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第37話 なかよし

 俺は朝から木を削っていた。


「うーん、『切る』スキルはあるけど『削る』スキルはなかったなあ……」


 この前手に入ったスキルは、あくまでも研磨・研削であって、『切削』ではなかったのだ。

 ぶつぶつ独り言を呟きながら作業していると、


「シュウさん、何を作ってるんですか?」


 と、ライカに尋ねられた。


「人形だよ。ほら」


「わあ、可愛いですね」


 昨日、ターニャちゃんが羨ましそうにしていたから、ちょうど手すきの間に作ってあげようと思い立ったのだ。


「修理は随分したけど、1から作るのって久しぶりだな」


「あ、確かにそうですね。……私にも、何か手伝わせてくださいませんか?」


 とライカが申し出てくれたので、人形の服を作ってもらうことにした。


「わかりました」


 胴体と腕はもうできているので、型紙を作ることに問題はなく、ライカはライカで久しぶりに家業から離れた作業を始めたのである。



 午前中いっぱい掛けて人形作りは終了した。

 全体的には木で作ってあり、関節は針金で繋ぐ。もちろん折れたときにはすぐ交換できるよう工夫した。

 髪の毛は茶色の糸を束ねて貼り付け、目は黒い石をはめ込んである。

 服はライカ謹製のドレスだ。本職が作ったものほどではないが、なかなかうまくできている。


「裁縫だけは人並みにできますから」


 とライカは言うが、なかなかどうして、うまいものだ。

 独り暮らしをしていたライカは、炊事、洗濯、裁縫などの家事は人並みにできるのだが、それ以外のこと……例えば大工仕事になると酷く不器用になる。

 例えば椅子を作ると、なぜか脚の長さが合わず、切って調整しているうちに座椅子になるという、お約束な腕をしているのだ。

 修理工房を立て直すのに、修理職人を欲しがったわけである。


「これならターニャちゃん、喜びますね」


「うん、いい出来だ」


 レーナちゃんの持っている人形と同等くらいだ。こういう時、どちらかが豪華だったり優れていたりすると、嫉妬の対象になるので難しい。


「ターニャちゃんのお家からは随分お金をいただいてますからね」


 そうなのだ、おやつ代として月に金貨2枚、2万マルスももらっている。日本円にして20万円くらい。

 おかげで高価な砂糖を買えているので、惜しげなく甘いお菓子に使えているが、どう考えても貰いすぎである。

 トスカさんによれば、ターニャちゃんの実家はお金持ちなのでどうということはなく、むしろお礼の意味もあるというのだが……。


「実家って、いったいどんな家なんだろうな」


「興味ありますけど、知ったら怖いことになりそうな予感がします……」


「なんだよ、それ」


「だって、釣り好きのお爺さんかと思ったら賢者様だったこともあったじゃないですか」


 ああ、そんなこともあったな。……というか、その賢者様……シーガーさんは月に2、3回ふらりと訪れては、プリンを食べ、ひとしきり話をして帰っていくんだけど。


「賢者様といっても同じ人間だしなあ。魔王様とか勇者様も、きっと同じ人間だと思うんだけど……」


「そ、そんな畏れ多いこといわないでください!!」


 やっぱりこの世界の生まれのせいか、ライカには俺とは違って、根強い……そう、宗教的ともいえる価値観があるんだなあと思わせる一幕だった。



*   *   *



 そして、午後3時。


「こんにちはー」


「こ、こんにちは」


 ターニャちゃんがレーナちゃんを連れてやって来た。もちろんトスカさんも一緒だ。

 昨日約束したから、ということで、ターニャちゃんがレーナちゃんを呼び出した、とトスカさんに聞いた。


「お嬢様もお友達ができて喜んでいらっしゃいます。ご迷惑でしょうが、どうかご寛容にお願い致します」


 などと、陰でトスカさんに頭を下げられてしまった。


「いえいえ、そんな迷惑じゃありませんから」


 と答えたものの、とりあえず相談コーナーをもう1つ作ろうと、俺は思っていた。


「おいしかったー」


「……ごちそうさま」


「はい、お粗末様。あのね、ターニャちゃんにプレゼントがあるんだ」


「えっ? なあに?」


「はい、これ」


 ここで、ライカの手からターニャちゃんに人形が手渡される。


「わあ! おにんぎょうさんだ!」


「お姉ちゃんとお兄ちゃんで作ったのよ。主にお兄ちゃんが、ね」


「よかったね、ターニャちゃん」


 隣にいたレーナちゃんも、我がことのように嬉しそうな顔をしている。


「おにいちゃん、ありがとう!」


「はは、喜んでもらえて何よりだよ」


 嬉しそうなターニャちゃんを見て、俺も作った甲斐があった。トスカさんはそんなターニャちゃんを見てから、俺とライカに向かってそっと小さくお辞儀をしてくれたのだった。


 すっかりターニャちゃんとレーナちゃんは仲良しになった。

 自由闊達なターニャちゃんと、おとなしいレーナちゃん。ターニャちゃんも、決してレーナちゃんの嫌がるようなことはしないし、意外と相性がいいようだ。

 その日もターニャちゃんが帰る時間まで、2人は仲よく遊んでいたのだった。



*   *   *



 ターニャちゃん、トスカさん、レーナちゃんらが帰ったあと、俺はライカに提案をしていた。


「相談コーナーを増やすんですか?」


「増やすというか、今までの場所は談話コーナーにして、相談コーナーを改めて作ったらどうかと思うんだ」


 この説明で、ライカにも俺の意図が伝わったようで、


「確かに、いいかもしれませんね」


 と賛成してくれたのだった。


 決まったなら話は早い。

 スキル『穴を空ける』『接着する』『切る』『研磨する』を使えば、テーブルと椅子のセットは2時間ほどで完成した。

 今までの相談コーナーとは反対側に新たな相談コーナーを設けた。ちょっと暗い場所なので、明日にでも照明を増やすことにして、その日は終了したのだった。



*   *   *



 また翌日。

 きっと今日もターニャちゃんが来るんじゃないかと、朝のうちにプリンを作っておくことにした。少し多めに。たまには自分でも食べたくなるものだ。

 冷やしている間に、依頼を片付けることにする。今日は、剣の研ぎが10振り入っていた。


「《スキル:人間工具 レベル4》」


 このスキルを得てから、研ぎが飛躍的に楽になった。なにしろ、ダイヤモンド砥石を使ったくらいの速度で、どんな材質でも研磨できるのだから。

 しかも『焼き戻り』が起きないから、刃物研ぎにはもってこいなのだ。

 おまけに研ぎながら研磨の細かさを無段階に変えられるので、剣の場合、1振りが15分くらいで終わってしまう。元手いらずだし。

 5振りほど終わらせたとき、来客があった。


「ごめん。……ここはマイヤー工房で間違いないか?」


「あ、いらっしゃいませ」


 ライカが談話コーナーへ案内している。


「店主のライカと申します」


「ふむ」


 お客さんを横目でちらっと見ると、40歳くらいの、『偉丈夫いじょうふ』と呼ぶのがふさわしい男性だ。

 黒に近い焦げ茶の髪、少し浅黒い肌、赤い眼。きっと魔人族だ。

 もみあげから顎へと続く刈り込まれたヒゲはなんとはなしに威厳も感じる。


「シュウ君という職人はいるかね?」


「あ、はい、おります。……シュウさん!」


「はーい」


 ライカとお客さんの会話は聞こえていたので、俺は剣を研ぐ手を止め、談話コーナーへとやってきた。


「シュウは俺ですが」


「ふむ、君がそうか。……『ぷりん』というものを作れるそうだな?」


「え? あ、はい」


「食してみたいのだが。もちろん、代金は払う」


「は、はい……」


 変なお客さんだが、幸い今日は多めに作ってあるので、その1つを冷蔵庫から出してきた。


「どうぞ」


「これが『ぷりん』か。ふるふるしておるな。どれ、味は……う、うむ、これは!」


 お客さんはスプーンで一口食べたあと、その味が気に入ったのだろう、もの凄い速さで平らげてしまった。


「うむ、美味であった」


「は、はい、お粗末様でした」


 ここで変なお客さんはハンカチで口を拭うと、姿勢を正した。


われはキルデベルトという。娘が世話になっているそうだな」


「はい?」


「……え、ええと、お嬢さんというのは……?」


「ターニャだ」


 あ、やっぱり。肌の色とか髪とか目とか、そうじゃないかと思ったら当たりだった。


「先日ターニャから、ここで食べる『ぷりん』なる菓子が絶品だと聞いてな。娘が世話になっている礼を言うついでに食してみたかったのだ」


「そうでしたか」


「うむ。しかしこれは美味いな」


 魔人というのはみんな甘いものに目がないのだろうか。ターニャちゃんはわかるけど、トスカさんも甘い物好きだしな……。

 そんなことを考えていたら、ターニャちゃんのお父さん……キルデベルトさんは、テーブルに金貨を10枚も置いて店を出ようとしていた。


「こ、こんなに、多すぎます!」


 と言ったのだが、


「なに、また来る。その時にはまた甘いものを食わせてくれ」


 と言って出て行ってしまったのだった……と思ったら、顔だけ扉から出して、


「済まぬが、ターニャとトスカには、われが来たことを黙っていてもらえるとありがたい」


 と言い添えて、今度こそ本当に出ていった。


「……ターニャちゃんのお父さんか……なんだか凄く威厳のある人だったな」


「……そうですね」


 威厳というかオーラというか、とにかく威圧感が凄かった。

 俺とライカは顔を見合わせ、ほうっと溜め息をついた。俺だって、すっごく緊張していたんだって。


「でも、魔人族の人って、みんな甘いもの好きなのかな?」


「さあ……」


 顔の広いライカだったが、さすがにそこまでは知らないようだ。


「まあいいや。砂糖が残り少なくなったから、仕入れてくるよ」


「あ、私が行ってきます。シュウさんはお仕事続けていてください」


「わかった」


 俺とライカの関係も、とりあえずは元通り。つかず離れず……。

 これが正しいのかは今はわからない。でもきっと近いうちに正解を見つけ……見つかるといいなあ。

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