第16話 タリスマンの修理依頼
だんだんと暑い日が増えてきて、夏が近付いてきたことを感じる今日この頃。
今日も今日とて、俺はライカからレクチャーを受けている。
今回は魔法道具についてだ。
「この前修理した『魔法の杖』ですけど、あれも魔法道具と言っていいでしょうね」
「何か定義みたいなものはあるのかな?」
「うーん、そうですね。ああ、『魔宝石』を使っている、ということはいえるかもしれません」
「魔宝石か。あったあった。確か、魔力を溜めておけると言っていたな」
ダークエルフの魔導士、メランさんの依頼で直した杖の頭にそんな石が付いていたっけ。
「魔宝石は、鉱山で採れることもありますし、魔物の体内から採れることもあります」
「え、なんだそれ」
鉱物が生物の身体から採れるって?
胆石とか尿道結石とかじゃなくて?
「たんせき? が何かわかりませんが、魔物から採れる魔宝石は、魔物が食べたものですよ」
「食べた?」
「はい。魔物によっては、魔宝石を食べて体内に蓄え、そこに魔力を溜め込むらしいです」
なるほど、そういう使い方か。
魔力や魔法がある世界だとそういう生物も生まれるんだろうな。
「この町の東には鉱山がありまして、金属鉱石の他に魔宝石も採れます」
「そうなのか」
そういえば、この世界に来てからこっち、町の外って行ったことがなかったな……。
「外には魔物って結構いるのか?」
「町の周辺にはほとんどいませんね。定期的に駆除してますから」
警備隊が巡回しているという。そんな魔物からは、3頭に1頭くらいで魔宝石が採れるらしく、それは警備隊の実入りになるようだ。
「そうしないと隊商も行き来できませんし」
それもそうか。だとすると、この世界の魔物は、地球でいう危険な野生動物といった扱いになるのだろう。
魔物は危険だが、人間側も魔法を使えたり魔法道具もあったりして、相対的な危険性は地球と大差ないのかもしれない……のかな?
「この町の周囲を囲んでいる城壁、っていうのかな? あれも魔物避けなんだろうな?」
「ええ、そうです。夜行性の魔物もいますので。でも、元は対人用だったらしいですけど」
「え? どういうことだ?」
「ほら、この前広場で見た勇者様の像があったでしょう? あの勇者様がいた頃は、他の種族との紛争が絶えませんでしたから」
なるほど、万里の長城……あれは遺跡だからちょっと違うけど、ここの城壁も過去の建築物なのか。それを有効活用していると。
「……今度、機会があったら町の外にも行ってみたいな」
「ええ、いいですよ。一般人が入れる鉱山というのもありますし」
「へえ」
そういえば、日本でも糸魚川の海岸で翡翠が拾えるという話があったっけ。
今ではほとんど採れないらしいけど、地元の人の中には大きな翡翠を拾って床の間に飾っているという話も聞いたことがある。
また、海が荒れた翌日なんかは、運がよければ質のいい翡翠が打ち上げられているという。
そういう翡翠は一般観光客でも拾えるわけで……。とすると、その鉱山も、そうした一般向けに解放されている的な感じだろうか。
「1度行ってみたいな」
そういえば学生の頃に1度、山梨県にある通称『水晶山』へ水晶を拾いに行ったことがある。小さい水晶なら結構落ちていたっけ。
だがその後、そうした採集者のマナーが悪かったため、今は地主……山主が山を立ち入り禁止にしてしまったと風の噂に聞いている。マナーは大事。
何が言いたいかというと、俺はそうした鉱物採集が結構好きなのだ。
「そうですね、1度行ってみてもいいですね。魔宝石が手に入れば、売ってもいいですし修理にも使えますから」
「自分で言い出してなんだけどさ、危険じゃないのか?」
やはり、安心安全で過保護な世界に暮らしていた俺としては、興味もあるがそれ以上にそっちが気になる。日本の山だってマムシやスズメバチやクマが出て危険な場所があるのだから。
「一般開放されているわけですので、落盤なんかはまず大丈夫ですよ? 私も2度ほど行ったことありますし」
その時は小さな魔宝石を拾ったとライカは言った。
落盤の心配もあるけど、魔物のことを聞いたつもりだったんだが……。
でも、話を聞いてみると、俺の世界で登山に行くくらいの危険度らしいことはわかった。
魔宝石はいろいろ役に立ちそうだし、売ればお金になるようだし……。
俺のもう一つの目的、『お金を稼いで向こうの世界に帰る』もそろそろ進めていかないとな。
「よし、それじゃあ準備を整えて、近いうちに行ってみるか」
そんな時、お客さんがやってきた。
「こんにちは」
入口に近い方に座っていた俺が出る。
「いらっしゃいませ」
「シュウ君、しばらくぶり」
以前、杖を修理に出してくれたダークエルフの魔導士、メランさんだった。
「今日も修理依頼に来た」
「ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ」
俺は相談コーナーへとメランさんを案内した。
「いらっしゃいませ、メランさん」
「ライカ、元気そうでよかった。お店も、順調?」
「はい、おかげさまで」
「うん、それならいい。今日は、これを直してもらおうと思って」
メランさんはテーブルの上にアクセサリーのような物を置いた。
「これは……」
銀で作られているのか、少し黒くくすんだ、直径5センチ、厚さ5ミリほどのメダルのようなものだった。
首から提げられるように鎖が付いている。
「タリスマン、ですか?」
ライカが尋ねると、メランさんは頷いた。
「そう。これは魔物避けのタリスマン」
「貴重品じゃないですか!」
「でも、故障中。直さないと、価値はない」
「いったいどこが故障しているんです?」
見たところ、傷が付いているようには見えなかった。
「魔宝石がなくなった」
メランさんはタリスマンの中心部を指差す。
複雑な文様が刻まれたその中心部には、直径5ミリほどの窪みがあった。
「ここに高品質な魔宝石をはめ込まないと、このタリスマンは単なる飾りでしかない」
「なるほど」
窪みは僅かに中の方が広くなっており、はめ込まれた石は簡単には外れないような構造だった。
「石をはめ込めばいいんですね?」
それほど難しい修理ではなさそうだ。だが、しかし。
「そう。ただ、今この町では魔宝石が不足してる。ここに使いたいような高品質なものは品切れ」
「ええ……?」
「でも鉱山で魔宝石を採集してくればいい。私が採ってくるから、大丈夫」
「え、メランさん、鉱山へ行くんですか? 危険は?」
「大丈夫。私は魔導士、この辺に出る魔物は怖くない」
「そうなんですか」
考えようによっては、これはいいチャンスかもしれない。
「メランさん、俺とライカも一緒に行っちゃ駄目ですか?」
「え?」
近々鉱山には行ってみようと思っていたわけだし、メランさんのような魔導士と一緒なら、魔物に出会った際の危険度もぐっと減るというものだ。
俺はライカの顔をちらっと見た。
「シュウ君、ライカ、行きたいの?」
「はい」
「ええ」
即答する俺たち。
「正直に言いますと、俺、1度鉱山に行ってみたかったんです。ですからこの機会に、と」
「なるほど。私と一緒なら安全だろうと判断した。シュウ君、あざとい」
「あ、あはは」
メランさんにあざといと言われてしまった。
「でも、わかった。連れていってあげる」
「ありがとうございます!」
言ってみるものだな。
「でも、注意してほしい。私は、魔物が出ても私自身のことは守れる。でも、誰かを守りながらというのは、危険度が増す。100パーセントの安全は保証できない」
なるほど、メランさんは責任感が強い人なのだろう。確かに、足手まといがいたら、危険は増すだろうし。
「それは、わかっています」
元々は、ライカと2人で行こうと言っていたのだから、それと比べたら雲泥の差ってものだ。
「なら、私は構わない。一緒に、行こう」
「ありがとうございます!」
メランさんが承知してくれたので、俺はほっとした。
「行くに当たって、何か必要なものとか、注意事項はありますか?」
「うん。手袋、鉱石を入れる袋、ハンマー、たがね、水、お弁当、帽子、手拭い……あとは……」
遠足か、と突っ込みたくなったが、似たようなものかもと思い直した。
「あとは、護身用の武器があると、いい」
武器か……。俺は何も使えないな。
第一、武器らしい武器なんてこの工房にはないし。
「ライカは、確か短剣?」
「はい」
おお、やっぱりこっちの世界で生まれ育っていると、そうした武器を使えるようになるんだな。
俺は……棒にするか。
「シュウ君は、なにが得意?」
「あまりそういうことに慣れていないんで、棒にしようかと」
棒は殺傷能力は低いが、殴る、突く、といった、とりあえずダメージを与える攻撃ができるという意味で初心者にも扱いやすい武器だ。
かの有名なRPGだって、最初の武器はひのきのぼうだしな。
「ん、それは賢明な判断。素人が使うなら、棒は正解」
メランさんにも勧められたので、棒を武器に選んだ。
ということで必要な装備を調えて、明日の朝、東の城門前で待ち合わせることになったのだった。
俺は、杖用にストックしていたトネリコの木を適当な太さに削って、両端に金属の輪をはめる。気分は西遊記の孫悟空だ。
両端を重くすることで、振り回した時の威力が上がる。……と思う。
また、打撃時のダメージも上がるはずだ。
とにかく、明日が楽しみである。




