。でしたら『体積』を計ってください」
「体積? なぜだね?」
エルフの評議員が不思議そうな顔で尋ねてきた。
「混ぜられている金属は、銀も銅も、金より軽い……というか、比重が小さい金属です。ですので、重さが同じなら体積が大きいはずです」
アルキメデスの原理……だったかな?
おお、という声が評議員席から聞こえてきた。
「ですので、透明な容器に水を入れて、そこに本物の金貨を入れた時に上昇する水面の位置に目盛りを振っておきます。そこに、調べたい金貨を入れてみれば……」
「……ふむ、体積が大きければ目盛りをオーバーするな」
「はい」
この答えに、
「……なるほど」
「ふむ、これは……」
「これならば……」
と、評議員たちはひとしきりざわついている。
「なるほど、噂どおりだ。『女神様の使徒』だというのも頷ける」
ヒューマンの評議員が上機嫌で頷いた。
「え、ええと……?」
評議員たちの反応がよくわからないので面食らっていると、やはりヒューマンの評議員が俺に説明してくれる。
「いや、シュウ君、すまん。偽金貨の話は解決済みなのだ。それも、君の言ったやり方とほぼ同じ方法でな」
「は?」
「済まないとは思ったが、君の実力……というか知恵を試させてもらったのだ」
「いえ、それはいいのですが、なぜそんなことを?」
「うむ、実はだな……」
ヒューマンの評議員が俺に説明してくれたところによると……。
このハーオスの町の西には、遺跡が2箇所ある。
遺跡には、廃墟になった遺跡と、過去の資料館として扱われる遺跡の2種類があって、西には両方揃っているというのだ。
こうした遺跡は、この世界、あるいは今の時代にはない技術や知識の源となっているそうだ。
廃墟の方は、評議会が許可を出せば探査・採掘は自由にできる。万華鏡や聴診器が見つかったのはこちらである。
一方、資料館としての遺跡は、廃墟遺跡よりは保存状態がいいのだそうだ。
どちらも一般に開放はされておらず、特に資料遺跡の方は限られた者しかその存在を知らないと言われた。
俺が教えてもらえたのは、これまでの貢献(主に修理)と、今回の偽金貨選別という試験問題をクリアしたからだという。
「実は、遺跡というのは、この辺では見たことのない様式の建物でな」
今度はドワーフの評議員が説明を始めた。
「許可を得た一部の学者や技術者、聖職者、為政者などが訪れられるのだが、一昨年に大嵐がこの辺り一帯を襲い、その際に窓ガラスが4枚ほど割れてしまったのだ」
なんとなくわかってきた。その窓ガラスを直してほしいというのだろう。だが……。
「問題は2つ。ガラスの平面度が出ないこと。だが、これは君のスキルでどうにかなると聞いた」
確かに、町中のガラス磨いて回ったからなあ……。
「問題は、ガラスの質を同じにできないということだ」
「質、ですか?」
「そうだ。我々ドワーフは、素材の質に関しては敏感で、スキルなどなくてもその差を感じ取ることができる」
おお、そりゃすごいや。
「……だが、違うことはわかっても、それを作れるかどうかはまた別問題なのだ。」
それはそうかもしれない。料理の美味いまずいはわかっても、作れるかどうかは別問題だしな。
「割れたガラスは大半が吹き飛んでしまい、破片がほとんど見つからないのも悩みだ」
確かに破片が揃っていれば、もう一度溶かして再生、という手だってあっただろうからな。
「そこで、君だ」
今度はダークエルフの評議員が口を開いた。
「君は『女神様の使徒』として、別格の知識をもらっているらしい。そのことは、先程の偽金貨識別方で確認した」
あの方法は、過去の勇者が書き残した方法と同じだという。きっと俺と同じ世界から来た人だったんだろう。
「また、メランからも聞いている。修理以外にも、物性に造詣が深い、と」
銀の黒化をしたときのことだな……買いかぶりですよ、メランさん。
「その知識と知恵を、是非貸して欲しい」
「え、ええと、現場は確認させてもらえるんでしょうか」
「もちろんだ」
* * *
評議会のある建物の地下から直通のトンネルがあるなんて初めて知った。これなら無許可の者は立ち入れないのも納得だ。
ということで、いろいろすっ飛ばして、というかくぐり……もぐり? ……抜けて、遺跡にやってきた。
地上に出て、遺跡を目にする。
「これは……」
俺は目を見張った。
そこにあったのは、俺の想像する『遺跡』ではなく、俺のよく知る『近代建築』だったのだ。
コンクリートでできたビル。それが『遺跡』と呼ばれる資料館だった。
これって、地方にある町営の図書館とか資料館とか、そういう建物だよなあ……。『女神様』、何してくれちゃってるんだか。
が、内部を見せてもらって、多少ではあるが納得がいった。
ははあ、過疎化した地方の町か村にあった建物か……。放っておいても取り壊されるような施設をこっちに持ってきたらしい。古びて汚れ、くたびれた感じからそう思った。
あるいは、ダムの底に沈む予定の町にあった建物かもしれない。勘だが、なぜかその推測は間違っていないような気がした。
で、問題のガラスである。
確かに、2階の窓ガラスが4枚割れてしまっていた。窓と言うより、壁面と言った方がいいくらい大きなガラスだ。
少しだけ破片が保管されていたので見せてもらうと、色の付いていない普通の板ガラスのようだ。厚みは5ミリ。
強化ガラスではない。その証拠に、破片は不規則な大きさに割れている。強化ガラスなら細かく粉々に割れるはずだからだ。
すりガラスでもなく、網入りガラスでもない。
「建物の様子からして、おそらく昭和末期くらいだろうから、普通のガラスだろうな」
修理屋として、アルミサッシの入れ替えくらいは経験していたので、ガラスについて最低限の知識はあった。解決できそうな依頼でよかったぜ……。女神様、ありがとう。
「どうだね、シュウ君?」
考え込んでいた俺に、ヒューマンの評議員が心配そうに尋ねた。
「はい、何とかなると思います。それで、問題はなんなのか、もう一度確認させていただきたいのですが」
現場で問題点を確認するのは鉄則でもある。見落としが少なくなるからだ。
「うむ、当然だな。ここの4箇所の窓のガラスが割れてしまっているので直したい。だが、こんな大きなガラスを作れないこと、同じガラスにしたいが成分がわからないこと、それから平面が出せないこと、この3点が問題なのだ」
ガラスの大きさは、目測で幅1メートル、高さ2メートルといったところか。これでは、俺のスキルで平面研磨は難しい。
できないこともないが、それよりは平らなガラスを作ってもらった方が早いだろう。
だが、聞いたところよれば、板ガラスの作り方は、ます『円筒』にガラスを『吹き』、それを切り開いて平らにするという。
以前テレビで見た、ベネチア当たりの職人がやっていた方法だが、確かにこれでは大きなガラスは作れないだろうな。
それから、元のガラスと同じ成分のガラスか……。問題は山積みだ。一つ一つ解決していかなきゃならない。
「ええと、今現在、作られているガラスの原料って何ですか?」
この質問には、ドワーフの評議員が答えてくれた。
「うん? ガラスの原料なんて、水晶以外にないだろう?」
「……添加物は?」
「色を付けるのでない限り、何も入れることはないのではないか?」
「なるほど」
この答えで、おおよその見当が付いた……気がする。
あとは検証あるのみだ。




