第28話 この世界でも借金取り!?
いつしか季節は冬となり、毎日寒い風が吹くようになった。
街路樹は葉を落とし、道行く人は寒そうに身をすくめている。でも俺は、ライカに買ってもらった上着でぬくぬくだ。
こっちへ持ち込んだ服は作業着と下着と靴下だけだったから、正直有り難い。特にこれからの季節には。
俺がライカにもう一度礼を言おうと思ったそんな時、来客があった。
「ごめんください。こちらはマイヤー工房で間違いありませんね?」
「いらっしゃいませ。はい、ここはマイヤー工房です」
「今日は、ご相談があってまかり越しました」
「はい、こちらでお伺いします」
ライカはお客を相談コーナーへと案内した。
お客は壮年のヒューマンの男で、中肉中背。温厚そうな顔をしている。だが、俺はこういう顔を知っていた。
笑顔の裏にどす黒い欲を隠している顔だ。信用ならない。
「実は、おたくに優秀な修理職人さんがいらっしゃると聞いてきたのですが」
「ああ、シュウですね」
……優秀か。そう言われて悪い気はしない。
だが、その次の言葉で、俺もライカもびっくり仰天した。
「そう、そのシュウさんを、お譲りいただけませんでしょうか?」
「ええっ!?」
「このたび我が商会はこの町に、あらゆるものを作る大規模な工房を作ることになりました。つきましては、優秀な職人や技術者を求めているのです。シュウさんをお譲りいただければ、100万マルスをお支払い致しますが」
「お断りします」
「帰れ!!」
ライカと俺の声が重なる。
「では、200万マルスでは?」
男は倍の金額を提示してきたが、ライカも俺も動じなかった。
「金額じゃない」
「お帰りはあちら」
「250万……」
とかなんとか言ってやがったが、構わず2人して男を店から追い出してやった。
* * *
「……まったく、なんだったんだ、あいつ……」
「ほんとですね。初めて見る顔でしたよ」
スカウト? の男を追い出したあと、俺とライカはなんとなく疲れたので甘くしたホットミルクを飲んでいた。
そこへまた来客が。
「ライカ、シュウ君、いる?」
「……あ、メランさん。いらっしゃいませ」
ダークエルフの魔導士、メランさんだった。
「今日はなんの修理でしょうか?」
早速相談コーナーに案内し、お茶を出すライカ。寒くなったのでお客さんに温かいお茶を出すサービスを始めたのだ。
メランさんはお茶を一口飲んで、
「今日は、これを直してもらおうと思って持ってきた」
と言って、テーブルの上に布に包まれた物を置いた。開いてみるとそれは、灰色をした、ハガキくらいの大きさの板状の物である。
「手にとって拝見しても?」
と断ってからそれを確認すると、厚さ5ミリくらいの石板であった。それが真っ二つに割れている。
「見てのとおり、二つに割れてしまった。シュウ君は、くっつけるスキルを持っていると聞いたので、お願いしに来た」
そこでじっくりと見せてもらう。
綺麗に割れており、小さな破片が飛んだ様子もなく、くっつけるだけでよさそうだ。
「これならすぐにくっつけられますが、それだけでいいんですか?」
こう言っては失礼だが、メランさんはどちらかというと口下手なので、念のため確認する。
「うん、大丈夫。これは魔法道具の元になる単なる『型』。だからくっつけた跡が残っていても、問題はない」
「そうですか。でしたら問題はありません。すぐに……」
その場で直すことができるので、早速スキルを使おうとした、その時。
「おい、店主はいるか!」
店のドアを乱暴に開け、入ってきた男がいた。俺もメランさんもびっくりしたが、ライカはすぐに応対しに出た。
「は、はい。私が店主のライカです」
「おう、お前がライカか。アレクシー・マイヤーの娘だな?」
「はい、そうです」
ライカのお父さんはアレクシーっていうのか。そういえば、初めて聞いた気がする……。
そんな暢気な思考は、男の次の言葉で微塵に砕かれてしまった。
「アレクシーの娘なら、金を返してもらおうか」
「は?」
その男のセリフを聞いた俺は背筋が寒くなった。
債鬼。
そんな言葉が頭をよぎる。
俺がこの世界にやってくる発端となった借金取り、それが不意に思い出されたのだ。
「え、ええと、私はもう借金はしていないはずなんですが……」
「なら、これを見てもらおう」
男はなにやら紙を取り出し、ライカに突きつけた。
「こ、これは……」
「わかったか? あんたの父親が作った借金の証文だ。そしてここに書いてあるとおり、借りた本人がいなくなっても、親族がその支払い義務を負う、となっているんだ」
「え、ええと、い、幾ら、なんでしょう?」
まずい。ライカは男の剣幕に押されている。
……だが、情けないことに俺も、借金取りと聞いて少し足が竦んでしまっていた。元の世界での出来事がトラウマになっているのか? だとしたら情けない……。
「ここに書いてある。一五〇万マルスだ」
「一五〇万!!」
日本円に換算しておよそ一五〇〇万円か……。
楽になったとはいえ、そんな大金が今のマイヤー工房にあるはずもない。さっきの話を受けていれば……と、少しだけ考えてしまった。
「そ、そんな急に言われても……」
ライカは、もう真っ青になっている。
「期限はもうとっくに切れているんだ。さあ、とっとと払ってもらおうか」
「そ、それならどうして、今頃……」
……そ、そうだ。何かおかしいぞ。
「この証文は先日俺が買い取った物でね。元の持ち主はもう取り立てる気もなかったらしいが、こういうものはちゃんとけじめを付けなきゃなあ?」
「……」
ライカはもう泣きそうだ。くそ、こういう時に俺が行かなきゃ。
……そう思うのに、なかなか足が前へ出ない。
それでも怯んだ心を叱咤して一歩、二歩と足を踏み出した。
「払えないというなら、代わりのものを貰っていくしかないな」
そしてその男は俺の方をじろりと見た。その濁った目に射すくめられ、俺の足は再び止まってしまった。
「お前、修理職人だろう? ……借金の代わりに、こいつで手を打とうじゃないか」
え、俺? 俺が、借金の形に?
「ふざけるな!」
「駄目です!」
俺とライカの声がほぼ同時に拒絶した。
「ほう? なら、どうやって借金を返してくれるんだ? ああん?」
「……そ、そもそも、証文が本物だという証拠は、ど、どこにあるんです?」
震える声でライカが反論した。
「証拠だあ? ……ふん、ここに魔力スタンプがあるだろう。これが証拠だ」
……くそ、自信満々だな。
きっと、それだって何かトリックがあるんだろうが、俺にそれを見破る術はない。残念だ。
と、その時。
「……ちょっと見せて」
「ああん? なんだ、お前?」
いつの間にかメランさんが借金取りの前に立っていた。思わぬ展開だ。
「いいから、見せて」
「あ、何しやがる!?」
メランさんは男が持っている証文に触れた。途端に、その顔が険しくなる。
「……やっぱり。この証文は、偽物」
「な、何を言いやがる! 何を証拠にでたらめを言うんだ!」
今度は男が証拠と言い出した。
「この紙は、ただの羊皮紙。魔力スタンプまで使って行う契約書なら、魔獣の革を使うことになっている。それが1つ」
魔導士のメランさんだからこそ気付けた欺瞞というわけか。
「魔力スタンプは、最終的に貸す者、借りる者、そして立会人の3人分の魔力が記録されるはず。でもこのスタンプには1人分の魔力……ううん、3つとも同じ魔力で記録されている。つまり、偽造」
おお、そうなのか。さすがメランさん。
その言葉に借金取りの男は慌てている。
「お、お前はいったい何者なんだ!!」
狼狽する男に、あくまでも冷静なメランさんが告げる。
「私は一級魔導士のメラン」
メランさんはそう言って、首に掛けている金色のプレートを見せた。
「い、一級魔導士!?」
「そう。……どうしてこんな詐欺行為をしたの?」
「う、え、あ……」
メランさんに詰め寄られて、男はしどろもどろだ。どうしてこんな奴に威圧されていたのかと思うほど、醜態をさらしている。
「ま、間違い。そう、か、勘違いしたんですよ! ほ、ほら、証文だって破っちゃいますし!」
男は、我々が見ている前で証文をビリリと破り捨てた。
「本物の証文は魔獣の革だから、そんな簡単に破ることはできない。詐欺師、さっさと帰れ。二度とこの店に顔を見せるな。ううん、この町から出ていけ」
いつの間にか手にしていた杖を男に向けるメランさん。今となっては詐欺師の男よりもメランさんの方が怖い……と言ったら失礼なんだろうなあ。
「はい、はい。で、出ていきますです。だ、だから、つ、杖を向けないでください!」
「よし」
メランさんが杖を降ろすと、詐欺師の男はそそくさと店から退散していったのだった。
「ありがとうございました!」
まず俺は、メランさんに最敬礼でお礼を言った。俺の隣ではライカも深くお辞儀をしている。
「メランさんがいなかったらどうなっていたことか……」
だが、マイペースなメランさんはそんなことを気にするなとばかりに、いつもの表情に戻って、
「それよりシュウ君、早く石板をくっつけて」
と俺をせっついたのだった。
「わかりました」
今回のお礼として、無償で修理した。
「ありがとう。さすがシュウ君」
と言って、メランさんは帰っていったのだった。
あとで聞いたところによると、『二級魔導士』という資格を持っていると、魔力を使った契約締結の立会人になれるという。
そしてメランさんが持つ『一級魔導士』ともなれば、契約内容の鑑定や合法かどうかの判定をし、違反した契約書なら無効化宣言までできるのだそうだ。
凄い人なんだなあと、改めて思った俺だった。




