第4話 一日目の終わり
『俺の所のとそう変わらない』と言ったのに、ライカには『美味しくない』と聞こえたようだ。
いや、表情を読んだのか。
仕方がないので、正直な感想を述べることにした。
「ええと、味は悪くない、というよりまあまあ美味い。ただ……」
「ただ?」
「今ひとつ物足りないんだ」
それが何かわからないから言わなかった、と付け加えておく。
「うーん……料理だけは自信あったんですけど」
と言ってライカは凹む。その点は妹と正反対だな……。
あいつは料理も裁縫も、そればかりか掃除や洗濯もやらないから。
ちなみにそれらを担当しているのは俺と弟だ。妹は家で一番の秀才だから医学部へ進学してもらいたい。そのためにも俺がしっかりしなくては。
話が逸れた。
「なあ、スープの作り方を教えてもらえないか? そうすれば、何か助言ができるかもしれない」
凹んだライカに提案してみた。こういう時は、手順を追いかけると改善点が見つかるものだ。
俺がこれまで『直して』きたのは機械や道具だけじゃない。
システム、というと少し大袈裟だが、そうした『手順』だって『直す』ことができるのである。
「材料はニンジン、ジャガイモ、タマネギ、トウモロコシ、キャベツですね」
野菜スープということらしい。
……ところで、野菜の名前は俺の所と同じだ。わかりやすくていい。
「これらを少しの水で煮込みます。野菜から水分が出てきたらバターをちょっと入れて、塩とコショウで味付けします」
これで終わり、だそうだ。
手順を聞いて、俺は物足りない原因がわかった。
「なるほど、出汁が出ていないんだ」
「出汁、ですか?」
日本食(和食)では出汁、洋食ではブイヨンとかフォンとかいうようだ。この野菜スープにはその出汁が入っていないので物足りなかったということになる。野菜だけのスープならコンソメを使うことが多いが、それすらもないようだし。
「……はあ、そういうものなんですか」
ライカの母もこういう作り方をしていたそうだ。この世界は、出汁を取るという考えがないのかな?
とにかく、この野菜スープなら洋風だから、おそらく骨やバラ肉を煮込んだ出汁が合うはずだ。
「そうやると、美味しくなるんですか?」
「そのはずだよ。なんなら、明日にでもやってみるといい」
「わかりました」
* * *
さて、夕食を済ませたところで仕切り直すことにした。
「シュウさんのスキルはどうなっているんですか?」
とライカに聞かれたからだ。
「スキル?」
そういえば、女神様がそんなこと言っていた気がする。
「ええと、どうやったらわかるんだ?」
俺がそう言うと、ライカは少し呆れたような顔をした。
だって女神様が教えてくれないんだもん。
「だもん、なんてキモいですよ?」
……口に出ていたらしい。
それにしても、ライカも少しずつ元気が出てきたようだ、よきかなよきかな。
「…………ですよ。ええと、シュウさん、聞いてます?」
ごめん、聞いてなかった。
「ですから、スキルは知りたいと念じれば、脳裏に浮かぶはずですよ」
「ほう」
やってみるか。
……はああああああ! 俺のスキル出てこいいいいい!
「なんですか、その掛け声は」
「いや、やり方よくわからないから」
するとライカはくすっと笑って、
「……もう、シュウさん、無理して笑わせようとしてくださらなくていいんですよ。少し元気出ましたし」
いや、素だったんですが。ライカの元気が出たというならまあいいか。
「それで、どうでした? スキル」
「うん、それが……」
《スキル:人間工具 加工レベル1:指先で物体に穴を空けられる》
ということだった。
「人間工具……? 初めて聞きますね。でも、レベルがあるスキルって、かなりレアなんですよ!」
スキル自体は、内容を問わなければ3人に1人は持っているのだという。ただし、『乗り物酔い耐性』『くすぐり耐性』のような微妙なスキルがほとんどで、有用なスキルはまれだそうだ。
そしてレベルがあるということは成長するということなのだそうだ。通常のスキルはレベルがなく、《暗号解読》とか《瞬間計算》のように単純にわかりやすい効果がそのままスキルになっているという。
ちなみに、魔法は10人に1人くらいの割合で使えるらしい。
「ちょっと試してみるか」
俺はさっき片付けたジャンクの中から鉄片を取り出し、指を当てる。
「スキル《人間工具 レベル1》!」
「だから、声に出さなくていいんですってば」
いや、慣れないうちは声に出した方がイメージしやすいんで。
そう言ってる間に、指先から何か目に見えない力が出ている気がして、鉄片を見れば、穴が空いていた。
「おお、穴が空いた」
「わ、ほんとですね。こういう、外部といいますか、他のものに影響を及ぼせるスキルはレアなんですよ」
だとすると、レベルがあって他のものに影響を及ぼせるわけだから、スーパーレアかウルトラレアだな。
俺は気をよくして、いろいろなものでスキルを試してみた。
例えば敵の盾や鎧に穴を空けてしまえるわけだ。最強の盾でも防げないスキル。無敵じゃないか。
……と思っていた時期が俺にもありました。
「……」
「微妙、ですね。といいますか、やっぱりこのスキルは工具、なんですね」
うん、知ってた。
木、鉄、銅、石、大抵のものに穴を空けられるようだが、その速度は遅く、ハンドドリルで加工するくらいの速度だったのだ。
攻撃には使えそうもない。こんなに時間が掛かったら、相手の鎧に穴を空けているうちに斬り殺されてしまう。
「……」
「で、でも、レベルが上がれば穴空け速度も上がるかもしれませんし、別の加工法が身に付くのかもしれませんから!」
渋い顔をしていたら、ライカに元気づけられてしまった。
でもまあものは考えようで、石だろうが鉄だろうが穴を空けられるというのは凄いのかもしれない。というか、工具としてみたらもの凄く優秀である。
あ、穴径はイメージすれば変えられることがわかったことも付け加えておく。
「……ちょっとトイレ」
「それでしたら、そこを出て右の突き当たりです」
飲み食いすれば、出るものは出る。『出物腫れ物所嫌わず』と言うしな。
あ、この出物腫れ物というのは屁やできもの、あるいは大小便、果ては出産まで指すという。
要は、出物腫れ物は人の意志でコントロールしきれませんよー、というくらいの意味だ。
……って、なんじゃこりゃあああ!
これがかの有名なボットン式かあああ!
* * *
「……ふむ、ここのトイレは、深い縦穴を掘ってそこに出し、定期的に業者が魔法で『分解』やら『消臭』やらやってくれるわけか」
なんというか、魔法の使い方に作為を感じるというか、この発想は……。
「このやり方を始めたのは100年くらい前に女神様によってこの世界に連れてこられた異世界人だったと言われています」
あ、やっぱりそうか。おそらくそれ以前のトイレはもっと酷かったんだろうな……。
「ええ。穴を掘ってそこにして、いっぱいになってくると埋めて、また別の所に穴を掘る……という風にしていたようですよ」
うげ、それじゃあいずれは前に使っていた場所に穴を掘らざるを得なくなりそうだ。
で、その頃には土になっているんだろうか?
それにしても、その頃のままだったら、今頃は地下水汚染が酷いことに……。
見知らぬ異世界人、ぐっじょぶ。
風呂はいわゆる『ドラム缶風呂』だった。
まあ、ドラム缶ではないが、同じくらいの金属製の湯船に水を入れ、下から熱するわけだ。
これは確かに簡単だが、熱効率が悪く、燃料代がかさむ。
ゆえに毎日は無理。だいたい4日に1回といったところだそうだ。
近いうちになんとかしなければならないだろう。
ということで改善目標とする。
お湯を沸かし、風呂に入る。
どちらが先に入るかで少しもめたが、家主であるライカに敬意を表して先に入ってもらった。
そのあとで俺が入る。ちなみにラッキースケベは起きませんでした。普通は起きないよな。
「ふう、やっぱりお湯に浸かれるというのはいいな」
大掃除をやった後なので、風呂から上がって着替えるとさっぱりした。
ふと窓から外を見ると、もう真っ暗である。だが部屋の中は明るい。照明に関しては、この世界はかなり進んでいるようだ。
「そうですよ。魔法による照明ですね」
と、ライカも言っていた。
さて、今日最後の仕事は俺の寝場所を確保することだ。
居住区は工房の2階である。ライカの部屋の他に空き部屋は2つあった。だが問題が1つ。
毛布はあるがベッドがないのだ。
この世界は日本と違い、基本土足である。
居室で寝る時には靴を脱ぐが、家の中は靴を履いたままが当たり前のようだ。
ライカの両親が亡くなったのは流行り病だったので、ベッドや毛布などの寝具一式は、その時処分してしまったという。
「どうしましょう」
どうしましょうたって、どうしよう。
「春とはいえ、まだ夜は冷えます……」
だろうな。……ここで、ライカのベッドで2人が寝るという選択肢もあるのだが、さすがにそれは、俯いて少しぷるぷるしている彼女を見ていると言い出せない。
何もする気はない。何かして追い出されたら困るし。
だが彼女はそんなことわからないだろうしな。
「あ、あの、ごめんなさい。決してわざとじゃないんです。本当に、忘れていたんです」
昼間のうちに気が付かなかったことを謝罪するライカ。まあ、毛布さえあれば一晩くらいどうとでもなるさ。
「まあ、とりあえず一晩、なんとかするよ」
「シュウさん!?」
俺は工房へと戻った。
工房の作業台は大きく、ベッド代わりになる。そこで毛布にくるまって寝るつもりだったのだ。
「……いろいろなことがあった1日だったな……」
債鬼の来襲、女神様の来臨、異世界への転移、そしてライカとの出会い……濃い1日だった。
寝る前、ふと思い立って女神様から貰った袋を見てみると、『KP』を示す値が11になっていた。
今日、工房の掃除や改装、料理の手順見直しなどを通じて1増えたということだろう。
まだまだどういう基準で増えるのかわからないが、明日からも頑張ろうと思えた。