第30話 警戒
「ライカ! シュウ君! 無事か!?」
翌日、朝一番で女性騎士のウィリデさんがやってきた。
……まだ朝食を食べている最中なのに、だ。
「……うぐっ」
慌ててパンを呑み込もうとして喉に詰まってしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌ててライカが差し出してくれた水を一気に飲む。
「……ぷはぁ」
そんな俺たちを見てウィリデさんは一言。
「どうやら無事なようだな」
たった今、無事じゃなくなりそうでしたけどね。
「いったいどうしたんですか?」
「うむ。……もしかしたら耳に入っているかもしれんが、北東区の武器屋が潰されたんだ」
「ええと、それってエツイクスさんのお店ですか?」
「おお、知っているのか? そうだ。そのエツイクスの店だ」
ウィリデさんの話によれば、『エツイクス武器店』はこの町では古くからやっている店で、騎士隊でもその店で剣を誂える人が多かったのだという。
それが、ここ数日間の嫌がらせに加え、覚えのない借金を取り立てられ、さらには仕入れを妨害されたということだった。
これもおそらく『レーム商会』の仕業だ。
だが、確たる証拠はない……くそう。
「メランさんから聞いたんだが、一昨日、偽証文を持ってきた奴がいたんだって?」
「あ、ええ、はい」
俺がその時のことを説明している間に、ライカは食器を片付け、ウィリデさんにお茶を出した。
「すまん。……なるほど、ここ『マイヤー工房』に奴らが来た狙いはシュウ君だな」
ここは、言ってはなんだが、立地としてはあまりよくないので、レーム商会が狙っているのは職人としての俺だろう、とウィリデさんは言った。
「だとすると、この先考えられるのはハニートラップかな?」
ウィリデさんがとんでもないことを口にした。
「はははは、はにーとらっぷ、ですか!?」
笑ってるみたいだぞ、ライカ。
「うむ。だからシュウ君はできるだけ外には出ない方がいいな。出ればとっ捕まる。何せ、私がここへ来る途中、それらしい女を3人は見かけた」
うええ……ハニトラなんて勘弁してくれ……。
ほら、ライカが睨んでるから……って、俺が悪いのか?
「安心しろ。この店がなくなるのも、シュウ君がいなくなるのも困るからな。今日の午前中は私がここに詰める。午後は代わりの者が来る予定だ」
「あの、もしかして毎日……?」
「うむ、そのとおりだ。昨日、工業ギルド長のドンゴロス殿から、ドワーフの評議員に話が通ってな。その後、評議会全員一致でこの店を守ることに決めたのだ」
な、なんで!? 逆に、そんな優遇されるとあとが怖いんですが。
「ふむ……。シュウ君は、本当に自覚がないのだな。ドンゴロス殿が言っていたとおりだ。……いいか、君はその修理の腕だけでなく、種族を問わない人当たりのよさや、鉛筆や紙の考案を通して、結構な重要人物になっているんだぞ?」
いや、そう言われましても。
「ふふ、まあいい。とにかく、君のことを大勢の者が心配していることは知っておいてくれ」
「は、はあ」
ということで、ウィリデさんに見守られながら、俺とライカは仕事に取り掛かった。
今日の仕事は魔法ランタンの修理だ。
これは魔宝石に蓄えられた魔力で明かりを灯す魔法道具。
魔法はからっきし駄目な俺だが、修理に関してはあまり関係ないことがわかっている。要するに直すだけなら魔法の才能はいらないのだ。
その点では、この世界に来たばかりの時にライカが抱いた危惧は的外れだったわけだ。
「ここの基板みたいなのが割れているな。……ライカ、くっつければ大丈夫かな?」
ただし、魔法が絡むことはライカにお伺いを立てる。経験が伴わないだけで、彼女の知識はなかなか大したものなのだ。
「大丈夫ですね。魔法の回路は切れていませんから」
「よし」
《人間工具 加工レベル2》。
右手の指と左手の指で撫でた面同士をくっつけることができる。
「これでよし、直ったぞ」
試しに点灯させると、ちゃんと光ってくれた。よしよし。
「ふうむ、便利なスキルだな。……折れた剣もくっつくのか?」
横で見ていたウィリデさんに質問された。
「試したことはないですが、くっつけられることは確かです。でも強度が元のとおりかどうかはわかりません」
「そうか。だが、試してみる価値はありそうだな。今度、折れた剣を持ってくるから修理してみてくれ」
「わかりました」
「実戦には使えなくても、素振りや模擬戦に使えるかもしれないからな」
もったいない精神は大事ですからね。
* * *
午前中は何事もなく過ぎ、昼からは別の女性騎士さんが来てくれた。
スラヴェナさんといって、獣人の騎士。ライカとも顔見知りなようだ。
「スラ、それじゃあ頼むぞ」
「ええ、任せてちょうだい」
「ウィリデさん、ありがとうございました!」
入れ替わりに帰っていくウィリデさん。
スラヴェナさんは獣耳がキュートで、銀色の髪が綺麗だった。聞けば狼族なんだそうだ。そういえば、なぜかこれまで獣人の知り合いっていなかったな……。
「騎士さんって、いろいろな種族の人が集まっているんですね」
午後は仕事が入っていなかったので、スラヴェナさんと少しおしゃべりを。
「ええ、そうよ。この町はいろんな種族が集まっているから、その全部の種族から騎士が出ているわけ」
なるほど、特定の種族に偏らないようにしていると。それは確かに必要かも。
でも、仲はどうなんだろう? 種族間の軋轢とかないのかな?
「そうね、こういう仕事だから、チームワークも必要だし、必然的に仲がよくなるわね」
逆に、馴染めない者は配置換えになったり辞めていったりするという。結局、残った人たちは仲がいい、というわけだ。
スラヴェナさんはおしゃべり好きな人で、その他にも訓練の様子や休日の過ごし方など、こっちが聞いていないことまでいろいろと聞かせてくれたのだった。
もちろん、3時の休憩にはプリンをごちそうした。
「ふわああ……何、これ……!」
スラヴェナさんもやはり甘党で、この上なく幸せそうな顔でプリンを食べてくれた。作った甲斐があったというものだ。
短めの尻尾がぱたぱた揺れている。触ってみたいが、ライカから事前にそれは大変失礼なことだと釘を刺されているし…………我慢しよう。
その日はターニャちゃんたちもシーガーさんも来ず、そしてレーム商会の嫌がらせもなく暮れていった。
「さて、そろそろ帰ろうかしらね」
冬の日は短い。まだ午後五時だというのに、外はもう暗くなっていた。
「わざわざありがとうございました。ウィリデさんにもよろしく」
「うちの工房なんかを警護してくださって、ありがとうございました」
俺とライカはスラヴェナさんに頭を下げた。
それを聞いたスラヴェナさんは立ち止まり振り返る。
「ライカ、それは違うわ。『適材適所』って言葉があるでしょ?」
ああ、この世界にも同じ四字熟語があるんだ。
「あたしは身体を動かすことが得意で、剣の才能も少しあったから騎士になったわけ。あなたたちは修理の才能があるからこの仕事をやっているんでしょう」
その間には大きな差なんてない、とスラヴェナさんは言う。
「みんな、自分のできることをやっているのよ。得意なことをして、苦手なことを補い合って。そうやって世界は成り立っている……んだと思うな」
「……」
「生意気なこと言ってごめんなさいね。でも、マイヤー工房はこの町になくてはならない工房なのよ。それだけはわかってちょうだい」
そう言い残してスラヴェナさんは帰っていったのだった。
「……諭されちゃいました」
「そうだな」
ちょっと苦笑気味のライカだった。
「いつの間にかうちの工房も、他人様に必要とされる店になっていたんですね。シュウさんには感謝してもしきれません」
「いや俺も、元の世界での借金を返すため、女神様が出稼ぎに来させてくれたわけでさ。無償でというわけじゃないんだから、気にしないでくれ。むしろ働かせてくれてありがとうと言わなきゃならないのはこっちだよ」
「そんな……!」
ありがとうございます、いえいえこちらこそ、などという少々不毛な、けれどなんだか心温まるやり取りのあと、夕食の準備と相成った。
だが……。
「あ……食材が底を尽きそうです」
と言うではないか。
「あー、ウィリデさんとスラヴェナさんにお昼をごちそうしたからなあ」
「節約して明日の朝、ギリギリですね」
かといって、この時間帯に食材を買い出しに行くのは危険すぎる。
「まあいいさ。明日の昼間、買い出しに行こう」
ということで、この日の晩は少々わびしい夕食になったのであった。
* * *
翌日、翌々日も何事もなかった。
騎士隊から誰かしら来てくれていたおかげだろうと思う。
このままもう何事もなければいいのだが……。
そして、また次の日。
この日はウィリデさんが来てくれた。
「おかげさまで、今のところ平穏無事ですよ。ありがとうございます」
「いや、これも仕事だ」
そう言ってくれるウィリデさんだが、俺としても心苦しいので、午前中大きな仕事が入っていなかったこともあって、剣を研がせてもらうことにした。
「シュウ君、すまないな」
「いえ、俺にできることといえばこういうことくらいですから」
丁寧に剣を研いでいき、納得の仕上がりにできた。
「おお、これは見事だ。ありがとう、シュウ君」
もちろん、感謝の印であるからお代はいただかない。
そんな時だった。
「ごめんください」
来客だ。上品な服に身を包んだ中年の貴婦人だった。
外に馬車が止まっているところを見ると、お金持ちの奥さんだな。
「あの、修理をお願いしたいのですが」
「はい、承ります」
女性客なのでライカが応対する。
「あの、少々大きいので、馬車に積んであるんですの。下ろすのを手伝っていただけませんこと?」
「はい、わかりました。シュウさん、手伝っていただけます?」
「おう」
荷物をライカ1人に任せるのは酷だ。むしろ俺がメインでライカがサポートしてくれればいい。
俺は外に出て、ライカと共に馬車後部へと回り込んだ。その位置に荷物置きがある馬車が多いのだ。
貴婦人と一緒に来た御者が扉を開けてくれた。
「……ん?」
中は空だった。
「荷物は、どこに……」
ライカの声が途中で途切れた。
と同時に、不意に目の前に霞が掛かったようになって、俺は意識を失ったのだった。




