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第29話 嫌がらせ

 偽証文騒ぎがあった翌日。


「シュウさん、奴らの正体がわかりました!」


 外出から帰ってきたライカが、開口一番そんなことを言い出した。奴らというのは、偽証文を作った連中のことだろう。


「おそらくですけど、『レーム商会』に雇われた連中です!」


「レーム商会?」


「はい。最近、王都……で勢力を伸ばし始めた商会らしいです」


 こういう時、ライカの情報網はすごいなと思い知らされる。

 それだけ町の人たちと繋がりがあるということなんだろうな……。


「で、そのレーム商会が、なんでうちみたいな弱小……あ、ごめん」


「ふふ、いいんですよ。本当のことですから」


 うっかり『弱小』と言ってしまった俺を、ライカは笑って許してくれた。


「それよりレーム商会の話です。日用品から雑貨、武器防具に魔法道具まで手広く扱う商会で、王都ではかなり勢力を伸ばしているらしいです」


「それがなんだってこの町へ来たんだ?」


「ええ、そこが疑問だったんでいろいろ調べてみたんですが、来年の春頃に全種族での平和会議が開かれる予定なんですよ」


 平和会議ってなんだ?

 そんな疑問が顔に出ていたのだろう、ライカはさらに説明をしてくれた。


「要するに、ヒューマン、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、獣人、魔人という、この世界に住む全種族間で行う話し合いですね」


 国連みたいなものだろうか。


「今は表向き平和ですけど、各人種間では、見えないところでいろいろ暗躍していたり牽制し合っていたり小さな紛争があったりするらしいです」


「ふうん」


 この『ハーオス』の町はその点平和だと思う。確かにここにいたら、そんな紛争なんてどこの世界の話だ、と思ってしまう。


「と、まあ、そういうわけでこの町が賑わうと考えたのではないでしょうか」


 なるほど。サミットが行われるということで短期的な経済効果が期待できる、というわけか。利に聡い奴はどこの世界にもいるもんだ。


「賢者様はもういらっしゃいますし、勇者様とか魔王様もお見えになるらしいですよ!」


 ふうん、今も勇者なんているんだな。

 ライカによれば、勇者というのは象徴のようなものらしい。魔王を倒すために選ばれた戦士、というわけではないようだ。


「勇者って魔王を倒す役目を持った英雄じゃないのか?」


「へえ……シュウさんの世界の勇者様ってそういう方なんですか!」


「あ、いや、あくまでも架空の物語の中でだけどな」


「そうなんですか、残念です……」


 ライカも、英雄譚に憧れた口か……。


「ええと、それはさておいて、魔王もいるんだな」


「いますよ。魔人たちの王様が魔王様です」


 ああ、そういうことか。確かにそれなら魔王と呼ばれていてもおかしくないや。


「で、勇者と魔王って仲悪いのか?」


 今更な気がするが、聞いておかねばならないことだ。


「いいえ」


 その答えにガクッと来た俺は悪くないと思う。


「以前、異世界から来た勇者様のお話をしましたよね? あの勇者様の血を引いていて、武芸に長けていらっしゃる方が今代の勇者様なんですよ」


 要するに、勇者はヒューマンの平和の象徴ということらしい。


「それじゃあ、魔王は?」


「ええと、魔王城はこの町から北へ五〇キロくらい離れた場所にあります」


 北に一〇キロくらいの所にある山脈が国境で、その向こうが魔人の国『アークバルド』で、さらに四〇キロほど行ったところに魔王城があるそうだ。

 五〇キロという距離が遠いのか近いのか、ちょっと見当が付かない。現代日本の感覚でいうと、東京都心から富士山までが一〇〇キロくらいだ。

 その半分というと、自動車ならノンストップで一時間くらいの距離だが、この世界では徒歩か馬車となり、山越えを含めた五〇キロは二~三日掛かるのだろうな。

 ヒューマン、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、獣人、魔人……昔はともかく、今は表立って敵対し合っているわけではないという。

 それを聞いて俺は、地球でも人種間宗教観の違いで紛争が絶えないことを思い出した。



「あ、話が逸れましたね。ええと、それでですね、その全種族での平和会議が開かれる予定は来年の春頃だそうです」


「……それで、どうしてマイヤー工房が狙われるんだろう?」


「そうですよね。シュウさんのセリフじゃないですけど、うちなんて大商会から見たら吹けば飛ぶような弱小ですし。ねえ、シュウさん?」


 うう、さっきのは失言だったと謝っているんだから、もう虐めないでくれ……。



 そんな時、ドアが開いて来客があった。


「……まったく、自覚がないというのも困ったものだな」


「あ、ドンゴロスさん、いらっしゃいませ」


 来店したのは工業ギルドの長、ドンゴロスさんだった。


「シュウ君、君はこの『ハーオス』に住む全種族が注目している……と言うと少し大袈裟かもしれないが、とにかく有名人なんだぞ?」


 有名人と言われても、全然実感湧きません。

 俺の顔を見て、ドンゴロスさんは溜め息をつきながら言葉を続けた。


「夏前だったかな。柱時計を修理したろう? あれで注目を浴びたんだぞ。その後……夏か。賢者様と一緒にアーマーサーペントを退治した、あれでさらに上の者たちに名が売れたんだ」


 上の者って……お偉いさんに目を付けられたのか。

 なんだかあんまり嬉しくないな……。

 そんな心の内を読まれたのか、ドンゴロスさんは今度は呆れたような顔になった。


「本当に、君は……浮世離れしているというか、なんというか……。職人らしいと言えばいいのかな?」


 いえ多分、どうせ元の世界に帰ることになるから、こっちで出世しても仕方ないからです。

 ライカは俺のそんな事情を知っているので、ドンゴロスさんとのやりとりを苦笑しながら見ていた。



「ええと、ところで、今日はどんな御用でしょうか?」


「うむ。……ちょっと嫌な情報が入ってきたのでな。違法ギリギリのことをやらかす商会がこの町に入り込んできたのだ」


「もしかして『レーム商会』のことでしょうか?」


「ほう、もうここへ来たのか。それで、どうしたね?」


 ライカは昨日のことをドンゴロスさんに説明した。そして、


「レーム商会、と名乗ったわけじゃないんですけど」


 と締めくくる。

 確かに、スカウトも借金取りも商会の名を名乗ってはいなかった。


「ふむ、なるほど。それも奴らでまず間違いない」


「やっぱりそうですか……!」


「違法ギリギリって、どんなことをやらかすんですか?」


 気になったので聞いてみる。やり口がわかれば、対処のしようもあるからだ。


「うむ。知っておいてもらった方がいいだろうな。……まずは有能な店員の引き抜きを仕掛けてくる」


「あ、昨日シュウさんを雇いたいと言った、あれですね」


「うむ。それから店舗もしくは用地の違法接収だな。偽の証文や脅しを掛けてくるようだ」


 偽の証文なら昨日やられたな。メランさんがいてくれて本当に助かったな……。


「それから嫌がらせを仕掛け続け、引っ越しを余儀なくさせる、という話も聞いている」


 それはまだ来ていないから気を付けないといけないな。


「でな、ここ以外にも三軒が被害に遭っているのだ」


 一軒は高級衣料品を扱う商店で、店を畳むかどうしようか迷っているらしい。

 もう一軒は食料品店で、今は営業を停止しているという。

 そして最後の一軒は工房で、職人のほとんどを引き抜かれてどうにもならなくなったという。


「酷いですね」


「だが、本当に違法ギリギリなのでな。取り締まるのも難しいというわけなのだ」


 そういうことか。これは、もっともっと気を引き締めて掛からないといけないな。


「それでだ、我がギルドは奴らを排除すべく動いている。協力してくれるね?」


「ええ、もちろんです。でも、何をすればいいんでしょう?」


 協力することにやぶさかではないが、何ができるんだろう?


「証拠集めだ。レーム商会の奴らは巧妙に行動している。法に触れるような行為には必ず代理人にやらせているのだ」


 確かに、あの偽証文を持ってきた奴は商会の人間じゃなさそうだったな。



 その時である。

 店の前で、ガチャーンというような大きな物音がした。


「な、なんだ!?」


 ライカはそこに留まらせ、俺がそっと外を覗いてみると……。


「うっ……ひでえ」


 ゴミを積んだ荷車が横転し、あたり一面ゴミだらけであった。生ゴミが多く、臭くてたまらない。


「ひどい……」


 開けたドアから臭気が入り込んだようで、ライカも外を覗き、その惨状に絶句していた。


「これじゃあ、お客さんが来られません……」


「だな」


 おそらくこれもレーム商会の嫌がらせだろう。こんなことが続いたらお客が来なくなり、店が潰れてしまうかもしれない。

 だが、奴らがやった、もしくはやらせたという証拠がない。

 不思議なことに荷車は、どうやったものか馬も何も繋がずにひとりでに走ってきて横転したようだった。


「おお、これは酷い」


 ドンゴロスさんもその様を見て顔をしかめた。


「……とにかく片付けなければいけませんね」


 この町での不文律として、店の前の道路の清掃はその店が行うことになっている。清掃業者などというものはいないので、必然的にそうなるわけだ。


「だけど、どうする?」


 大量の生ゴミを見て、正直俺は途方に暮れてしまったのだ。


「……穴を掘って埋めるしかないでしょうね」


 通常、生ゴミは各家庭で穴を掘って埋めるなり焼くなりすることになっており、このように多量の生ゴミが溜まることは珍しいらしい。


「うちが出したんじゃないんだけどな……」


 とは言ってみるが、だからといって生ゴミは消えてはくれないので、こちらで処理するしかない。


「穴は工房の裏でいいか?」


「はい、そこしかないでしょうね」


 手分けして生ゴミを片付けることにする。俺が穴を掘り、ライカがゴミを集めることになったのだが、


「居合わせたからには儂も手伝おう」


 と言ってドンゴロスさんも穴掘りを手伝ってくれた。

 そしてさすがはドワーフ。あっという間に直径2メートル、深さ1メートルの穴が掘れた。9割方ドンゴロスさんが掘ってくれたようなものだ。

 そのドンゴロスさんは穴を掘り終えると、


「それではの」


 と言って帰っていった。



 そして俺とライカは2時間ほど掛けて生ゴミを穴に埋めた。臭かった店の前も水で何度か流し、少し臭うくらいまで軽減することができたのだ。


「……やっと終わりました……」


「うあー……身体に臭いが染みついちまったな……風呂に入りたいぜ」


「同感です……」


 だがまだ時刻は午後2時くらい、今から風呂というわけにもいかない。

 それで俺とライカは身体を拭いて服を着替えることでなんとかその場を凌ぐことにしたのだった。



*   *   *



「……なんかくさい」


 午後3時、ターニャちゃんとトスカさんがやって来た。そしてやはり臭うという。


「ごめんね。ちょっと事故があって」


「何かあったのですか?」


 トスカさんに質問された。そりゃあ、お嬢様の身に何かあったら一大事だろうから、知りたがるよなあ。ターニャちゃんにとばっちりが行かないとも限らないし。

 そこで俺は、ターニャちゃんには聞かせないようトスカさんに工房の隅まで来てもらって、簡単に事情を説明した。


「そんなことが……」


「ええ、ですから、ターニャちゃんに危険があるとは思えませんが、万が一のことがあったら申し訳ないので、しばらくは来ない方が安心かと思います」


「……わかりました」


 ちょっと寂しいが、このゴタゴタが片付くまで、ターニャちゃんは来ない方がいいよな……。


「そのナントカ商会、潰します」


「え、ちょっと」


 なんでそうなるの? 魔人って過激なのか?

 とりあえず、トスカさんを宥めることにする。


「ええと、怒っていただけるのは嬉しいんですが、証拠を掴んで追い出したいんですよ」


「……なるほど。では仕掛けてきた奴を捕らえて吐かせましょうか」


 あ、トスカさんって怒ると怖いんだった。


「いえ、奴らの手口は巧妙で、直接ではなく、依頼者がわからないようにして他の者にやらせるらしいので……」


「難しいのですね……これは要検討のようです」


 わかってもらえたかどうか微妙だが、力ずくでなんとかするというのは避けられたようだからよしとしよう。



 結局、この日は生ゴミぶちまけ以外は何事もなかったのだった。

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