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第24話 カクテル

 秋たけなわ、といった気候になり、毎朝冷えるようになった。


「この上着の出番だな」


 先日、神殿の屋根修理の後にライカが何着か買ってくれた上着の1枚だ。

暖かく、すこぶる着心地がいい。


「ライカに感謝だな」


 作業着からこの上着になったことで、こっちの世界に溶け込めてきたような気がする。


「あ、シュウさん、その上着、着てくださったんですね」


「うん。これ、温かいよ。ありがとう」


「ふふ、喜んでいただけてよかったです」


 ライカの笑顔……プライスレス。さて、今日も頑張ろう。



 そして今は、『コーヒーリキュール』の出来映えを確認しているところ。

 これはコーヒー豆を砂糖と共にアルコール度数の高い酒に漬け、エキスを染み出させたものだ。

 元の世界ではブランデーベースのホワイトリカーと、ホワイトラムというカクテル用ラムを使ったが、こっちの世界では見つからなかったので、できるだけ癖がなく、アルコール度数の高い酒を選んで漬けておいた。


「そろそろ出来上がっているな」


 砂糖も溶け、透明に近かった酒が濃いコーヒー色になっている。

 豆とゴミを目の細かいし網で濾し取って別のビンに移し替えれば、それで終わり。

 匂いを嗅ぐと、コーヒー独特の風味と、僅かなアルコール臭がした。


「2リットル弱といったところか。……本当なら、こいつを使ってコーヒーゼリーを作りたかったんだがなあ」


 ゼリーの素かと思ったらシリコーンゴムになってしまったのは苦い思い出だ……もう忘れよう。

 気を取り直して、まずはこれを生かせるお菓子を作ることにした。



「卵とミルクと砂糖……っと」


 卵は割合安く手に入る。ミルクも同様。

 一番高いのが砂糖だが、定期的に遊びに来る魔人族のお嬢様、ターニャちゃんが甘いもの好きなため、付き人のトスカさんからかなりのお金を貰っており、大量に購入できているから問題なし。

 溶いた卵に砂糖とミルクを加え、泡立てないようにかき混ぜていく。

 容器に移し、そのまま水を入れた大鍋に入れる。水の量は中に入れた容器の中程くらいまでだ。

 あとは鍋に蓋をして、中の水がお湯になるまで火に掛ける。

 そう、俺は『プリン』を作っているのである。

 カラメルの代わりにコーヒーリキュールをプリンに掛けると、大人の味になるのだ。



「おっと、ターニャちゃん用にカラメルも作らないと」


 カラメルは、少なめの水で砂糖を溶き、火に掛けて水分を飛ばし、茶色くなるまで加熱すればいい。

 この時、僅かに水を足すと固まりにくいカラメルになる。


「あ、なんだかいい匂いがしますね」


 カラメルの匂いに誘われて、事務仕事をしていたはずのライカが厨房にやって来た。


「なんですか、これ?」


 火に掛けられている大鍋とカラメルを見て、首を傾げるライカ。それはそうだろうな……。


「ええと。美味しいお菓子を作っているから、昼過ぎまで待ってくれ」


 と言うと、楽しみです、と言い残して、ライカは厨房を出て行った。

 さてそろそといいかと、大鍋の蓋を開けて確認する。うん、固まっているな。

 少し冷ましてから冷蔵庫で冷やせば、あとは食べるだけだ。



 そうそう、この世界には『プリン』がないことはそれとなく確認済み。これだけもったいつけておいて実は食べたことありました、では俺はただの痛い人だからな。



「シュウさん、さっきのお菓子、まだ食べちゃ駄目ですか?」


 よっぽど気になると見え、ライカがしつこい。

 ターニャちゃんたちが来るまで待ってくれ、と言ってなだめる。

 ライカにこんな一面があるとは思わなかったな。



 そして時間はゆっくりと過ぎていき、ついにターニャちゃんとトスカさんがやってきた。


「おにいちゃん、きょうのおかしは?」


 おっと、開口一番、おやつの催促か。

 時刻は午後2時半頃、少し早いがリクエストにお答えしよう。ライカも食べてみたくて仕方ないみたいだし。

 さっそく俺は冷蔵庫からプリンを4つ出し、スプーンと共に運んでいった。もちろんカラメルとコーヒーリキュールも。


「お待たせ」


 ターニャちゃん、ライカ、俺、そしてトスカさんの前に置く。


「新作です。食べてみてください。感想を聞かせてもらえるとありがたいです」


 ……と俺が言うか言わないうちに、


「いただきまーす!」


 ターニャちゃんは、まずはそのままぱくんと一口。


「あっまーい! おいしーい!」


 嬉しそうな顔のターニャちゃんを見るとほっこりする。


「……本当に、美味しいです、シュウ様」


 トスカさんもうっとりしたような顔で、美味しいと言ってくれた。

 そしてライカはというと、


「……ふわあ」


 なんとも言えない、蕩けたような顔をしていた。

 俺も一口。うん、成功の味だ。次に、そこへコーヒーリキュールを一さじ。

 そう、これだ、この味だ。

 にやけていたであろう俺の顔を見て、トスカさんが問いかけてきた。


「シュウ様、それはなんですか? ……お酒のような匂いがするのですが」


「あ、そうです、酒ですよ。コーヒー……カヒーの香りをつけた甘い酒です。……掛けてみますか?」


「ええ、是非! 是非に!」


 と言われたので、プリンに2さじ分くらいのコーヒーリキュールを掛けてあげると、トスカさんはそれを大急ぎで口へと運んだ。


「……なんですか、この味と……香り! 甘さと苦み、それに馥郁ふくいくとした香りが素晴らしいです!」


 料理評論家みたいな感想だが、気に入ってくれたようで何より。

 すると、ライカとターニャちゃんも味を見たそうにこっちを見ている。


「ええと、2人とも、これはお酒だから未成年は駄目だよ」


 と釘を刺す。


「代わりに、これを掛けて食べてごらん」


 と、ターニャちゃんのプリンにはカラメルを掛けてあげる。

 ターニャちゃんはそれを一口食べ、


「あ、ほんとだ、もっとおいしくなった!」


 と、満足してくれたが……。ライカは子供扱いに不満そうだ。


「……17ですから、もう大人です」


 トスカさんも、


「シュウ様、さすがにターニャお嬢様は駄目ですが、ライカさんのお歳ならお酒はみんな飲んでますよ」


 と言うので、プリンに掛けるくらいならと、ライカのプリンにもコーヒーリキュールを少し掛けてやる。


「……あ、本当に、美味しいです……」


 ますます蕩けるような顔になったライカであった。



*   *   *



 ターニャちゃんたちが帰ったあと、ライカはまれに見る興奮状態だった。


「シュウさん、あの『プリン』、とっても美味しかったです!」


 と、何度も繰り返し言うので、夕食後、寝酒代わりにカルーアミルクを作ってやることにした。

 これはコーヒーリキュールとミルクで作るカクテルで、わかりやすく言うとアルコールの入ったコーヒー牛乳である。口当たりがよく、女性向けと言われる。

 正確には『カルーア』という名前のコーヒーリキュールを使わないと『カルーアミルク』とは呼べないのであるが、どうせ異世界だ、呼びやすい名前で呼んでしまえ。



 今回はコーヒーリキュール1、ミルク3という標準レシピでカルーアミルクを作った。

 ライカの前にコップを置けば、


「あ、美味しい」


 と言いながら一口、二口。そして甘くて口当たりがいいので、一気に飲み干してしまった。

 俺も飲んでみる。……うん、寝酒にはちょうどいいな。


「美味しいですね」


「だろ? もう少し飲むか?」


「あ、お願いします」


 1人で酒を飲むより2人で、だよな。ということで、もう1度2人分を作ってコップに注ぐ。

 ライカは待ちかねたように、それを一気に飲み干した。


「……美味しいです。お代わりくだしゃい」


「え、もう飲んだのか?」


 なんか、語尾の呂律が怪しくなっている。もしかして、ライカはアルコールに弱いのかな?


「早くくだしゃい」


「……もうやめとけよ」


「いいからもう1杯」


「……これで最後だぞ?」


 コップに半分だけ作ってやると、ライカはそれをまたもや一息に飲み干した。


「……ふにゃ」


 あーあー、飲み方を知らないな。

 ライカはテーブルに突っ伏してしまった。


「……どうしよう、これ」


 とにかく部屋へ運んでやらないとな……。



*   *   *



 翌朝。


「うう……頭が痛いです……」


 青い顔をしたライカがいた。


「飲み過ぎだよ。……酒、初めて飲んだんだろう?」


「…………はい」


 まったく自分のペースというものがわかっていない飲み方だったから、そうじゃないかなと思ったが正解だった。


「吐き気はしないか?」


「……はい」


「それなら、水……いや、白湯を飲むといい」


 俺はライカにそう言って、お湯を沸かし始めた。

 頭痛の原因はアルコールから変化したアセトアルデヒドと言われているので、その体内濃度を下げるために水分補給をするといいらしい。

 ただ、吐き気がある場合は水を飲みすぎると逆効果になるので要注意だ。


「あとは……大麦でお粥を作るかな」


 お米のお粥を作りたいのだが、今のところ見つかっていないのが現状だ。


「うう……ごめんなさい……」


「ほら、いいから座っていろよ」


 大麦を煮ているとお湯が沸いたのでケトルを火から下ろし、大きめのカップにお湯を入れて、水を加えて適度な温度にする。

 吸収がいいのは人肌、つまり体温だ。だいたい摂氏40度くらい。

 スポーツドリンクがあれば一番いいのだが、生憎とこの世界にはそんなものはないので、気休めにほんの少しの塩と砂糖を加える。


「これを飲んで待っていてくれ」


「ありがとうございます……」


 大きなカップ1杯の白湯を飲むと、少しだけ人心地が付いたらしいライカは、ほぅ、と小さく息を吐いた。

 大麦の粥には卵を1つ落とし、溶き卵風にする。もうお粥というよりおじやか雑炊だ。まあおじやも雑炊もそう変わらないが。

 一説によると、米の形が残っていると雑炊で、水分を飛ばして米の形が残らないくらいまで煮込んだものがおじやだという。

 かと思うと、味噌や醤油で味付けをしたものがおじやで、塩などで味つけし、色が付いていないものは雑炊ともいう。つまりはどっちもどっちということだ。

 そういう意味では、塩で味つけし、煮込みすぎていないから雑炊かな。



 頭の中で能書きをこねているうちに雑炊が出来上がった。もちろん俺の分もある。別々の献立を用意するのは無駄だしな。


「ほら、できた。熱いからゆっくり食べろよ」


「……ありがとうございます……」


 器を受け取ったライカは消え入りそうな声で礼を言うと、ふうふうと冷ましながらスプーンで一口。


「美味しい……」


「はは、そりゃよかった」


 何を隠そう、俺だって何度か二日酔いになって苦しんだことがある。その時は弟がこうした雑炊やお粥を作ってくれたのだ。

 ……妹? 妹も、白湯を用意してくれたり、スポーツドリンクを買ってきてくれたりしたよ。



 白湯を飲み、雑炊をお腹に入れると幾分楽になったようで、ライカの顔色も少しよくなってきた。


「午前中は無理するなよ」


 ライカに声を掛け、俺は食器と鍋を片付け、洗い始めた。


「うう……すみません……」


「気にするなって」


 ずっと気を張って工房を守ってきたライカなのだから、余裕が出てきた今、たまには羽目を外すのも悪くはないと思う。

 とはいえ昨夜のような羽目の外し方は困るけどな。

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