第39話 芋とお茶
俺は市場に来ていた。
食材を眺めていれば、何か新しい甘味のアイデアがひらめくのではないかと思ったのだ。
念のために言う。俺は修理職人である。
「イチゴ……『ワイルドベリー』か。要するに野イチゴかな? ……うーん、イチゴジャムはありきたりだしなあ」
でも、イチゴとミルクに砂糖を加えたイチゴミルクはいいかもしれない、と思いつく。
それに、イチゴ類の酸味は甘いものを引き立てるしな。あとでイチゴを買って帰ろう。
「もうないかなあ……」
市場をうろつきながら考え、考えながらうろつく。
「お、サツマイモがある」
季節的にそろそろ終わりらしく、少々干涸らびているようなのでまけてもらい、2キロほどを買い込んだ。
これだけでは満足せず、もう何かないものか、とさらにうろつき回る。
「米が欲しいなあ……」
だが、いくら探しても米は見つからなかった。
残念だが、今日のところはサツマイモとワイルドベリーを買って帰るとするか。
帰る途中、空き地を見ると子供たちが輪投げで遊んでいるのが見えた。
……そうだ、これだ! ドーナツだ!!
急いで帰った俺は、早速試してみることにした。要は小麦粉を練って油で揚げ、砂糖をまぶしたお菓子だ。別にリング状にしなければいけないということはなく、ボール状でもいいし、ねじって捻った紐のようなものだっていい。
試作なのでただの棒状で作ってみる。
油で揚げる音が聞こえたのか、ライカが覗きに来た。
「あ、また新しいお菓子ですか?」
「そうなんだけど、うまくできるかどうか」
「ふふ、シュウさんにしては自信なさげですね」
ライカに言われてしまった。何度も言うが、俺はお菓子職人じゃないしな。そもそもドーナツは自作しなくても結構安く買えたから、作ったことなかったし。
で。
「うーん……美味くないな」
「美味しくないですね。ぼそぼそ……いえ、中がねちゃっとしてます」
はっきり言って不味い。生地が膨らんでいないからだ。かといってベーキングパウダーは見あたらないし……失敗か。くそう。
ならばこれだ!
「ライカ、サツマイモの皮を剥いて、スライスしてくれないか?」
「あ、はい」
こっちは作ったことがあるから、失敗はないだろう。
ライカがサツマイモをスライスしてくれている間に、蜜を用意する。といっても、砂糖に水を少し入れて煮るだけだ。
とろとろになったら火から下ろす。
「シュウさん、できました」
ちょうどサツマイモがスライスし終わったようなので、それをさっと水で晒す。およそ10分。
その間に油をもう一度加熱しておく。
スライスしたサツマイモの水気をよく切ったら油でさっと揚げ、蜜を絡めて冷ませば出来上がりだ。
「わあ、これは美味しいです」
「だろう?」
サツマイモチップス。同じように芋を油で揚げて蜜を絡める大学芋というやつもあるのだが、妹も弟もこっちのサツマイモチップスの方が好きだったなあ。
同じように、スティック状に切った芋けんぴというものもあるが、今回はサツマイモチップスでいいだろう。
そして、ワイルドベリーの方は無難にジャムにしておいた。ジャムパンにしてもいいしな。
* * *
「おお、これは素朴な味だが、存外美味いな!」
そしてまた、キルデベルトさんがやってきてサツマイモチップスをばくばくと食べている。
作り置きがなくなりそうな勢いだ。キルデベルトさんが帰ったら、またサツマイモを買いに行ってこなくちゃ……。
そしてこの日も金貨を2枚置いて帰ったキルデベルトさんだった。
* * *
ほんとに、何者なんだろうな、キルデベルトさんは……。ターニャちゃんのお父さんというけど、何やってる人なんだろう。
もう貰った金貨が50枚を超えそうだ。50万マルス……500万円だぞ。おかげで砂糖には不自由してないけどさ。
ターニャちゃんには黙っていてくれと言われているので聞いてみるわけにもいかない。
本人に聞こうにも、不思議に威厳というか威圧感があって、聞けないでいるのだ。まったく、不思議な人だ。魔人ってみんなこうなのか?
「おにいちゃーん、おねえちゃーん」
……ターニャちゃんを見ているとそうも思えないしな……まあ、小さいうちから力が強いらしいことだけは身に染みてわかってはいるけど。
「いらっしゃい、ターニャちゃん、レーナちゃん、トスカさん」
今日もまた、レーナちゃんと手を繋いでやってくるターニャちゃん。ほんとに仲いいな。『仲よきことは美しきかな』って……誰の言葉だったっけ。
誰のだかは忘れたけど、本当に仲よくしている姿は微笑ましいものだと思う。
「シュウ様とライカ様には、感謝してもしきれません。お嬢様があんなに楽しそうにしていらっしゃるなんて……」
俺のそばにやってきたトスカさんがぽつりと言った。
「事情がありまして、お嬢様はご実家を離れてお住まいになっていらっしゃいます。そのせいでずっとふさぎ込んでいらしたのですが、こちらへお伺いするようになって、昔のように明るくおなりに」
「……いいんですか? そんなこと俺に話して」
「ええ。是非聞いてください。実は、もうすぐ……」
トスカさんが何か言いかけた時。
「トスカ、これ、あげる」
と言ってターニャちゃんがサツマイモチップスの入った小皿を持ってやってきた。
「お嬢様……ありがとうございます」
本当に嬉しそうに微笑んで、トスカさんは小皿からサツマイモチップスを1枚つまんで口に運んだ。
「ああ、素朴な味です。お芋の甘さとお砂糖の甘さ。さくっとした歯応えがたまりません」
と言いながらその手は1枚また1枚とチップスをつかみ取っていく。
小皿の上のサツマイモチップスはみるみる数を減らしていった。やっぱり魔人って甘いものが好きなんだなあ……。
それをにこにこしながら見ているターニャちゃんに気が付いたトスカさんは、
「も、申し訳ございません! お嬢様のお菓子を遠慮もなく口にしてしまいまして……!」
と、土下座せんばかりに勢いで謝った。
「大丈夫ですよ。まだたくさんありますから。それにそのお皿はトスカさんの分ですから」
と俺が言うと、ようやくトスカさんは落ち着きを取り戻したのだった。
「はああ……甘いです……」
なんとなく疲れているのかな、と思わされたトスカさんには、カルーアミルクを1杯おまけ。今回はホットなので、コーヒーの香りが際立っている。
ターニャちゃんとレーナちゃんにはアルコール抜きのコーヒーミルク(ホット)だ。
「おいしいね、ターニャちゃん」
「あまいね、レーナちゃん」
やっぱり『仲よきことは美しきかな』だな。
* * *
ターニャちゃんたちが帰った後、俺は台所にいた。
「何作ってるんですか?」
「うん、新しい甘味」
「わあ、楽しみですね!」
魔法式冷蔵庫を見ると、卵とミルクの残量がほとんどなかったから、今夜は試作に留める。
レシピはこうだ。
ミルク 200ミリリットル
卵の黄身 1個分
砂糖 適量
これを、まず卵の黄身と砂糖を鍋に入れ、泡だて器で混ぜる。
そこにミルクを入れ、鍋を弱火に掛ける。このとき、かき混ぜる手を止めたり、火が強かったりすると、卵成分が固まってプリンになってしまうので要注意だ。
とろみがついてきたらすぐに火から下ろし、コーヒーリキュールを小さじ一杯混ぜて出来上がり。
それを、カップ2つに注ぐ。
「さあ、ライカ、飲んでみてくれ」
「は、はい。……面白い作り方ですね。……んんっ! 美味しい!」
「だろ?」
俺も一口飲んでみて、これは当たりのレシピだと確信する。
「まるで、飲むプリンです!」
そう言うだろうと思った。妹も同じこと言ってたし、こっちの世界に来る前、これが載っているマンガを見た時はその中でも同じような評価をされていた……はずだ。
ターニャちゃんとレーナちゃんには、コーヒーリキュールの代わりにカラメルソースでアクセントを付けたものにすればいいだろう。
「あああ……もうなくなっちゃいました」
気が付くと、ライカが空になったカップを名残惜しそうに見つめていた。俺の分はまだ半分以上残っているから飲ませてあげよう。
「ライカ、よかったらこれも飲んでいいよ」
「え、ほんとですか! ありがとうございます!」
カップを受け取ったライカは、嬉しそうな顔で、ゆっくり味わいながらエッグノッグを飲み干したのだった。
(あ……これってもしかして間接キ……)
ライカが何か呟いたのでそちらを見ると、顔が真っ赤だった。あんなちょびっとのコーヒーリキュールで酔っぱらったのかな?
「あ、か、片付けますね!」
だが、そのあとカップや鍋をてきぱき片付けているから、以前みたいに酔いつぶれることはないだろう、うん。
* * *
もう季節は晩春、夕方になってもまだまだ明るいので、俺は卵とミルクを買いに行ってくることにした。
「行ってらっしゃい。その間にお夕食の支度、してますね」
「頼んだ」
春の夕方は、なんとなくとろんとしたような空気感がある。
卵とミルクを買って、ついでにお茶の葉も買っておこうとお茶屋さんに寄ったら、懐かしい香りが鼻をくすぐった。
「ほうじ茶かっ!?」
緑茶の作り方をギルドに売った際、一緒に売った製法だ。
お茶やさんの中では、大きな焙煎器でお茶の葉を焙じていた。
「ほうじ茶があるということは……」
店の中を見回せば、あったあった。『新しい味! 緑茶』と書かれた札が下がっている。
『りょくちゃ』であって『みどりちゃ』ではないんだが……まあいいや。
もちろん、緑茶とほうじ茶を買って帰った。




