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第40話 親娘

 緑茶とほうじ茶を買って帰った俺は、その日の夕食時に早速飲んでみることにした。まずはほうじ茶だ。


「わあ、いい香りですね。それに、凄く香ばしくて飲みやすいです」


 ライカも、その香りと優しい味が気に入ってくれたようだ。

 俺の家では、安いこともあってほうじ茶がメインで、緑茶(煎茶)はたまに和菓子が手に入った時くらいにしか飲まない。


「うーん、懐かしい味だ……」


 だが、と続ける声を、俺はお茶と一緒に呑み込んだ。というのは、このほうじ茶はかなり高級な葉っぱをほうじた味がしたからだ。

 ほうじ茶は、通常やや安いお茶を焙じて作られている。

 だが、ほうじ茶の名誉を守るために言っておくと、『京番茶』や『加賀棒茶』みたいな高級なほうじ茶もある。それこそピンキリなのだ。まあ、元の世界の我が家で飲んでいるのは安いものだが……。

 ライカはそんな俺の考えなど知らずに、美味しそうにほうじ茶を飲んでいる。まあ、ライカが笑顔でいてくれるなら文句はないさ。


「緑茶は明日飲んでみよう。あんこものに合うはずだ」


「わあ、それも楽しみです」


 先日来、あんこもうちの定番になっていた。

 こうなると米が欲しいよな……。大福、草餅、きなこ餅、あんころ餅に桜餅。寒天が手に入れば羊羹も作れるはずだ。きなこを作るには大豆も手に入れないと。

 行商人のアントンに頼んでいるが、どれもまだ見つかってはいない。なのでこの世界にはないのかもしれないと、半ばあきらめている。


「暑くなる前にお汁粉も作ってみるかなあ……」


 緑茶と言えばお汁粉かぜんざい。ちなみに、我が家は関東圏なので、汁気のあるものが『お汁粉』で、アズキの粒が明瞭に残ってもったりしたものが『ぜんざい』である。

 関西ではアズキから作ったものが『ぜんざい』で、あんこから作ったものが『お汁粉』になる……らしい。

 まあ、こっちの世界ではどっちでもいいや。というか『ぜんざい』と呼んだ場合、語源を説明するのが面倒そうなので『汁粉』で統一しようと思っている。



*   *   *



 朝からアズキを煮ていると、ライカが覗き込んできた。


「あんこを作るんですか? それにしてはお水が多いみたいですね」


「うん。『お汁粉』を作っているんだよ」


 俺はお汁粉がどういうものか、ライカに説明をした。


「お茶……緑茶に合うんですか、楽しみですね」


「ああ、楽しみにしててくれ」


 お汁粉を煮る時、隠し味として塩をほんのちょっとだけ入れると甘さが引き立つ。この塩の量は砂糖の120分の1がいい……らしい。


「さあ、できた」


 鍋いっぱいのお汁粉が完成した。

 お汁粉は何度も作っているから失敗はまずない。気を付けるところは、砂糖を入れたあと焦げ付かないようかき回し続けることくらいだ。

 箸ではなくスプーンで食べる。せめて『散り蓮華』が欲しかったなあ。


「甘いです! アズキの香りが面白いです! 入れたパンが甘さを吸っていて美味しいです!」


 そう、餅も白玉も用意できなかったので、代わりにパンを入れたのだ。甘味を吸って、思った以上に美味しい。あんパンがあるから、パンとお汁粉も合うだろうと思ったのだが、案の定だった。


「この緑茶も美味しいです! 口の中が甘くなったあとに飲むと、ほろ苦さが口の中をさっぱりさせてくれて」


 この世界で初めて飲んだ緑茶は、少し苦みが強く、渋みの弱いものだった。俺はどちらかというとこういう味が好きだ。


「ほう、何やら美味そうなものを食べておるな」


 気が付いたらいつもの時間になっており、キルデベルトさんがやってきた。


「あ、い、いらっしゃいませ!」


「今日は、それを食べされてもらえるのか?」


「は、はい」


 ライカにはお汁粉を用意してもらい、俺は緑茶を淹れ直す。出がらしではないが、二番煎じを出すわけにはいかないからな。


「どうぞ」


「ほう、これは?」


「お汁粉です。アズキを甘く煮たものです。こちらは緑茶といいまして、今年から作り始めたものです」


「それは興味深い」


 キルデベルトさんはまずお汁粉を一口。


「うむ、甘い。あんこと違って、こういう食べ方もいいな」


 気に入ってくれたようでほっとする。ただ、本当はエッグノッグを出すつもりだったんだけどな。緑茶が手に入ったから予定が狂ったんだ。


「お邪魔するぞ」


 と、そこへシーガーさんがやって来た。お昼前に来るとは珍しいな。

 などと思っていたら。


「おや、魔王殿」


 と、爆弾発言をして下さった。


「ま、まお……?」


「魔王様、ですか!?」


 威厳があるなあと思っていたら、まさかの魔王様だったなんて。……とすると、ターニャちゃんは魔王様の娘……王女様!?


「これは賢者殿か。困るな、ここではわれの身分は伏せておったのに」


「それは大変失礼しましたのう。ですが、ライカちゃんもシュウ君も、儂の称号を知っても変わらず接してくれますからな。……むしろ、隠しごとをする方が失礼なのではないですかのう?」


「これは1本取られたな。……シュウ君、ライカさん、われは魔人族の王、キルデベルトである。今まで隠していて済まなかった」


 と言って、僅かながらも頭を下げたのだ。魔王様に頭下げさせちゃったよ!


「い、いえ、お気になさらず。お立場上、いろいろ面倒だということは想像できますので」


 慌てて取り繕うと、魔王様はほっとしたように笑った。


「そう言ってもらえると助かる。……ところでこの『おしるこ』、もう1杯くれ」


「あ、はい」


 キルデベルトさん……魔王様はぶれないな。


 この日はシーガーさんも交えて、昼食会みたいになってしまった。

 お汁粉は大鍋にたっぷり作ってあったし(それでも半分以上魔王様のお腹に収まった)、パンも買い込んであったので、食材には困らなかった。

 しかしお汁粉をあれだけ食べたあと、パンにあんこを塗って1斤も食べるなんて、魔人族のお腹は底なしか?



*   *   *



 賢者様と魔王様が来店しているので、他の業務は開店休業状態だ。

 そしてその2人は政治的な難しい話をしている……のかと思いきや、


「魔王殿も子煩悩じゃな」


「いや、他は皆男の子ばかりでな」


 子育ての話でした。


「女の子は初めてで、どう接してよいやら」


「母親がおるじゃろうに」


「いや、あの子を産んでじきに……」


「そうじゃったか。それはなんとも……」


 ……何か重い話が聞こえてきた。


われも、ここ数年、周囲がきな臭いので危ないからと、四天王の1人にあの子を預けてこの町に避難させておったのだが」


 ……うわ出た、四天王。……って、もしかしてそれトスカさんのことか? 道理で強いわけだ。


「先日の『全種族平和会議』も終わったので、向こうへ連れて帰ろうかどうしようかと思っているのだが」


「ふむ、何か問題が?」


「あの子はハーフでしてな」


「つまり、母親は魔人ではないと?」


 ええっ。……とりあえず、こんな市井の店で話す内容じゃないような気がする。というか、俺、重要機密聞いちゃってる!?


「あの子の母はヒューマンでな」


「なんと」


「……だから、魔人族の国へ連れて行くのがいいことなのかどうか……」


「なるほどのう……」


 そこに、ライカが口を挟んだ。


「連れていってあげるべきだと、思います」


「ほう。……お嬢さん、その理由は?」


 問われたライカは、毅然として言い放つ。


「……私は子供を持ったこともない未熟者です。親としてのキルデベルトさんの葛藤はわかりません。ですが、子供としての気持ちはわかります。子供は、親と一緒にいたいんです!」


 ライカは両親をなくしているからな。……俺もそうだが。


「ライカの言うとおりだと思います。心配なのはわからないでもないですが、子供を親が守らないでどうするんですか?」


 俺の親は子供を守ってくれなかったけどな。それでも子供としては、親に守ってもらいたいものだ。ましてターニャちゃんはまだ幼い。守ってくれる人=親、と思っているに違いないのだ。


「……」


 キルデベルトさんは無言のまま、考え込んだ。


「……君たちの言うこともわかる。意見、感謝する。が、少し、考えてみたい」


 そして、時間が過ぎていく。

 シーガーさんは考え込んだ魔王様を放置し、ライカと話し込んでいる。

 俺はといえば、請け負った仕事……近所のおばちゃんたちに頼まれた包丁研ぎを進めていった。


 そして、その時間となる。


「こんにちは」


「おにいちゃーん、おねえちゃーん」


 ターニャちゃんとトスカさんがやって来た。あれ、レーナちゃんがいない。


「レーナちゃんは、今日はお父さんとお出かけらしいです」


 いぶかしむ俺の顔を見て、トスカさんが教えてくれた。

 そっか、そういう日もあるよな。


「……魔王様!?」


「ぱぱ!?」


 そして当然、2人はキルデベルトさんに気が付くわけだ。


「はっ……し、失礼致しました!」


 トスカさんは思わず『魔王様』と呼んでしまったことを謝るが、


「よい。トスカ、我が娘ターニャの面倒を見てくれて感謝しているぞ」


「もったいなきお言葉」


「ぱぱ……」


 ターニャちゃんは、思いがけないところで父親と出会ったことに少しだけ戸惑っているようだ。

 俺はそっとその場を離れた。今はきっと、親娘で少し話し合った方がいいんだ。……独身のくせに生意気かな?


 俺がその場を離れたのにはもう一つ理由がある。そう、『エッグノッグ』だ。

 これは作り置きできないので、今から作らなくちゃならない。だが、俺同様あの場を離れてきたライカにも手伝ってもらい、大急ぎで、でも手を抜くことなく作っていく……。



*   *   *



「うん? 甘い匂いがしてきたな?」


「ぷりんみたいなにおい……」


「いい匂いですね、魔王様」


 甘いものに目がない魔人たちが嗅ぎつけたようだ。……ということは、深刻な状態じゃないということだろう。


「はい、お待たせしました!」


「わーい!」


 厨房から出てきた俺とライカを見たターニャちゃんが歓声を上げる。何かはわからなくても、とにかく美味しいものへの期待の表れだろう。


「どうぞ」


 ターニャちゃん、魔王様、トスカさん、シーガーさんの前へエッグノッグを置いた。


「ほう? 初めて見る飲みものじゃな」


 シーガーさんがまず口を付けた。いや、ターニャちゃんも同時だ。


「……うん、美味いのう」


「おいしーい!」


 2人とも余計な言葉はなく、ただ一言。それを聞いて、魔王様とトスカさんも慌てて口を付けた。


「うむ、これは!」


「ああ、優しい味……です」


 俺とライカは顔を見合わせて微笑みあった。

 期待どおり、エッグノッグの甘さはこの場の雰囲気を和らげてくれたようだった。

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