第13話 ゼリー?
今日、俺は1人で西門近くに開かれている市に来ている。
『マイヤー工房』の経営もかなり楽になり、半日ではあるが前回に引き続き休暇を貰ったのだ。
ちなみにライカは研いだ剣を納品しに行っている。
「この辺は賑やかだな」
市とは露店の集まりで、いろいろ珍しい素材も置いてある。俺はこういう雰囲気が好きなのだ。元の世界でも、ボロ市にはよく足を運んだものだ。
人間……ヒューマンが大部分だが、ドワーフらしいおっちゃんやエルフのお姉さんもいる。お、獣耳の……おじさん(苦笑)もいた。
「いろいろな食材もあるな……」
どうやら露店は行商人が出しているらしく、この地方にはない食材が並んでいる。
その中に興味深いものがあった。
『ゼリー粉末』と書かれたものだ。
「ゼリー……ということは、水で練ればゼリーになるんですか?」
一応聞いてみると、
「そうだよ。お兄さんよく知ってるね」
という答えが返ってきた。
これから暑くなるから、フルーツゼリーでも作って冷やしておくとおやつによさそうだな、と考えた俺はそのゼリー粉末を1キロ買うことにした。
肩に掛けた鞄にゼリー粉末を入れ、もう少し露店を見ることにする。
「オイ兄ちゃん、ちょっとつまんでみないか?」
そんな声を掛けられたので振り向くと、真っ赤な実を籠いっぱいに盛った店の店主だった。俺と同じくらいの歳に見えるヒューマンだ。
「南で食べられているカヒーの実なんだ」
「へえ」
試食なら、と思い、俺は真っ赤なその実を2つほど口に放り込んだ。
「うん、うまい」
酸味はほとんどなく、ほどよい甘味がある。が、果肉は少なく、中にはでっかい種が……って、これ、コーヒーの実じゃないのか?
「なあ、この種ってどうするんだ?」
「うん? 捨てるより他に何か役立つのか?」
「まだはっきりしたことは言えないが、もしかしたら役に立つかもしれない」
「そうか……それじゃあ、この次来る時に種だけ持ってきてやるよ。俺は行商人のアントンっていうんだ」
この実でジャムを作る時に大量の種が出るのだという。
商売の匂いを嗅ぎつけたのか、アントンは好意的な反応を返してくれた。
「それはありがたい。俺はシュウ。アントン、よろしく頼む」
俺は前金として銀貨5枚、つまり500マルスを渡した。代わりにアントンは木の札を寄越す。
それには『前金500マルス受取』と書いてあった。
木札を受け取った俺は、カヒーの実も少し買い、その場をあとにする。
「じゃあ、2ヵ月後に」
「待ってるよ」
さて、もう少しだけ見て回るか、と思い、露店の並ぶ通りの外れまでやって来た。
そこには砂糖のような物が売られていた。
甘いゼリーを作るには砂糖が不可欠だ。見ていくことにした。
「やっぱり白砂糖は高いな……」
1キロで300マルスもする。精製に手間が掛かるのでこの値段になるんだろうな。その点、黒砂糖は1キロ100マルス、かなり安い。
だが、ゼリーに黒砂糖は合わない気がする。うーむ。
その他に、ビンに入った透明な液体があり、『フトウ水』と書かれていた。フトウ水……ブドウ水かな?
ちょっと味見をさせてもらったが、ブドウの香りはしないものの、甘い。シロップかな?
1リットルくらい入っていて150マルス。
物は試し、これも買っておくか。
結局買ったのはゼリー粉末、カヒーの実、フトウ水。
「まずは試しにシロップ……フトウ水だけのゼリーを作って、うまく行ったらコーヒーゼリーを作ってもいいな」
妹がコーヒーゼリー好きだったな……と思い出しながら、俺は帰路に着いた。
* * *
俺がマイヤー工房へ帰ると、まだライカは帰っていなかった。多分、仲のいい女性騎士たちにお茶にでも呼ばれているのだろう。
まだお昼には早いし、ライカはお昼を食べてくるかもしれないから、まずはゼリーを作ってみることにする。
今から作って冷やしておけば、3時の休憩にはちょうどいいくらいに冷えているだろう。
「まず、粉末を……っと」
俺の世界のゼリーと同じとは限らないので、一度にたくさん作ってしまうのではなく、2カップ分だけ作ってみようと考えた。
ボウルに粉末ゼリーを適量……30グラムくらい取り出す。そこへフトウ水を加えていく。
少しずつ加え、よく掻き回す。フトウ水を100ミリリットルほど混ぜてみた。その際、ちょっと舐めてみる。確かに甘いが、ちょっと物足りない感じがする。
だがコーヒーゼリーを作る時には、このくらいの甘さの方がいいかもしれない。
まあ今回は甘さ控えめのゼリーになるもやむなし。
掻き回しているうちにトロトロになったので、型の代わりの木のコップに流し込み、冷蔵庫に入れた。そうそう、この世界には魔法を使った冷蔵庫があるのだ。
それで行商も楽になっているそうだ。
* * *
ライカが帰ってきたのは午後2時を過ぎた頃だった。
予想どおり、女性騎士たちと一緒にお昼も食べてきたようだ。
台所に見慣れない袋とビンがあったので、
「何か作っていたんですか?」
と聞かれた。
「うん、そうなんだ。これをね」
俺は、もう固まったであろうゼリーを冷蔵庫から取り出して見せた。……あれ?
「なんですか、これ?」
「うん、ゼリーと言って……おかしいな?」
作った時は透明だったのに、今は限りなく不透明に近い半透明だ。
嫌な予感がして、スプーンで軽くつついてみると、驚きの手応えが返ってきた。
「なんだこりゃ?」
やっとの思いでコップから取り出したゼリー? の塊は……。
「シリコンゴムか?」
正しくはシリコーンと伸ばすらしいが、知ったことじゃない。
ゼリーのつもりで作っていたら、まさかシリコンゴムができるなんて……。
「面白い感触ですね。いろいろなことに使えるのではないでしょうか?」
俺の葛藤など知らないライカは、シリコンゴム? のぷよぷよした感触を楽しんでいる。
俺としてはそれどころではなく、ゼリー粉末とフトウ水を確認中だ。すると。
「あら、『ゲルの素』買ってきたんですか?」
とライカに言われた。
「『ゲルの素』?」
「ええ。水を混ぜて練るとドロドロになるんですよ。用途としては細いパイプ内の掃除に使います」
なるほど、パイプユ○ッシュみたいなものか。
というか、ゼリーというよりゲルだったんだな。
紛らわしい商品名にしやがって……。
「でも、水分を飛ばすとカサカサになるはずなんです。こんなゴムみたいになるはずないんですが」
「え?」
それは、もしかすると混ぜた『フトウ水』にあるのかもしれない。おれはライカに『フトウ水』を見せてみた。
「これって、『フトウ水』じゃないですか? あ、やっぱりそうです。これを水に混ぜると凍りにくくなるんですよ」
ライカはビンに貼られているラベルを見てそう言った。
「不凍水かよっ!」
ブドウ水じゃなかった。そういえば自動車のラジエーターに、昔は不凍液というものを入れたって聞いたことがある。
不凍液にはグリセリンが使われていることがある。そしてグリセリンは甘いのだ。
この『フトウ水』も、グリセリンに近いものかもしれない。
……さっき舐めちゃったけど、お腹壊さないだろうな?
* * *
「はあ、『ゲルの素』と『不凍水』を混ぜたらゴムになったんですか」
「うん」
落ち着いた俺は、ライカと話し合っている。ちなみにお腹は大丈夫だった。
『ゲルの素と不凍水を混ぜたらゴムになる』、これは新発見のようだ。
謎物質同士の反応は未知数だが、結果としてそうなっている。
「これ、工業ギルドに売りましょう」
「……そうだな」
マイヤー工房だけで独占しても儲けが出る未来が見えない。ギルドに売った方が、この発見を有効活用してくれそうだ。
ということで俺とライカは連れ立って、先日鉛筆と紙の製法を売った工業ギルドへ出向いた。
「おやライカ、シュウ君、ようこそ」
今回もドワーフのドンゴロスさんが応対してくれた。
俺は早速説明を開始する。
「ふむ。……『ゲルの素と不凍水を混ぜたらゴムになる』、なるほどのう。で、これがサンプルか。……確かにゴムだな」
配合比を変えたり、添加物によっては性質が変わる可能性もあることを指摘すると、ドンゴロスさんは目を輝かせた。
「よし、5万マルスでどうだ?」
俺はライカと顔を見合わせた。
2人の予想では2万、よくて3万だろうと思っていたのだ。
だが、そんな俺たちを見て、ドンゴロスさんは不満に思っていると感じたらしい。
「6万。それ以上は無理だ」
「あ、そ、それでいいです」
俺は慌てて肯定した。
「よし。6万マルスで買い取ろう」
予想の倍で売れたことに、俺はほくほくしていた。
* * *
「いやあ、思わぬ収入があったな」
「本当ですね。さすがシュウさんです。あ、これ美味しいですね」
「偶然だよ。だろう? ちょっと食べる部分が少ないのが残念だな」
マイヤー工房に戻ってきた俺たちは『カヒーの実』をつまんでいた。食べたあとの種、つまりコーヒー豆は捨てないで貰っている。
あとで洗って煎ってみれば、コーヒーになるかどうかわかるだろう。
……謎物質ができてしまうことはないと信じたい。
大丈夫だよな?
そうそう、KPは80になっていた。




