第42話 馬車引き渡し
ヒューマン……『人間』の国である『アストラス王国』、その第2王子殿下がマイヤー工房にやって来て、俺とライカの目の前にいる。
先日、店の前で横転した馬車に乗っていた殿下を救い出す手伝いをしたから、その礼にとやって来たのだ。義理堅い王子様である。
「マイヤー修理工房の噂はかねがね聞いていました。いつか訪れてみたいと思っていたんですよ」
きらきらした目で見つめられている……。ちょっと弟を思い出すな。
「聞けば、シュウ殿は『女神様』のお声を聞いたことがある『使徒』だそうですね。羨ましいです。僕」
ライカもそうなんだが、黙っていた方がいいだろうな……。
「神殿には何度も通っているんですが、1度も『女神様』のお声を聞いたことがなくて」
うーん、何か女神様に好かれるというか、声を聞ける条件ってありそうだけど……考えてわかるものじゃないだろうしな。
「それに、いろいろな物を修理できるということは、知識も凄いということですよね。憧れます」
王子殿下に憧れられてしまったか……。そんな大層なものじゃないんだがな。
「それにそれに……」
王子殿下はそれはもう、喜々として憧れを語ってくださるので、聞いているこっちが恥ずかしくなってきた。
いつまでこうして聞き役に徹していればいいのか……と思っていたら、
「殿下、いい加減になさいませ」
と、お付きの年配の方の女性騎士が一言。
「あ、ああ、そうだね。つい、熱くなって語っちゃったよ」
そういって照れるところは年相応というか、ちょっと可愛いと思ったのは内緒だ。でも俺にショタの気はない。
「シュウ殿、そういえば馬車はどうなっておりますか?」
王子殿下が口を噤むと、今度は年配の女性騎士が尋ねてきた。
「当時、付き添っていた兵士が廃棄しようとしたことは聞いて知っております。それでも聞かせていただきたいのですが」
「はい。修理して、うちの裏に置いてありますが」
「おお、本当ですか。実は、あの馬車は陛下から殿下に賜ったものでして、他の馬車ならともかく、あれだけは回収したいと思っておりました」
「そうだったんですか」
それはやっぱり、手放せないだろうな。帰せと言われることも想定して預かっていたから問題ない。ばらさなくてよかったなあ……。
そう告げると、年配の女性騎士は僅かだったが頭を下げた。
「見てみますか?」
「是非」
修理した馬車を確認したいということで、俺は王子殿下と女性騎士2人を店の裏手へ案内した。
ちなみに先日までは臭かったが、修理の妨げになるので消臭剤を買って撒いた結果、随分とましになっている。
「うわあ……!」
「綺麗に直ってますね」
王子殿下と年配の女性騎士の2人が声を上げた。さっき注意された若手の女性騎士は無言だ。
「はい。自分たちで使うにせよお返しするにせよ、直さなくては話になりませんから」
「まったく、シュウ殿には畏れ入りましたよ。……お見事!」
王子殿下が笑いながら、気さくな感じで褒めてくれた。悪い気はしない。
「磨り減った車軸も直しました。油が切れていましたので、そのせいで車軸の減りが早くなったのだと思います」
一応、故障箇所と修理箇所についても報告しておく。
「なるほど、油ぎれですか。これは、整備兵の責任でもありますね……。処分はどうしましょうか」
低い声でそう呟いた、年配の女性騎士はちょっと怖かった。
「今日は牽く馬がいないので預けておき、明日の昼前に取りに来ます。それでよろしいですか?」
店に戻ると、年配の女性騎士が断定気味に尋ねてきた。無論、異存はない。
「修理のお礼はその時に」
とも言っていたので、ちゃんと筋は通してくれるようだ。
そんな時。
「おや、珍しい方がおるの」
と言いながらシーガーさんが店に入ってきた。
「これは、賢者様ではありませんか」
「おお、これはヒルデ殿」
年配の女性騎士はヒルデというらしい。やはりというか、シーガーさんと顔見知りのようだ。シーガーさんは国王陛下と懇意だというから、知っていて当たり前か。
「賢者様は何をしにこちらへ?」
あ、顔見知りではあっても付き合いはないから、シーガーさんがうちに入り浸ってることは知らないんだな。
「なんということもなくのう。強いて言えば、この店が気に入っているから……かのう」
「そ、そうなんですか」
珍しく年配の……いや、ヒルデさんが慌てていた。
「今日は少し暑いので冷たいプリンにしました。殿下も、ええと、騎士の方もどうぞ」
シーガーさんが定位置に腰を下ろしたので、いつもの手順でライカが甘味を運んできた。王子殿下と女性騎士2人の分も。
……ああ、あとで食べようと余計に作っておいたのに。
「うむ、美味いのう」
早速食べ始めたシーガーさんをびっくりしたような顔で見つめていた3人。
王子殿下もスプーンを握ったが、
「殿下、まずは私が」
とヒルデさんが言って、先に一口食べて見せた。
「んん……!!」
目を見開いたヒルデさんを見て、王子殿下は慌てる。
「ど、どうしたの!?」
「あ……」
「あ?」
「甘いのです、殿下! こんな菓子、食べたことがありませぬ!!」
「そ、そんなに!?」
そんなやり取りを見かねたシーガーさんが一言。
「ほっほ、殿下、早く食べぬとせっかく冷やしてくれてあるのに温くなってしまいますぞ」
「え、あ、はい」
慌てて食べ始める殿下。そんなに急いで食べると喉につっかえ――ないよな、プリンだから。
「こ、これは……美味しいです!」
「じゃろう?」
「甘いです!!」
女性騎士2人も、プリンを相当気に入ってくれたようだった。
ここまで、俺とライカは黙って見ていた。シーガーさんと殿下たちのやり取りというか掛け合いというか……がテンポよすぎて口を出せなかったのだ。
「ああ、美味しかった。シュウ殿、ライカ殿、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
3人とも満足してくれたようでなにより。
そしてそれからはシーガーさんも交えての雑談となった。急ぎの仕事が入ってなくてよかった。
夕方4時過ぎ、シーガーさんが帰るのに合わせ、王子殿下ら3人も帰っていった。
「ではシュウ殿、ライカ殿、明日馬車を引き取りに来るのでよろしく」
と言い残して。
* * *
「今日もなんだか疲れた……」
「私もです……」
賢者様、魔王令嬢、魔人四天王、魔王様、そして王子殿下……。偉い人、来すぎだろう……。
でも、これも考えようか。帰るには魔王城へ行かなければならず、そのためには身分が高い人との繋がりが必要になるかもしれないしな。
いくら魔王様が気さくな方でも、いきなり『玉座の後ろを探らせてください』なんて持ちかけられないものな。仮に魔王様がいいと言っても、周囲が許しちゃくれないだろうし。
許されるのはせいぜい魔人の国に行ってみたい、というくらいだろう。
気疲れしていたのでその夜は早く寝た俺たちだった。
* * *
翌日。
約束どおり、昼前にヒルデさんが馬車用馬と御者を連れ、馬車の受け取りに来た。
「これが礼金です」
と言って、金貨10枚を置いていった。
料金はともかく、正直言って邪魔だった馬車がなくなって、その上お金も入ってきたんだから御の字だ。
これで当分は、気疲れすることもないだろう。
と思っていたら。
その日の3時少し前、第2王子殿下とヒルデさん、そして名前を聞いていない若い方の女性騎士がやって来た。
その直した馬車に乗って、だ。
「シュウ殿、あの馬車に何かしましたか?」
店に入って来るなり、殿下はそう言った。
「乗り心地が明らかによくなっているのですが」
そう聞かれて心当たりは1つ。
「ああ、制震装置を付けたからでしょうか」
「制震装置?」
「はい。車輪の振動が直接座席に伝わらないように、えーっと……『ゲルゴム』でシャーシとキャビンを浮かせたんです」
仮面を付けたバイク乗りの敵組織みたいな名前をとっさに付けてしまったが、『ゲルゴム』とは『ゲルの素』と『フトウ水』を混ぜてできる例のシリコーンゴムもどきだ。
水分が抜けて棒寒天みたいに干涸らびないかとも思っていたが、なにやら化学変化もしているようでそういうことはない。
これを介することで車輪の振動や衝撃を緩和できそうだったのでやってみたのだが、この反応を見るとうまくいったようだ。
「なるほど……そういう工夫があったのですか。さすがは『使徒』ですね!」
王子殿下は喜んでくれた。
「長いこと使っていると、ゲルゴムもへたってくると思いますので、そうしたら交換してください」
単に直径8センチ、高さ4センチの円柱に直径1センチの穴を空けて取り付けネジを通したものが8箇所。それだけだから、誰でも修理できる。
予備のゲルゴムも2セット渡しておいた。
しかし、『ネジ』って偉大な発明だよな……。
「わかりました! シュウ殿、お心遣い感謝します!」
王子殿下は俺の手を取って勢いよく上下に振る。目がきらきらしている。そこまで感心してくれたか……。
本当のところは、これで乗り心地がよくなるようなら『ギルド』に技術登録しようと思っていたんだ。まあ、王子殿下が喜んでくれたからよしとしよう。
そして時刻が時刻。3人はまたプリンを召し上がってお帰りになった。
今のKPは550。なかなかドカンとは増えないな。




