第32話 一年の終わりに
『レーム商会』事件が解決して数日後の昼過ぎ、マイヤー工房でパーティーを開催した。
「今年1年、ありがとうございました!」
年末にはまだもう1日あるのだが、そこは気分。
年越し……と同時に、先日の感謝を込めて、という意味合いが強いパーティーである。
真っ昼間なので、甘いものを多めに用意した。
あんパン2種類。中身は白あんとミルク白あんだ。
プリン。大人にはコーヒーリキュール、アルコールが苦手な人にはカラメルソースを用意した。
それに、つい先日重曹(つまり膨張剤)が手に入ったので、パンケーキ(ホットケーキ)も作ってみた。蜂蜜を掛けて食べてもらう。
さらに、甘味だけでは寂しいと思い、鳥の唐揚げ、そしてフライドポテトを作った。
酒はどうしようかと思ったが、酒好きの人もいるのでコーヒーリキュールで作ったカルーアミルクを出すことにした。
以下、出席者。
エルフ騎士のウィリデさん。
獣人騎士のスラヴェナさん。
ダークエルフ魔導士のメランさん。
魔人族のターニャちゃんとトスカさん。
ドワーフの職人、ドドロフさんと、同じくドワーフで工業ギルド長のドンゴロスさん。
ヒューマンの賢者シーガーさんに、材木商の女将さんエミーリャさん。それに神殿の巫女さんであるローゼさん。
「いやいや、この町の全部の種族が集まっておるのう。これは壮観じゃ」
シーガーさんがしみじみとした声音で言った。
その視線の先には、
「この酒、甘いけど美味いな! 苦みが甘味を邪魔せず、むしろ引き立てている」
「ええ、『かるーあみるく』と言いましたっけ、ほろ苦さと甘さが何とも言えません」
「儂は甘い酒は苦手じゃったが、これならいくらでも飲めるぞ!」
カルーアミルクを気に入ったらしいドドロフさんとトスカさん、ドンゴロスさんが語り合っている。
ドドロフさんのつまみは鳥の唐揚げ、ドンゴロスさんはフライドポテトをつまんでいる。
唐揚げで甘い酒か……。出したのは俺だが……本人たちがいいなら何も言うまい。
一方では、パンケーキに蜂蜜をたっぷりと掛け、
「このぱんけーき、おいしー!」
「……甘い。ふわふわ。新食感」
ターニャちゃんとメランさんが夢中で食べていた。
ウィリデさんとスラヴェナさんはといえば、
「やっぱりこれは美味しいな。病み付きになりそうだ。……いや、もうなっているか……」
「『ぷりん』! もう一つ!! こんどはカラメルたっぷり掛けて!」
と、プリンに夢中だった。
「ほほう、優しい甘さじゃのう。儂はこれが気に入ったぞい」
「ほんとうですね! いくらでも食べられちゃいますー」
シーガーさんとローゼさんはあんパンを食べている。
シーガーさんはノーマルな白あん、ローゼさんはミルクを使って練ったミルク白あんと、微妙に好みが分かれていたが。
こうして、みんなが美味しそうに食べてくれているのを見ると、作った俺としても嬉しくなるな。
ええと、ライカは……いた。
材木問屋の女将さん、エミーリャさんと何か話して……い……る……?
「シュウ君はなかなかいい子じゃないか。放しちゃ駄目だよ? ちゃんと捕まえときな!」
などと言われて赤くなっている。
……そういう話は、本人に聞こえないところでやってください。
「まいったな……」
俺はこそっとその場を離れた。
ついでに料理が足りなくなりそうだったので、急いで厨房に行き、唐揚げを追加で揚げでいると、ライカも入ってきた。
「あ、シュウさん、すみません。手伝います」
「うん、それじゃあライカはパンケーキを4枚焼いてくれ」
「わかりました!」
こうして、必死で作った追加のパンケーキと唐揚げも、すぐになくなっていく。
みんな、凄い食欲だな……。
そうこうするうち、冬の短い日は暮れて、外は薄暗くなってきた。
最早パーティーは宴会と化している。ええい、他の酒も出してしまえ。
買っておいたワインを俺が持っていくと、
「お、美味そうな酒じゃねえか!」
と言ってドドロフさんとドンゴロスさんが瓶ごとひったくるようにして持ち去った。
「あ、蜂蜜酒ね? こっちにちょうだーい」
ライカが運んでいった蜂蜜酒は女性騎士の人たちが好んで飲んでいる。
「美味しいわよねえ、この蜂蜜酒って」
「どうやって作るのかしら?」
「……蜂蜜を水で薄めて放置しておく。それだけ」
これにはメランさんが答えていた。
へえ、そうなのか。それなら古くからあるお酒であることも納得だ。
「のう、トスカさんと言ったか。貴殿の主にも、この光景を見せてあげたいのう」
「はい……。戻りましたら…………様には逐一報告させていただきますので」
「そうしておくれ」
シーガーさんはトスカさんと何やら真面目そうな話をしていた。
「おーい、ボウズ! お前もこっち来て飲め!」
パーティー会場内をうろうろしていた俺に、ドドロフのおっちゃんから声が掛かった。
「え、でも、皆さんのお世話しないと」
と言ったら、
「馬鹿。お前もライカの嬢ちゃんも、一緒に楽しまないでどうすんだ」
と言われてしまった。
「ほれ、見てみろ」
おっちゃんの指差す方を見てみると、メランさんに捕まってワインを飲んでいるライカが見えた。
一気飲みしてる……。
あー、こりゃ明日は二日酔いだな……。
「シュウさん、楽しいでひゅねー」
酔っぱらったライカがそばにやってきた。もう呂律が回らなくなっている……潰れるのも時間の問題か。向こうの方でエミーリャさんが何か合図をしているが……気付かないふりをしておこう。
「みなひゃん、いい人たちばかりでしゅ」
「……そうだな」
「シュウさんが来てくれるまえは、こんな日が来るにゃんて思ってもみまへんでひた……ありがとうございまふ」
口調が怪しいが、ライカの気持ちはしっかりと伝わってきた。
なので俺も真剣に返す。
「俺だって、ライカに感謝してるさ。毎日が充実しているし、役に立つスキルも身に付けられたし」
「くふふー、おあいこでしゅねー」
「そうだな」
そしてライカは、俺の腕に縋り付いてきたと思ったら、そのまま崩れ落ちそうになった。慌ててそれを支える。
「……ふにゅ」
「……しょうがないな」
俺はライカを抱えて、隅に置いた椅子のところへ連れていく。と、エミーリャさんが椅子を4つ並べて寝台っぽくしてくれた。
「あーあ、ライカちゃんはお酒に弱かったのね」
「そうなんですよ」
俺はライカを並べた椅子にそっと横たえる。その時エミーリャさんがぽつりと言った。
「……ライカちゃんを大事にしてやんなよ」
「はい、きっと」
心の底から、俺はそう答えた。
パーティーは終始、和気藹々とした雰囲気で進んだ。
「のう、シュウ君」
賢者シーガーさんが穏やかな声で俺に言った。
「来年には全種族での平和会議が開かれる予定なのじゃが、この光景を見ていると、成功間違いなしと思えるよ。……いや、本当は会議なんぞ必要ないのじゃろうな。言葉が通じる者同士、わかり合えないはずなどないのじゃ……」
本当に、そうだと思います。
* * *
そして翌日、本当の1年最後の日。
「うう、頭が痛いです……」
やはりライカは二日酔いになっていた。
「ほら、これを飲むといい」
昨夜、酔いつぶれたライカの様子を見た魔導士メランさんが、『解毒薬』をくれたのだ。
『二日酔いで頭が痛いのにも効く』
と言って。
頭痛の原因はアルコールが分解されてできたアセトアルデヒドであるから、解毒薬が効くのだろう。
「あ、大分楽になりました……」
事実、解毒薬を飲んだライカは、朝食も食べられたし、その後出掛けられるまでに回復していた。
「1年の終わりに、神殿へ行こう」
「そうですね。行きましょう」
ということで、俺とライカは連れ立って神殿へとやって来た。
『女神様』に感謝の意を表すためだ。
KPも360となっていて、そろそろ帰る方法を、ヒントでもいいから教えてほしいしな。
「シュウさん、ライカ、ようこそお参りくださいましたー……」
若干顔色の悪いローゼさんが出迎えてくれた。彼女もやっぱり頭が痛いんだろう、時々顔を顰めている。昨日あれだけ飲んでいたからな……。
ローゼさんの横の賽銭箱に寄進をして、いつものように頭の上で麦の穂を振ってもらう。
「あなた方に女神様のご加護がありますように……」
そして神殿の礼拝堂へと進み、女神像の前で黙礼をする。
(今年はいろいろとありがとうございました。来年もよろしくお願いします)
すると、頭の中に女神様の声が響いた。
(シュウ、よく頑張りました。帰り道のことを教えてあげましょう)
おお、やった!
(この町のずっと北にある魔王城、その玉座の後ろです)
(えっ?)
(……この町のずっと北にある魔王城、その玉座の後ろです)
(……は?)
(ですから、この町の北にある、魔王城の、玉座の、後ろ、です)
(いえいえ、聞き取りづらかったわけじゃなくて……!)
(……お肉屋さんの前の通りを北に進んで門をくぐり、そのまま行けば森に出ます。そこから伸びる街道を……)
(いやいやいやいや、道順でもなくてですね……!)
(……)
(……)
(それじゃあ、年末で忙しいのでこれで。頑張りなさい。私はいつも見守っていますよ……)
(あ、ちょっ……!?)
そしてそれきり、女神様の声は聞こえなくなった。
(魔王城って……。どうやってそんなところへ行けと……)
帰り道はわかったものの、今度はそこまで行くにはどうすればいいのかと、悩む日が続きそうである。




