第27話 金継ぎ
翌日の午後、シーガーさんはちょっとだけ顔を出し、プリンを食べてから、
「楽しみにしてるぞい」
とだけ言って帰っていった。
今日の夕方、金箔の目処が付くというのを察してくれたのだろう。
その夕方。
「おう、来たかボウズ。これでどうだ!」
ドドロフさんの工房へ行くと、奥の小部屋に引っ張って行かれ、そこで出来上がった3枚の金箔を見せられた。
「叩いて滑らかにした鹿革に、金の薄板を挟んで叩き伸ばしたんだ」
見せてもらった金箔は、確かに『呼吸で飛んでしまう』くらいに薄いものだった。
これでも多分、現代の日本で作られている金箔よりは厚いのだろう。しかし、俺の前にいるドワーフの職人、ドドロフさんは、俺からの僅かな情報だけでこれを作り上げたのだ。
それは偉業と呼ぶしかない。
「素晴らしいですよ、ドドロフさん!」
「おう、そうか。これなら使い物になるか!」
「はい、間違いなく」
「よっしゃ!」
目の下に酷い隈を作ったドドロフさんは、満足そうに笑ったあと、
「さすがに……疲れたぜ……」
と言ってソファに座り込んだかと思うと、いびきをかいて眠ってしまった。
工房内は火の気があって暖かいので風邪は引かないだろうと、俺は出来上がった金箔3枚を貰って帰ることにした。
もちろん、眠ってしまったドドロフさんのことは工房の職人に頼んだし、金箔についてはお礼の言葉と、礼金は改めて持ってくる、と書いたメモを残してだ。
* * *
「よし、やってみよう」
マイヤー工房に帰った俺は、シーガーさんの茶碗修理に取り掛かることにした。
実は、割れた陶器を直すことについては、暇を見つけてはいらなくなったコップや皿を使って練習していたのだ。
今回は皿で試してみることにする。
俺のスキル《人間工具 加工レベル2:右手の指と左手の指で撫でた面同士をくっつけることができる》を使えば、接着は問題なくできる。
あとは、くっつけた部分に沿って金箔を貼るだけだ。金粉という手もあるらしいが、俺が見た番組では金箔だったのだ。
金箔の裏(裏表の区別はないが、そこは気分)を右手の指で撫で、くっつけた合わせ目の上を、できるだけ細く左手の指……小指の先で撫でる。
そして金箔を軽く押し当て、そっと剥がせば、割れ目に沿って金箔が残る、というわけだ。
「できたぞ……!」
漆の場合は乾くまでに時間が掛かるらしいが、俺のスキルならすぐ。
割れ目に沿って金箔が少し細くなったり太くなったりして線状に覆っているので、知らなければ割れた皿とは思うまい。ちょっとした前衛芸術的な装飾のようだ。
「シュウさん、おめでとうございます! なんだか格好いいですね!」
試しに直した皿をライカに見せたら、まずまずの感想が返ってきた。これならシーガーさんも気に入ってくれそうだ。
ようし、それじゃあ本番の茶碗……とも思ったが、
「夕ご飯にしましょう」
と言われたので素直に言うことをきくことにした。
というのも、今の俺のように、精神が高ぶった状態で何か細かい作業をすると、碌なことにならないという経験則があるのだ。
平たく言うと、思わぬ失敗をする可能性が高いということ。
それで素直にライカの言葉に従い、夕食にしたというわけだ。
ついでに、本格修理は翌日にすることにして、もう一度練習として、マグカップを直すことにした。
これはライカが子供の頃使っていたものだという。しかし真っ二つに割れた上、取っ手が折れてしまっているため使い物にならなくなってしまっていた。
それでもライカは愛着があって捨てるに捨てられなかったらしい。
「よし、任しとけ」
くっつけるのはもうお手の物。右手と左手の指をうまく使い分けてしっかりとくっつければいい。
しかし、である。
「小さい欠片って残ってないのか?」
そう、割れた部分を直し、取っ手もくっつけたのだが、縁の部分が一部欠けていたことに気付いたのだ。
いくら俺のスキルでも、欠片がなければ直せない……。
「こういう時はどうしていたかな……」
TVで見た修理では、漆でパテみたいなものを作って、欠けた部分を補填していたような気がする。
でも、俺のスキルでそんなことはできるのだろうか?
結論から言えばできた。
右手で練った粘土を左手でなすりつけることで、パテのように固めることができたのである。
「シュウさんのスキル、凄いです! こんなに応用が利くスキルなんて、私、初めて見ました!」
とライカが興奮して褒めてくれたのは嬉しかった。
「そして固めた所を削って滑らかにして……と」
その上から金箔を貼れば、見事金継ぎをしたマグカップが復活した。
「わあ! シュウさん、ありがとうございます!」
愛用のマグカップが直ったことが余程嬉しかったらしく、ライカは俺の手を掴んで何度も何度も頭を下げてくれた。
こんなにまで喜んでもらえると、修理屋冥利に尽きるというものだ。
しかし、ここではたと気が付いた。
割れ目を隠すために金箔を使うと、かなり無駄が出るのだ。くっついていない部分を剥がすと、その金箔は細切れになってしまい、もう使えない。
やり方は知らないが、金粉なら必要な部分だけに蒔けるから無駄が出にくいのだろう。
もっとも、ドドロフさんに頼んで再生してもらうことはできるだろうけど……。
* * *
そして翌日、朝食もそこそこに修理を開始した。
前日の興奮もすっかり冷めており、冷静沈着に作業ができた……と思う。
割れた欠片はしっかりとくっつけた。
予想したとおり、欠けてなくなった部分があったので、そこは練習したとおり、粘土をスキルで作ったパテで整形した。
最後に金箔を貼って完成。
「うーん、我ながら綺麗にできた」
濃紺の茶碗に走る金色の線が、夜空に走る稲妻のように見える。
「わあ、素敵な器ですね。ちゃわん、っていうんですか? 金色の線が凄くいい感じです!」
とライカも褒めてくれたので、俺の美的感覚がこの世界の標準からかけ離れているということはなさそうで少し安心した。
あとは、シーガーさんが気に入ってくれるかどうかだ。
『賢者様』の審美眼。さすがにちょっと、いや、かなり緊張するな。なにしろ、修正がきかないんだから。考えていたらだんだん気になってきてしまった。
これじゃあ、ちょっと前に飲み物を出すといって緊張して震えていたライカを笑えないな……。
緊張のあまり、昼食の味がよくわからなかった。
そして運命の(大袈裟かな……)その時が。
「ごめんよ。……シュウ君、来たぞい」
「い、いらっしゃいませ。お待ち、してました」
いつになく緊張気味の俺を見て、シーガーさんが怪訝そうな顔をする。
「どうしたね? 失敗したのかな?」
「い、いえ! こ、これです!」
俺は覚悟を決め、直した器を差し出した。
「おお、これは!」
「……」
しばし流れる、無言の時間……反応やいかに?
「思いもしない、素晴らしい出来じゃ! 気に入った!!」
シーガーさんの褒詞に、俺は肩の力が抜けた。
「シュウ君、これは素晴らしい技術じゃ。元どおりにするのではなく、元どおり以上。おそれいったぞ」
「……過分なお言葉、ありがとうございます」
おれは心からほっとして、頭を下げた。
この世界の美的感覚が、俺と大差なくて本当によかった。まったく異なっていたらどうなっていたか……。まあ、考えても仕方ない。
とにかくこうして、『金継ぎ』修理はつつがなく終了し、思った以上の礼金も貰えたのだった。
* * *
そしてさらに嬉しいことは続き、俺のKPが300となった!
そして、スキルがレベルがアップしたのである。
それは、《スキル:人間工具 加工レベル3:手刀で物体を切断できる》というもの。
素手で敵の剣をスパスパと斬ってしまう……いや、ないな。たぶんできない。
「……もう浮かれないぞ」
どうせ攻撃には使えないだろうと思っていたが、そのとおりだった。
切れるといってもハサミでゆっくりと切るくらいの速度で、だ。
つまり、敵の剣を手刀で受けたら……俺の手が剣を切る前に、剣が俺の手を切るだろうということになる。おお怖。くわばらくわばら。
とはいえ、どんな物質でも対象になるという特性は穴あけや接着と同じようで、使い方によっては凄く便利なスキルである。
まあ、工具として使うわけだけどさ。
これで穴空け・接着・切断と、3つのことができるようになった。
4つ目はなんだろう、とつい考えてしまうのも仕方ないことだ……と思う。
次は……ちょっと気が早いけど、できれば『研磨』が欲しいものだな。




