第22話 レベルアップ
涼風が吹く初秋となった。
肋骨の骨折もすっかりよくなり、リハビリの甲斐あって元通りに動けるようになっていた。
おかげでKPも順調に増え、190になっている。
そんな時、マイヤー工房に小さなお客さんが訪れた。
「……こんにちは」
トスカさんに連れられてきたターニャちゃんだ。
当然、相談コーナーへ案内した。
ここは最近グレードアップし、接客スペースとして恥ずかしくないものとなった。
具体的には、テーブルと椅子を少し高級感漂うものに替えたのだ。まあ、俺が作ったんだが。
「先日は、お世話になりました」
トスカさんはそう言って菓子折……じゃないだろうけれど、綺麗に包装した箱を差し出した。
「これはご丁寧に」
それをライカは笑って受け取る。この辺のやり取りの作法とかマナーについて、俺は無知なので全部ライカ任せ。横に座ってライカに合わせて頭を下げるだけ。
でもそんな俺の横に、ターニャちゃんがとことことやって来た。
「おにいちゃん、こんにちは」
ああ、可愛いなあ。妹の小さい頃を思い出す……。
「はい、こんにちは」
俺が答えると、ターニャちゃんはにこっと笑ってくれた。
「きょうはおねがいがあるの」
そう言いながら、俺の膝の上にちょこんと座った。そして肩から提げていた鞄から、何やら取り出してテーブルの上に置いた。キャラメルの箱くらいの小さな箱だ。
「これ、なおる?」
箱は綺麗で特に外傷はない。とすると、中に入っているものを直してほしいということだろうか。
「中を見てもいいかい?」
と聞いて、ターニャちゃんが頷くのを確認してから箱を開けてみた。
中には可愛らしい髪飾りが入っていた。色は銀色で、ターニャちゃんの目の色そっくりな真っ赤な宝石が付いている。
しかし、髪に固定するためのピン……というのかな、その部分が本体から取れてしまっていたのだ。
「うーん、接合部が小さいな。……ハンダ付け? ロウ付け? してあったのが取れちゃったのか……」
「なおりそう?」
「ちょっと待ってね。……この石は……簡単には外れないか。無理したら石を欠けさせてしまうか、ブローチに傷を付けてしまうか……うーん」
ハンダ付けもロウ付けも、本体より低い融点の金属を使っての接合方法だが、熱を加えることに変わりはない。付けたままだと、熱に弱い石はひびが入る可能性もありそうだ。
そう思ってライカの方を見ると、さすがというか、俺の言わんとするところを察してくれた。
「ああ、『レッドアイ』ですね。綺麗な石ですが……熱には弱いですね。硬度もやや低めです」
そうかー。このままドドロフのおっちゃんに頼むのは無理か……。
「……だめ、なの?」
うっ。ターニャちゃんに上目遣いで見られるとなんとなく罪悪感が……。
「ええとね、ターニャちゃん。ごめんね、今の俺にはこれを綺麗に直す腕はないんだ」
正直に答えてみる。
「だったら、うでをあげて」
……そう来たか。
「おにいちゃんに、なおしてほしい」
そうまで言われちゃ、やらないわけにいかないか。
「時間が掛かってもいいかい?」
「うん。まってる」
そういうことになった。
ライカは生温かい目で俺を見てくるし、トスカさんに至っては、
「シュウ様、どうぞよろしくお願いいたします」
と、依頼者側……お客さんのはずなのに頭を下げてきたりする。いよいよ逃げ場がなくなった。
やるしかない。
あ、トスカさんが置いていった、包装された箱の中身は山吹色のお菓子ではなく、クッキーのような焼き菓子だった。
とても美味しかったです。
* * *
それからというもの。
「おにいちゃん、うであがった?」
「……まだなんだ。ごめんよ」
ターニャちゃんは毎日やってくるようになった。
「そう。がんばってね」
と、寛容な所を見せてくれるのだが……。
「ターニャちゃん、いらっしゃい。これどうぞ」
「わーい!」
そのたびにライカが『甘いもの』を出しているものだから、
「あまーい! おいしーい!」
といった具合に、どっちが目的でやって来ているのかわからなくなり始めている。
もちろん1人でやって来るはずはない。
「今日はミルクが混ぜられていますね。味わったことのない風味と甘さが口の中で得も言われぬハーモニーを奏でています」
トスカさんも一緒だ。そしてターニャちゃんと一緒になって甘味を食べていく。
「はい、白あんを水ではなくミルクで練ってみたんですよ」
ライカはライカで、甘味の開発に余念がない。
というのも、ターニャちゃんはよっぽどいいところのお嬢様らしく、トスカさんがこっそりと『お嬢様は甘いものがお好きなので、これで用意して差し上げてください』と言ってなんと金貨5枚、つまり50万円も寄越したのである。
それだけあれば品質のよい砂糖を買えるので、俺も協力して日夜新たな甘味の開発に勤しんでいるのだ。もうなんの工房だかわからない。
「このカヒーミルクも美味しいです」
トスカさんは大人なので、甘くしたミルクにカヒーを混ぜたカヒーミルク(要するにコーヒー牛乳だが、出回っているのは牛の乳ではないようなので『牛乳』とは呼べない)がお気に入りだ。
そんな2人を見ていると、半ば本気で『喫茶店』を開きたくなる。
しかし、『二兎を追う者は一兎をも得ず』。
俺は『修理工』としてこの世界に出稼ぎに来ているんだから、分をわきまえないといけない。
「おにいちゃん、またね」
午後2時半頃やってきたターニャちゃんとトスカさんは、午後4時頃帰っていく。
「……はあ」
ため息が出た。
小さな子供からとはいえ、プレッシャーはプレッシャーだ。
「次のスキル、どうやったら覚えられるんだ……」
悩んでもどうにもならない。ただ、
「シュウさん、新しいスキルを覚えるんじゃなく、レベルアップするんじゃないかと思うんですけど」
とライカに指摘された。ごもっとも。
俺としては『金属の接合』ができるなら新しいスキルでもレベルアップでもかまわない。
KPを増やすために今日も金属加工だ。
工房にあった廃材を使い、鍛金の真似事。
鍛金というのは、要するに『板金加工』の工芸版だ。金属の板を叩いて、曲げたり伸ばしたりして形を作る。
洗面器や鍋、うまくなればとっくりのように深くて口がすぼまったものだって作れるのだが……今の俺には無理。
それでも、毎日のように廃材を使ってスプーンや小皿を作っていれば、少しは上達する。
「これなら売り物になりますよ」
と、初めてライカに褒められた。
KPは……。
「お、200になってる」
確認すると同時に、なんとなくスキルが増えた気がした。念じてみると……。
《スキル:人間工具 加工レベル2:右手の指と左手の指で撫でた面同士をくっつけることができる》
となっていた。やはり新しいスキルじゃなく、レベルアップだった。
それをライカに告げると、
「おめでとうございます!」
と、自分のことのように喜んでくれた。
「本当にレベルアップして、できることが増えたんですね! やっぱりシュウさんのスキルは凄いです。前にも言いましたが、成長するスキルって本当に珍しいんですよ」
「そうなのか」
スキルのない世界で生まれ育った俺には、今一つそのあたりの感覚がわからない。
とにかく、これがはたして使えるスキルなのか検証してみることにした。
まずは転がっていた小さな廃材を2つ用意し、
(ええと、スキル:人間工具 レベル2発動!)
と念じる。
そして廃材の片方を右の人差し指で、もう片方を左手の人差し指で撫で、合わせてみた。
「お……? くっついたくっついた!」
「わあ、便利ですねえ」
それから何度か試行錯誤した結果、撫でる回数で接着力が変わり、くっつけた瞬間に効果が発動するから、強弱を調節可能な瞬間接着剤なのだな、と理解した。
1回だとセロハンテープでくっつけたくらい。2回撫でるとガムテープのような、3回だとネズミ捕り用の粘着シートくらいに強くなる。
粘着という風ではないけど、うっかり踏んづけた時の労力に近かったからそう感じた。
5回目にもなると強力な接着剤といったところ。大人一人くらいなら宙吊りにできるだろう。
そして撫でる回数を増やすごとに接着力は強くなっていき、10回で溶接レベル……だと思う。
10回撫でたものは、蹴ろうがハンマーで叩こうが一向に剥がせなかったので……。
それ以上はいくらやっても変わらない。これは、直感というか、スキルを使った本人だけにわかる感覚なのだろう。
そしてやっぱり戦闘には向かない。
戦闘に応用するなら最低でも3回は撫でないといけないだろうが、戦闘中にそんな余裕があるはずがないからだ。
あ、パーティを組めば、折れた剣や壊れた鎧を直すサポート役ならできるかもしれないけど。
でも優れた点もあった。
穴あけと同じく、材質を問わないようなのだ。
木と石、木と金属などの異なる材質でもくっつけることができる。
「これでターニャちゃんの依頼がこなせるな」
「そうですね」
そこで早速依頼品の髪飾りを直そうとして……。
「いけないいけない、もう少し練習してからだ」
と思い直した。
このスキルは一旦くっつけたら最後、はがしてやり直しができないようだからだ。
それでその日は廃材を使って何度も練習したのであった。
* * *
「おにいちゃん、うであがった?」
今日もターニャちゃんがやってきた。
いつもなら少し罪悪感に駆られる俺だが、今日は違う。
「ああ、腕が上がったよ!」
「ほんと? やったー!」
「はい、これ」
午前中に直しておいた髪飾りを入れた箱を差し出す。
「わーい!」
はしゃぎながら箱を開けたターニャちゃんは、綺麗に直った髪飾りを見て、
「わあ、うれしいな! おにいちゃん、ありがと!」
と言って俺の首っ玉に抱きついてくれた。
……意外に力が強いな……え!?
「ぐぇ」
い、息が……。
俺はそのまま意識を手放した。
* * *
「……ん! シュウさん!」
「う……」
誰かに呼ばれた気がして、俺は目を覚ました。
「シュウさん! ああよかった、気が付きましたね!!」
目を開けると、目に涙を溜めたライカの顔が見えた。
「俺……どうしたんだ?」
「シュウさんは……」
ライカの説明によると、俺はターニャちゃんのハグで気を失っていたらしい。
小さな女の子のハグくらいで、と思ったら……。
「ターニャちゃん、魔人でした」
俺はちょうど頸動脈を締められたらしい。
いわゆる『落ちた』というやつだ。
魔人は、総じて人間よりも力が強いのだという。だから髪飾りを壊したりもするのか、と変なところで納得してしまった。あの時、トスカさんが怖かったのも納得だ。
「ターニャちゃん、泣いて謝ってました。シュウさんの目が覚めたらよく謝っておいてくれ、とも言ってましたよ」
「そうか……」
小さな子供のしたことだから、咎めるつもりはなかった。
「トスカさんのお話だと、ターニャちゃんは今、ご両親と離れて暮らしているんだそうです」
そうか、寂しいから毎日遊びに来てるんだな……。
「明日も来たら、怒ってないよ、って教えてやらないと」
「ふふ、そうですね」
ちなみに、修理代はトスカさんが置いていった金貨5枚でと思っていたのだが、俺がこんなことになった慰謝料も含め、さらに金貨を5枚置いていったのだそうだ。
どんだけ金持ちなんだ……。
* * *
「……おにいちゃん、だいじょうぶ?」
そして翌日、いつもの時間にターニャちゃんはやってきた。
「ああ、もう大丈夫だよ」
「……おこってない?」
「怒ってないさ」
俺は大丈夫なアピールに腕を回して見せ、怒っていない証拠にターニャちゃんの頭を撫でてやった。
それで初めてターニャちゃんはいつもの天真爛漫な笑顔を見せてくれた。
髪には、俺が直した髪飾りを付けている。似合ってるよ、と言ってあげると、嬉しそうににっこり微笑んでくれた。
「本当に、申し訳ありませんでした……」
トスカさんもあらためて謝ってくれたので、俺は笑って2人を許した。
それからもターニャちゃんとトスカさんは、2日か3日おきにやって来て、甘味を食べては帰っていく。
こうして、マイヤー工房にはちょっと変わった常連が2人増えたのであった。
KPは220になっていたことを付け加えておく。




