第12話 デート?
前日ライカと約束したように、2人で神殿へ行ってみることにした。
いい機会なので店は1日休業にして、骨休めも兼ねている。
ここのところ修理依頼が相次ぎ、ようやく経営の方も自転車操業から抜け出して一息つけたのだ。
この世界に来たその日に、神殿からマイヤー工房までの道筋は案内してもらっていたが、その他はドドロフさんの工房とエミーリャさんの材木屋しか知らない。
この機会に、町の案内もしてもらうことになったのだ。
季節は初夏になりかけの5月下旬、陽気もちょうどいい。天気は快晴……とはいかず薄曇りだが、かえって暑くなくていい。
「まずは神殿へ行きましょう」
女神様にお礼を言いたいから、とライカ。
「シュウさんのように、有能な方を呼んでくださったんですものね」
面と向かって言われると照れるな。
歩きながら町の説明を聞く。
このハーオスの町は5キロ四方くらいのほぼ正方形らしい。
周囲は高さ5メートルほどの城壁で囲まれた、いわゆる城塞都市というやつだ。
町の中心には、政治の中心である議事堂があって、そこから東西南北と北東・南東・南西・北西の8方向に向けて放射状に道路が延びている。
そしてまた、議事堂を中心とした環状道路が幾重にも取り巻いている、それらが主な道路だ。また、大きな道の間を縫うように、細い通りや路地もある。
町の最外周部、城壁の直下は果樹園や畑、牧場などになっており、いざというときに短期間ではあるが町中で自給自足できるようになっていた。
* * *
俺が働いているマイヤー工房は町の南西、かなり外周部に近いところにある。
そして神殿は町の南東最外周部にあった。歩いて1時間かからない距離だ。
「中心部はお偉いさんたちが住んでいるんだろうな?」
「はい、そうなんです」
やっぱりか。どこも大体中心に近いほどお偉いさんが住んでいることになっているんだよなあ。
「初日に、魔族や獣人もいるって言ってたよな? 仲はいいのか?」
エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、獣人にはお目に掛かったが、まだ魔人とは会っていない。
「まあまあ、といったところでしょうか。仲のいい人もいますし、ガラの悪い、好戦的な人もいます」
「そうなのか」
とはいえ、一触即発のような状態ではないようで、少しほっとした。
「このハーオスの町は例外中の例外で、『不干渉地帯』となっているんです」
ライカによると、その昔降臨した『勇者』がこの町の前身を造ったので、不文律としてここは争いごと禁止となっているのだという。
「勇者か……」
「あとで勇者の遺跡も見に行きましょう」
「お、そうだな」
そうした説明を聞いているうちに、俺たちは神殿に到着した。
あらためて見ると、石造りの建物だが、俺の持つ神殿のイメージとは違う。どちらかというと日本にある『洋館』だ。
そして周囲には麦畑が広がっており、のどかな雰囲気だ。
麦畑の中に建つ神殿の存在にやや違和感を覚えるが、こっちの人はそんなものと割り切っているのか、はたまた見慣れているのか。
ライカに聞くと、
「昔からこうでしたからね……特に何も」
という答えが返ってきた。やはり、見慣れているわけだ。
「あら、ライカ」
神殿に近付くと、中からいかにもシスターといった格好の女性が出てきた。
ところで、この町のファッションというか人々の服装は、過去の地球を思わせるデザインが多い。
このシスターも修道服というのだろうか、頭から布を被って、足先がやっと見えるほどの長いスカートを穿いている。
でも服の色は上から下まで白だ。黒じゃないので俺から見ると違和感バリバリである。
「こんにちは、ローゼ」
そしてライカはこのシスターとも知り合いらしい。なんという顔の広さか。
「今日はお参り?」
「ええ。お礼参りに来たの」
お礼参り、って聞くとヤの字の職業の人みたいだな。
だが、本来の意味はこっちだ。神仏に願を掛け、それが叶ったらお礼参りをする、らしい。あれ? そっちは『願ほどき』だったかな?
あ、○○祈願の時が願ほどきで、○○でありますように~という頼みごとが叶った時がお礼参り……だったかもしれない。まあいいや。
ライカはシスターと仲がいいらしく、楽しそうに話をしている。
そのシスターは、被り物から覗く髪は金髪で、青い眼をしている。肌は透けるように白い。おまけに服を着ていてもわかるほど胸が……。
そんなことを考えていたら。
「シュウさんとおっしゃるのですね。この神殿で巫女を務めておりますローゼと申します。ライカとは幼なじみになります。どうかライカをよろしくお願いしますね」
と挨拶されてしまった。柔らかな雰囲気で、神職だけのことはある。
「え、あ、はい。こっちこそ、ライカにはいろいろお世話になりっぱなしで、はい」
慌てたせいでおかしな挨拶をしてしまい、おかげでローゼさんにはくすくすと笑われてしまった。
頭を掻く俺。
「……シュウさん、行きますよ」
もう少しローゼさんと話をしていたかったが、いきなりライカに腕を引っ張られた。
「お、おう」
確かに、今日の目的は女神様にお礼をすることだ。俺はライカに腕を引っ張られながら、反対側の手をローゼさんに振った。
「……」
ライカは俺の服の裾を掴んですたすた歩いて行く。なんか機嫌が悪い気がするんだが。
そのまま神殿奥の礼拝場みたいな場所に来た。ここには女神様の像が立っている。
前回と異なり、礼拝している人はいなかった。
「地下じゃないんだ?」
と俺が聞くと、
「普段はここでお祈りするんです」
とライカに言われた。
ああ、確かに『祭壇の間』は、切実な願いがある人だけが入れる、と言っていたっけ。それに、興味本位で訪れようとしても扉は開かない、とも言っていたな。
今回は切実な願いじゃないからここでいいわけか。
「お祈りの手順というか作法ってあるのか?」
日本の神社だと二礼二拍手一礼が一般的だしな。
「いえ、両手を組んで目をつむり、一心に祈るだけです」
「単純だけど難しそうだな」
その一心に祈る、というのが。
まあやってみるしかないか。
俺とライカは、ちょうど参拝者もいないので女神様の像の足下まで近付き、両手を合わせて目を閉じた。
(……こっちの世界に来て2ヵ月ほど経ちました。なんとかやっています。ありがとうございました。……あ、そうそう、元の世界に帰る方法を教えてもらっていないんですが)
などと頭の中で呟きながら祈ってみた。
すると。
(……馴染んできたようですね。よきかな。帰り方はもう少しKPが溜まったら教えてあげましょう)
という声が頭の中に響いたのである。女神様、霊験あらたか。
でもそうか、まだKPが足りないのか。もっと頑張らないとな。
それきり声は聞こえなくなったので、目を開けてライカの方を見ると、彼女もまた俺の方を見ていた。
「何かお告げでもあったか?」
と聞くと、
「え、ええ。『頑張っていますね』って一言でしたけど」
「そっか。俺の方も似たようなものだ」
「そうなんですか?」
「ああ。とりあえず、もう何も聞こえないから、行こう」
「はい」
そうして俺たちは神殿の外へ向かった。出入り口の脇には『浄財』と書かれた箱があり、シスター……じゃなくて巫女のローゼさんが立っていた。
そこに、ライカは銀貨を10枚、つまり1000マルス寄付した。
「ありがとうございます。……頭をお下げください」
俺は言われるまま、ライカに倣って頭を下げた。ローゼさんは俺たちの頭の上で麦の穂を2度3度振って、
「あなた方に女神様のご加護がありますように」
と唱えてくれたのだった。
* * *
まだ時間はたっぷりあるので、ライカに町を案内してもらった。
中心付近には貴族街や騎士の宿舎があるということだ。
また、その外側は商店街や職人街、一般住宅だった。
そんな中、一番興味を惹かれたのはなんと言っても『勇者広場』だ。
「ここはその昔、勇者様が降臨した場所と言われています」
そこは、今現在の町の中心からは少し南にずれた場所だった。
一帯は広場になっており、植え込みや噴水、ベンチもあって、公園として整備されていた。
「あれは?」
広場の奥に、台座に載った女神像が立っている。それはいいのだが、両手で抱えるようにして、透明なひょうたん型の何かを持っているのが気になった。
「水時計ですね」
水時計か……そう思って見ると、確かに、色の付いた水がひょうたんの上からくびれ部分を通って下にぽたぽた垂れている。
ひょうたんには目盛りが付いていて、1目盛りが30分らしい。
「上の水がなくなると、上下が入れ替わるんですよ」
え、どういう仕組みだ、それ。
気になるのでライカに問いただしても、わからないとしか答えは返ってこなかった。
『古代遺物』という扱いになっているらしい。
今も稼働する古代遺物か……すごいな。
そして広場の中心部には噴水があり、さらにその中心部には勇者をかたどったという、青銅製と思われる古い像が立っている。
「獣人、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、魔人、そしてヒューマンを一切差別することなく『ケモ耳は可愛い』『エルフは美人揃い』『ダークエルフはちっともダークじゃなかった』『ドワーフのオヤジすげえ』『褐色肌の魔人はエキゾチック』などと言って差別を撤廃するよう求めたと言います」
石碑を見ながらライカが説明してくれた。
うん、間違いなく俺の世界から呼ばれた勇者だな。あの女神様、呼びすぎじゃないのか?
「町中で争いごとを起こすと、あの勇者の像が動き出すという言い伝えもあります」
「へ、へえ……」
緑青をふいて青ざめたあの像が動き出したら、ちょっとしたホラーだと思う。
いずれにしても、種族間の差別意識を否定し、争いごとを収めた点はやはり勇者と呼んでいいだろうな。
俺とライカは空いていたベンチに座り、売店で買ってきたホットドッグを食べた。
「なんだかデートみたいですね」
とライカ。
「……確かにな」
と平然と俺が返すと、
「むう、シュウさんって鈍すぎます」
とふくれっ面になったライカに言われてしまった。
いや、そう言われてもさ。
確かにライカはいい子だけど、今のところ妹みたいなものだし。それにいずれ俺は元の世界に帰る男だし。踏み込んだらお互いに辛いだけだもんな。
そう思ってはみたが口には出さず、俺はただ黙ってベンチに座って勇者の像を見るともなしに見ていたのであった。




